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『武辺の初歩 』
リィェン・ユーaa0208)&イン・シェンaa0208hero001

 刻々と近づいてきているなとは思っていたが、いつの間にか追いついてしまったバレンタインシーズンに、リィェン・ユーは深く息をつく。
 まあ、除夕から10日しかないんだからな。追いついて当然か。
 今年は日本贔屓の彼女のため、抹茶トリュフを用意することにした。試作品も程よく冷えたことだし、ここはひとつ、味見でもしてもらうとするか。
「……今度はなんの毒じゃ!?」
 開口一番、イン・シェンは言ったものだ。いや、言うばかりでなく、いつでも震脚を床へ叩きつけ、螺旋の勁をリィェンの鳩尾へ突き込めるよう構えて。
「毒じゃない。これはプレゼント用だからな。ただの抹茶トリュフだよ」
「抹茶? まあ、そうじゃろうな」
 ひとつうなずいて構えを解き、インはリィェンが差し出した皿から、やわらかな緑を映すころりとしたトリュフチョコをつまみ上げた。
「美味じゃ。夜な夜な死人を再び殺すほどの毒を練る手の作とは思えぬわ」
「人聞きの悪い」
 リィェンは憮然と応えたが、言われるまでもなく自覚はある。
 彼がこのチョコを渡す相手――テレサ・バートレットが作る料理は人を殺す力を持つ。
 ここで多くを語ることはしないが、リィェンが毒料理研究に没頭するのは、テレサの料理に耐えうる体を作るがためのことなのだ。その味見役として、インやテレサの英雄マイリン・アイゼラを犠牲にして。
 ……愛に犠牲はつきものなのである。
「愛に犠牲はつきものなのじゃ! とか思うておろうが、天獄の魔神へ贄を捧げたくば己のみにせよ」
「主観だけじゃ効果が計れんだろう。客観は大事だぞ? 武術だって見取り稽古を疎かにすれば行き詰まる」
 したり顔のリィェンへ寸勁を打ち込んで黙らせ、インは咳払い。
「このチョコレート、味は確かじゃし、日本愛好家のテレサはことさらに喜ぼう。して、この緑に合わせる花はもう決めたのかえ?」
 リィェンは打撃のダメージとインの言葉でぐっと息を詰め、内功で機能を取り戻して一気に吐き出して、あらためて大きく吸い込んだ。それを努めて静かに紡ぎ、応える。
「赤のアネモネにしようかと思う。緑とも合うし、花言葉も明確だしな」
 インがスマホで検索してみれば、出てきた花言葉は「君を愛す」。
「そう来たか」
 正直なところ、そこまでふたりの関係性が熟成しているとは思えなかったが、はっきり伝えることがひとつの突破口になる可能性はある。
 だかしかし。
「明確にしたくば言の葉にて伝えるがよいぞ。それができぬのなら文字にせよ。彼の日、花束に手書きの札をつけるが英国流なのじゃろ?」
「うっ」
 ふーむ、やはり詰まるか。花に託そうなどと思うておる内は、そちもまだまだ足りておらぬよ。
 そうは思いつつ、突き放すのもためらわれた。
 ヘタレなりにここまでこぎつけられたのは、リィェン自身の努力あってのことだ。できうることなら成就させてやりたい。今現在の彼に無理のない形で。
「……花を足してみたらどうじゃ? 思いの厚みを増すのじゃ。アネモネを中心に据え、それから、そうじゃな」
 スマホを繰って、繰って、繰って、指を止めて。リィェンに見せる。
「ナズナを加えるとよかろう。この花弁のつつましさならばアネモネを引き立てようし、赤に白は色味的にもよい。もちろん抹茶の緑ともの。なにより日本では、紅白がめでたい色なのじゃろ?」
「まあ、確かに。でもこれは――」
 ナズナの花言葉は「あなたに私のすべてを捧げます」。
 いや、確かに愛を乞うのはリィェンなのだが、せめてこう、もう少し男らしい、きみを守るとか。
「ヘタレのそちは、強き花言葉にでも助けを求めるよりなかろうが」
 すごすご去って行くリィェンに、インはやれやれとかぶりを振る。
「ここはひとつ、追い込んでやらねばならんかの」
 いつものごとくにスマホでマイリンを呼び出して。
「わらわじゃ。――用? 時節を思わば察せられよう? リィェンがへたれながらもひと勝負出たいようじゃ。そちの明るい食生活のため、共に一肌脱がぬかえ?」


 バレンタインデーは至極あっさりと訪れた。リィェンはこの四日間、私室に閉じこもっていたのでなおさらだ。
 さて、そこでなにをしていたのかといえば、カードの文面を考えては下書き、書いたものカット、削除しては一部をペーストしてまた下書き、延々ともだもだしていただけなのだが。
 結局、日頃の感謝を朴訥と綴るばかりに留め、赤いアネモネを白のナズナで飾った花束へ添えて、待ち合わせているカフェへと向かう。
 今日はカジュアルな場ということで、デニムジャケットにゆったりラインのロールアップパンツ、キーネックの長袖Tシャツを合わせてみた。
 俺がファッションなんかを気にするようになるとはなぁ。
 テレサとふたりで会う機会を得られるようになり、あわてて勉強を始めた彼である。自分のせいでテレサに恥をかかせてはならないと。しかしなにを装おうと、テレサの飾らない自然体に並ぶとちぐはぐな気がするのだ。
 結局のところ、洋服ってやつは西洋人が着るためのものだからな。東洋人の俺が着こなせるはずもないんだが。
 いや、だからって逃げ出す気はない。どんな女に惚れちまったのかは、もう充分に思い知ってるんだ。テレサ自身が俺に敗北を告げてくるまで戦い抜く。……その果てに勝利を讃えてくれるって信じて。
「リィェン君」
 ロンドンの片隅にあるカフェの前でテレサが手を振っていた。
「すまない。きみよりも早く着いてるつもりだったんだけどな」
「たまたまよ。今日は家から直接だったし、いつも待ってもらってるイシュガエシ?」
 意趣返しは恨みを返すことだが、まあ、日本語は難しいからな。リィェンはあらためてテレサを見た。
 今日はワイドパンツにMA-1というシンプルなスタイル。ああ、これはつまり……
「職業病だな、テレサ」
 リィェンの指摘に苦笑を詰まらせるテレサ。
 テレサがパンツスタイルを好むのは、すぐ銃を引き抜き、リアクションを取るためだ。MA-1にしても、転がった際に肘や体を擦り剥かないためだろう。
 これまでリィェンに余裕がなかったせいで気づけなかったが、何度もコーディネートの偏りを見せられればさすがに思い至る。テレサが常に有事を考えているのだと。
「それ、そっくりそのままお返しするから」
 これはもう指摘されるまでもない。スキニーなパンツが流行する中、あえて脚を締めつけないパンツを選んでいるのは、蹴りやすさを重視してのこと。常人とは可動域の広さがケタちがいの武術家にとって、脚まわりの余裕はなによりのものとなる。元は作業用のデニムだって、その耐久力は折り紙つきだし。
「実は無意識だって言っても信じてくれるか?」
 リィェンはテレサ越しに手を伸ばし、ドアを開けた。
「リィェン君が言うことならね」
 彼が遮ってくれた寒気を避けて店内へ入り、今度はテレサがドアを押さえる。
「なによりだ」
 ドアをくぐって後ろ手に閉め、リィェンは笑みをうなずかせた。
 いい雰囲気なのかはわからないが、それなり以上に信用してもらってることはわかった。だから、なによりだ。

「今日は支部に顔出さなかったのか?」
 普通のカップでは取っ手に指が入らなくて、急遽マグカップに入れてもらったサントスをひと口すすったリィェンが問えば。
「いろいろな人がプレゼントを届けてくれるから。あたしは今日、出入り禁止なのよ」
 ジーニアスヒロイン宛てのバレンタインプレゼントは、確かにとんでもない量となるはずだが。その内に、悪意が仕込まれていないとも限らない。今頃支部では総力体制でチェックが行われているわけだ。
「それは……残念だな」
 皆の好意をその手で直接受け取ることすら許されない。それがH.O.P.E.の広告塔であり、正義の象徴であるジーニアスヒロインの宿命。
 リィェンとしてはライバルの殺到に悩む必要がないだけにありがたくはあるが、「みんな」を愛するテレサにとってどれほどの無念かが察せられるだけに、苦い。
「リィェン君はそう言ってくれると思った」
 アールグレイのカップに口をつけるテレサ。
 その薄笑みの裏に隠した寂寥がリィェンの胸を突いて。
「バレンタインプレゼントがあるんだ」
 今すぐに知らせたい。
 きみの手にまっすぐ届く想いが、ここにあるんだって。
 幻想蝶の内に隠していた花束を抜き取り、メッセージカードが落ちていないことを確かめて、差し出した。
「カードにもいろいろ書いたつもりなんだが……どうしても、書けなかったことがあるんだ」
 リィェンは息を止め、覚悟を決める。
「ガキだった頃、俺はきみに会ったことがあるんだ。今の半分の背丈しかなかったきみの、今とまるで変わらない正義は、どん底にうずくまってた俺へまで届いて、先を照らしてくれた」
 静かに語りだしたのは、あの日の出逢い。きっとテレサは憶えていないだろう。あんなことは日常茶飯事だったはずだから。それに、思い出させるほどはっきりと告げる勇気は、まだリィェンにもない。
 しかし自分が、今まで踏み出せなかった本当の一歩を進んだことを、リィェンは自覚していた。だから言葉を止めて、花束にチョコレートの箱を添えてテレサの手へ渡し。
「今日は、それからずっと重ねてきた感謝と、これから重ねたい――いや、それは後で気づいてくれればいい」
 テレサは店主に確認を取り、許可が出たところでチョコレートの箱を開けた。
「アネモネは、君を愛す。ナズナは、渡しのすべてを捧ぐ。……想ってもらってるのね、あたし」
 テレサは抹茶トリュフを口に入れ、困ったように笑む。
「でも、イエスともノーとも言えない。それが今の正直な気持ち。焦らしたいわけじゃないし、弄びたいわけでもないんだけど」
「十年以上もきみを追いかけてきたんだ。今さら焦らないさ」
 これはリィェンの本心だ。
「……すごく待たせるかも」
「俺が死ぬまでに訊かせてくれればいい。もっとも、いつどこで屍を晒すかわからないのが武辺だからな。多少は急いでくれると助かる」
 軽口に紛れさせ、リィェンは息を吹き抜いた。
 想いが伝えられたなら、次は答を聞く資格を得るため、なにをしなければならないかだ。
 H.O.P.E.の内で名を馳せたところで、外に轟くほどのものではない。愚神の王を討った今なお、エージェントは多くの人々にとって得体の知れない暴力集団だ。
 皮肉なことに、古龍幇から“誰に恥じることもない戸籍と立場”を与えられたことで思い知らされた。
 まったく、世界ってやつは武辺に厳しくてかなわない。
「とりあえず、リィェン君があたしの、おそらくは初めてのボーイフレンドってことは確かだから」
 ちょっと悲しいことを言い、テレサが手を差し伸べてくる。
 それを取ってシェイクハンド。リィェンはあらためて心を据えた。
 なんにせよ、これからだな。

 と、ここで彼は今日、インやマイリンがどこにも現われなかったことに気がついた。
 のぞきに来るんじゃないかと警戒してたんだが、いったいどうした?
「そういえば忘れてたわ! あたしもチョコレート作ってきたの! 生チョコレートなんだけど、あんまり期待しないでね!?」
 テレサがいそいそ取り出した箱をありがたく開き、鋭い目でチェックする。
 よし、このサイズなら三口分は耐えられるな。
 しかし最近のテ料理は毒性がいや増してる。万が一のときは、トイレで救急車を呼んで這い乗るか。番号は確か――


「い、イギリスの救急車は――119で、いいのかえ?」
「きゅう、きゅう、きゅう、ア……ル」
 バートレット邸のキッチンで倒れ伏すインとマイリンは、震える手で999をコールし、息絶えた。
 マイリンの手引きで邸へ乗り込んだインは、支部へ行けずにふらふらしていたテレサにチョコレートを作らせたのだ。
『実は気になる殿御がおっての。チョコレートなど見舞ってくれようかと画策しておるのじゃが。作り方を教えてはくれぬかえ?』
 言葉の端々がおかしいのはともあれ……どうせ作るならリィェンにも食わせてやってはどうじゃー? そういや今日会うとか言ってたアルねー。なんと、それはまた偶然じゃのー。まったくアルアルー。
 大根女優どもに乗せられるまま、テレサは指導(?)を開始。めでたくインはチョコを作りあげ、友チョコ交換という形で“テョコレート”を渡されてマイリンを道連れ、約束された瀕死へ。
 これで決めておらなんだら、リィェンを天獄送りにしてくれる……!
 インが送るまでもなく、すでに天獄逝きが確定しているリィェンなのだが、それはまた別の話だ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
【テレサ・バートレット(az0030) / 女性 / 23歳 / ジーニアスヒロイン】
【イン・シェン(aa0208hero001) / 女性 / 26歳 / 義の拳姫】
【マイリン・アイゼラ(az0030hero001) / 女性 / 13歳 / 似華非華的空腹娘娘】
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2019年02月15日

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