▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『闇に踊る 』
芳乃・綺花8870

 夜は静寂の中に横たわり、明けるときを待ち侘びている。人の身には途方もなく長い月日が過ぎ去ろうとも魔の者が活発に動くのは相変わらず丑三つ時らしい。警備の目すらも存在しないフロアを通り、階段を上って綺花が目指すのはビルの屋上だった。この時間帯にはおおよそ似つかわしくない格好、そして腰に下げるのは一振りの刀。それを咎める人間は何処にもいない。もし誰かいたとしても、奇異の目を向けてくることは滅多にないだろう。何せ魑魅魍魎が跋扈し、公安組織だけでは処理が追いつかず、民間の退魔会社が幅を利かせるご時世だ。大抵の者は不審者と疑う前に退魔士だと判断する。あるいは綺花の名を知っているかもしれない。自身としては与えられる任務をこなしているに過ぎないが、年齢にそぐわない活躍ぶりから新進気鋭の退魔士と同業者のみならず一般人の口に上ることもあると、綺花は知っている。誰にも知られずとも人助けに繋がるならばそれで構わないと思いながら、人々からの評価が原動力になっている節は否めない。
 綺花が足音を響かせるのと同様に、敵もその邪悪な気配を隠さず屋上に留まり続けている。往々にして悪霊の類は自らの力を誇示し、自分以外の全てを見下すものだ。驕りはいつか必ず己が身を滅ぼす、さりとて意志薄弱になれば恐怖心に飲まれて魔に食い尽くされる。戒めるように胸中で教えを反芻しながら、前を見据える綺花の黒瞳は若さ故の自信に満ちて、闇の中で眩しい程の煌めきを湛えていた。
 屋上へと続く扉を開け放てば、吹き抜ける風が綺花の長い黒髪と胸のリボン、そしてスカートをはためかせる。目を細めて、僅かに顎を引き顔を背けて風に押し込められそうになる呼吸を逃す。改めて向き直れば、落下防止用の柵の向こうに腰を下ろす背中はなく、数メートルの距離を隔てた場所に男が立っていた。辺りには実体を持った紛い物のガラス片が散らばっていて、背後以外の三方向から見られているような感覚と、実際に男から向けられる粘りつく視線に、綺花は少し眉を顰める。
 鏡のように映し出されているのは綺花の姿だ。現役の女子高生でもある為に、実際に普段使用しているセーラー服をそのまま戦闘服として使っている。揺れるミニスカートから伸びる長い脚は同じ黒色の光沢があるストッキングに覆われていて、男の位置からは見えない筈だが、足許の破片にはバックラインと足の付け根のランガードまでくっきりと映っている。躯のラインが出ているのは腕と脚くらいのものだが、布地とリボンを押し上げる豊かな胸部と相反するように引き締まった腰回り、そしてしなやかな曲線を描く尻と、均整の取れた若く健康な肢体を服装がより魅力的に引き立てているといっても過言ではない。唯一非日常的な要素を持つ刀さえも、見る者によっては倒錯感に陶酔する舞台装置でしかなかった。
『待っていたよ。芳乃綺花さん。きっと君が来ると思っていた』
「わざわざ、私に滅される為に待っていたんですか?」
 今直ぐ一も二もなく言葉を遮り、戦闘態勢に持ち込むという選択肢もあった。人に害を為す悪霊の言い分は例外なく自己中心的で、他人を傷付けてでも現世に留まろうとする傲慢極まりないものだ。例え死因や生き霊になった理由に落ち度がなかったとしても、危害を加えた時点で裁かれるべき加害者となる。隠り世に渡ることを拒むなら祓うだけ。それが類稀なる法力を持って生まれ、退魔士として人々を助ける仕事に生涯を捧げると決めた己の役割だ。煽るでもなく真剣に尋ねた綺花の言葉に男は「あはは」と笑い声をあげた。うっすら透けた身体越しに夜景が広がる。何も知らず、あるいは無数に蔓延る魔物の類にいちいち構っていられないとでも言うように、深夜の街は呼吸をしながら当たり前にそこにある。
『凄い自信だ。でも、自惚れじゃない……君の名声は僕らの世界にも轟いているからね』
 ひどく楽しげで明るい笑み。この男が陥れた人々の目には天使に見えたかもしれない。そして、もたらされる神の掲示に従って自らの意思と思い込みながら空を舞い、地面へ身を投じていった。生者ならざる者にも正の心はあると信じたのだろう。綺花は調査や穏当な形の厄払いは行なわない純粋な戦闘員だ。だからというのもあるかもしれないが、今までに人助けをしていた者と出会ったことはない。本人は善意のつもりで悪意を振り撒いていたケースはあれど。
『だから君を殺せば、もう……誰も僕を止められない』
 言うなり、男は綺花を指し示すように右腕を上げた。それに応えるようにガラス片が次々浮かび上がり、そして一直線にこちらを目がけて飛んでくる。しかし数瞬ばかり綺花の反応の方が早かった。床を蹴って、大きく跳躍しながらくるりと躯を回転させる。黒髪もその動きを追うように弧を描いて、月の光を映してきらりと艶めく。眼下では急制動をかけ損なった一部の破片がぶつかり合い、破砕音を響かせた。給水塔の前に着地して愛刀を抜き追ってくる破片を待ち構える。
 舞うように踊るように綺花が身を翻す度にスカートも揺れ動いて、ランガードが暗闇の中でもそのラインの存在を浮かび上がらせる。建物に被害を及ぼすまいと刀を振るえば、退魔の力を帯びた白刃に触れた破片は一つまた一つと、実体を保てなくなり消えていく。四方八方から襲いかかられても、綺花が動じることはなかった。再び跳んで自らを囮にしながら、追尾し追い縋ってくる破片を空中で躯を横に一回転させて、纏めて薙ぎ払う。残滓が粉雪のように舞い落ちる中、綺花は破片を操る男目がけて疾走する。
「遊びはここまでです。私にはいつまでもあなたに構っている時間なんてありません」
 綺花が駆ける瞬間ごとに白刃が閃いて、男は駒を失っていく。風はいつしか追い風に変わっていた。
 妖魔が起こす事件は社会に暗い影を落とし、人々の未来を閉ざそうとする。この悪霊が齎した被害は少ないものではなかったが、綺花が自らの手で祓うだけの強さは持っていなかった。現に先程までの勝ち誇った笑みはどこへやら、その目に恐怖と絶望の色が浮かんでいる。破れかぶれに腕や足を使って繰り出される攻撃の悉くを綺花は冷静に見極め、躱していった。指はおろか、髪の一本にすら触れさせず、結局逃げ惑う男を追って肉薄する。柵を踏み越え、そして空中に躍り出た。
 生前心臓があった箇所を貫き、そのまま振り返らず綺花は隣のビルの屋上の縁に足をつけた。反動で乳房が大きく揺れて、若干の痛みを伴う。背後で悍ましくも何処か悲痛さも感じられる断末魔が響き渡り、綺花が柵に掴んで振り返る頃にはもう、ガラス片と同様に粉々になって消えるところしか見えなかった。
「――これで無事に、任務を遂行出来ましたね」
 応える相手はいないが、達成した事実を確かめるように呟いて、綺花は湧き上がる高揚感に控えめに口紅を引いた唇を笑みの形へ変える。月光が陰影を作り出す端麗な顔立ちと相俟って自身もまた、まるで美貌を武器にした人ならざる者かのような雰囲気を放つ。
 一つ終わっても直ぐ次の戦いが待っている。女子高生として青春を謳歌したいとも思わず、悪を打ち倒すことに生活を捧げる日々は、しかし綺花自身が望んでいることでもある。今宵の任務の幕引きを見届けて、今度はどんな敵と相対することになるだろうかと綺花はまだ見ぬ任務を想像し、期待に黒瞳を輝かせた。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【8870/芳乃・綺花/女性/18/女子高生退魔士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
ひとつの事件を追うにはあっさり気味ではありますが、
規定の文字数の範囲内で目一杯詰め込ませていただきました。
色っぽい雰囲気があまり出せてなくて申し訳ないですが……。
勝ち気な一面もあるとのことですが敵に対しても敬語なのと、
明らかな格下相手なのもあり、冷静で余裕がある感じの
描写にさせていただきました。圧倒しているところを
上手く表現出来ていればいいのですが。
今回は本当にありがとうございました!
東京怪談ノベル(シングル) -
りや クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年03月06日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.