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『彼女の解、彼の答え 』
メアリ・ロイドka6633

 ──……ああ、それ、すごく良いと思います。
 想定していたのはそんな反応だった。最も、肯定されたところで見合いを実践するつもりもなかったが。残り少ない人生、今更、これまで興味を向けてこなかった相手、事柄に安らぎを得られるかというとピンとこない。自分が安らぎを与える側になることは、尚更にだ。
 高瀬 康太にとってだからこれはただの思考実験だった。端から見れば自明な解を導くための式。解答者であるメアリ・ロイドの瞳にまざまざと理解の色が点っていくにつれて、彼自身の混乱も鎮静されていく。
「康太さんが真面目に私の話を聞いてくれて、それに対する問いを私にくれて、やっと今答えが分りました」
 彼女の唇から答えが紡がれる。相変わらず淡々としているようで……これまで聞いたどんな声より透き通っているように感じた。ああ、そうなのか。本当に理解したんだな、と康太は感じた。
 分かってはいることだ。
 弁えてはいたことだ。
 それをいよいよ、間違いの無いものとして受け入れるだけ。
 膝の上に軽く握って置いた手に、少し力を込める。
 彼女の唇が開く。言の葉が紡がれる。

「きっと私は本当はもうずっと前から気付いていたけど、目をそらしてたんです」

 一方的に宣言されるそれを、ただ聞くだけ。

「……私の1年少しの片思いは、恋じゃなかった」

 ……。全てを聞けば、それで終わりになる筈の。

「『寂しさを埋めるための存在』として、けして想いに応えてくれないけど適度に甘えられる、そんな彼に寄りかかっていただけの、一方的なごっこ遊びだったんです」

 そんな話が始まるのだと、思って。

「あの人への想いが少し上と言ったのは依存、嫉妬、独占欲といった強い感情で親愛を塗りつぶして誤魔化していた部分で空洞でした。……後で今までの感謝と謝罪をしに行かないと」

 いた筈のこれは今、改めてよく聞くと一体何を聞かされているのか。
 康太が「何か予想してた話と違うぞ?」とようやく思い至ったのはこの辺りからだった。完全に止めていた思考を動かし初めたのも。当たり前だが、今動かし始めたところで即座に対応出来るはずもない。そうする間にも、メアリの話は続く。

「同時に実感しましたが……私が好きなのは、恋をしていたのは、康太さん貴方にです」

 止められなかった。
 その言葉を言わせるのを、聞くのを、止めることが出来なかった。
 ただ呆然と、動くがままに顔を上げてメアリの方へと向ける。彼女はずっと、真っ直ぐに康太を見ていた。もう迷いは無いという風な瞳で。
「問いの答え1、例え片思い相手が応えてくれても私は困惑してしまって、断っていたでしょう。その後も貴方への気持ちは、しっかりある」
 はっきりと彼女は答える。その声が、内容が、康太の頭に入ってはいるはずなのに理解にやたらと時間がかかる。
「問い2の応え、康太さんの幸せを考えるなら、それが最善だとは分っていても『今の私』は笑って見送れないです。酷く胸が痛い。自覚する前なら、少し引っかかりつつもきっと祝福できたのに」
 そうして。康太がただ混乱する間、メアリの言葉はまだまだ続いていた。
「……前に友人が「キスをしたいと思うのが恋愛感情だよ」って言ってたのを思い出しました。片思い相手と考えてみて特にそうは思わなくて。実際聞いて断られて勝手ですがほっとしてた」
 迷うことなく、淀みない勢いで話続けていた彼女の様子に、ここで少し変化が生まれた。声が揺れる。視線がさ迷う。頬に差す朱が、単純な興奮ではないそれに変わった気がした。
「今康太さんで考えてみて……してみたいなと思うし、貴方じゃなければ嫌だとも」
 忙しなげに指先が動いて、口調からは勢いが下がった。しどろもどろのそれに、あ、照れているのか、と、彼が知る彼女の様子からもあいまってそれに気付くのにも時間がかかった。
 気が付いて。
 彼女の気持ちを、結論を、ようやっと把握して。
 そこで、康太に浮かぶ言葉があった。
 怒濤の勢いでせりあがるそれを、堪えることも考えられずに。
 康太はそれをただ、叫んでいた。
「──……馬鹿なんですか!?」
 自らに、意を決して告白してきた女性にこれはどうなのだろう。そんなことを気遣う余裕すらない。だって。彼女のその結論は。あまりに。彼からすれば、馬鹿げている。
 咄嗟の叫びに、その内容に、メアリは怒るでも泣くでもなく、キョトン、と康太を見つめ返した。
「そんな選択、有り得ないでしょう! その流れから、この状況から……!」
 混乱のまま、それでも紡ぐ言葉はろくに纏まりが無かった。それでも伝えなければならない。分からせなければならない。何を? そうだ。
「……先がないことが分かっているのに、どうして……」
 絞り出すように、彼はようやっとそれを告げた。いまだそれを意識するのは苦しいが、しかし、揺るぎのない事実だ。
「……望まないです。僕は、そんなものは。だから……」
 友人で良かった。
 変わらず、歪まずにいられる形の友情が良かったのに。
 だから──
「そうですね。馬鹿なのかもと、思います。……だから、例え同性だったとしても、好きになってたと思います」
 だけど彼女は、そんな彼が作った精一杯の逃げ場にすら回り込んでくる。
 康太が突きつけた事実にすら、彼女は微笑を浮かべていた。それを忘れていたわけでは、考えなかったわけでは無いのだろう。それでも。
「康太さんを好きになった事に後悔なんて無い」
 そう、言ってのけてみせる。
「どうして……」
 康太はもう、掠れた声でそういうのが精一杯だった。何故。何時。思い返しても彼女の前で自分が、そう思われるような何かをしたような覚えはない。強化人間として。いつもハンターたちには遠い背中ばかり見せられている心地しか無かった。その事に対する忸怩たる想いを、隠せていたと言うつもりも無い。軍人として背筋を伸ばしていたつもりでも、ハンターの視線から映るのは弱く情けない姿では無いのか。
「思えば、前に『ただ貴方に笑って欲しくて、傍に居たくて仲良くなりたいとそう思ってました』とか言ってましたよね私。この頃からすでに……いや、友達になりたいと思ったあの頃からきっと」
「……解せません。どうしても。やはりいくら思い返してもその頃の僕に、貴女に強い魅力を抱かせるような何かを見せた覚えはありません」
「自分では気付かないんですかね? 私には康太さんの良いところ、沢山見えてましたよ。言います?」
「……やめてください。お願いします」
 懇願する康太の声は本人も意識したわけでは無いだろうが、大分本気だった。メアリは「そうですか」と少し名残惜しそうに言って、一度言葉を止めた。
「……そこは、素直に聞いてくれるのですか」
 また分からない、という風に康太が突っ込む。
「逃げられるかな、と少し思ったので。……いつかじっくり聞いてもらいますね。そんな風になれたらいいなと」
 言ってメアリはまた、平静に戻っていた顔に微笑を浮かべた。
「すみません。一気に色々言い過ぎましたよね私。今まで暗いトンネルを進んでいた心地だったのが、急に目の前が開けた感じで、それで、つい」
 そっと胸に手を当てながらメアリは今更気付いたように、そう言った。
「言葉が、溢れてくるんです。やっと自分の気持ちが分かったら、伝えたいことが沢山あって……」
 後悔したく無いですから。
 言外に彼女がそう言った気がして、康太はそれに、気付けば再び俯いていた。後悔しない。後悔しないとは、この場合なんなのだ。自分にとって──
「ごめんなさい。だから……止まらないんです。伝えたいんです。一緒に居たいもっと話したい、名前を呼んでもらいたい、触れたい、キスしたい、笑顔を見たい、幸せにしたい、喜んでほしい──恋ってこんなにあたたかな気持ちなんですね」
「……」
 言葉の中で。康太が一番に引っ掛かったのは、『名前を呼んでもらいたい』その部分だった。……呼んだことは、無かった気がする。彼にとっていつでも彼女は『貴女』だった。彼女に対してというより、ハンターに対してそうしていたのだろう。馴れ合わない、その一線を引くために。
 彼は口をつぐむ。呼んだらどうなるのだろうか。その事に少し恐怖を覚えた。その瞬間こそが、何かが決定的に変わってしまう瞬間だと。不用意でそれを迎えたくは無かった。……後悔したく、ない。
 彼女が視線をずらした。彼と彼女の間。この対話の最中ずっとあり続けていたもの。箱の中、その意味の定義を変え続け、待ち続けていた。
「このケーキにこもってるのは、恋愛的な意味での、1番の大好きな気持ち」
 確定に、箱を開けての観測は要らない。彼女がそう告げたら、それはもう揺るがなくそれになる。
 それを。
「重すぎて逆に受け取ってもらえないでしょうか」
 それも覚悟しているという風に、彼女は告げた。
 そうだ。
 重い。
 これは。こんなものは、今の康太には重い。
 彼女自身がそう言ったのを言い訳にするように、康太は……苦しげな手つきで、箱をメアリの方に押し返した。
「受け取れ……ません」
 その勢いに乗せて、呻くように告げる。
 俯く。メアリが今どんな顔をしているかは、とてもじゃないが見ることが出来なかった。立ち上がり、背を向ける。
「僕の、後悔の無い人生は……まず間違いの無いものは、軍人としての生を、全うすることです」
 その道を堅実に歩むのが己にとって一番安全な道のりだと、康太は思う。残り少ない時間。無駄にしたと、ましてや悔やむような記憶を重ねたくは無い。我ながら弱腰だとは思うが、それでも今から未知なる道を行くのには強い抵抗があった。
 逆に言えば。自分にはそれがある。迷いながらもそれでも積み重ねてきた、自分にはこれしかないのだと思える生き様が。自分にはそれがあればいい。それさえ出来れば……他の何が無くとも、耐えられる、筈だ。
「グラウンド・ゼロで共に戦いましたよね」
「え、ええ……」
 去ると見えた康太が再び口を開いたこと、その話題の転換に、今度は彼女が少し戸惑った声をあげる。
「閉ざされていても、想像できる未来があると、言った者たちが居た」
「……ありましたね。そんなこと」
「その時、僕は思ったんです。僕にもなり得た姿はあったのだろうかと、それと」
 振り向かない。
 振り向けない。
 彼はそのままで、でも置き去りにする彼女に告げた。
「──死ぬときには、貴女の幸せな未来が想像できたらいいと、そう思いました」
 伝えたいこと。伝えるべきと思ったこと。
「……貴女の今の気持ちに応える気はありません。僕は。貴女のその僕への気持ちには、憐れみが混ざっていると。どうしてもそう思えてなりません。そして──先を逝くしかない僕のことを想うならばどうか。貴女が永きにわたって幸せになれる道を。選択を。僕に見せてください」
 今の彼の、答を。
 一息に告げて、彼は止める間も無く走り去っていった。
 ……ケーキの箱はそこに、残された。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6633/メアリ・ロイド/女性/20/機導師(アルケミスト)】
【kz0274/高瀬 康太/男性/24/猟撃士(イェーガー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注有難うございます。
え。と。いやその。いやいやいやいや。
違うんですホントそんなつもりじゃなかった。ないんです。
なんかすいません……どの方面に向けて土下座すればいいのか。
そんなこんなでどうしようかと思った挙句ほぼ思ったことをそのまま書いただけのあれとなりました。
前半ちょとギャグですね。笑ってる場合じゃないですが。
……ところで、一応改めてシステム的なお話をいたしますと、ここで起きたことはシナリオ本編には採用できません。
紛れもない事実とするにはこちらを下敷きに本編でアレソレしてた抱く必要があります、が。
本編は本編で戦闘なり必要な事なりだけを進めつつ、こっちはこっちで別軸で進めるというやり方もありますね。
まあそんな感じで、ご発注なりご参加なりお考え下さい。
では改めましてご発注有難うございました。大混乱の現場からは以上です。
イベントノベル(パーティ) -
凪池 シリル クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年03月04日

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