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『嘘はつけない 』
魂置 薙aa1688)&皆月 若葉aa0778

 薙の唇から小さく息が零れる。白さは消えても体の強張りは解けず、例年より低い気温のせいにしてマフラーに顔を埋めた。
 王を倒し、滅びの運命を乗り越えた直後のバレンタインデーは幸せな空気に満ちていた。楽しげな人々を見て微笑ましく思うのは本当だ。同時に自分たちが戦ってきた日々は無駄ではなかったと実感し胸が温かくなる。なのに、薙の表情は和らがなかった。だって彼らと同じ幸せを得ることなど有り得ないのだ。鞄に触れれば箱の固さが伝わる。下手をすれば受け取ってももらえない。いや、彼は優しいからそれはないかなんて、思って唇の端が吊り上がる。ショーウインドウに映る自身の顔は酷いものだった。目を逸らすように前へ向き直り一歩ずつ進む。連絡どおり親友である若葉にチョコを渡すために。
 今日の予定を尋ねた際、彼は追試課題に追われているから家で缶詰状態になるのだと少し困ったように笑っていた。H.O.P.E.の力で諸々の融通が利くとはいえ、あくまで一学生として勉強する所を好ましく思う反面、彼の両親も英雄たちも出払っているという状況は好機に思えた。――もっとも、家までチョコを渡しに行くとだけ伝えて返ってきたのは純粋に楽しみにしているという反応。去年、英雄と連名で友チョコを渡していたから今年も同じだと思っているのだろう。その返事に薙は希望がないと思い知った。既に七夕の頃には分かっていた事実だったけれど。
 彼女という単語がどれだけショックだったかなんて、知る由もない。はぐらかしたことも忘れているだろう。薙の中では引っかかり続けているけれど、全部今日で引導を渡す。そう決めた。住宅街に近付くにつれて喧騒は遠ざかり、思考は走馬灯のように思い出を辿る。
 傷付き、復讐に取り憑かれ、己の感情に鈍感になった薙にはこの想いがいつどこで友情から変化したのか、明確に挙げることが出来ない。それでも今若葉に抱いている感情が親友という関係から逸脱したもの――所謂、恋情なのは知っている。自覚してからというもの散々迷い悩んだ。
 ――気のせい、考えすぎだ
 最初は、これ程気の合う友人が出来たのは初めてだから距離感が分からないだけだと、恋心そのものを否定した。
 ――親友でいたいのに
 なのに、何度意識から取り払おうとしても、願いに反し消えてくれない。
 ――諦められない
 消えるどころか、傍にいる時間が増える毎に愛しさは積み重なっていく。
 ――隠し通そう
 想うだけなら自由だから。騙す後ろめたさは付き纏うけれど、叶えたいなんて我儘は絶対言わないから許してほしいと。思っていたのに。
 “好き”はどこまでも際限なく募っていく。親友として隣で笑うこともまだかろうじて出来ているつもりだけれど、いずれ出来なくなると目に見えていた。今だって充分に得難い関係で、これ以上を望むなんて欲張りでしかない。でももう限界だ。どうせ必ず破綻するなら本音を打ち明けて、自ら壊そう。きっと若葉を傷付けるだけだ。なのに知ってほしいと願う。なんて傲慢だろう。相手を思い遣るのが大事、お神籤の内容が脳裏によぎる。
 足を止めて顔を上げれば、皆月の表札がかかった家が目の前に見えた。門を開けて敷地内に入って、そして玄関扉の脇にあるインターホンへと手を伸ばす。しかし指先は空中で静止して、震えが腕を揺らす。
 押す勇気もないくせにと、胸中で自嘲して唇を噛む。
 絶望的でも可能性がゼロじゃないなら、一縷の望みをかけられるのに。悪い結果しか出ないと知っているから二の足を踏む。深呼吸して、コートのポケットから御守りを取り出した。先日、椿まつりで買った縁結びの御守りだ。どんでん返しなんて贅沢を夢見たりしない。ただ、勇気が欲しい。意を決するとインターホンを鳴らした。
 少しの間を置き、はーい、と薙とは真逆に何の気負いもない声が聞こえる。その後、足音が階段を下りて近付いてきた。最後に鍵を外す音と、そして。
「いらっしゃい、薙! わざわざ家まで来てくれてありがとね」
 同じ男の彼に使う表現ではないかもしれないが、蕾が綻ぶような笑顔で出迎えてくれる。外開きの扉を大きく開け放ち、彼はくるりと背を向けた。モスグリーンの靴を脱いで上がろうとする姿を見ながら、鉛のように重い足を踏み出す。鞄に手を差し入れると同時、真後ろで扉がぱたんと音を立てて閉まる。
「今日は何時くらいまでいられる? まだ終わってないからさ、ちょっと待ってもらうことになっちゃうけど」
「これ、僕から」
 親友として話せば話すほど気持ちが挫けてしまいそうだった。悪いと思いながらも中途に遮り、掴んだ物を彼の前へと差し出す。上がった若葉が振り返り、チョコの入った箱に目を向けた。
 去年のとは訳が違う。赤のリボンで真っ白な箱を結んであり、友チョコの気安さとは縁遠い。可愛らしくは出来ないししたくもないけれど、一目で本命と分かるように包装したつもりだ。若葉の視線は次いでこちらを向き、その顔が驚きから戸惑いへ変わる前に、何か言われる前にと真剣に見返し告げる。
「若葉。好きだ」
 随分前から心中にあって何度も消そうとして隠そうともした。なのに土壇場になってしまえばその想いは、想像していたよりは滑らかに唇から零れ落ちた。声が揺れるのは仕方ない。
「……あ、えっと……それって、」
 紫色の瞳は数秒揺らめいてからまた薙の前へと戻ってきたが、代わりに言葉は半端に止まって消え失せる。嫌悪や拒絶の色が見えないことに安堵しながら、こんなときでも可愛いと感じて胸が苦しい。それでも言葉を重ねる。曖昧に取られないよう簡明直截な表現で。
「これからは、恋人として、傍にいてほしい」
 廊下に上がっている若葉と玄関に留まる薙。その隔たりは絶対的に思えた。口を開いては何も言わずに閉じるを繰り返す若葉はようやく意味を飲み込んだのだろう、頬が徐々に赤く染まって胸許のリングを握る。
「ごめん。俺今、考えがまとまらなくて」
「若葉にその気がないのは、わかってる。でも……嫌じゃなかったら、考えて、もらえないかな?」
 即座に否と分かる反応ではなかったことにどうしても縋ってしまう。若葉の手が恐る恐るといった風に伸びて、薙が差し出す箱を反対側からそっと掴む。
「……少し、時間もらえないかな。絶対、返事するから」
 手を離せばチョコは若葉に渡る。こう言ってくれただけで充分だと言い聞かせながら、薙は頷き応えた。

 部屋に戻って窓に目を向けても、薙の姿は見つからなかった。机に向かい、早く仕上げてしまおうと課題に取り組むが徒に時を過ごすばかりで、終いには完成を諦めてベッドに寝転がる。手にしたチョコの箱を天井の照明に翳した。あの時は予期せぬ告白に驚いてまるで思考が追いつかず、薙が? 俺と? 恋人として……と頭の中で反芻してようやく、意味が理解出来た。
 思い出すと顔が熱くなり、鼓動も早鐘を打ち始める。
 両親に二人の英雄、学生や能力者として出来た友人たち。いずれも若葉にとって大切な存在で、彼らを守ることが戦いに身を投じる理由でもある。反面で恋愛事には自分でも驚く程に縁のない日々を過ごしてきた。今まで誰かに一番と思われたこともなければ、自身がそう思ったこともない。友人は沢山いるけれど、親友と思えたのも薙が初めてだった。
 一緒にいるのが楽しくて、最初の頃はあまり見られなかった笑顔が少しずつ増えていくのが嬉しい。訓練をしたり、ただ話すだけでも居心地が良くて、この関係がずっと続けばいいのになと思った。
 彼女作らないの? 真剣に、あるいはからかうように友人に訊かれて思い浮かぶのは薙といる自分で、だから彼女はまだいいかと考えていた。けれどもし薙に自分以上に親しい相手が出来て、離れてしまったら。仕方ないと諦めて、誰か別の人を好きになったら。想像するだけで息苦しくなる。その訳に、自身の気持ちに思い至って、若葉はベッドから跳ね起きた。スマホに手を伸ばし、宛先を入力した段階で踏み留まる。今日の薙を思い出した。好きだと言ったときの熱を帯びた眼差しと、チョコを受け取った際の不安を押し殺し強張った表情。箱から離した手の震えに、力が籠って指の形についた跡。衝動じゃなく貰った時間の分だけ精一杯考えないと。箱を見つめては薙との思い出が浮かぶ。

『今日、家に行ってもいいかな?』
 とメールが来たのは数日後だった。あれから一度も連絡を取っていない。だから返事を聞く瞬間が来たと理解し、返信しつつ途端に心音がうるさくなる。既に期待は諦めに変わり、どうすれば彼の心の傷を減らせるかを考えていた。望んでくれるなら、時間をかけて親友に戻るべきか。離れるべきか。部屋を無意味に歩き回っている内にチャイムが鳴る。慌てて玄関に行き靴を引っ掛け錠を外した。

 マンションの前まで来た憶えはあったが上がるのは初めてだ。チャイムに指を伸ばして唾を飲み込む。
(薙もこんな気持ちだったのか)
 と、同じ立場になって分かる。それでも彼の方がずっと、不安と緊張に苛まれていたに違いない。一分以上固まった末にようやく鳴らすことが出来た。直ぐにドタドタといつになく騒がしい足音が聞こえ、
「……若葉」
 悲しげに顔を歪めたのは一瞬。不器用な笑みを形作り薙は迎え入れる。共にリビングへ向かいながら、つい視線は玄関の赤色のスニーカーや戸の開いている部屋を覗き見た。必要最低限の家具しか置かれていない中に小瓶を見つけ、胸の奥に温かい火が灯る。チョコのお返しにと去年のホワイトデーに贈った物。互いに英雄の分と纏めて渡しただけで、確かに小物入れにも出来るよなんて言った記憶はあるけれど。簡素な部屋で異質な存在感を放つそれを見て大切に想われていると改めて実感した。
 足を止めて薙が振り返る。自分の背を追い越し、顔立ちもだんだんと大人びていく。成長を間近で見続けたいと願った。今はひどく強張った面持ちでいて、だから一秒でも早く笑顔に変えなければと意を決し口を開く。
「この前の返事、なんだけど……俺も、薙が好きだよ」
 今更年上の矜持もないけれど上擦る声に羞恥心を覚える。真っ直ぐ見据えた先で、薙が驚き目を見開く。
「好き……? 若葉が? 僕を?」
 うわ言のように小さく、かすれた声に頷く。
「これからもずっと一緒にいたい。だから……よろしくお願いします」
 心臓はうるさいし、脳みそは茹だって少しも機能しないしで、自分が何を言っているのかもよく分からなくなる。ただ、頭を下げて上げた途端腕を取られ、体ごと引き寄せられた。背に回された腕の力は強くて少し痛みを感じるくらいだ。それでも。
「本当に? 本当に、僕で、いいの?」
「薙以外じゃ、嫌だ。薙がいい。言われるまで全然気付かなかったけど、俺もずっと前から、薙のこと好きだったんだと思う」
 勇気を振り絞って伝える。想いを明かしてくれた愛しい人の為に。そして不安にさせないようぎゅっと抱き締め返した。頬どころか多分耳も首も赤くなっているだろうが、触れ合う素肌の温度は薙も大差なかった。愛おしさと嬉しさに泣きたくなる。

 ずっと一緒にいられたらとどれだけ願ったことだろう。何度夢見ただろう。頬を抓らなくても腕の感触と熱が現実だと訴える。嬉しくて名残惜しいけれど、ずっと抱き合うわけにもいかずに体を離した。それでも距離は、不意打ちでしか有り得なかった程に近い。
「ありがと。これからも、よろしく、ね」
 返事をすれば若葉は幸せそうに笑い頷き返す。今までも可愛いと感じたことは幾度もあった。でも照れ臭さに顔を紅潮させながら優しく、何一つ隠すことなく微笑む顔を見られるのはきっと恋人の特権で。言葉にならない様々な感情を込めて可愛いに集約する。
 頬に手を添えて視線で求めれば、親友として日常を過ごし戦場を駆け抜けた日々が言葉にせずとも気持ちを伝えてくれる。薙の手首を熱い手のひらで包み、瞼を下ろす若葉は笑みの形を残したままだ。忙しない鼓動を聴きながら顔を寄せ目を閉じる。
 触れるだけの、少し位置のずれた口付け。その拙さにふっとどちらからともなく笑い声が零れ、もう一度する代わりに額を押し当てた。至近距離過ぎて虹彩も睫毛も朧げにしか見えない。笑う度に振動が伝わる。
 恋人としてはまだ前途多難な未来を、熱く湿った手を繋ぎ合わせて歩き始めた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa1688/魂置 薙/男性/18/アイアンパンク】
【aa0778/皆月 若葉/男性/20/人間】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
お話を頂いたときはもう、驚きと喜びとプレッシャーで一杯でした。
こんな大事な局面をわたしが預かっていいのかと未だに思ってます。
脳内でもう何度おめでとうございますと言ったことか……!
二人一緒の話を書かせていただくのはこれが三度目ではありますが、
何だか何年もの間見守っていたような不思議な心地がしてます。
実時間的にも二ヶ月と少しくらいとか本当信じられないですね。
いつか、リンクブレイブが終わってもどうか、末永くお幸せに!
今回は本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年02月25日

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