『双翼・冬の陣〜雪割草と雪原とブラッドバースト・俺達の風流を探して〜 』

神代　誠一（ka2086）＆クィーロ・ヴェリル（ka4122）

　さくり。さくり。
　雪を踏む音が耳に入る。それと共に、踏みしめた雪を固めて歩く感触も。
　白一面の景色だ。庭は雪原化し、並木通りの木々の枝も全て雪を被っている。少し歩けば湖面。表面は完全に凍り付いていた。そんな中を歩くのだから、吐く息も白い。
　染められた景色は単調なようで様々な顔を見せる。ぐるり見回す、その中に……神代　誠一の目にくっきりと入るのはやはり、前を行く相棒、クィーロ・ヴェリルの姿だった。その相棒はと言えば、誠一のように周りの景色を見るでなく、熱心に足元、特に木陰や斜面になるあたりなどを探るように足元を落している。
　……寒い中、こうして外を歩くそこには一つの目的があった。切欠は、いつものように誠一の元を訪れたクィーロの、何気ない一言だ。
「雪割草を見たよ」
　と。
　花の名前も初めて聞いた誠一が何だそれ、と聞き返すと、クィーロは軽く説明する。この時期からも花を咲かせる草で、雪の間を縫って咲くその様がまるで雪を割るように見えるから雪割草。寒さに耐え凌ぎ咲くその姿が見られたら、間もなく春の訪れだ。
「へえ。見てみたいな」
　話を聞き終えると、誠一が何気なく呟く。何気なく。
「そうなの？　じゃあ、探しに行こうか」
　するとクィーロは即決して立ち上がった。暖かい部屋でごろりと寝そべり他愛なく会話していたそれまでの空気に、名残を惜しむ素振りすらなく。
「ちょ、えええおまっ！？」
　突然の切り替えについていけないまま誠一が声を上げる。クィーロはさっさと軽い身支度を終えていた。
「ほら誠一、行こう？」
　振り向いて言って、クィーロが出ていく。
　呆然としながら──分かっちゃいるのだ、これまでの付き合いから。そう言えばこうなる、事は。
　そうして誠一は苦笑しながら、慌ててコートとマフラーをひっつかんで、クィーロを追って部屋を出たのだった。

　一生懸命探すクィーロに対し、誠一の意識は早くも散漫になり始めた。
　見事な雪景色だ。凍った湖も趣がある。湖畔にあるログハウス、『木漏れ日の家』。その近くに臨む風景。
　何度見ても美しいとは思うが、見慣れ始めた景色でもあった。毎年、この季節にはここはこんな姿を見せる。知っている。すっかりと、馴染んでいる──……ここに居るのが、当たり前だというように。
　その事に、感傷を覚えてしまうのは。
（まあ要するに、飽きたってことだな）
　丁度、湖を半周もしたころだろうか。誠一は己の内心をそうして諌めて、視線をまた相棒へと向ける。相変わらず熱心に探すその姿に、『退屈さ』を誤魔化すついでにとむくむくと悪戯心が沸く。
　ややあって。
「おっ！？　クィーロ、こっち！」
　誠一が声を上げる。クィーロがそれに振り向くと……その顔に、誠一が放った雪玉が見事にヒットした。
「っはは！　引っかかったな！」
「…………」
　笑う誠一が指さす先で、雪の塊がクィーロの顔面から滑り落ちていく。現れた顔は、笑顔だった。漫画であれば横に「イラァ……」と書き添えられているようなそれではあったが。
　……やはり、誠一には「分かっている」事ではあるが。「そういうことなら」と考えたクィーロの判断と行動は早い。
　刹那の後に広がる圧。その髪を銀に変じるとまずはご挨拶とばかりに勢いよく足元の雪を蹴り上げる。
　吹き上げるそれを飛びのいて躱す、誠一の身体から一瞬、新緑の葉を連想させる緑のオーラが飛散した。
　着地した誠一が、眼鏡のブリッジをくい、と持ち上げる……その視線がクィーロと交わる。
　それで、互いの意思は伝わった。
「おお、やってやろうじゃねえか相棒ぉぉぉっ！」
「来いよ。勝つのは俺だけど……なっ！」
　同時に雪原を蹴る。凍湖を共に一気に駆け抜けると、まずは互いにログハウスへと飛び込んだ。打ち合わせも無く二人が目指すのは先日二人で出かけた際に誠一が買い求めた福袋。先にクィーロがその中の一つを掴み、誠一に向かって振り上げると、やはり誠一も取り出したそれを掲げ、平たい部分──腹の部分だ──をかざして受け止める。
　勢いよく叩きつけたピコピコハンマー、吹き出し口から一気に押し出された空気はバンシーの叫び声の如く甲高い音を立て。
　それを受け止めたアヒルのおもちゃ、押せば鳴き声を模した声が出る機構がその勢いに発した音は断末魔めいていた。
　──そんな音が、戦闘開始の合図になった。

　幾度となくピコハンとアヒルを激突させながら、転がるように外に出る。弾けるように距離を取り合い、足元から雪を掬い上げては投げつけ合うと、互いに獲物でそれを迎撃する。
　投擲メインなら誠一が有利。そのまま面で押してくるように広角で雪玉を放ってくるような誠一の攻撃を、ピコハンで叩き落とし多少の被弾は押し通しながら距離を詰めるクィーロ。
　後退しながら誠一はこのままでは押し切られると計算する。ならばと勢いをつけて大きく移動し、誠一は雪を抱えると凍湖に飛び乗った。踏ん張りの利きにくいここなら、連続投擲される雪玉を叩き落とし続けるのは難しいはず──
　クィーロは。湖ギリギリまで近づけると……笑顔を浮かべた。
「！？」
　ピコピコハンマーを振り上げた瞬間、その笑顔の意味を理解して誠一は硬直する。クィーロの生命力がハンマーに注がれていく。
　自らの命を削りながら破壊力へと変えたその力を。彼は。
　ためらいもなく、湖面の氷へと叩きつけた。
　注がれたマテリアルが赤い光を撒き散らす。クィーロから吸い取った血のように。その光が持つエネルギーが、氷に亀裂を走らせていき……。
「おおおぉぉいっ！？」
　悲鳴をあげながら、誠一は雪玉をクィーロに向けて放った。その雪玉にもまた誠一のマテリアルが結び付けられている。クィーロに命中するとともに、糸のように伸ばされたマテリアルが巻き取られるように、誠一をクィーロの元へと引き寄せていく。間一髪、氷が割れて盛大な飛沫を上げるその前に、誠一の身体は雪原へとたどり着いた。
「殺す気か！？　流石に落ちたら死ぬだろうが！」
「誠一ならこのくらい、何とか出来んだろ！？」
　これで近くで殺りあえるね？　とクィーロがピコハンを振り上げる。再び交差するピコハンとアヒル。鋭い攻防に添えらえる効果音はピコハンの叫びとアヒルの断末魔。
　誠一は身のこなしの速さを使いクィーロを揺さぶり、再び距離を取ってはクィーロに細かいダメージ──まあこの場合雪だが──を重ねていく。
　クィーロは持ち前のセンスでそれに反応すると、被害を抑えつつ一気に勝負を決める機を狙う。
　負けられない。
　互いに、この相手にだけは負けられないという気迫がそこに在った。
　だって……相手は何者にも代えがたい相棒なのだから。
　──お前の考えなら、読みきってみせる。
　──君の動きにだったら、合わせてみせる。
　きっと意識はしていないだろう。こうしたおふざけが発生するのは、つまりそういう意味でもただただ気が合う、それだけだ。全力の馬鹿騒ぎを許容しあえる仲。
　だがそうした中で、互いの動き方が、考え方が蓄積されていく──これが敵に向けた動きだったら俺はそれにどう合わせる？
　この戦いが戦場に繋がっているし、戦術はだから戯れの先にある。それが彼らの、射光の戦いを息づかせている。

　……雪割草、だ。
　この戦いは、雪割草から始まった。
　雪割草、別名ミスミソウ。花言葉は──「あなたを信じる」

　距離を取り切れないと悟った誠一が、敢えてクィーロの懐に踏み込んでいく。間合いを詰めるタイミングをずらされたクィーロが、苦しげに、それでも掬い上げるようなアヒルの一撃をピコハンで凌いでみせた。
　再び近距離で相対する。互いの踏み込みが互いの背に雪飛沫を上げて──双翼が羽ばたく。
　息が上がってくる。そろそろ誠一は勝負を決めに来るだろう。身構えるクィーロの前で、だん、と、ひときわ強い踏み込みの音を立てて誠一の姿が掻き消えた。
　……一瞬での、死角への移動。どちらへ？　今の踏み込みから考えるに、上……
「──と見せかけて、下！」
　視線を斜め下へ。極限まで姿勢を低くした誠一が、強烈なアンダースローで雪玉を投げ放とうとしていた。
　ギリギリで身を捻ってそれを避けて。
「……だよな。お前なら反応して見せると思ったぞ相棒」
　どこか。深い新愛と信頼を込めた声で誠一は言って。投げた反動を利用して大きく後ろへと飛びのく！
　攻防の最中のさり気ない、並木通りへの誘導。下からの攻撃は、『打ち上げる一撃』の意図を誤魔化す為。
　放たれた雪玉はマテリアルで軌道を曲げ、広範囲を……多数の枝を一気に揺らし、そこに湛えていた雪を一気に振り落とす。
　周囲一帯に降り注ぐ雪、クィーロはそれを避けることを放棄したかのように立ち尽くして──
　……。
　避けることを、放棄、した？
　加速した思考がスローモーションに見せる世界の中で。誠一は一つの可能性をはじき出す。
　にこりと笑みを浮かべているクィーロ。喋る時間があったはずもない。だがその内心がはっきりと聞こえる心地がした。
　──迂闊じゃないかな誠一？　俺に。範囲攻撃は。
　クィーロがピコハンを振り上げる。頭上で大きく振り回し、降り注ぐ雪を巻き取っていく。そうして大量の雪を積もらせたそれを、振り回した勢いをそのまま利用して、放つ。
　必殺と言えるそれは過たず、飛びのく最中の誠一の胸に命中し……その上の雪をそこで爆散させた。

「……さっみ！　さっみ！　死ぬ！　もうこれ以上は死ぬ！」
「あっはは……うん、流石にこの辺で手打ちにしよっか？」
　まあ、反撃はあくまで反撃であって攻撃を無効化できるわけでは無いので、攻防の結果は「互いに雪塗れ」である。流石に耐えかねて誠一が叫ぶと、クィーロも苦笑でそれに応じた。
「いやお前だからなんでそれで平気な顔してんだよどんな神経してんだ！？」
「いやー、流石にこれは寒いよ？　うん」
「のんびりしすぎだろ！　見てる方が寒い、を通り越して見てて心臓ヒュンってなるわ！」
「……誠一が雪塗れにしたくせに……」
　そんな風に言い合いながら、帰り路を歩く。互いに雪をバタバタと落とし合って、そこには、一戦終わった後のすっきりした空気が漂っていた。
　こういう二人なのだ。本気でぶつかり合った、その後は、後腐れは一切残さない。
　木漏れ日の家に帰りつくころにはそうして、互いに笑顔を浮かべ合って……──
　そして。
　その笑顔は、盛大に割れた一枚の窓ガラスに目が止まった途端、凍り付いた。
　ああ、そう、言えば。
　何かそんな感じの音が、聞こえたような気がしなくもなかったんだ。
　決着に熱中して、気のせいだ、きっと氷が割れて落ちた音だ、そう思い込もうとしたけど。
「…………」
　家の前で立ち尽くす誠一に、クィーロが「あ」と声を上げた。目を逸らすように下方へと向けた視線。ログハウスの玄関へと向かう階段のその陰に──。
「ほら、見てごらん誠一。雪割草が顔を出しているよ」
　探し物は間近にあった。まるで寓話のような話。それに。
「こんなに厳しい季節の中でも植物はまっすぐ育っているんだよ。だからさ、誠一。溶けない雪なんてないんだよ」
　澄ました声で、クィーロが言った。
「大丈夫だよ、誠一。溶けない雪が無いように、去らない冬もないんだよ。それに冬が去れば春が来る。そうすれば芽が息吹くんだからね」
　誠一は、その言葉に。
「だ・か・ら、切り替え早すぎだろ！！　どーすんだよこれ！」
　納得して頷くわけもなく、ツッコミ返した。
　まあ、惨状を見て見ぬふりをしようという意図は隠せていなかった。
　全く、と思いながら……それでも、ひとしきり叫んだ後には苦笑が浮かぶ。
（春が来たら芽も息吹く、か……）
　何気ないその言葉を反芻する。
　芽吹く。春が来たら。根を張ったそれが。
　冬が過ぎて、春が来る。俺が伸ばそうとしている根も、いつか春を迎えて、芽吹くのだろうか……──
　相棒が。そこまで考えて言ったのかは分からない。だけどそれは、間もなくの春を予感させるような暖かな風を胸に吹かせていった。
　扉を開けて、家に帰る。ここが、自分の、家。そう思って踏みこんで。
「いや寒っみ！　寒いじゃねえかああああ！」
　そして。当然の結果として外気温と全く変わらなくなった室温という事実に、誠一は何度目かの悲鳴を上げるのだった。




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2086／神代　誠一／男／32／疾影士（ストライダー）】
【ka4122／クィーロ・ヴェリル／男／25／闘狩人（エンフォーサー）】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注有難うございます。
Ｑ．タイトルがプロとして手抜きすぎやしませんか？
Ａ．すいません……ほんと苦手で……いっそこのほうがマシかなって……。
まあそんなわけで……双翼・冬の陣〜雪割草と雪原とブラッドバースト・〆はカウンターバースト〜をお届けいたします。
あと、発注と少々流れを変えさせていただきましたが。いやその、雪崩カウンターバーストという決着が思いついたらついやりたくなりまして……。
なんかこう、窓が割れて水入り的に終わり、というより、しっかり幕引き！　って感じで二人の決着を書きたかったのもあります。
あ、でもしっかり窓は割りましたので！　なんかもう、隙間風が吹いてないと駄目なのかなって！
まあそんなわけで、相変わらず勝手に膨らませた心情部分も含めて、問題があったら申し訳ありません。
それでは改めまして、ご発注有難うございました。

パーティノベル

凪池　シリル

ファナティックブラッド

2019年02月25日