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『From fingertips 〜氷雨 柊〜 』
氷雨 柊ka6302

 硝子越しに目が合ったお嬢さんの瞳は、夜明け前の空の色をしていらっしゃいました。




「ふぅ、」

 受付終了15分前、ようやくお客様が途切れました。ここ紅界ではネイルサロンは珍しいようで、有り難いことに開店当初から沢山のお客様に恵まれています。
 とても嬉しいことですが少々疲れが出てきたようで。こちらの世界の多くの方にとって未知の施術であるため、材料や工程などの説明にとても気を遣うのです。
 表を見れば、辺りはすっかり暗くなっていました。異郷の冬の長い夜は、日頃忙しさに紛らわせている淋しさを思い出せます。

「もう店じまいしましょうか」

 そう決め、硝子扉に近付いた時です。
 思わず息を飲みました。
 宵闇を払うかのように輝く白銀の髪、夜明け前の静謐な空の色をした瞳のお嬢さんが、控えめに店内を覗き込んでいらしたのです。そんなお嬢さんの容姿は、黄昏時の心細さを感じていた私には一層眩く感じられました。
 髪の間から尖った耳が覗いています。蒼界では物語の中の存在だったエルフさんです。夢のように遠い存在に感じられるお嬢さんですが、何と和装をお召しでした。本から飛び出してきたかのようなお嬢さんが、私の故郷の装いをされていることがとても嬉しくて。
 硝子越しに目が合うと、お嬢さんはぴくっと肩を跳ねさせ、はにかんだように会釈してくださいました。気付けば私は疲れも忘れ、扉を開けていました。



「はにゃ、良いんですかぁ? もうすぐお店閉める時間ですのにー」
「構いませんとも」

 私がお茶を淹れている間、お嬢さんはディスプレイのネイルチップ達を興味深そうに眺めて回ります。

「綺麗ですねぇ。表から見た時にもキラキラしていて、最初アクセサリーのお店かと思ったんですよぅ」
「ふふ、ありがとうございます。見本のように爪に装飾を施すこともできますし、爪や手指のお手入れも承っているんですよ」
「爪のお手入れですかー」

 お嬢さんは灯りに手を翳し、しげしげとご自分の爪を眺めました。その仕草の可愛らしいこと。お顔立ちは大人の女性でいらっしゃるのに、ゆったりした口調や愛々しい所作はどこかあどけなく、やっぱり『お嬢さん』とお呼びするのがしっくり来るような気がします(失礼かもしれませんから口にはしませんが)。
 カウンターにお招きしてお茶を差し上げると、紫紺の瞳がぱっと輝きました。

「ほうじ茶ですねぇ♪」
「お着物をお召しなので、もしかしたらお好きかなと」
「嬉しいですー、店主さんもお好きなんですかぁ?」
「ええ、私は蒼界の日本の出身でして」
「はにゃ!? 私の父も日本から来たんですよぅっ」
「まあ!」

 思いがけぬご縁に話が弾みます。
 お嬢さんは『柊さん』とおっしゃること。
 日本人のお父様にエルフのお母様、それに妹さんがいらっしゃること。
 一番驚いたのは、

「柊さんはハンターさんでしたの?」

 こんなに小柄でお可愛らしい方なのに、危険なお仕事をされていること。
 施術メニューとにらめっこをしていた柊さんは、しょんぼり肩を落としました。

「そうなんですよぅ。……折角お手入れしていただいても、すぐダメにしてしまうかしらー?」

 呟き残念そうに手をさすります。それが施術代惜しさなどではなく、私の手間を考えてのことだと伝わってきて、思わずその手を取りました。

「でしたら尚のこと。大変なお仕事をなさっている柊さんのような方にこそ、ほんのいっときでも『女の子』の時間を楽しんで頂けたら……私はそう思います」

 人々を守るために振るわれる手でも。
 明日には戦いの中で傷んでしまうかもしれないけれど。
 だからこそ普通の女の子としての時間を差し上げたい。楽しんで頂きたい。私のエゴに過ぎませんが、心の底からそう思いました。
 柊さんは驚いたように目をぱちくりさせて――ややあって、またはにかんだように微笑んで。

「それじゃあ、お願いしますねぇ」



 柊さんが選ばれたのは、お好きな指の爪ひとつにワンポイントで装飾を施すコースでした。やすりで爪を整えながらご希望を伺っていきます。

「ベースのお色はどういたしましょう」
「んー、おすすめはありますかぁ?」
「今時期は恋のイベントが続きますから、華やかな赤やピンクを選ばれる方が多いですよ」

 サンプルをお見せすると、柊さんの目はすぐに淡いピンクに留まりました。

「この桜色可愛いですねぇ♪」
「柊さんの白い手によく映えると思います」
「そうでしょうかぁ。ふふ、じゃあこれにー……」

 言いかけて別の色にじっと見入ります。視線の先を追い、

「藤色も気になりますか?」

 尋ねると、何故か柊さんは少し頬を赤らめ、「思い入れのある色なんですよぅ」と。

「どんな思い入れがおありなんです?」
「え、へへ〜」
「柊さんの瞳も、とても綺麗な紫色ですよね」
「私の瞳というよりもー……あっ、」
「想われている方の瞳に似ているんですね」
「は、はにゃ」

 柊さんはいよいよ真っ赤になって俯きました。そのいじらしさに私の頬まで緩んでしまいます。ベース色は藤色から桜色へのグラデーションに決まりです。装飾は和装にも洋装にも合うようパールストーンを。お裁縫をされるそうなので、長さは足さずに地爪を活かすことにしました。
 整えた爪を桜色に塗っていきます。柊さんの手は小さく柔らかく、こんな愛らしい手で武器を取ってらっしゃるのかと思うと無性に胸が詰まります。ジェルを乗せていくと、

「ふふ、ちょっぴりくすぐったいですー」
「失礼しました、」
「あっ、指ではなくて胸のあたり? がー……。こんな風に丁寧にお手入れしてもらうこと、ないですからー。何だかトクベツな感じがしますねぇ。自分の爪がぴかぴかになっていくのを見ているのも楽しいですよぅ」
「そう仰って頂けると嬉しいです」

 更に付け根の方から藤色を少しずつ伸ばしていくと、柊さんの双眸が嬉しそうに細まります。想われている方の瞳を重ね見ていらっしゃるのでしょう。幸せそうに綻ぶそのお顔から、素敵な恋愛をされていることがひしひしと感じられました。

「お相手の方にお見せできると良いですね」
「気付いてくれるかしらー?」
「ええ、きっと。……ストーンを乗せる指、ご希望はおありですか?」
「そうでしたぁ。どうしましょうー」
「でしたら、おすすめしたい指があるのですが」

 柊さんは快くお任せくださいました。
 私が選んだのは左手の薬指。細筆で金の曲線を2本交差するように描きます。おふたりの未来が交わるよう密かに願いを込めて。それから小粒のパールストーンを5つ、花弁状に並べました。その様を身を乗り出して覗き込む柊さんは、少女のような無邪気さで。おまけに隣の小指へストーンを散りばめていきます。

「良いんですかぁ?」
「ささやかなおまけです。勝手ながらどうしてもこのふたつの指にして差し上げたくて」
「はにゃ? 指に何か意味があるんですかー?」
「蒼界では、左手の薬指は愛情を深めてくれ、小指は絆を強めるチャンスを招くと言われているんです」

 そうお伝えしつつ最後のストーンを乗せると、柊さんは耳まで赤くしてくすぐったそうに微笑まれました。


 施術士とお客様。袖振り合うも多生の縁とは申しますが、初めてお会いする方にここまで素直にそう思えることはあまり多くありません。
 この健やかで笑顔が素敵なお嬢さんが、いつまでも想い人の方と温かな時間を過ごされますように。祈りを閉じ込めるよう仕上げ剤を丁寧に塗り、全ての施術を終えました。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6302/氷雨 柊/女性/20/縁を絆へ】
ゲストNPC
【ネイルサロン店主/女性】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。柊さんの小さなお話、お届けします。
おまかせノベルでのお届けが叶わず、大変申し訳ありませんでした。
こうして改めて書かせて頂ける機会を頂けて、感謝の気持ちでいっぱいです。
手前が担当しているNPCが男性ばかりなこともあり、初対面の女性の目から見たら柊さんはどう映るのかな、
などと思い至りこのようなお話になりました。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました。

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2019年02月22日

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