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『甘く優しい唇(4) 』
白鳥・瑞科8402

 暗い廃墟はじめじめとしていて、澱んだ空気に支配されている。人にとっては好き好んで訪れるような場所ではないが、こういった空気を好む妖にとっては居心地の良い空間なのだろう。
 瑞科の調査通り、ターゲットである悪魔はそこにいた。影のような黒い姿には見覚えがある。瑞科が先日罠を張った相手……人の弱い心を好む妖だ。この拠点に住まう悪魔のせん滅、そして拠点を破壊する事が瑞科の今日の任務であった。
「キサマは! シラトリ……ナゼだ、ナゼここに!?」
 瑞科がまさか自分の事を見逃し、それ以降も調査を続けていたなどという事を知るよしもない悪魔は、自らの拠点に憎い相手の姿がある事に驚きの声をあげる。
「まぁイイ。先程ついに、仲間と融合し完全なる力を手に入れたところだ。会いに行く手間が省けた」
「他の悪魔と融合ですって……?」
 小さく呟いた彼女に、悪魔は瑞科が恐れをなして逃げ出してしまう事を危惧した。もちろん、逃がす気などはないが。
 しかし、瑞科の顔に怯えの色はない。以前戦った時のように穏やかな笑みを崩さないまま、彼女はどこか呆れたように告げる。
「全てが、わたくしの予想通りですわね」
 先日の任務で彼とすれ違った時から、瑞科は感じていたのだ。相手が放つ、おどろおどろしい邪気を。憎しみに囚われた悪魔が、瑞科へと復讐を果たすために何をするかなど手に取るように予想出来た。拠点に帰り、力を求めて仲間を食らう。あの時瑞科が敵のあまりの単純さに呆れたのは、あの時点ですでにここまで読めてしまっていたからである。
「実際にその通りになってしまいましたし、少し拍子抜けですわ。戦闘ではわたくしの事をもう少し楽しませてくださいませ」
「強がるな。キサマだって本当は震えているのではないか?」
「あら、そちらこそ見くびらないでくださいまし。わたくしが震えているとしましたら、それは恐らく武者震いでしょうね」
 聖女と悪魔は笑い合う。怯えているかどうか、確かめるのに最も適している方法を二人とも知っていた。どちらともなく走り出し、自身の武器を振るう。開戦の合図などは必要ない。これは試合ではなく、殺し合いなのだから。
「フクシュウだ! フクシュウをはたす時がきた!」
「戦闘シスターの力、お見せいたしますわ!」
 瑞科の剣と、相手の影で出来た腕が交差する。最初の一撃は互角。否、そう見せかけてのブラフだ。悪魔が剣の対処に追われている間に、瑞科は太腿のベルトからナイフを引き抜くと切っ先で鮮血の花を描く。
 苦悶の声をあげたものの、負けじと悪魔も彼女の可憐な肌を喰らおうと大口を開けた。巨体である悪魔の牙は、まるで一本一本が鋭い剣の先のようだ。甘噛み程度であろうとも、相手を食いちぎる事が出来る凶器の列。
 瑞科はその刃が無遠慮に自身の柔からな肌に触れる前に、後方へと跳躍し攻撃を避ける。勢いと共に翻ったスカートから覗く魅惑的な足は、まるで風を味方につけたかのように軽やかなステップを刻んだ。
 敵との距離を瞬時に計算し、瑞科は相手の手の届かぬ場所へと移動すると何かを放つ。いくつもの弾が、悪魔の身体を射抜く。彼女が得意とする、重力弾だ。トレーニングルームで仲間達の視線をさらった的確で鮮やかな攻撃が、悪魔の命を削っていく。
 悪魔もまた、自らの身体の一部を切り離し呪詛のこもった弾丸へと変えた。空中で、瑞科の放つ重力弾と悪魔の弾丸が正面からぶつかり合う。
 しかし、悪魔の決死の攻撃も瑞科にはやはり届かない。悪魔の弾は全て重力弾によって弾き落とされ、瑞科を傷つけるどころかその美しい肢体に近づく事も叶わないのだ。
「ククク、後ろだ!」
 だが、悪魔にも考えがあったようだ。一部の黒い弾をわざと見当違いな方向へと飛ばし、瑞科の背後へと回ると再びその場所で身体を融合させ擬似的な瞬間移動をしてみせたのだ。彼女の魅惑的な身体にようやく近づく事が叶った悪魔は、狂喜の声をあげながらもその身体へと食らいつこうとする。
「甘いですわ」
 しかし、次の瞬間悪魔の目の前から瑞科が消えた。
「ナニ!?」
「こちらでしてよ」
 いつの間にか上空へと跳躍していた瑞科の声に、ハッと悪魔は空を見やる。瞬間、微笑んだ聖女と目が合った。柔からな微笑みを浮かべた彼女の唇が、魔物にとっては最期に聞く事となる言葉を象る。甘く優しい声音が、彼女の放った電撃と共に妖の身体に向かい放たれた。
「おやすみなさいな。これで、おしまいですわ!」

 ◆

「やっと見つけた!」
「あら、あなたは……」
 任務を終えた瑞科は、報告のために一度拠点へと戻ろうとしていた。道を歩いている途中で突然声をかけられたので、栗色の髪の毛を揺らしゆっくりと振り返った瑞科は、そこに立っていた者が誰なのか気付くと破顔する。
 息を切らせて瑞科の前まで走ってきたのは、先日瑞科が助けた少女だった。バレンタインにチョコレートを渡す前に失恋してしまい、その心の隙間を悪魔に利用されそうになっていたあの少女だ。
 少女は瑞科に、あの時のお礼だと言って小さな包みを渡してくる。包みの中身はどうやらチョコレートのようだ。瑞科に渡すために、あれから少女は瑞科の事を探していたらしい。彼女の純粋な感謝の気持ちがこもったチョコレートは、きっと今まで食べたどのチョコレートよりも甘く優しい味がするに違いないと瑞科は思った。
 彼女のような罪なき者がこれ以上傷つかぬように。悪しきもの達に、好き勝手などさせぬよう。瑞科は今後も戦い続ける事を胸に誓う。
 どこか晴れ晴れとした冬空の下、瑞科は再び歩き始める。拠点へと向かう彼女が見据えているのは、輝く未来。
「次の任務も楽しみですわ」
 任務を完璧にこなした高揚感に浸りながら、瑞科はまだ見ぬ次の任務に思いを馳せるのだった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8402/白鳥・瑞科/女/21/武装審問官(戦闘シスター)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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このたびはご発注ありがとうございました! ライターのしまだです。
今回の瑞科さんのご活躍、このようなお話になりましたがいかがでしたでしょうか。
お楽しみいただけましたら幸いです。何か不備等ございましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、このたびはご発注ありがとうございました。また次の機会がありましたら、是非よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年02月19日

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