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『過去の先 』
リオン クロフォードaa3237hero001)&エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001

 リオン クロフォードはとある和食レストランの個室への襖を引き開け、脚を踏み入れた。
「……どうして知ってるんだなんて言わないけど、趣味悪いな」
 スマホを抜き出して、先に座していた者へ示す。
 表示されていたのはメールの一文だった。『あなた様とお姫様が現実を思い知らされた場所でお待ちしております』。署名は、エリズバーク・ウェンジェンス。
「秘密のお話をするのにふさわしい場所をという意図もありましたが。あなた様と縁深いここならすぐに察していただけるかと思いまして。――お姫様とお付きの兵隊様へご相談されるようなこともなさらないでしょうしね」
 下座についたその女は口の端を吊り上げ、上座を差した。
「どうぞ、奥へ。ああ、別に王子様への敬意ではありませんよ? 話の途中で席を立たれては困りますので」
 笑みを深めて再び上座を差しておいて、エリズバークは店員を呼んで告げた。
「適当にお願いしましょうか」
 セリフまであいつの真似か。リオンは苦い顔で個室を見渡し、あのときには“あいつ”が座していた上座へと腰を下ろした。
 どうせ今日も魔導銃を持ってきてるんだろう? 脅されて座らされるまでもないさ。俺はもう、据えてきてるんだから。

 ガラスの徳利から透明な液体を杯へ注ぎ、エリズバークはひと口呷って息をつく。
 いかにも酒を楽しんでいる風情だが、元は王子だったらしいリオンにはすぐ知れた。あれは酒じゃない。水だ。
「用はなに?」
「先日お約束いたしました後日が今日ということです。ええ、王子様に昔話をしてさしあげようかと。あなた様が犯された罪のお話を」
 これにも表情を変えず、リオンは先を促す。
「聞かせてもらえるならありがたいな。俺は自分がなにを守り損なったのか知りたいんだ。そうしなくちゃ、先へ進めない」
 あえて口にしたのは、悪意でこちらを傷つけようとするエリズバークへの牽制でもあったが、自分の心を強く引き締めるための儀式でもある。
 もしかしたら、エリーさんの話は俺の誓約を揺るがすようなものなのかもしれないけど……俺は今度こそどんな状況でもあきらめない、守り抜くって、あのロップイヤーに誓ったんだ。揺らぐもんか。全部踏み越えて、あの子といっしょに先へ進む。
 リオンの心情を察したエリズバークはそれでも笑みを消さず、艶然と水杯を呷って言の葉を紡ぎ出した。
「その弱さを晒すことのできる強さ、平穏の内にあっては為政者の魅力ともなりましょう。ええ、滅びを眼前にした世界の最前でさえなければ」


 とある世界のとある国には強くやさしい王がいた。
 政治的な争いで王宮が荒れ、国が乱れることを望まなかった彼は、あらゆる縁から外れた傍流の貴族の娘を妻に迎えた。
 それは別の争いや不義を生むことにはなったが、結局は小さな問題に過ぎない。家格の低さから注目されずにいた妻だったが、稀代の魔力量を備え、この国を守る精霊――英雄と呼ばれる不可思議な存在だ――の加守を色濃く受けた才媛であったからだ。
 果たして彼女は王の子を成す。母同様に強い魔力をもって精霊の加守を得た子どもたち。王子は強き剣士として、王女は巧みなる魔法使いとして才を発揮し、王の心を映して正しく育っていった。
 ここまでは王の思惑どおり。ただひとつ誤算だったのは、末の王子だけが精霊の加守を得ることかなわず、武技ばかりならず学問にも才を持たぬ落ちこぼれであったことだ。彼の名こそはリオン クロフォード。エリズバークの語る「王子様」である。
 当然のことながら、リオンは嘆いた。劣等感にまみれた幼い体をベッドへ打ちつけ、喉が枯れるまで泣き叫んだことも数え切れないほどだ。
 それは各貴族の子飼いによって主へともたらされ……反国王派を動かした。
 果たして彼を取り込むため、多くの者が甘い罠を差し出してにじり寄る。
 あなた様なら、なんの力も持たぬ民のお気持ちを誰よりも汲める王となれましょう。
 お考えください。現王は限りない暴力の影を掲げ、王宮を、そして国を抑え込んでいます。そのような国が、果たして健やかと言えるでしょうか?
 わたくしはお兄様方よりもリオン様を好ましく思いますわ。完璧な人などつまりませんもの。
 かくて甘言の渦に巻かれたリオンだが、けして溺れることはなかった。
 なんの才も持たぬ彼は、それでも心からの愛を注いでくれる王と王妃に感謝していたし、根気強く導き、彼が唯一引き出すことのできる癒しの力を「攻めるばかりの自分たちにとっては最後の支えだ」と讃えてくれる兄姉に、欲しいだけのものを与えられていたから。
 彼らの情へ少しでも贖いたい。その思いを胸に、なにもできないリオンは人を見た。自分へ近づく者たちの笑みの奥になにが潜んでいるものかを、同じように笑みを浮かべて冷徹に。
 結果として彼は、王権を狙う者たちと刃なき暗闘を繰り広げることになるのだが、それはまた別の話だ。


「――どうしてそんなことまで知ってるんだ? エリーさんは貴族だったのか?」
 探るように問うたリオンへエリズバークは肩をすくめてみせ。
「時間は有限ですけれど……私の昔話をお聞きになりますか?」
 エリズバークのことを話させるなら、それだけリオンの過去を語る時間を減らす。明確な脅しをかけられたリオンは口を閉ざして先を促した。


 王家の尽力によって国は栄え、民は心やすく過ごす。
 そんな毎日は、やがて第一王子が王権を継ぎ、他の王子や王女に支えられ、いつまでも続いていくかと思われたが。
 安寧は内からではなく、外から容易く破られた。
 愚神という異世界からの侵入者によって。

 隣接する他国が次々と滅ぼされていく中、王家は民を守って戦い続ける。
 王女のひとりは敵陣のただ中へ跳び込み、自らを無数の爪に貫かせながら従魔を凍獄へと封じ込めた。
 王子のひとりは愚神の1体と差し違え、愚神群の侵攻を押しとどめた。
 王は最期まで民を逃がすために指揮を続け、王妃はその身を文字通りに燃やし尽くしてそれを助け――第一王子は最後の突撃を前に、残されることとなったリオンへ告げる。
『リオンこそが私たち、そしてこの国最後の支えだ。どんな状況に陥ってもあきらめるな。守るべき者を守り抜け――頼む』

 もし後世に詩人が残っていたならば唄として紡ぐだろう戦いの果て、王家は滅んだ。
 残された無力な民は、迫り来る愚神群から逃げ惑う。
 そのただ中に巻かれ、呆然と足を進めているばかりだったリオンは。
「大丈夫!」
 唐突に明るい声を発し、人々の目を引きつけた。
「知ってると思うけど、俺は王家の力なんてほとんどない出来損ないだ。だからってなにもしないつもりなんてないよ? 王家がなくなったってみんなの明日は続く。そのために、がんばって戦うから」
 俺ひとりで守れるなんてうぬぼれない。そんな力、俺にはないから。でも。
 笑みを背中越し、民へと投げた。
 表情や雰囲気を操る術は、否応なく飲まれた権謀術数の津波の内で充分に学んできた。弱さというものが時に、なによりも強い武器となることも。
 俺は“ひとりじゃなにもできないくせに絶対膝をつかない馬鹿な王子”を演じきる。父様みたいに導けないし、母様みたいに命を尽くせない。兄様や姉様みたいに戦えもしない俺だからこそ、みんなの力でこの絶望をひっくり返すきっかけになるんだ。
「って、俺ひとりじゃ一瞬で殺されちゃうよ! お願い! 俺より勇気があって喧嘩が強い人、横に並んで槍でつついて! お化け屋敷より怖そうだけどさ」
 抜き放った剣を使ってゼスチャーで伝えれば、青ざめた顔をそれでも笑ませた民たちが踏み出した。
「それから攻撃魔法が使える人は後ろついてきて、俺が魔法! って言ったら撃ち込む! あとは子どものときに遊んだ追っかけっこといっしょだよ。みんなでわーっと逃げるだけ。ちなみに俺、けっこう逃げ足早いからね?」
 男たちに混ざり、女たちもまた肚を据えた笑顔で追いついてきた。
 ああ。みんな守りたい人がいて、だからなけなしの勇気を振り絞ってくれる。
 俺がそれに応えるには、俺のちっぽけな誇りを捨てるしかない。簡単なことじゃないか。俺にはなにもできないんだって震えてたあの頃の顔を、ちょっとだけ笑わせれば済む。
 ……俺がみんなを守るんだ。みっともなく、未練たらしく、弱々しく、でも一歩だって退かずに。

 リオンの決意の熱は民の冷え切った心に灯を点す。
 彼らの熱を背負ったリオンは、姉から習った魔法術を応用した陣を組み、兄から習った戦術を駆使して従魔どもを翻弄。ついには愚神の1体を討ち滅ぼした。
 民は歓喜の声をあげ、確信する。
 弱い自分たちでも愚神を倒せた。
 遠くない未来、国だって復興できる。
 この頼りなくて「大丈夫」が口癖の王子がいてくれれば、きっと。
「敵の数も減ってきたね。大丈夫、あと少しがんばれば追い返せるから! ……そしたらさ、このお粥ともさよならできるよね?」
 薄くて味気ない粥の椀を指し、げんなりした顔をしてみせたリオンを、民の笑声が包み込んだ。

 皆で歯を食いしばって戦った。
 皆で笑い合って戦った。
 戦って、戦って、戦って――あと少しで、明日へ届く。
 その先を、新たなる愚神が塞ぎ。
 それでも人々の先頭に立って守り、明日へと踏み出したリオンを躙り、すべてを喰らい尽くした。


「力なき王子は欺瞞の術をもって民を騙し、希望を抱かせてしまったのです。地の果てまで逃げていれば、この世界のように多くの英雄を迎えて永らえる未来もあったでしょうに」
 くつくつと喉を鳴らすエリズバーク。
 ただし、嗤っているのは唇と喉だけだ。眼には凄絶な憎悪を燃やし、漏れ出るライヴスまでもが赤黒く染め上げられている。
「エリーさん。その中にいたのか」
「どうでしょうね? いつかそのようなことがなかったとは言い切れませんけれど」
 はぐらかしておいて、エリズバークは水を呷った。
「俺が守れなかったものは、途轍もなく大きかったんだな」
 うつむいたまま震える声でうそぶくリオン。
 甘い。どんな酒よりも、すべてを知って打ちひしがれるリオンを見下ろすこの時は、彼女を快く酔わせてくれる。
 ……そのはずだった。
「でも」
 声の震えが止まり。
「俺はあのときたどり着けなかった明日に行くよ」
 垂れていた顔が、まっすぐもたげられた。
「今度こそあきらめない。どんな状況でもあきらめずに守り抜いて、進む」
 わかってる。なんの根拠もない、ただの願いを込めた戯言を吐いてるだけなんだって。でも、あのときと同じだ。俺には背中を支えてくれるあの子がいる。だったら俺が言うことだって同じだ。
 大丈夫! 俺たちは、今度こそ守れるから。
 そうだ。二度と喪わない。二度と喪わせない。そのために俺は英雄になって、あの子と出逢ったんだ。
 エリズバークは苦々しく口元を歪め、空の杯を卓へ戻した。
 王子様、この期に及んで――いえ、この期に及んだからこそでしょうか。あのときと同じ、誰よりも頼りないのに誰よりも強く、先を見据えたあの目を見せるなんて。
 舌打ちしたエリズバークの手には魔導銃が握られていて、銃口はリオンの胸元へ向けられていた。
「では、昔話といっしょにあなた様ご自身のお話もおしまいにしましょうか」
 リオンの掌が銃口の前へかざされる。
「撃って気が済むなら撃っていいよ。ただし、俺はここでおしまいになってる暇なんてないからさ。そのまま行かせてもらう」
 エリーは再度舌打ち。気に入りませんね、王子様。覚悟を決めた目をされたら、冗談でしたでは終われなくなりますよ。
 果たしてエリーは引き金を引く。
 リオンの掌の前に自らの掌を差し込んで。
「――握り込ませませんよ。これ以上はなにひとつ」
 撃ち出されたライヴスは彼女自身のライヴスと相殺され、かき消えた。残されたものは、彼女の手を貫く傷ばかり。
「傷をつけてしまえば、それはあなた様の希望になる。あのときを知る私の憎悪を受け止めた満足が、この先陥るだろう苦境を救ってしまう。させませんよ、ええ。そんなことは、絶対に」
 傷ついた手を握り締め、エリズバークは立ち上がった。
「この傷、しばらくは刻んでおきましょう」
 今日を忘れないために。
 身を翻したエリズバークの背に、リオンはたまらない混沌を見る。激情が幾重にも折り重なり、混じることなく渦を巻き続ける様を。
 エリーさんは俺なんかの目じゃ見通せないくらいの過去を抱えてるんだね。
 それでも俺は行くよ。
 もう二度と、「今度こそ」って言いたくないから。
 あの子だけは絶対喪いたくないから。

 そうか。
 俺は――


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2019年02月14日

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