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『甘く優しい唇(3) 』
白鳥・瑞科8402

 放たれた重力弾が、的の中心を射抜く。十を超える標的を同時に射抜いてみせた瑞科の姿に、拠点にあるトレーニングルームで同じように訓練をしていたはずの仲間達は思わず見惚れてしまった。瑞科の華麗な動きは、訓練であろうと鈍る事はない。まるでショーのように優雅に、それでいて的確に目標を射抜く彼女の華麗な戦闘能力は、美しくもありながら何よりも参考になる教科書でもあった。最も、瑞科のように隙のない動きを会得するのは並大抵の苦労では難しい事であるが。
 人より何歩も前を行きながらも、瑞科が訓練で手を抜く事はない。現状に満足する事はせず、日々訓練を続けるからこそ更に瑞科は美しく強くなっているのだろう。
(身体を動かした後は、頭を動かさねばなりませんわね)
 休憩室の椅子に腰をかけ、瑞科は武装審問官としてあらゆる状況に対処出来るように脳内でいくつものパターンをシミュレートしていく。並々ならぬ努力が、聖女をいっそう最強の戦闘シスターたらしめるのだ。
「あ、白鳥先輩、先日は美味しいチョコレートをありがとうございました!」
 ちょうど休憩に入ろうとしていたのであろう、何人かの後輩達が瑞科の姿に気付くと慌てて駆け寄ってくる。嬉しそうに笑う彼女達に、瑞科の唇も弧を描いた。
 チョコレートのお礼は、ここ数日で瑞科もすっかり聞き慣れてしまった話題の一つだ。先日の休暇の時に、バレンタインデーの贈り物としてチョコレートを「教会」の仲間達に贈ったのだが、どうやら思った以上に好評らしい。どこの店で買ったのかを聞かれたり、お返しとして相手のおすすめの店を逆に教えてもらったりと、女性らしい話に花を咲かせる日々が続いている。
「お礼を言いたかったので、会えて良かったです。でも、そういえば、先輩って今日は休暇の予定だったんじゃなかったですか?」
 後輩の少女が、不思議そうに瑞科に尋ねる。確かに、本来の予定なら今日は瑞科は休日をとる事にしていた。しかし、チョコを購入した休暇の日に起こったとある事件のせいで事情が少し変わってしまったのである。
「ええ、でも先日の休暇で買いたいものは買えましたし、今日はトレーニングをしたい気分でしたの。それに、わたくしの予想では今日の午後にでもわたくしに新しい任務が入るはずですわ」
 何かを見据えた瑞科の言葉に、後輩達は揃って首を傾げる。そんな後輩達のまだまだ修行が足りない様に、瑞科は青色の瞳を細めどこか悪戯っぽく微笑んだ。
「実は、わたくしが甘いものをあげた相手は、あなた達だけじゃありませんのよ」
 そう、瑞科がバレンタインの贈り物を贈ったのは仲間達にだけではなかったのだ。けれど、それはチョコレートでもなければ、実際に目で見えるものでもない。
 先日の任務の後に、彼女の横を通った小さな黒い異形。あれの正体は、とどめをさした後もしぶとく生き残っていた悪魔の一部だ。あの一部を見逃したあの瞬間こそが、瑞科から悪しき者への甘いプレゼント。一見優しく見える、甘い罠であった。
 あくまでも、瑞科があの日受けた任務は今回の事件に関わっている妖怪達のせん滅だ。拠点があるなら破壊し、同種の妖怪も全て倒さなくてはいけない。故に瑞科は任務を完璧に遂行するために、悪魔をわざと見逃ししばらく泳がす事にしたのだ。
「恐らく、そろそろ動きがあるはずですわ」
 近い内に神父から、弱った者の心を食らう魑魅魍魎に関する新しい任務が命じられる事だろう。そこまで予見している瑞科は、落ち着いた様子でその時を待つのであった。

 ◆

 ――ユルセナイ、ユルセナイ。エサ、エサをくれ。
 小動物程のサイズの小さな影は、ふらふらと揺れながらとある廃墟へと辿り着く。そこは彼の拠点だった。瑞科に倒される瞬間に、影はなんとか自分の身体の一部を切り離し、その一部分に全ての意思を委ね命からがら帰ってきたのだ。
 ――チカラ、もっとチカラを。
 悪魔の声に応えるように、拠点にいたいくつもの影が集まってきた。徐々にそれは一つに融合し、巨大な一体の怪物が誕生する。
 ――フクシュウだ。そしてあのオンナを、なんとしてでもこのテに……。
 異形の瞳は、瑞科への憎しみに燃え鈍く光っていた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8402/白鳥・瑞科/女/21/武装審問官(戦闘シスター)】
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年02月18日

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