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『いばらの棘(5) 』
水嶋・琴美8036

 琴美が去ってからしばらくした後、戦場だった現場へとエージェントの清掃班が辿り着いた。倒れている人数の多さに、たった一人だけでこの仕事をこなしてみせた琴美に対し彼らは胸中で称賛の声をあげる。
 慣れた様子で迅速に作業を進めていく彼らは、物言わぬ敵の数をいちいち数えたりなどしない。琴美が敵を逃す事など、ありえない事だからだ。
 だから、優秀なエージェントの人間であろうとも、その事に気付く事はなかった。倒れている男の数が、琴美が戦った直後と比べると一つだけ減っている事に。

 ◆

「くそくそ、この俺が負けただと!? どうなってやがる……!?」
 命からがら隠れ家へと逃げ帰ってきた男が喚く。傷の痛みを嘆く事すら忘れ、琴美への悪態ばかりが口からはこぼれ落ちる。今にも倒れてしまいそうな程の傷だというのに、興奮のせいか目は冴えてしまっていた。
 彼は組織の者ではない。雇われていただけの傭兵……琴美と最後に戦った、組織の指揮官をしていた男だ。自らの力に自信を持っていた男であろうとも、琴美には触れる事すら叶わなかったという事実が男を復讐の鬼へと変えてしまった。だから男は死ねない。死ぬわけにはいかなかった。
 それはもはや、呪いだ。琴美への、そして自分自身への。あの後なんとか意識を取り戻した男は、怒りと意地だけで逃げ帰ってみせたのだった。
 身体を安め傷を癒やしながらも、男はただ琴美への怒りを募らせる。瞼の裏で、琴美の姿が何度もリフレインされる。戦場を駆け、仲間を倒していくあの女の姿が。
 赤い軍服を身にまとった魅惑的な身体が、過去の事だというのに男の事をまるで誘惑するかのように舞う。隠しきれぬ色香をまとった彼女が繰り出す、華麗なその剣技を忘れる事が出来ない。そして、こちらを見下し笑った時の、あの表情。
「復讐だ! 復讐して、蹂躙してやる!」
 あの美しい顔が、悔しさに歪む様を想像し男はようやく笑みを浮かべた。想像するだけでも胸がすくのだから、実際にその姿を拝めた時の愉悦は筆舌出来ぬ程だろう。
「だが、このままじゃ今回の二の舞だ。もっと力をつけなけりゃ、あの女の泣きっ面は拝めねぇ」
 琴美への怒りを原動力に、男は思考を巡らす。力をつけるために、無謀とも言える程ハードな鍛錬のスケジュールをたて始める。それだけでもまだ足りないと思った彼は、以前耳にした極秘の遺伝子改造技術の噂について調査する事も計画に追加した。琴美を超える力を手に入れるためには、努力だけでは足りないのだ。改造技術を奪い、自らの身体能力を強化して戦闘力を高める必要があると男は考えていた。
 彼の全てを賭けた、琴美への復讐計画はこうして始動する。もう一度、男は彼女の姿を脳裏に思い浮かべた。今もどこかで琴美は余裕を崩さない笑みを浮かべているであろう事実が、余計に男を腹立たしい気持ちにさせる。
「待ってろ。必ず俺はお前を倒す。必ずだ」
 鬼気迫る表情で、男は琴美への呪詛を口にする。何度も何度も、繰り返し繰り返し。その言葉はいつの間にか、未来の琴美に対する嘲りの笑声へと変わっていた。
 まさしく、狂気の沙汰であった。琴美への憎しみは、深く刺さり抜けなくなってしまったいばらの棘のように彼の心を蝕み続けるのだ。

 ◆

「次!」
 琴美の声に急かされるように、次のダミー人形が彼女の前に顔を出す。しかし、それは現れた次の瞬間には琴美により斬り捨てられてしまった。
 依頼を終えた直後といえど、琴美が訓練を欠かす事はない。エージェント専用のトレーニングルームで、彼女は今夜もトレーニングに励んでいる。今回の任務が少し物足りなかったせいもあり、常よりも熱が入るくらいだった。
 その美しくも圧倒的な琴美の技術を見たいがために、トレーニングルームに残る仲間の姿もあるくらいだ。幾多もの視線を受けながらも、琴美は堂々と完璧な動きで訓練をこなしていった。

 一通りの訓練を終えてもなお、琴美の顔に疲れの色は見えない。もし今ここで緊急の任務が入ったとしても、彼女は喜んで頷く事だろう。
「そういえば、明日は久しぶりの休暇でしたわね」
 まだ見ぬ次の任務も楽しみだが、休暇もまたそれとは別に彼女にとって楽しみなものであった。明日はお気に入りの紅茶を淹れて、のんびり過ごそうかと琴美は計画を立て始める。
 ショッピングに行くのも良いかもしれない。お気に入りのブティックから、先日新作を知らせるメールが届いていた事を思い出し、彼女は顔を綻ばせた。新しい服に似合う小物も一緒に揃えたい。華麗な薔薇のように期待に頬を染めた琴美は、自らが救った街で過ごす未来へと思いを馳せるのだった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8036/水嶋・琴美/女/19/自衛隊 特務統合機動課】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ライターのしまだです。このたびはご発注ありがとうございました。
今回の琴美さんのご活躍、このようなお話になりましたがいかがでしたでしょうか。お楽しみいただけましたら幸いです。
何か不備等ございましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、機会がありましたら、また是非よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年02月26日

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