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『その瞳は何を視ているのか 』
鞍馬 真ka5819

 パックと注射針を繋ぐチューブに薬液が一滴ずつ、音もなく落ちて流れていく。寝台に横たわる青年の顔色は控えめにいっても青白く、透き通る海のような深い青は瞼の下に隠されていた。眠っているのか気絶しているのか、如何とも判断し難い。しかし暫くは目覚めることもないだろうと判断して、俺はもう一度だけ点滴装置の状態を確認するとカーテンで仕切られた外――自分のデスクの所まで戻っていった。
 慣れていない人間――幾つかの依頼を軽くこなして調子に乗った新米ハンター辺り――がこのソサエティ付属の医務室に運び込まれてくると皆、大抵一度は口にするセリフ。薬臭い。しかしここが仕事場の俺は感覚がすっかりと麻痺していて、外で知人と会って言われて、やっとそういえばそうだったと思い出すような有様だ。もしかしたら医療従事者ではないが、それ以外の人間では“常連”と評してもいい彼も同じなのかもしれない。ふとそんなどうでもいいことを考えながら、椅子に腰かけてソサエティの権力やら技術やらで導入された魔導式カルテにざっと目を通す。
 医者の本分である怪我や病気の履歴と身体測定値。それ以外にも、一応ソサエティの職員でもあるから、そちらに登録されたデータなんかも見ることが出来る。とはいえ名前や年齢、誕生日辺りは戸籍も糞もない田舎出身の者は証明しようがないし、本人の意思で偽造も可能。まあ俺の経験から言わせてもらえば、彼のように向こうの世界の生まれで東方系の名前の奴はあんまり、そういうことはしない傾向にある――と思う。真面目というか、固いというか。しかしだからって、ここまでの奴は他に見た憶えがないが。
 この、経歴の欄に並ぶ依頼の数の多さよ。三年と三ヶ月余りでこの量は。何も憚らずに言えば頭がおかしい。一つ終わればまた次の依頼に向かいと、多分カレンダーに書き直したらほとんどの日付が仕事の文字で埋まる。埋まっていない所も何割かは怪我の情報と符合するはず。だからといって孤高を気取っているわけでもないようで、見舞いに来た友人らしき相手に説教をされたり、心配したと泣かれている姿も見る。……ちょっと時間の使い方を教えてほしい。
 そんな彼の客観的な評価は“優秀なハンター”だ。俺もそれに異論はない。実際、このキャリアで彼ほど習熟度の高いハンターは相当に希有だろう。怪我が多いのはそもそも絶対量が尋常じゃないから。依頼の数を怪我した数で割ったら、むしろ平均より下なんじゃないか? それでもやっぱり俺からすれば彼は“常連”なのだが。
 ハンター、というか覚醒者って奴は常人より遥かに頑丈に出来てるだけに、無理が通る。無論、それでも引退を余儀なくされる大怪我を負うこともあれば最悪の場合は呆気なく死にもする。だが死に難く治りが早いのは紛れもない事実で。
 ――それは何度も何度も苦痛を味わう、ってことじゃないのか?
 ハンターやら軍人やら、野盗みたいな犯罪者連中も含めて、戦うことを生業にしてるなら別にそんなこと当たり前だ、って言うのかもしれない。だがそれは俺にとっては未だ馴染まない感覚だ。素人が取れる自衛手段はたかがしれていて、理不尽に襲われて正気を失い絶叫する。それが普通だろ、なんて思う俺はもしかしたらハンターが嫌いなのかもしれない。いや、そうじゃなく――。
 思索はガタン、と寝台に備え付けの棚辺りか? が鳴った音に中断された。それから何か軽い物が落ちる音。大抵の怪我は聖導士に法術をかけてもらって家で寝てれば概ね何とかなるこのご時世、所属するハンターの多さや舞い込む依頼の数と比べれば医務室の出番は少なく、今いるのはあの青年一人だけだ。早いなと驚いてから意外と時間が経っていることに気付く。それにしても早いもんは早いが。
 年寄り臭く掛け声つきで立ち上がって、適当にカーテンで仕切られただけの個室を覗く。空耳ではなかったらしく彼は目覚めていた。額を押さえていて、床に黒縁の眼鏡が落ちている状況に大体察した。
「痛くないか?」
「ん? いや、大丈夫だよ」
 自分で言っておきながら、それが額に対してなのか体全体に対してなのかよく分からず、彼がどちらの意味で受け取ったのかも判然としない。拾い上げた眼鏡を渡せば短く礼の言葉が返ってくる。個人的な付き合いはなくとも幾度となく顔を合わせているのに、未だに外見と声のギャップに驚かされる俺がいる。ふとカーテンの向こうに目をやって、そして見舞用の椅子を引き出して腰を下ろした。横になったまま片手で器用に眼鏡をかけた彼が、きょとんとした顔でこちらを見返す。
「せめて飯くらいは、ちゃんと食べるようにしてくれ」
「……ああ、そうだね。すまない。戦闘中に倒れでもしたら大事だ」
 何処かずれた返事に口を開きかけて、何も言わずに閉じる。医者と患者という関係で生き方にまで口を挟むのは幾ら何でも行き過ぎだ。栄養失調で倒れたのだから、食事について言及するのは問題ないはず。
 言葉を探して暫くぼうっとする。大して知らない人間相手の沈黙なんて苦に決まっているだろうに、彼は平然とした顔で、天井や点滴を眺めている。
 言いたいことは山程あった。報告書に書かれている怪我の原因、俯瞰的に戦況を見るなら合理的な判断でも、自らの負傷――一歩間違えれば致命傷に繋がる――を省みない異質。それを繰り返す異常さ。職業柄、というよりもただ単に一人の人間として俺は理解出来ない。許せない。身勝手な義憤が腹の内側で渦を巻いて、同時に途方もない虚しさに襲われる。命を救う行為に崇高さを感じていた。なのに体だけ治したってここの連中は何度も何度も傷付いて帰ってくる。自らの痛苦を避けず他人を守ろうとする姿勢に得体の知れない何かを感じる。――これは本当に救いに繋がっているのか?
「あんたはハンターになって、一体どうしたいんだ」
 質問よりも詰問に限りなく近い問いかけ。場違いに暢気に見えた青年の顔つきが唐突に真剣さを帯びた。私は――と彼は一度言葉を切る。
「私はただ、ハンターとしての責任を果たす為に戦うだけだ」
 毅然と。一点の曇りもないその言葉を聞いて、いつの間にか強張っていた肩の力が抜けた。
「……そうか」
 言えたのはそれだけだった。立ち上がり、薬液が無くなる時間とこの頃にまた顔を見せることを告げてカーテンを引き、足を踏み出す。
「――いつも助けられてるよ。ありがとう」
 振り返れば青い瞳と視線が交差する。透き通る海――だが底は見えない。俺には知る必要もない。俺は何も言わずにカーテンを引き直し、デスクを通り過ぎて扉を開けて出て、廊下にある長椅子に雑に腰を下ろした。ぼすんと空気の抜ける音がする。目の前まで上げた手のひらは小刻みに震えていた。
 多くの人間を救い続けている優秀なハンターで、何処か中性的な顔立ちと芯の通った声を持つ青年。人当たりだって悪くない。友人もきっと多い。仕事上の付き合いしかない俺にすら真摯に向き合ってくれる。
 ――ああ、でも。俺はきっと、あいつが――鞍馬真のことが恐ろしいんだ。自分より他人を選べる、本能に反した行為が俺は怖い。何度傷付いても立ち上がるハンターが怖くてたまらない。その優しさは、人としての正しさはそうじゃない人間をなじる。本人は別に、そんなふうに思っていなくても。
 そっと吐き出した息は静寂の闇に消えた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5819/鞍馬 真/男性/22/闘狩人(エンフォーサー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
一応あるっちゃあるんですが、客観的とは? みたいなことに……。
世界観とゲームシステム的な部分の折り合いに悩みつつも、
回復速度や依頼履歴、報告書(リプレイ)関連で色々突っ込んだり。
個人的な付き合いがなくて趣味やリアルブルー時代の記憶のことは
知らず、ハンターとしての真さんを同業者じゃなく現場も知らない
人間から見たら、こういう考え方もアリかな、と形にしてみました。
完全に好意的な見方ではないので不快になられたら申し訳ないです。
今回は本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2019年02月15日

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