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『魔女と敵とお茶会と 』
佐倉 樹aa0340

 それはささやかな魔女の魔法。
 どこでもない場所、どこかにある場所、魔女のお茶会にふさわしい場所。

 星をすくえば金平糖。
 まあるい月は、ナイフで切り分けてケーキにしよう。
 虹をくるくる指先で辿れば、そのまま渦巻き模様のアイスボックスクッキーに。
 雲は魔法の棒でからめとり、甘くておいしい綿菓子に。
 ポットが空っぽ? それじゃあ指でつついてやろう。魔女の指先にせっつかれ、ボットは紅茶がないことを思い出すと、すぐさまなみなみと中身を満たすことだろう。
 ティーカップどんな柄がいいだろうか。「それなら私なんていかがかしら」と足元のスミレが見上げている。ではお言葉に甘えてと、魔女はスミレを指で手折ると、ティーカップの白い肌に埋め込んだ。ティーカップは「今日はおめかししてきたの」と、縁を黄金で飾って得意気だ。

 ――呪文も何も要らないの。
 それでも、お客様にはこう言うルール。

「いらっしゃい」

 佐倉 樹(aa0340)が見やる先には、機械の顔をした白スーツの人間が立っていた。
「あ! 樹さん、どうも」
「どうも、エネミー……は名前じゃないよね。本当の名前は?」
「知りたいですか?」
「お茶会なんだもの。顔のそれも脱いだらいかが?」
 カップに紅茶を注ぎながら、樹は伏目に微笑んだ。「それもそうですね」とエネミーは、まず機械の頭部に手をかける。するとマスクを剥ぐように、機械の頭を脱ぎ去った。そこにあったのは、ぞろりと黒いワンレンの長髪に、一切の光を湛えない真っ黒な瞳。中性的な顔立ちだ。夜闇から這い出した魔女のよう。
「ああ、そんな顔してたんだ」
「美人でしょ」
 薄笑む顔は、ミステリアスを超えてどこか不気味だ。けれど樹は「素敵だよ」と嘘は吐かない。
「ショウドウヨシエ」
 そのまま、“彼女”はそう言いながら、樹の向かいの席に座った。
「正しい道に、善の恵みで、正道 善恵。すごく“いい人っぽい”名前でしょう?」
「あ〜。うん、確かに。なんて呼んだらいい?」
「エネミーでも、正道さんでも」
「じゃあ、正道さん」
「ンン〜〜なんだかくすぐったいですねぇ」
「君、個人情報消滅を徹底してたものね」
「そりゃそーですよ、皆さんだって全力なのに。あーあ、女の子だってバレちゃった」
 困ったように笑って、正道は樹から差し出されたスミレのティーカップを見やり、肩を竦めた。
「ホント、よく分かりましたね樹さん」
「まあね。……お砂糖とかミルクとかいる?」
「じゃあミルクを」
「ん」
 樹がミルクピッチャーを夜空に掲げると、天の川がキラキラとそこに流れ込み、真っ白なミルクになる。
「おお、魔法。メルヘンチックですねぇ」
「良い先生とずっと一緒だからね」
「二人共、お元気にしてますか?」
「うん。変わらずに元気に自由にしてる」
 樹が見守る先で、正道は魔女の紅茶にミルクを注いで、「頂きます」と一口飲んだ。樹も同じミルクティーにして、スミレのカップに口を付ける。香ばしく、そしてミルクの甘味と風味が、心を優しい気持ちにしてくれる。すると「紅茶ばかりずるい」と虹のクッキーがヤキモチを焼くので、一枚つまんで頬張った。甘さは控えめ、ホロリと崩れる虹の欠片。
「ああ、そういえば」
 煌く金平糖の、どれを手に取ろうか悩みながら、正道が樹に問う。
「目、具合は?」
「ああ――」
 樹は“見える方”、自らの左目に触れた。
「“こっち”は治ったよ。商人、いなくなっちゃったしね」
「あんなすっごい怪物でも倒せちゃうなんて、エージェントの皆様は流石です。かっこよかったです」
「見てたんだ?」
「貴方の知っていることは何でも知ってますよ、樹さん。だってこれは貴方の夢なんですから――なんて、意味深なことを言ってみるエネミーなのでした」
 冗談っぽく笑う。ああ、この人はこんな風な顔で、いつも笑っていたんだなぁ、と樹はその表情を穏やかに見つめていた。
 正道は、いつもマチェットを握り締めていた手で、月を切り分けたケーキを一口分、フォークで刺した。いつも血に塗れていた指で、いつも論破されることを望み続けていた口に運ぶ。
「とても、楽しかったですよ。私という命を、駆け抜けることができました」
 それがこの人物を集約する言葉と言っていいだろう。反省はなく、自棄はなく、悲哀もなく、
「そして世界は平和になったのです。絶望は砕かれ、幸福が訪れた。素晴らしいことです」
 容赦なく、夢と希望に満ちている。誰ぞかは狂気と呼ぶだろう、しかし、目の前の咎人の目はどこまでも冷静で、どこまでも穏やかだった。
 聴く者が聴けば激昂に駆られるだろう――知り合いの顔を幾つか思い浮かべつつ、樹はじっと話を聴いていた。
「君って――」
 一粒の金平糖を指にとって、それを指先でコロコロと弄びながら、樹が言う。
「インシィのDEMに、ちょっとだけ似てるね。見た目じゃなくて、中身の話」
「あー……まあ、自分のやることを楽しくやってる点においては、私とDEMさんは似てるかもしれませんね。彼はもっと打算的で傍観主義ですが」
「DEMって“彼”、なんだ」
「予想ですけどね!」
「DEMも、世界の平和を望んでたね」
「世界の平和を望んでないのってマガツヒぐらいじゃないですかね」
「わぁ……当人が言うと説得力」
「まあ清十郎ちゃんも結局、なんだかんだあったみたいなんで、極論をつきつめると、誰も彼も自分の平和を望んでたんじゃないでしょうか」
「存在の為、か。……うん、原初の欲求だものね。“ここにいたい”、は。……でも、正道さんは斃されることを望んでいた――」
「自分の命を全て燃料にしてでも、燃え輝かせたい推しがいた……そういう感じですね。自殺欲求とかではなく。恋は盲目というやつです」
 正道は不意に、樹の手に手を重ねた。
「好きです。愛しています。ずっとファンです。応援してます。大好きです。ずっと元気でいて下さい。美味しいものをいっぱい食べて、穏やかで健康的で幸せな日々を送って下さい。そして称賛されてください。敬意を向けられるべきです。人々に記憶され、語り継がれる、悪を倒し、世界を救った、伝説になった、私のヒーロー……崇拝は理解と対極だからこそ、私は悪役なのですよ」
「正道さんって、本音を話す時はいつも早口になるね?」
 重ねられた手を少し動かして、指先を絡めた。
「興奮しちゃうので、つい」
「それに、正義の味方なんてモンじゃないっていつも言ってるでしょ。なんせ魔女だから」
「あはは。私も言ったじゃないですか、そういうタイプも萌えだって」
「ブレないねほんと。でも、まあ、だからこそかな……」
 目を惹かれたのは。尤も、彼女の殺人行為や残虐行為を手放しに称賛することなどはないが。くつりと笑んで、樹は正道の手に金平糖を握らせた。
「英雄達みたいにはいかないけれど、私も少しだったら“森”に招けるんだ。だから、一番最初は君を誘うよ」
「ではその時は、友達に」
「うん、約束しよう。友達に」
「こう言っちゃなんですが趣味悪いですねアッハッハ!」
「そうかな。そうかも? でも、お互い様ってことで」

 ――さあ、紅茶のおかわりはいかがかしら。



『了』




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佐倉 樹(aa0340)/女/19歳/命中適性
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2019年02月22日

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