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『いつも同じ星の下に 』
ジャック・エルギンka1522

 リゼリオの空がオレンジに染まる。
 暦の上ではすっかり季節は春だが、まだまだ吹き抜ける風は身体を震わせる。
 それでもすいぶん長くなってきた陽を見れば、季節の移り変わりを実感できるものだった。
 ジャックはオフィスの入り口で、そんな立春の空をぼんやりと眺めていた。
 手持無沙汰な手は行き場をなくして両のポケットの中に落ち着き、貰ったばかりの報酬をチャリチャリと弄ぶ。
「――おっ」
 そんな時、建物脇の勝手口から現れた見慣れた姿に彼は意識を揺り戻す。
「お疲れさん。今終わりか?」
「あっ、お疲れ様ー! そうだよ〜、もうくったくた」
 歩み寄って声をかけたジャックに、オフィス受付嬢のルミはニコリと笑ってから、ふーと大きなため息をついてみせた。
「最近、でかい依頼が多いからな。回す方も大変だろ?」
「うーん、そうだね。間違いがあっちゃいけないし。なによりみんなの安全に関わるから」
「ほんと、お疲れさんだ」
 いつもの制服の上から白いポンチョコートを重ねた姿のルミは、自分で自分の肩を揉みながら、ぐりぐりと首を大きく回す。
 ジャックは苦笑しながら、ふと自分のお腹をさする。
「そんじゃ、ちょっと飯でも行かね? ちょうど報酬入ったとこだし、何でも好きなモン奢ってやるぜ」
「えー! ほんと!?」
 疲れ切った表情だったルミは途端に飛び上がって目を輝かせる。
「ほんとほんと。何食いたい?」
「お肉! 疲れたルミちゃんの身体は、お肉を欲しております!」
「それなら焼肉――はちょっと芸がないか。そういや、通りに美味いイタリアンができたって話だな」
「あっ、職場で聞いたことあるよ。ボロネーゼが絶品なんだって」
「お、いいな。じゃあそれにするか」
 ジャックの提案に、ルミは首がちぎれんばかりに力強く頷いた。
「わーい! お肉、お肉、ボロネーゼ!」
「行く前からそんだけ喜んでくれりゃ、奢り甲斐もあるぜ」
 スキップ交じりに歩き出した彼女の後にジャックが続く。

 新しくできたというイタリアンは、ルミと同じように口コミを耳にしたのか、大変な賑わいだった。
 とはいえ2人という数なら意外と何とかなるもので、2人がけの小さなテーブルでよければということで並ぶことなく座ることができた。
 木造でできた建物は天井が高く、梁がむき出しの設計。
 質素にも見えるが、それが逆にコテージのような落ち着いた雰囲気を作り、食事の時間に彩りを添える。
「へぇ、良い造りの店だな」
 壁やら天井やらテーブルやら、店内の様子に興味を示すジャックとは裏腹にルミはさっそくメニューとにらめっこ。
 ちなみにお店の名前が焼き印された、ふたつ折りの皮製メニューブックがこれまたなかなかにおしゃれなのだが、おそらく彼女には中に挟まれた羊皮紙の文字しか目に入っていないことだろう。
「えーっと、シーザーサラダと南瓜のスープ。あと日替わり魚のアクアパッツァにボロネーゼ! あっ、アンチョビのピザも捨てがたいなぁ……」
「おおう、容赦ねぇな……まっ、こっちもそのつもりだし任せてくれ」
「ホント? じゃあ旬野菜のテリーヌと、生ハムのブルスケッタも付けちゃおうかなぁ」
「……そんなにテーブルに乗るか?」
「次の料理が来る前に平らげちゃえば大丈夫大丈夫!」
 そういう問題ではない気がするのだが、まあ、お店も席のキャパシティは理解しているだろうから気を使ってくれるだろう。
 ジャックは店員を呼ぶと、ルミが言っていたオーダーを確認しながらすべて通す。
 店員がオーダーの繰り返し確認を終えると、ルミはちゃっかり最後にジェラートを追加注文した。

「んー! おーいしー!」
 サクサクのブルスケッタをかじって、ルミは感動にうち震える。
 まるで全身で美味しさを伝えるかのように手をワキワキと振りながら、食べる手は止まらない。
「ほら、ジャックさんも食べて食べて!」
「お、おう。大丈夫、貰ってるぜ」
 そんな彼女の様子を見ていたらそれだけでお腹がいっぱいになりそうなもの。
 ジャックはルミが取り分けてくれたサラダを勧められながらも、一口一口噛みしめるように、ゆっくりとフォークを進める。
「んっ、確かに美味いな。サラダなんざどこで食っても同じだと思ってたが、ソースが違うのか?」
「このシーザードレッシング、刻んだエシャロットが入ってるね! それが香りと食感になって野菜の瑞々しさを支えてるよ!」
「ほー、なるほどな。じゃあ、こっちのブルスケッタは?」
「ハムが原木だね! 薫香が良い香りでしょ? バケットに塗ったニンニクの香りにも負けないくらい、うーん、最っ高!」
 ルミのお食事うんちくに頷きながら、意識して料理を口に運んでみる。
 なるほど、言われてみればさっきよりも匂いや味の違いがハッキリ分かるような気がする。
「そんなに詳しいのに、料理人とかは目指さなかったんだな?」
「ルミちゃん、食べる専だから。あっ、別に料理できないわけじゃないよ?」
「分かってるって」
 念を押したルミに、ジャックは小さく吹いたように笑う。
「食べる専でもね、知識があるともっと楽しめるでしょ。まー、基本は何でもおいしく食べちゃうんだけど……“おいしさの方向性”っての、お店や作った人によってあると思うから。なんていうか、それが分からないで同じ味だと思って食べちゃうのってもったいないじゃない」
「あー、何となくわかる気はする」
 例えば同じ見た目の皮の財布でも、それをなめした人、針を入れた人が違えば使い込んで来た時の“味”が変わる。
 きっとそう言うことなんだろうなとジャックは理解して、ルミの言葉が腑に落ちた。
「おっと、そう言や――」
 皮財布を思い浮かべて、ジャックは大事なことを思い出す。
 それから背負い鞄をごそごそと漁ると、白い油紙に包まれたものを取り出してルミの方へと差し出した。
 包みを解くと、中にはデフォルメした狐の姿をしたポーチが入っていた。
「わー! なにこれ、どうしたの?」
「今日、バレンタインだろ? だからプレゼントだ」
「えっ、いいの……!?」
 ルミは目を丸くして、ジャックの手からポーチを受け取る。
 狐の顔をそのままポーチにしたようなそれは、どことなくルミが愛用しているウサギのポーチに似ている。
 というか、そっくりみたい?
「あれ、でも、このポーチのブランドってリアルブルーので……」
「ああ、それな。ルミが持ってるのを参考にして、自作してみたんだ」
「手作りなの!?」
 本日3回目のびっくり。
 ルミは腰につけたウサキポーチを外して、右手と左手とでキツネポーチに並べて見せる。
「ほら、前にそいつに穴が開いちまった時があっただろ? またすぐダメになっちまうほどヤワな直し方はされてねぇと思うが、それでもそろそろくたびれて来てるんじゃねえかって思ってな」
 ルミがオフィス職員になって間もないころ、職権を乱用して町工場にお気に入りのポーチの修繕を頼みに行く付き添いをハンター達にお願いしたことがあった。
 それがジャックとルミのファーストコンタクトとなったわけだが――その時のことを、彼は覚えていてくれたのだ。
「また穴が開いちまった時とか、修理を頼んでいる間の予備にでもなればと思って――」
 照れ隠しに頭を掻きながら答えたジャックは、はっと言葉を飲み込む。
 隣り合わせた2つのポーチを見下ろすルミの目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれていたからだ。
 突然のことにジャックは思わず固まってしまって、それから慌てたようにハンカチを取り出して彼女へと差し出す。
 ルミは崩れた笑顔を浮かべて受け取ると、目元を優しく拭った。
「ご、ごめん。なんか、いろいろ思い出しちゃって……」
 口にして、ルミじっとウサギのポーチを見つめる。
「このポーチ、大切なものだって言ったじゃない。これね、カナデが誕生日にくれたものなんだ」
「カナデって……確かルミのバンドメンバーの」
 彼女が頷く。
「カナデってさ、変なセンスしてるから……貰った時ね、なにこの変なネズミって思ったんだ。でもせっかくもらったものだしって、とりあえず化粧ポーチに使ってたらなんか愛着湧いちゃって」
 そう言って、ルミは優しい表情で笑った。
「私がこっちの世界に来ちゃったときに、ステージ衣装と一緒に残ったリアルブルーとの繋がりだったの。だから余計に思い入れがあったんだろうね。あの時は本当にありがとう」
「俺は依頼があったから全力で応えただけだぜ。それに……思い出や愛着は、値段以上に物に価値を与えるんだと俺は思ってる」
 新品のポーチを渡した手前、どこかバツが悪そうに。
 だけどもそれは、ひとりの職人としての素直な気持ちだった。
「うん……ありがと」
 ジャックのそれが詭弁や慰めなんかじゃないことをルミも分かって、泣きはらした赤い顔で、にっこりと笑ってみせた。
「ポーチ、大事にするね!」

 それから小一時間、話をしながら運ばれた料理を全部平らげて、すっかり重くなったお腹を撫でながら2人は帰り道についた。
 ルミは送っていかなくても大丈夫と言ったのだが、流石にそれじゃ男としての面目が立たないと願い出たジャック。
 済んだ初春の空の下、並んで通りを歩く。
「……さっきの話な、俺も実はポーチ作りながら駆け出しのころを思い出してな」
 空を見上げながら、ジャックがふと口にする。
「あのころはルミや、あの工場の頭。街のちょっとしたトラブル。たまにソサエティからでかい依頼もあったが、基本的には身の回りの荒事雑事を解決していくのが仕事だった。それがまさか邪神と戦うなんてことになるとはよ、昔の俺に言ったら目ん玉ひん剥いて驚くだろうぜ」
「あはは、確かに」
 相槌をうったルミの隣で、彼は握りしめた拳をじっと見つめていた。
「最初はな、喧嘩する相手が歪虚に変わっただけくらいの考えだった。スリルが食い扶ちになるんなら悪くねぇって。だけどいろいろ依頼を受けて、仲間や依頼人に――いろんなヤツに会うたびに、ちょっとずつ“そいつらのために戦いたい”って思えるようになったんだ」
「うん……そっか」
「俺より強いヤツなんだ山ほどいる。そんな中でどこまでやれるか、正直分からねえ。だけど――」
 そこまで言って、ジャックは視線を自らの拳からルミの方へと移す。
「――俺も、周りを勇気づけられるような、そういうヤツを目指して頑張ってみるわ」
 ルミはゆっくりと、彼の言葉を噛みしめるように頷き返す。
「大丈夫、なれるよ」
「ルミに言われるとそんな気がしてくるぜ」
 そう言って、笑みを浮かべる。
 ルミはその表情を見届けると、あっ、と何か思いついたように手提げバッグから先ほど貰ったキツネのポーチを取り出した。
「あたし、これから沢山このポーチと思い出作るよ。そしたらカナデのポーチみたいにさ、あたしの中ではこのポーチとジャックが支えになる。これがあたしが確かにクリムゾンウェストにいたって証だから。だからさ――」

――それまで、世界を終わりにしないでよ。

 顔の横にポーチを掲げて、ニッと歯を出して笑うルミ。
「ああ……任せとけ!」
 頼もしい返事が夜空に響く。
 彼女の笑顔に何度元気をもらっただろう。
 依頼人と仲間たちのため、そして帰って来る場所があるから、どんな困難にだって立ち向かえる。
 だからこそ戦う。
 もう一度お腹いっぱい美味しいものを食べて、こうして星空を見上げて歩けるように。
 

――了。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1522/ジャック・エルギン/男性/外見年齢20歳/闘狩人】
【kz0060/ルミ・ヘヴンズドア/女性/外見年齢17歳/魔術師】
イベントノベル(パーティ) -
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ファナティックブラッド
2019年03月07日

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