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『Happy Valentine 』
リィェン・ユーaa0208)&aa0208hero002)&イン・シェンaa0208hero001

 ロンドン郊外の病院から放たれたリィェン・ユーは、ロビーを抜けるまでの間に筋肉の衰えをチェックし終え、息をつく。
「呼吸法のおかげで実戦レベルは保ってる。教えに感謝するぜ」
「それは幸いじゃ。衰えを抑えられたも、医者の戯言を引きちぎれたも」
 皮肉を込めて応えたのは、彼の契約英雄にして共に入院していたイン・シェンである。
「病院がいやなら、そも食わねばよかろうがよ」
 ふたりを引き取りに来た零のセリフ、実に正論である。
 なにせリィェンもインも、H.O.P.E.が誇る“ジーニアスヒロイン”ことテレサ・バートレットの手作りチョコレートで命を削り落とされ、ICU行きとなったのだから。
「テレサのチョコレートを食わずにすませる? 正気の沙汰じゃないな」
「援ずると決めた以上、わらわはけして手を抜かぬ」
 後者はともかく、問題は前者だ。
 狂気の沙汰を正気と騙る契約主は、まさしく正気ではありえない。
「ま、ま、そんなことはどうでもよい。さほど時もないわけじゃが、イギリス名物の病院食からようようと解放された喜びを噛み締めようぞ」
「いったいなにを食わされたのだ?」
 零の問いに、げんなりした顔をしたインが応える。
「具と味のない自称野菜スープにかさついたイギリスパン――」
「なかなかに酷いな」
「――が出たら大当たりじゃ」
 礼の眉尻が思わず跳ね上がった。それが当たりだと!? 冗談ではないのか!?
「まさか丸茹でしただけのぐしゃぐしゃのじゃがいもにレンジであっためただけの冷凍ポテトフライを添えて出してくるとは思わなかったぜ……」
 こちらは同じくげんなりとしたリィェンのセリフ。
 零はとりあえず、テレサの料理を、特にロンドンではけして口にしないことを誓うのだった。

「病み上がりじゃし粥がよいかの。冷凍ものではない海鮮の入った粥が」
「ならば広東料理がよかろう。粥も豊富だ」
 ロンドンの裏通り、店を物色しながらインが言うのに対し、零は甘口で有名な地域を挙げる。インとリィェンが胃を機械化せずにすんだのは奇蹟的なことらしいし、ならばそれを無為にするのはよろしくなかろう。
 と。
「……悪いがたった今、俺の飯はチーズバーガーに決まった。ふたりは好きな店に行ってくれ」
 言い残して足を速め、ふたりから離れていくリィェン。
 その先には、カフェのテラス席でタブレットを見ているテレサがいて。
「イン」
「うむ。わらわたちの飯は、そこのイタリアンに確定じゃ。念のためタバスコは抜きでの」


「やあ、テレサ。偶然だな」
 リィェンの声に気づいたテレサは顔を上げ、手を挙げかけて、ふと眉をひそめ。
「リィェン君、痩せた?」
「別荘の飯が腹に合わなくてな。おかげで腹ぺこさ」
 向かいに座ると、テレサはウエイターを呼びつつリィェンへポテトフライをすすめた。
「あたしの食べさしで申し訳ないけど、繋ぎにどう?」
「ありがとう。いただくよ」
 ポテトにはかなり深刻にうんざりしているリィェンだが、想い人のすすめだ。覚悟を決めて口へ放り込んだ。
「……うまいな。塩がちゃんと効いてる」
 味のついたいもはちゃんとうまい。それを思い出させてくれたテレサへ感謝しつつ、噛み締める。ついでに、今日この場に限っては“テ”が効いていなかったことも。
 さすがに出戻りたい場所じゃないからな。じゃがいも嫌いになっちまうのも勘弁してほしいところだし。
「別荘って、いったいどこに行ってたの?」
 ふとテレサに問われ、リィェンは苦い顔を左右に振った。
「ロンドンの端に。別荘と言いつつホテルみたいなところだよ。そこでインとふたり、“英国面”をいやってほど味わってきたわけさ」
 英国面と言えば、イギリスの技術者たちが異様な熱意で考案したさまざまなトンデモ技術を指すワードなのだが、この場合はまあ、「イギリス的暗黒面」を表現している。
「んー。よくわからないけど、ようこそUKへ?」
 差し出された彼女の右手を握り返し、かるく弾いておいて。
「できればこれ以上踏み込まずに表層へ留まりたいところだな。ところで、きみこそ中国面に鞍替えしないか? 踏み込むほどにうまい飯が出迎えてくれる」
 今度はリィェンが右手を差し出した。
「中国料理ばかり食べてたら、辛すぎて胃が溶けちゃう!」
 テレサは苦笑してその手を取り、リィェンと同じようにかるく弾いてみせた。

「……あれはいわゆる“いい感じ”というものではないのか?」
 リィェンたちの様子がよく見えるイタリアンのテラス席、カルパッチョをつまみにワインを呷った零が問う。
「友の域は出ておらぬ。男女として考えらば、それなり以上に気やすい仲ではあろうがの」
 慎重にサングリアをなめ、インは応えた。
「が、リィェンは告白して心を据えたようじゃな。テレサを見つけて瞬時に向かっていきおった。彼奴としては大きな進歩じゃろうて」
 零は煙管に詰めた煙草に火を点け、ゆっくりと吸い込んだ。
 イギリスは屋内での喫煙に厳しい代わり、外では比較的自由。このテラス席にもきちんと灰皿が置かれている。
「はてさて、本当に進んでいるものかな?」
 紫煙の先に見えるテレサの横顔。
 確かに安心のぬくもりはあれど、色恋の潤みは感じられない。
「歩を進めた先で安定という名の停滞を楽しんでいるうち、そのまま足元を固められ、身動きもままならぬようになる。そうしたものだろう、男と女は」
 零の言い様に眉尻を上げたインはふむ、息をついた。
「そちの話もわからぬではないがの。リィェンは一途に想いを重ね、ようようとここまで辿り着いたのじゃ。そしてテレサは――娘なる蕾をほころばせ、女として咲こうとしておる」
 奥手と半人前、今しばらくは見守ってやるが親心じゃろうよ。
 言い残し、インはスマホを取り出して席を立った。
「おお、わらわじゃ。息災かえ? いや、退院したは知っておる。同じ病室におったのじゃからな。これより退院の宴と洒落込まぬか? 店はそちが選んでよいぞ」
 テレサの契約英雄であり、最近はすっかりインの悪友と化しつつあるマイリン・アイゼラへ連絡しながら、街の雑踏へ消えていく。
 残された零は、「ふむ」。
 我を止めなんだはそういうことよな。ならば、しかけさせてもらおうか。

「きみは仕事か?」
 タブレットに視線を向けないよう注意しながら、リィェンが指を指す。
「ええ。これからアイルランドへ戻るから、地形図を確認してたの」
 リィェンを始め、H.O.P.E.の精鋭たちが臨んだ愚神王との決戦。その裏側では国連主導の多国籍軍が中堅以下のエージェント部隊と協働、最後に残された世界の脅威たる人狼群へと当たり――わずか三組のヴィランを相手に敗走した。
 彼女がこの日ロンドンにいたのは、これまでの中間報告をするためのことで、リィェンが彼女を見つけたのはまさに奇跡と言える。ただし、リィェンにとっては必然だ。運命などというあいまいなものではなく、しごく現実的な理由から。
 と、それを語る前に、リィェンが決戦へと向かう直前に綴られた小話を記そう。


「対人狼群の指揮を執ることになったわ」
 本部のロビーでぽつり、テレサが語る。
 理由など知れている。彼女は、部隊を指揮して多国籍軍に「H.O.P.E.がこの戦いを軽視しているわけではない」と示すために行くのだ。
「ある意味、きみの知名度が頼りってことだ」
 王と人狼群、危険度は圧倒的に前者が上だ。ゆえに王へ向かうエージェントは意気ばかりでなく、実力が問われることとなる。
 しかし、だからといって全力を差し向けることのできないしがらみが、H.O.P.E.という組織にはある。最精鋭のひとりであるジーニアスヒロインをあえて決戦から外さなければならないほどに。
 武辺が政治をしたり顔で語るなかれ。そう思ってきたリィェンだが、最近はそうも言っていられないのが実情だった。なにせ彼の先を塞いでいるのは、まさしく政治に属する問題だったから。
「あたしは“ズットモ”を守って、参加してくれるみんなを愛する人たちの元へ帰すために行くのよ。……言っちゃいけないことだってわかってるけど、それだけのあたしにH.O.P.E.の体面を押しつけてくるなんて、正直不本意だわ」
 息をついたテレサは、ふとリィェンを見つめて。
「ん? なにかおもしろいところ、あった?」
 リィェンは薄笑みを左右へ振り、「すまない」。
「きみの正義はこんなにも揺るぎない。それが確認できたのがうれしいんだ。それに、愚痴を聞かせてくれる程度に信用してもらえてるのもな」
 テレサは眉を八の字に困らせ、苦笑した。
「リィェン君に聞いてもらう話じゃなかったわよね。……友だちが少なかったせいで距離感がね、イマイチわからないのよ、あたし」
 頬を掌で扇ぎ、テレサは深呼吸してはずかしさの熱を追い散らし。
「武運を祈るわ」
 ひと言告げて拳を突き出した。
「ありがとう、きみもな」
 拳に拳を突き合わせ、リィェンもうなずくが。
「しかし遠いな、アイルランドは。どれだけ急いで駆けつけても、きみの危機にも勝利にも間に合わない」
 しみじみと紡ぐ彼に、テレサは両手を拡げてみせた。
「その分、土産話はたくさんできるわよ。だってあたしの醜態をリィェン君に見られることもないんだし、してない活躍だって盛り放題でしょう?」
 彼女の気づかいを感じながら、リィェンもまたうんと両手を拡げて。
「それは俺に任せてもらおうか。話を大きくするのは中国のお家芸だぜ」
 中国人は話をおもしろくするため、思いきり盛る。それは古くからの習わしだ。
 テレサは笑い、ふと言葉を途切れさせて。
「活躍より、無事に帰ってくることを考えて」
 真剣な顔でそう告げた。
 リィェンはわかっていると返しながら自らへ言い聞かせる。
 勘違いはするなよ、リィェン・ユー。彼女は情の深い女性だが、近しい立場の人間に殊の外甘いんだ。
 しかし、俺としては喜ばしい。親父さんにだけ振り向けられてた情が、ほんの少しずつ別の方へ向けられ始めてるってことなんだから。その先には確かに俺がいる。
 もっとも、“ズットモ”のほうがまだまだ彼女にとって重いわけだが……それはいいさ。まずは想いを伝える、それからだ。
 そうするためにも。
 俺は王との戦いで殊勲を立ててみせる。


「決戦からも別荘からも帰ってきたことだし、一度会長へきちんと挨拶させてもらいに行くよ。ボーイフレンドはガールフレンドの家に招待されて、ダディの監視下でアップルパイをごちそうになるのが習わしなんだろう?」
 決意を隠し、リィェンはかるい口調で言った。
「アップルパイはアメリカよ。イギリスならそうね、キドニーパイ(牛や豚の腎臓入りパイ)とかジェリードイール(鰻のゼリー寄せ)かしら」
「なかなかに覚悟の要る歓迎だな」
 イギリスを代表する珍味ふたつを挙げられて、思わず天を仰ぐリィェン。
「冗談だけどね。ただ、パパもちょうどリィェン君にバレンタインのお礼とお詫びがしたいって言ってたし、話は通しておくわ。……って、なんのお礼とお詫び?」
 バレンタイン――つまり、俺とインがテレサのチョコレートを引き受けたことへの礼と詫びか。内容はともあれ、負い目を感じてくれたなら幸いだ。こっちもそれなりに強く自分を押し出せる。
「礼をされることも詫びられることも思い当たらないがな、ホワイトデーのお返しを会長からもらえるなんて光栄の極みだよ」
 と。ここでリィェンのスマホが着信を告げた。
「東京海上支部からだ。ちょっと失礼するよ」
 席を立ち、電話を受ける。
 まだテレサに内容を聴かせたくない。
 今日の出会いが本当の偶然ばかりでないことを知らせ、彼女に自分の意を負わせたくなかったから。

 残されたテレサは冷めかけた紅茶をひと口すすり、肩をすくめて。
「物騒な気配がするわね。あえて消さずに近づいてきた理由、訊いてもいい?」
「害意なきことを示すには手っ取り早かろうと思うたのだが、障ったならば謝罪しよう。冬山で一度まみえておるが、リィェンの契約英雄で零という」
 今までリィェンが座していた席に腰を下ろし、零は口の端を吊り上げた。
「あらためて、よしなに頼む」
 座っているように見せて、零の尻は座面に預けられていない。奇襲を受けても足を崩されずに反撃するための構え。それを難なく行ってみせる知命の男が相当の武辺であることは容易に知れた。
「こちらこそ。でも、どうしてあなたがここに?」
 テレサの握手を受けた零はしばし間を空けて。
「リィェンの小僧を、父御はなんと言うておる?」
「特になにも。あたしのボーイフレンドだってことは知ってるはずだけど」
 まだ語るほどの者ではありえぬか。確かに今はの。
「小僧が訪れるときには我も招いてくれたらば幸いだ。実は、汝が父御と一度言の葉を交えてみたいと思うておるのだよ。我が父御の相手を務めれば、小僧も気まずい思いを減じられようしの」
 言い終えて、するりと立ち上がる。
 実に面倒だが、こうしてアポイントをとることが紳士業界の習いというものだ。リィェンがその世界へ斬り込もうというなら、援じてやろうという零もまた理に従う必要がある。
 闘いというものはの、当人ばかりで済むものではないのだ。我も契約英雄として、食客として、家主に義を尽くそうぞ。

 零と入れ違いに帰ってきたリィェンは、空気に残る刻み煙草のにおいに鼻をひくつかせ、テレサに訊いた。
「もしかして零がいたか?」
 うなずいて、テレサは言葉を返す。
「パパと話がしてみたいから、リィェン君といっしょに招待してほしいって。パパも同年代の友だち少なそうだしちょうどいいかも」
 ったく、なにをたくらんでるんだ。
 リィェンは苦い顔で虚空をにらみつけ、厳しい表情を解いた。
「なんにしても明日はきみの決戦になるんだろう。あのボクサーとも縁が切れる」
 言いながらテレサへ手を伸べる。
「急な要請だったのに増援も来てくれることになったし、これで白狼は任せてあの男に向かえるわ。だから……与えてもらったチャンスを逃がしたりしない」
 増援の顔ぶれは先ほど確定したばかり。そのデータが取りまとめられ、テレサの手元へ渡るのは、彼女がアイルランドへ戻る直前になるはずだ。
「とはいえ女海賊もいるんだろう? 数人の増援でまかなえるのか?」
「彼女はあの男を取り囲める数じゃなければ加勢しないことを表明したわ。だから、あたしひとりでも」
「ひとりで向かうようなことにはならないさ」
 リィェンは言い切り、テレサの手を取って引き上げた。

 きみはもう少しで知ることになる。
 今日、俺がきみに会ったのは偶然だけど、必然なんだってことを。そして俺がきみの武運を祈らない理由を。
 ――明日、俺はアイルランドできみと再会するんだ。
 あのいけ好かないボクサーから勝利をもぎ取るために。
 そして今度こそ、最高にハッピーなバレンタインをきみへ贈るために。
 俺は惜しむことなく俺を尽くすよ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
【テレサ・バートレット(az0030) / 女性 / 23歳 / ジーニアスヒロイン】
【零(aa0208hero002) / 男性 / 50歳 / 義の拳師】
【イン・シェン(aa0208hero001) / 女性 / 26歳 / 義の拳姫】
【マイリン・アイゼラ(az0030hero001) / 女性 / 13歳 / 似華非華的空腹娘娘】
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2019年02月28日

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