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『前を向いて 』
氷鏡 六花aa4969

 数多の嘆きと絶望を地球に齎した、王との戦いに終止符が打たれた。万事全く、というわけにはいかなかったが、穏やかな日々が返ってきた。異界による侵食は停止し、黒い結晶と化した人々も、徐々に元へ戻り始めた。
 しかし、あの世へと失われてしまったものは二度と取り返す事が出来ないのである。心の中に一度湧きあがった悲しみは、消えてなくなる事は無いのである。

 何処までも澄んだ、身体の芯まで突き抜けるような冷気。見渡す限りの氷原の只中に、氷鏡 六花(aa4969)は一人で立っていた。その蒼い瞳に映るのは、小さな木造の一軒家。少女は意を決し、その家へと足を進める。
 扉を開いてみると、世話する者の居ない暖炉は冷え切り、吹雪に晒された窓は凍りついていた。そこに生活の痕は感じられない。
 しかし六花は知っていた。此処には間違いなく一人の獣人と、魔剣の化身たる少女、それを従える一人の吸血姫が暮らしていた事を。
 六花はしばらく目を伏せて物思いに耽ると、その扉を静かに閉ざした。純白の大地を眩く照らす太陽をちらりと見上げた彼女は、神妙な顔で家の裏手へと回り込む。吹きつける風が運んだ雪が、壁にピッタリと張り付いていた。
 壁際に跪くと、小さな山をその手の平で撫でる。雪の塊がぱらりと剥がれ落ちて、白い石の墓標が姿を現した。そこに刻まれた名前を見つめ、僅かに少女は眼を細める。
「……ん。お久しぶり……です」
 そこに刻まれていたのは、罪業の果てに討たれた愚神の少女と、失意のうちにその生を閉ざした獣人の名前。少女は墓標の根元に積もった雪を軽く除けると、そこにお酒やお菓子、白い花束を供えていく。
「……二人とも、聞いて……ください。王を、討ちました。二人の仇……討ったんです」
 六花は墓前に伝える。珠のように浮かんだ涙が、小さな氷の粒となって、はらりと落ちる。王を討ったところで、心に刻まれた絶望のページが破り取られるわけではない。今でも目を閉じれば、はっきりと思い出せる。
 しかし、今の六花には、それを受け容れるだけの強さがあった。冬の空にも負けない澄んだ眼で、少女は墓標を見つめた。
「六花は……これから、前を向いて、生き……ます。小学校にも、通って、みようかな……って。ムラサキカガミさんも言ってた通り……楽しいこと……世の中には、まだまだたくさん、あるはず……だから。パパもママも……きっと、それを望んでくれてると、思う……ので」
 戦いが終わり、英雄と共に訪れた遊園地。本当に久しぶりに、楽しいという感情を思い出した。まだしばらく、この世界で生きてみようと思えた。
 六花はふと頬を和らげる。雪の下に埋まり、凍り付いた花の一片をそっと撫で、少女は微笑む。その眼には慈悲の色があった。
「……雪娘。貴女も。貴女のこと……今は、もう、カタキだなんて……思って、ない……から」
 父母を殺し、大切な人の人生を狂わせた悪魔。しかし、今の六花は知っていた。王に取り込まれた者は、誰もがそうなってしまうのだと。誰の中にも潜んでいる悪意を剥き出しにしてしまうのだと。
「貴女も……王の、犠牲者だった。そう、だよね。だから……せめて。あの世で、償いが終わったら……幸せに、なって」
 凍った花が、ほんの少し揺れ動いた。泣いているような気がした。嬉し涙か、悔し涙か、それはもう分からない。彼女は向こうに行ってしまったのだ。

 六花は立ち上がり、静かに祈りを捧げた。吹き続けていた風が凪ぎ、全き静謐が少女を包み込む。嘗ての日々の断片が再び蘇ってきた。
 かの男は、雪娘への恋心の為に、妻も友も、世界も自分の命すらも棄ててしまった。全てを省みず、想いを貫き通してしまった。六花は思う。自分が雪娘であるとしたら、これ程の想いを向けられる事がいかに幸せな事であろうか、と。
(雪娘は……どうなんだろう。迷惑……なのかな)
 全てを擲って彼が捧げた思い。最期に対面する事は叶わなかったが、きっと彼女は拒絶したのだろう。足蹴にして笑ったのだろう。だが、今なら、とも思った。あの子供じみた短絡さを持つ雪娘が、数か月の間女優をやれるとは思えない。
(あれは、きっと……人間だった頃の雪娘が持っていた、表情)
 あの世へと去り、王の支配から解き放たれた今なら、その思いも届くのではないかと思えた。届いて欲しいと願った。
(それとも……もう、届いてる……のかな)
 もう一度、天へと向かって六花は祈った。
(二人とも……どうか、幸せに、なって)

 静かに目を開くと、六花は踵を返す。雪原の彼方へと延びる道を、力強く歩き出した。


 Fin




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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氷鏡 六花(aa4969)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。
僭越ながら、エピローグノベルをお引き受けさせていただきました。
もう一つお受けしている件についても、今しばらくお待ちください。

ではでは。

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2019年02月25日

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