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『血は水よりも濃し・二 』
クレール・ディンセルフka0586

 実家に帰省し、修行に明け暮れる日々を送って早十日にもなると、ハンターとして依頼解決に全力投球していたのがどこか遠い話へと変わる。戦いで失態を犯さない為、より強くなる為に家族の力を頼りここに戻ってきた。実際、弟の提案は覚醒を当たり前の能力として使用していたクレールからすれば目から鱗で、実践するにつれ成長を感じ取れる。なのに若干の違和感を覚えるのはきっと、家の空気が家出をする前とさして変わりがないせいで。
「いらっしゃいませ。あら、お久し振りですね!」
 と、遠方から遥々、ここのが一番いいからとやってくるお客さんのことをばっちり覚えていてにこやかに対応する母も、
「――駄目だな。やり直すか」
 と、クレールにとって憧憬の対象であり続ける腕前に驕らず、鍛冶技術を磨く父も。
「これ、ここに置いとくからね」
 言って、荷物を置く弟だけは家を出る前と随分変わった。若いからたった数年でも成長するという外見的な意味もあるが何より精神面、そして戦闘面での成長が著しく、親心にも似た感慨を抱く。
 彼がいつも病弱だった自分を心配し、助けようとしてくれていたのは知っていた。その優しさは今も少しも変わっていない。ただ、幼少の頃は弟のほうが先に進んで手を引っ張ってくれていて、三年振りに帰るまではきっと、クレールが彼を置き去りにしていた。そして現在は別々の道をひた走り、時には鉢合わせ、協力して壁を越えてはまた手を振り別れる。そんなイメージ。
(――って、今は私が助けられてるだけだけどね)
 実戦形式の訓練を行なうことや覚醒者と覚醒、あるいは機導師と魔導機械の関係を間近で見ることに何かしらの得るものはあるのだろうが。家族の間柄に貸し借りの概念はなくともいつか自分も彼の為に何か出来ればと思ってしまう。
 その為にはまず、ディンセルフコートの力を自分のものとしなければ。緩やかに、けれど焦らず堅実に精度を引き上げる毎日は、幼少のみぎり、青空格闘術教室に通っていた日々を思い起こさせる。あのときも出来ることが増える度に嬉しかったから苦に感じなかった。そんな現金さは今も昔も同じらしい。と。思考を破るように店の扉が大きな音を立てて開け放たれた。息急き入ってきた父の友人と目が合う。
「ち、近くの街道に雑魔がっ……!」
 最後まで聞かず、自室に走ってコートを掴むと身を翻し、方角だけ教えてもらって駆けていく。背後で聞こえた名前を呼ぶ声は、扉の閉まる音に掻き消された。

 夢から現実に引き戻された心地を味わいながら、それでも積み重ねた経験が心身に染み込んでいて、走りながらもクレールの顔に焦りの色が浮かぶことはない。ただ衛兵でなくハンターの自分を頼ってきたことを考慮すると緊急性があると判断して、正確かどうか不透明な情報を切り捨てた。その分、暮らした年月に比して足りない土地勘を総動員し、幾つか状況を想定しておく。自分では思いつかない可能性を提示してくれる仲間は今いない。雑魔が相手と高を括れば足許を掬われる。それでもクレールは平常心を保っていた。
 木に身を隠し、顔だけ出して覗く。
(妖魔……それともまさか堕落者?)
 進行方向、周辺を森で囲まれ、道を使わざるを得ないポイントにたむろしているのは人型の歪虚。野盗が纏めて堕落したか、前者でも往々にして魔獣より厄介な場合が多い。目視出来る数は八。一人で相手取れるか微妙なラインだ。幸い、相手はこちらに気付いていないので不意打ちに成功すればいけるか。いずれにせよ速攻を掛けたほうがやり易いはず。
 戦う為に覚醒するのは帰ってきた日以来だ。だからこそ己の身体能力を高めようと機導術を使用して改めて、制御が精緻を極めつつあるのに気付く。過剰に注いでいたマテリアルを最適化し、幾らか余裕が生まれたのもあるが、術の質自体も向上しているのが実感出来た。今なら何か、新しいことが出来る気がする。しかし閃いた技を試すには武器が足りなかった。コートだけを持ってきたのは同時に自信の表れではあるが。
 息を吸って吐き、踏み込んで加速する。途中、足許に転がる石を明後日の方向に蹴飛ばす。勢いよく飛んだそれは木の幹にぶつかり跳ねて、視覚で捉えていなかった歪虚たちは音のしたほうへと向く。がら空きの背中めがけて迫ると、振り向くより数瞬早く羽織ったコートの右腕部分を剣に転じさせる。変化速度も申し分なく、感覚で間合いを見極めた。
 一体目が崩れ落ちる姿を視界の隅に捉えながら尚も攻勢を維持。コートもディンセルフ式鍛冶師殺法も奇襲と初見殺しを主眼としたものだ。今回ざっと確認した限り妖魔のようなので格上とはいえないが多勢に無勢なのは変わらない。気付かれる前に落とすに限る。
 そうして碌に抵抗に合わず三体を倒して、残りの敵と対峙する。種が割れても、実際に対応出来るかどうかは別物なのがディンセルフコートのいいところだ。何せ使う本人すら手を拱くくらいである。突如現れる剣を警戒されたら靴に変化させて大きく跳躍し、機導砲をお見舞いする。訓練とはいえ実物の剣を使い本気でぶつかることを思えば、弟と戦うときの方が余程ひやりとする場面がある。
「後四体ね」
 短く呟きながら、やけに動きの少ない一体が引っ掛かる。獣の群れにおける上位なだけか、それとも。
「行け」
 それは耳元で鳴る風の音に掻き消されそうなほど小さく、いやに頭にこびりつく悍ましさを孕む声だった。途端に回避を放棄し致命傷を免れる動きに終始していた三体がまるで一つの脳を共有しているかのように連携を取り始める。三方からの斬撃の隙間を縫い動きながら、紋章が浮かぶ眼が先程声を発した歪虚の、指揮者のように掲げられた腕に生身の肌を捉える。――堕落者。
 理屈は判然としないが統制が取れたことに違いない。途端にキレも増し、躱すのに徹すれば危うさはないものの当然攻撃に回れなくなる。
「姉さん、下がってきて!」
 不意の声に一も二もなく従い、体を反転させるとコートを靴に変化させマテリアルを付与、推進力をつけた跳躍で突き進む。そうすれば直ぐに声の主である弟、それから両親の姿まで見えた。その手に当然の如くカリスマリスの名を冠した得物を携えて。
 一つの脳を共有と表現したのはあながち間違いでもなかった。乱入者にまるで気付かない素振りの妖魔に本業鍛治師の一団が立ち向かう。その動きは己の流派として会得している最中の殺法。故にまるで未来視のように手に取るように解る。止めを刺すのは覚醒者である自分の役目だ。それ以外は頼ってもいい。彼らの強さはよく知っている。
 弟と背中合わせにクレールは接近する堕落者を見据えた。

 覚醒出来る限界を免れていたのは幸運という他ない。失敗する不安もなく倒しきった結果、怪我はないものの汗だくで地面に座り込むクレールの息が整った頃、目前に手が差し出される。タコや火傷の跡が残る、自分より大きな手のひら。
「お疲れ様。大分いい感じになってきたんじゃない?」
 そう言う弟の顔に浮かぶのは己の功績による誇らしさではなく純粋な喜び。手を取り引っ張り上げられながら、クレールは思いを言葉にする。ありがとうと、それから彼の名前をくたびれた笑い顔で。率直さにむず痒そうな顔になった弟の後ろで、微笑ましいと言わんばかりに両親も笑う。
 家族の力を借りて一歩ずつ着実に前へと進んでいく。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0586/クレール・ディンセルフ/女性/22/機導師(アルケミスト)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
今更ながら戦闘描写の為にスキル欄を拝見して新技を会得することを知り、
そのくだりと無事ディンセルフコートを使いこなせるようになって別れる、
という内容に変更するべきか、すごく悩んだんですが……
個人的にクレールさんから見た弟くんについてと実戦投入する場面が
書きたかったので、お言葉に甘えて、やりたいようにやらせて頂きました。
(技をぶつけ合う格好いい画が書けそうになったというのもあります……)
色々見当違いになってしまっていたら申し訳ないです。
今回は本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2019年03月04日

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