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『剣と爪牙と 』
レグルス(イェジド)ka5819unit001)&鞍馬 真ka5819

「……参ったな」
 思わず唇から零れた言葉は誰の耳にも届かず、静寂の中に溶ける。つい三十分程前まで仲間との定期連絡に貢献していたトランシーバーも、今はかすかなノイズを発するだけだ。当然ながら黙り込み周辺の物音に耳を澄ませてみても、他に誰かがいる気配もない。仲間とは別行動を取っているし、今更生存者が見つかる可能性は限りなくゼロに近いのでむしろ、聞こえた方が怖いかもしれない。開けた通りですら数メートル先の視界をろくに確保出来ない有様に溜め息の一つもつきたくなる。焦りはないが。
 ただ、半ば無意識的に腰に下げた二振りの剣に触れ、戦える状態であることを確認する真のすぐ近くには霧の中でも茫洋と深蒼のシルエットが捉えられる。彼――レグルスは動きを止めた真の姿を探すように、悠然とした動きでこちらへ近付いてきた。目が合った途端に、大きな口を開けて欠伸をする。イェジドにしてはのんびりした性格の彼のこと、敵の存在を確認出来ていない現状は闘争心という名のスイッチを入れるのに足りないらしい。手を伸ばし毛並みを一撫ですれば、嬉しそうに眼が細められる。それを見て真の口許も僅かに緩んだ。
 村というには大きく、町と呼ぶには小さい。そんなこの場所で歪虚が目撃されたのはおよそ二週間程前のことのようだ。予期せぬ事態に気が動転していたせいだろう、情報が二転三転する為に詳細までは未だ不明。しかしながら抵抗する術を持たない一般市民に十か二十かの犠牲が出て、混乱は被害があった所とは反対側に住んでいた者にまで伝播した。そうして生きている人間が全員、帰る場所を放棄した結果、ここはゴーストタウンと化した。
「このまま待機していても、埒が明かないだろうし……先に進もうか」
 言って、ほんの少しだけ下にある金色の瞳と視線を交わせばレグルスは応えるように頭を緩く動かした後、進行方向に目を凝らした。巨大な狼といった風貌だがイェジドは幻獣の一種。自分には見えないものが見えているのかもしれないと、真は異種族の相棒の力に思いを巡らせながら同じように向き直り、一瞬迷ってから足音は殺さず無造作に歩き始めた。仲間と直ぐに合流出来るとは思えないが、同士討ちになる確率を考えれば、奇襲されるリスクの方がまだ受け入れられる。
 ここまでの道すがら、一応生存者がいる可能性も踏まえて施錠されていない民家を覗いたりもしたが、その場に人影を見ることはなかった。ただ、パニック状態で己や家族の身を守るのに手一杯だった為につい最近まで人が生活していた痕跡は色濃く残されていて、不謹慎だがまるで三流のパニック映画のようだなんて思ってしまう。もっとも、知識として知っているだけで、転移する前の記憶を持たない真には自分がそれを好んでいたのか、あるいは嫌っていたのかさえも思い出せない。ハンターとして出発し、三年以上の月日が流れた今となってはいつか取り戻す機会が訪れるとは思えないし、今更思い出した過去がもし現在の己の根幹を揺らがせるようなものだったら、という不安も拭えない。割り切っていても独りになるとふと虚無感に苛まれるのは何故だろうか。
 レグルスには少し窮屈な道を通って、打ち合わせ通りのルートを進んでいく。今も自分たちが発する以外に音はなく、しんと静まり返る空間は真の胸の奥をざわつかせた。つくづく、レグルスが傍にいてくれてよかったと思う。気心が知れた友人の存在も勿論有難いものだが、心配をかけ続けていることへの負い目は胸の内にあって。そうして、かけられる言葉の一つ一つが真を繋ぎ止めているのも事実だが、時には通じ合う言語が存在することを少し重荷に感じてしまう。
 ――グルル……
 後ろについていたレグルスが足を止めるのにワンテンポ遅れ、しかし唸り声を耳にするよりは早く真も立ち止まり、耳をそばだてた。前方のそれなりに離れた位置から物音がする。少なくとも人間の足音でないことは直ぐに理解出来た。今回の依頼は歪虚が残っているか調査する意味合いが強いからと、他の仲間も動物や幻獣を連れてきていたし、別行動を取っていてもおかしくないが。だとしたらレグルスが警戒心を露にするだろうかという疑念も残る。
 柄に手をかけて一振り鮮血色の刀身をした剣を抜き放ち、トリガーに手をかける。正直言ってレグルスの機動力を活かせないここでは戦いたくないところだが、四の五の言っている場合ではないのも確かで。せめて挟撃が出来ればと思うものの、住宅街の複雑に入り組む地理まで把握しきれていない。戦闘中なら状況を打開する為に思い切った行動に出るのも手だが、ここで博打に出ても何のメリットもない。
 足音を殺して進み、角の先に魔獣の姿をかろうじて視認する。この街から人々を消した因由かどうかは不明だが、黙って見過ごす道理もなかった。軽く手の動きで自分が行くことを伝えて、真は地を蹴って躊躇わず敵の方向に突き進む。当然、野犬のような魔獣も気付き交戦しようとしてくるが、素早いだけで場当たり的な攻撃を最小限の動きで躱し、光と闇が混濁した刃を空気ごと斬る勢いで振り下ろした。切断には至らないまでも、急所に入ったそれは呆気なく魔獣を無に帰す。
「レグルス!」
 真が叫び、体を反転させて振り返る頃には背後から現れたもう一体をレグルスが地面に叩き付けていた。鋭い爪に体重を乗せて体表を破って、生き物における肉を断つ。地に四足をつけた彼が正面に向き直るのを確認し、真も背中合わせになる形で前を見据えた。レグルスよりも軽い獣の足音がそこかしこから聴こえ、こちらへと近付いてくるのが分かる。魔獣の性質上、一体だけとは思っていなかったが、想像していたより数が多い。そこそこの数で収まるのであれば自分たちで引き受けるのも悪くないが、これはさすがに仲間を頼るべきだろう。自己回復の手段を持っているとはいっても、術を行使出来るだけの余力が残っていなければ元も子もない。
 両手持ちしていた魔導剣を右手に持ち直し、もう片方の手で別の剣を掴む。柄しかないそれを真は前方の敵の前に突き出すが当然届かず、しかし柄から白刃が伸びれば的確に間合いを補完する。光の刀身で魔獣を縫い止めている間にカオスウィースで止めを刺す。
 敵の強さは率直に言って大したことはない。ただ、魔獣たちの動きを読み、白と赤の二色の刃を見舞い続けても一向に数が減る気配はなかった。それどころか、爬虫類や鳥と呼ぶには巨大なものまで種類も増えて、通路で戦い続けるには不利な状況へと暗転していく。後ろでは変わらずにレグルスの唸り声や敵を打ち倒す衝撃音が聞こえているが、彼の能力を最大限に引き出すのであれば場所を移動すべきだろう。
 戦いから意識を逸らせば霧の影響もあって動きが鈍り、爪が軽く腕をかすめる。服と薄い皮膚を断てども細腕ながらしっかりとついた筋肉で無理矢理身体ごと引き、それ以上の侵入は許さない。若干出血したが回復しなくても支障はない。痛みも無視すれば戦い続けられる。
 真は自他共に認めるワーカーホリックではあるが、俗に言う戦闘狂とは人種が異なる。戦いそのものではなく、己の身体能力や技術が向上していくのを実感して喜びを感じるだけ。だから戦況の有利不利を問わず、落ち着いて最善策を探すことが出来る。
 地図を確認している余裕はないのでうろ覚え気味ではあるが、確かこの道を進んだ先に広場が在った筈だ。広い場所に出れば自身も相棒も戦い易くなるし、同時に仲間と合流出来る確率も高まる。これだけ大騒動になっている以上、味方も交戦している可能性は高いだろうが――。
(考えることは多分皆同じ、だろうね)
 調査目的だったとはいえ、こうなると理由を追求するのは後回しだ。有象無象に視界を阻害されながらも民家の脇に積み上げられた木箱を発見して、叫ばずとも伝わると知りつつ声を張り上げる。
「私は上に登るからレグルス、そっちは任せたよ!」
 言うやいなや、返事を待たずに真は進行方向にいる敵を薙ぎ払って、一旦響劇剣を仕舞うと跳躍し木箱へと乗る。背中に風圧を感じる程の近さでレグルスが追ってきただろう雑魔を叩き伏せたのが分かった。不安定な足場をもう一箱分上がって直ぐに跳び、片腕で屋根瓦を掴み、そのまま自身の体を引きずって登り切る。好機とばかりに寄ってきていた鳥型の魔獣には符で生み出した光弾を至近距離からぶつけて対応した。符を使い切る勢いで応戦しながら下を見れば、遠慮する必要のなくなったレグルスが敵の攻撃を縦横無尽に動いて往なし、体格差に任せて飛びかかっている。転ばせるまでもなく仕留めているが。体毛の色が濃い為に判別がし辛いが血が滲んでいる箇所も窺えて、帰ったら暫く休ませようかと考える。
 邪魔な鳥型の魔獣を一通り消し去ったところで、先程よりも開けた視界の中、目的の広場を見つけると月を想起させる瞳と視線を交わし、殆ど同時に足を前に踏み出した。そして駆け出す。
 進行方向に回り込んでくる敵は二刀流で確実に仕留める。時折背後から気配がすれば身体の向きを変え、前後左右にステップを刻むように動きながら攻撃と回避を両立し。なるべく多くの敵を視野に捉え続け、同時に背後からの気配に襲撃を警戒し、意識に留めておく。頬に腕、肩に脚。先程よりは数はマシになったものの、攻撃を受け止めることで別の敵に対応し辛くなるリスクを嫌って回避に徹していても少しずつ傷は増えて、頭の回転を鈍らせる。しかしそれも後少しのこと。確実に目的地に迫っている。

 ◆◇◆

 レグルスは何よりも眠ることが好きだ。夢の中は常に自由で楽しい世界が広がっている。イェジドらしくない。黒い髪を長く垂らした彼の、同族の仲間と一緒にいる幻獣にはそう評されることがある。彼らに悪意がないのは分かっているけれど、まるで型に嵌まっていないのが異常だと言われているようで、少しだけモヤっとする。
 でも異端だろうがなんだろうが自分は自分のままで、そしてそれは彼も――同族に真と呼ばれているヒトも同じで。つまるところ、生きたいように生きて、自分で納得していて他の誰かを傷付けないならきっと何も問題ない。レグルスより高い位置で同じように前へ進む真の目は時折深海のような底知れなさを感じることもあるけれど、大体は澄んだ青色をしている。宝石みたいなそれを見るのも嫌いじゃない。
「レグルスッ!」
 真の言葉の全てが分かるわけではない。特に昼寝をしながら話しているときなんかは何となくにしか理解出来なくて物悲しさを覚えることもある。でも切羽詰まった声で名前を呼ぶときはいつも、こちらの身を案じているのだと知っていた。だから後方に迫る気配を無視してレグルスは跳んだ。逆にこちらに飛び降りてきた真とは行き違いになり、そして彼の背後に迫っていた爬虫類型の魔獣を狼牙で切り裂き壁を蹴って戻る。同時にくぐもり歪んだ獣の絶叫。振り返れば剣についた残滓を振り払う彼と目が合う。互いに向かい合って走ってほんの数秒、同じ性別のヒトと比べても華奢な手が鞍の持ち手を握って、慣れた動作で跨がってくる。その重みは動きを阻害する程ではない。
 低くした姿勢のまま、レグルスは吼えた。咆哮は狼牙を震わせ、周囲の雑魔を戦慄かせる。多数相手に彼を乗せた状態で立ち回るのはなるべくなら避けたい。真の得物もいつも一緒に戦うときと違い短く、揺れるのには慣れていてもきっと、戦い辛いだろうから。少しだけでも時間を稼ぎたかった。脇目も振らず、振り落とさないと信じて走る。
『――鞍馬さん、聞こえますか!?』
 願いは通じたらしく、直ぐ傍で真とは違う高いヒトの声がする。
「うん、聞こえるよ。何だろうねこれ……どういう状況なんだろ」
『ご無事なようで何よりです』
 多分呆れている。でも、安心もしている。そんな声に心配そうな声音で何か話しかけながら、真が背後を振り返ったのが鞍から伝わる感触で分かった。
 同じヒトになりたいと思ったこともある。この友人と言葉を交わせたならどんなに楽しいだろうと。でも自分がイェジドで彼はヒトだから、一緒に戦ったり眠ったりと、そんな今の関係がある。それに、大事なことは知らなくても解るから、これはこれで良いものなのだと。そんなふうに思いながら、レグルスは相棒を乗せて戦場を駆け抜けていった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5819unit001/レグルス/オス/不明/イェジド】
【ka5819/鞍馬 真/男性/22/闘狩人(エンフォーサー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
戦闘だけだったら5000字でも余裕でしょ! と高を括ったのと
やりたいことをやるために設定したシチュエーションがアレ過ぎて
説明に尺が取られてしまったという……レグルスくんをあまり
描写出来ていなかったので無謀にも彼の視点もちょこっとだけ。
一人と一匹の距離感や関係性の解釈が違っていたら申し訳ないです。
敵ユニットの攻撃手段とかが全く分からないというのもあって、
装備品やスキルを参考にしつつもWTRPG的な戦闘には考慮せず
書かせていただきました。格好良さは置いてきちゃってますが。
今回は本当にありがとうございました!
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2019年03月05日

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