▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『甘く優しい唇(2) 』
白鳥・瑞科8402

 一人の少女が泣いている。想い人に贈ろうと思い勇気を出してチョコレートを買った帰りに、彼が別の少女とデートしているのを目撃してしまったのだ。渡せなくなってしまったチョコレートを見ながら肩を落としている彼女に這い寄るのは、影。
 心が歪んで出来た隙間は、一部の心ない者達にとっては格好の餌だった。特に、この影のような弱った人の心に取り憑く妖にとっては。
 影は笑う。悲しみに暮れる少女を嘲笑うかのように。不気味な姿で、妖怪は甘い言葉を囁く。その甘言に耳を貸せば、彼とその恋人の仲は引き裂かれ少女の思いは叶うのだと嘯き少女の事を惑わせてくる。
 傷ついている少女には、その黒く穢れた手すら救いの手に思えてしまったのだろう。彼女は妖怪に向けて手を伸ばしかけ――けれど、その手は中途半端なところで止まった。眼の前に突然降り立った何者かに、少女は瞳を奪われてしまったのだ。
「悪しき者の言葉に耳を傾けてはいけませんわ。あれは罪なき市民を惑わす妖……、あなたの心を食い尽くそうとしている悪魔でしてよ」
 妖から少女を守るかのように立つ彼女……瑞科は、ふわりと優しげな微笑みを浮かべる。そんな彼女に少女が何も言い返せなかったのは、突然の事に混乱していたのもあるが、まるで天使のように華麗に目の前に現れた瑞科の姿につい見惚れてしまったという理由も大きかった。
「けれど、わたくしがきたからにはもう安心ですわ」
 その名のように白鳥の如き優雅さを持ちながらも、瑞科の表情は自信に満ちあふれていて頼もしい。
 美しい瑞科と見比べると、異形の不気味さが際立った。何故先程まで自分は、この見るからに邪悪そうな悪魔に救いを求めようとしていたのだろう。惑わされていた少女は瑞科のおかげで正気に返り、小さく悲鳴をあげる。そんな彼女に優しく逃げるように告げ、瑞科は敵に向き直った。
 獲物に逃げられてしまったせいか、悪魔の巨大な体躯は怒りに震えている。不気味に笑いながら、影は瑞科の扇情的な身体を視線で撫でた。そして、先まで獲物を逃した怒りで震えていたはずの異形は、彼女の姿を視界に収めた途端にその震えを歓喜のそれへと変えるのだ。どうやら悪魔は、瑞科という新しい餌にターゲットを変えたようだった。
「あら、わたくしに取り憑くおつもりで?」
 弱ってもおらず、戦いに慣れている瑞科に取り憑く隙など存在しない。だが、それでも怪物は彼女を喰らいたいという欲望に抗えず低い声で唸り始める。影はその手を刃の形へと変え、瑞科へと狙いを定め斬りかかった。
「遅いですわっ!」
 漆黒の刃を受け止めるのは、銀色の剣。相手の攻撃を難なく弾き返した瑞科は、体勢を崩した妖怪に向かいその勢いのまま刃を振るう。怪物はよろめきながら後方へと下がったが、そのギラギラとした瞳は瑞科から逸らされる事はない。
 瑞科もまた、跳躍し相手と距離を取る。しかし、それは悪魔のように勢いに負け怯んでしまったせいではない。重力を利用し、振り下ろす剣に込める力を強くするためだ。ふわりとヴェールが揺れ、空を舞う聖女は落下した。剣の感触を身体で味わうはめになった妖の、鈍い悲鳴が周囲へと響き渡る。
 痛みに苦しみながらも影は自らの身体の一部を弾丸へと変えると、近くに華麗に着地した瑞科に向かい放った。
 しかし、そんな影の一欠片すらも彼女に触れる事は叶わない。
「残念ですけれど、もう終わりのようですわね」
 全ての弾丸を剣で切り落とした瑞科は、裁きをくだす女神の代わりに悪しき者へと言い放つ。
 ただ欲望のままに弱き者を喰らおうとする悪魔に、懺悔の時間を与える慈悲はない。剣を振り下ろす瞬間、瑞科はしばしの間だけ瞼を閉じた。祈りを捧げるためである。この悪魔のためではなく、悪魔が傷つけてきた者達のための祈りを。

 ◆

「ひとまず、計画通りですわね」
 溶けるように悪魔が消えていくのを見届け、瑞科は通信端末を使い神父へと任務に関する報告をする。
 ふと何か、小動物程の大きさの黒いものが瑞科の真横を通り過ぎていった。まるで影がひとりでに動き始めたかのような、奇妙な物体。この世界の常識でははかれない異物だ。
 瑞科は視界の端でその姿をしっかりと捉えていたが、しかし、あえて追う事はせずに歩き始める。
「それにしても、手応えのない相手でしたわ」
 力量も今ひとつだが、何よりも致命的なのはその思考回路の単純さだ。相手の次の手が手に取るように分かってしまい、瑞科にとっては少々退屈な仕事になってしまった。
 通信を終え端末をしまうついでに、瑞科は現在の時刻を確認する。店は閉まっているどころか、まだ日が落ちてすらいない時間であった。休暇の続きは、たっぷりと楽しめそうだ。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【8402/白鳥・瑞科/女/21/武装審問官(戦闘シスター)】
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年02月18日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.