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『ネクロマンティック・ドール』
セレシュ・ウィーラー8538


 あれから何年か経っている。もう20歳に達していると見てよかろう、とセレシュ・ウィーラーは思う事にした。
「ぷはぁあ……トンカツにビール、理想のマリアージュですわねえ」
「中身オッサンなのは相変わらずやな、自分」
「お姉様も相変わらず。ちょっとおイタ気味な子を片っ端から捕まえて、お人形に変えていらっしゃる?」
「片っ端から、っちゅうワケやないけどな」
 セレシュは頭を掻いた。
「新しい子が入ったんは確かや。後で一緒に見てくれへん?」
「私……ご覧の通りもう、お酒が入っておりますけど」
「構へんて」
 セレシュもビールを呷り、中年男のように息をついた。
「……素面やと気が滅入る作業や。自分、ええタイミングで帰省してくれたわ」


 他人に説明する必要がある時は「妹」で通している。「姪」や「娘」は、さすがに抵抗がある。
 その妹が、呆れ果てていた。
「お姉様は、また……どこで拾って来られたんですの?」
「お仕事先。ま、IO2の人らに引き渡しても良かったんやけどな」
 地下工房。
 作業台に、その人形は横たわっていた。
 等身大の、まるで意識のない美少女のような人形。黒い、洋風の喪服といった感じのドレスが似合っている。艶やかな銀色の髪は、作り物には見えない。
「このドレス……お姉様が仕立てたんですの? さすが、こういうのはお上手ですわね」
「仕立て直しや。このふりふりフリルがええ感じやろ」
「で、中身のお人形は一体……まあ説明不要という気もいたしますけど」
 そう言う妹に、セレシュは一応の説明はした。『虚無の境界』の能力者と戦い、倒して捕えた。まあ確かに、長々と説明する事でもない。
「で……まず、この子の心が今どういう状態なんか調べて欲しいんよ。自分、精神系の魔法得意やろ」
「人形の心なんて、軽々しく覗くものではなくてよ。お姉様ならご存じでしょうけど」
 人形の中には確かに、凄まじい呪いの念を溜め込んでいるものもある。
「まあ、この子は大丈夫ですわね。魂も、ほとんど人形のそれに変わっておりますけど……ここから新しく怨念を溜め込んでいく事も考えられますわ。呪いの人形としては、これ以上ない素材。扱い要注意ですわよ」
「心配御無用、別に虐めたりせえへんて」
 セレシュは、人形の美貌に向かって片手をかざした。
 人形の額に、キラリと光が生じた。
 人形化の魔法が、鍼状に突き刺さっている。その状態が可視化されたのだ。
 その光の鍼を、セレシュは引き抜いた。
 人形化を解除した、のだが外見は変わらない。人形の心を持つ美少女が、相変わらず作業台に横たわっている。
 柔らかさを取り戻した胸が、重力に負けて、いくらか伸び広がったようである。
 そこに、妹が手を触れる。病巣を探る外科医の手つきだ。
「寄せて上げる状態、ではないようですわね……お姉様この子、下着を着けていないのではなくて?」
 触れられても、少女は反応を示さない。虚ろなほどに澄んだ瞳は、工房の天井を見つめるだけだ。
「虐めないと言いつつ早速セクハラをなさっておいでのお姉様」
「お人形に下着は要らんやろ」
「今時のドールがどれほど作り込まれているものか、ご存じありませんの? ランジェリーだって、下手をすると人間のものより高級な品がありますのよ」
「お人形遊びに、そこまでハマる気はあらへんよ」
「生身の人間を、人形に変える。充分、悪質なハマり方をなさっておられるようですけれど」
 妹が、ちらりと軽く睨んでくる。
「で……この子を、結局どのように?」
「お手伝い用の自動人形にしよう思うてな」
「……それって、どうなんですの? 道義的に色々と」
「色々やらかしとるのは、この子も同じや。因果応報っちゅう奴やな」
 言いつつセレシュは、妹の肩をぽんと叩いた。
「お手伝いさんは必要なんよ。何しろ優秀な助手が、うちの手元から巣立ってもうたさかい。な?」
「……この子に、私の代わりが務まると良いですわね」


 少女の額に、再び光の鍼を突き刺した。再度の人形化。
「重ね掛け、みたいな事になってもうたんかな」
 セレシュは、己の顎に手を当てた。
「何か、前より美人さんになったように見えるわ。お目々ぱっちりで、髪もお肌も艶々で」
「寄せて上げる効果も出ておりますわね、どうやら」
 形良く固まった胸や尻の丸みを、妹が外科医の手つきで確認している。
「で……お姉様、それは?」
「とっておきのアクセサリーや」
 人形の細い頸部に、セレシュはチョーカーを巻き付けた。
「まあ制御用の魔具なんやけどな。お人形は、着飾るもんやろ」
「それなら下着も着けて差し上げなさいな」
 そんな事を言いながら妹が、人形の眼前に片手をかざす。
 砂時計が出現し、すぐに消えた。
「駄目……ですわね。心はもう完全に人形のそれですわ。人格の残渣のようなものは微かに感じられますけど……人形化した肉体を、動かせるほどのものでは」
「ふむう。意識を起こすやり方は駄目、っちゅうワケやな」
 セレシュは腕組みをした。
「ならアレやな、AI的な制御術式を組むしかあらへん。いよいよ出番やで、自分」
 セレシュが指を鳴らすと、少女の細首で、魔法のチョーカーが光を発した。
 その光が妹の周囲に飛び、板状に形成されて浮遊する。
 何枚もの、光のパネルであった。
「出番と言うか……私に丸投げ、という事ですのね」
 文句を漏らしつつ妹が、それらに指を走らせる。
 光のパネルに、様々な呪文や秘術数式を目まぐるしく表示された。
 妹の綺麗な指が、無数の呪文や数式をことごとく開き、書き換え、再配置してゆく。
 それは複数の端末を同時に操作しているようでもあり、いくつもの楽器を同時に奏でているようでもあった。
 セレシュは思う。この子の代わりなど、誰にも務まりはしないと。
 この人形が動くようになったとして、彼女の代わりなど求めてはならないと。
「はい完了……」
 妹の声と共に、何枚ものパネルが全て光に戻り、人形のチョーカーに吸い込まれていった。
「このチョーカーのお陰で、思ったより簡単に済みましたわ。さすが、マジックアイテム職人としてのお腕前は健在ですわね。収入には今ひとつ繋がっていないようですけれど」
「うちなあ、どうも大量生産とか薄利多売が苦手やねん。商いは数なんやけどな……で。この子、思考レベルはどないなもん? 簡単な会話くらいは出来たら助かるんやけど」
「人格の残渣を、何とか活用してみましたわ。まあ、お試しあれ」
「おほん。あー、初めましてや、うちの新しいお手伝いさん」
『人形に一体、何を手伝わせようと言うの!? まったく』
 むくりと起き上がった人形が、声を発した。
『人形は、愛でて、綺麗な服を着せて、大事に飾っておくものでしょうに!』
「自分、それで満足なんか?」
『……動きたい』
「それでええ。安心しいや、いくらでも動いてもらうさかい」
 セレシュは、人形の頭を撫でた。
「……お気をつけて、お姉様」
 妹が、ぽつりと言う。
「その子、死霊術師としての能力は生き残っておりますわ。アンデッドを自在に操る魔人形……お手伝いさんとして使うには、少しばかり物騒でしてよ」


登場人物一覧
【8538/セレシュ・ウィーラー/女/外見年齢21歳/鍼灸マッサージ師】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年02月28日

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