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『天国館奇聞【4】 』
海原・みなも1252

 暗い石壁の通路には底冷えする湿気がじっとりと淀んでいた。天井の梁の間から薄明かりが漏れている。埃っぽい薄光が目の前の白髪男の姿を、ぼんやりと浮かび上がらせていた。
「私の手によるものであることは間違いない」
 あっさりと認めた男はそう言ったきり、みなもの掌の石を愛しむように見つめていた。
 穏やかで、それだけに不気味な沈黙だった。
 石のことを追及されても動揺らしい動揺を見せなかったというのはどういうことなのか。世間を騒がせている事件の真犯人が自分であると白状したに等しいはずだ。それなのに、焦るでもない、隠すでもない、機嫌を悪くするでもない。陰翳の濃い頬には微笑さえ浮かんでいるように見える。何を考えているのかわからない。
 口の中がやけに乾く。何か不用意なひと言を口にしたら最後、目の前の男は途端に形相を変えるのではないか。風体のせいもあるのだろうが、そんな油断のならない雰囲気がこの男からは感じられる。
 しかし、みなもは同時に確信していた。こんな状況にもかかわらず、今みなもの瞼の裏には草間に話した少女の姿がはっきりと像を結んでいる。もはやこの男やこの館と無関係ではないだろう。みなもの勘が、水気の声が、そう囁いている。
 あとは、男が口を開くのを待つべきか、それともみなもの方から切り出すべきか。
 不意に男の気配が緩むのを感じた。笑ったようだった。
「…こんな形で戻って来ようとはね。まあ、計算外ではあったよ」
 その言葉がみなもの背を押した。低く、声を絞りだしていた。
「…やっぱり、さらったんですか。みんなを」
 男が首を傾げた。
「…それを聞いてどうする?」
 震える唇を鎮めたくてこぶしを握った。
「みんなを、助け出します」
 男は肩を揺らし、堪えられないとでもいうように笑いだした。
「助ける? 君は自分の状況をわかっているのかね」
 わかっている。どう考えても危機的状況にあるのはみなもの方だ。有利になり得そうな材料は一片も見当たらない。それでもみなもは睨み返した。
「助けられなくても! 知りたいことだってあるもの! みんなの無事。みんなの居場所。それに…」
 どう転んだところで突っ込まねばならない先がこの男の懐ならば、伝えたいことを伝えるまでだ。聞きたいことを聞くまでだ。少なくとも突っ立って何もしないまま出来ないまま犬死にするよりマシではないか。
「この石は何? どうして残したの? こんな形なのにはきっと、何か意味があるんでしょ…」
 可能性はわずかであっても、何か手掛かりが掴めるかもしれない。次の一手のカギを得ることができるかもしれない。
「あなたの、涙なの…?」
 黒尽くめの男を見上げるうち、みなもの口から自然とこぼれ出ていた。
 一瞬の間があった。
 男は身を屈めると、ぬるりとみなもの顔を覗き込んで来た。
「これが、涙だって?」
「ひっ…」
 息がかかるほどまで迫ってきた男の顔に思わず後ろにさがろうとしたが、男はみなもの手首を強く掴んで引き寄せた。
「痛っ、はなして!」
 二重の瞼は奥まり、鼻筋は高く、元から彫りの深い顔立ちだったことが窺える。だが男の瞳孔は黒々と開いていた。
「涙…。しかも、俺の…?」
 瞬くことを忘れたかのような目だった。
「お嬢さんはなかなかのロマンチストだ」
 男はみなもの手から石を取り上げ、
「これはね」
 親指と人差し指で摘んだ涙型のそれを、みなもの眼前でゆっくりと逆さまにした。
 にたり、と笑った。
「心臓だよ」
「……心、臓……?」
 いびつな円錐型。石の表面に張りついている凹凸。
 石の色をしているからそうとは気づかなかったが、凹凸は筋を作っているようにも見える。血管だったのか。左右対称になりきらずに歪んでいたのも心房の形だったからなのか。
 みなもの心臓がドクンと音をたてた。
 男はこれを心臓だと言った。草間は「石はいつも失踪現場に落ちていた」と言っていなかったか。まさかこれが石化した心臓だなどとは考えたくない。比喩的な表現だと思いたい。石から目が離せないまま、恐る恐る訊いた。
「……誰の、心臓なの…」
「もちろん、選ばれた者たちのだよ」
 こともなげな口ぶりだった。
 選ばれた者たち。ということは。
「じゃあ、じゃあ! みんなはもう」
 攫われた少女たちの「心臓」がことごとく現場に遺されていたということは、つまり。
「もう生きてないってこと…!?」
『死んだのか』。『殺したのか』。そんな言葉を口にしてしまえばそれが本当になりそうで、動かしようのない事実になってしまいそうで、そんな不安と焦燥をもう片一方の思考が必死に打ち消しにかかる。いや、どう見ても、どう触っても石だった。事件の現場で生身の心臓を抜き出したとして、瞬く間にこんな物にしてしまえるはずがない。
 だが、さらに別の思考が呟く。事件も不可解なら、この館も目の前の男の存在も不可解そのものだ。無いとは言い切れないのではないか。
 しかし、男は問いに答えず、みなもの手首を掴んだまま歩き出した。
「いらっしゃい、お嬢さん」
「痛っ! 待って!」
 男の歩みは速かった。みなもがあちこちで躓いては転びそうになるのをかえりみもせず、迷路のような通路を、階段を降りては上がり、仕掛けの施された壁を抜け、迷うことなく進む。草間は忍者屋敷のようだと評したが、たしかに西洋版のそれといえそうだった。
 無理な姿勢で連れ歩かれて息があがったところで、またあの岩の転がるような大音が行く手に起こった。そこから先はみなもが前を歩くよう促され、木の梯子を上がり、目の前に現れた扉を開くと、暗がりに慣れていた目が光に射られた。
 古い礼拝堂だった。
 天井は高く、壁には白衣の聖人たちが描かれ、祭壇の上の天窓には嵌め殺しのステンドグラスが見える。ステンドグラスに描かれているのは、輝ける光を背にしたおそらくはキリストの姿だ。
 だが、みなもの目に映ったものはそれだけではなかった。
 その天井からはワイヤーやチューブのようなものが何本も祭壇に垂れ落ちていた。傍らには箱のようなものがいくつも積み上げられていて、一見教会オルガンかと思ったが、箱の背面から無数に出て床に黒々とのたうっているものは遠目にもコードの束に見える。機器類だろうか。
 しかし、みなもが目を奪われたのはそれらではなく、異様な祭壇の両脇に並んでいる少女たちの姿だった。一人ではない。左右にそれぞれ五人は見える。みなもの存在に気付いているのかいないのか、話すでもなく身動ぎするでもなく、皆が皆、黙って整列している。
 そしてもう一つ奇妙なことに、少女たちは皆それぞれ、童話や物語の世界から抜け出してきたかのように、どこかの国の王女や公女、妖精や天使や女神を思わせる美しい衣装で着飾っていた。
「この子たち、が…?」
 男が攫った少女たちなのだろうか。
 五体の自由を奪われ、心身を苛まれ、最悪、心臓を抜かれて命を落としたかもしれない状況を想像をしていただけに、この光景には虚を衝かれた。そういえば草間から聞いた話の中にも、この天国館はその昔、逃げ込んだ女性たちを匿う個人経営の修道院のようなものだったという話があった。今もそうだったのだとしたら? 悲観するほどの事態は起きていなかったということになる。
 みなもはしばらくの間、気が抜けたように幻想世界の住人に扮している少女たちを眺めていた。
 が。
 そのうちの一人に見覚えがあった。
「…あの子!」
 みなもは男の手を振り切って駆けだした。夢に見た少女がそこにいた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1252@TK01/海原・みなも/女/13/女学生】
【NPCA001 /草間・武彦 /男/30/草間興信所所長、探偵】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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たいへんお待たせしました。天国館奇聞【4】をお届けいたします。
今回、おまけノベルの方は【4】の続きとなっております。
次回も引き続き、みなもさん受難の回でございます。
みなもさんには最後に大いに愚痴って頂こうと思います…。
ありがとうございました!
東京怪談ノベル(シングル) -
工藤彼方 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年02月20日

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