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『Sweet Home 』
藤咲 仁菜aa3237)&リオン クロフォードaa3237hero001)&九重 依aa3237hero002

 九重 依は無表情を反転させ、気配を殺して歩き出した。
 漂ってきた甘い匂いに引き寄せられてキッチンまで来てみた彼だが、そこには藤咲 仁菜とリオン クロフォードが並んでいて、わーわー言い合いながらお菓子を作っていて。
 だから邪魔にならないよう、踵を返したわけだ。察しているばかりでなく、噛み締めさせられていたから。


 仁菜とリオンがようようと歪な共依存関係を断ち切り、不器用な恋愛関係へと至ったことは喜ばしい。
 ただ、そこに至るまでが大変で面倒だった。
『リオンは私のこと女の子じゃなくて妹みたいだって思ってるんだー!』
 リオンへの気持ちを自覚した仁菜に泣きつかれ。
『ニーナに誓約を押しつけた俺がさ、今さら好きだなんて言っていいのかな……』
 仁菜への気持ちを自覚したリオンに落ち込まれ。
 彼は無表情を左右に振って、仁菜には『だったらそれをリオンに訴えろ』、リオンには『その程度であきらめられる気持ちじゃないんだろう』、それぞれを焚きつけて、来たるべきときを少々早めてやったのだ。
 なにせこのままうじうじされ続けていたらQOL(生活の質)が下がる一方だし、なにより面倒臭いし。
 が、つきあい始めたらつきあい始めたで、ふたりはたまらなく面倒臭かった。
『リオンが私のこと甘やかそうとする! 女の子を大事にしないのは騎士道精神にもとるーとか、ニーナに働かせたら男子の甲斐性がーとか! 家事とかなんにもできないくせに! ……大好きな人を誰よりも大事にしてあげたい私の気持ち、ぜんぜん考えてくれないの』
『ニーナはなんにもわかってないんだよ! 男ってさぁ、守らなきゃいけない体面とかあるだろ!? そういうのぜんぜん考えないであれもこれも私がやるーってさぁ! ……俺はただニーナが笑ってくれてたらいいんだ。なのに、なんでそういうの察してくれないかなぁ』
 相手が大事だからこそ自分を尽くしたい。それはきっと、正しくて美しい欲なんだろう。ただし、互いの思いが決定的に噛み合っていないことに気づいていなくて、私が俺がと我をぶつけあうばかりになってしまっている。
 とはいえ依としては『そういうことはリオン/仁菜に言え』と言うよりなかったのだが。
 そして幾度となく言い続けてきたおかげで、もともと興味のなかった恋愛に、ますます興味を失ってしまった。男と女は理解し合えない存在ってことだ――そんな達観のおまけつきで。

 まあ、最近はようやく噛み合ってきて、愚痴なのかのろけなのか知れないものを延々と垂れ流される機会も減ってはいたのだが。
 しかし、だからといって依の心労が減ったかと言えばそんなことはなかった。
 ぶつかり合わない代わり、ふたりがかりできゅんきゅんし始めたのだ。
 手が触れ合う度に、びくっと引っ込めて。かと思えば今度はそろそろと触れ合ったりして。顔を赤らめてどぎまぎして、すぐに笑みを交わして肩を寄せる。
 初々しいは初々しいが、端から見ている依としてはいいかげんにしろと言うよりない。気持ちが通い合ったのはもう十二分にわかってるから、もう少し落ち着いてくれよ。
 それをうんざりと口にしなかったのは、仁菜が今も病院で眠り続ける妹に報告する様も見ていたからだ。
『あのね、私、この人とおつきあいすることになったんだ。起きたらきっとびっくりするよね。お姉ちゃんに彼氏ができてるーって』
『リオン クロフォードです。……って、そうじゃないよな。俺、リオン クロフォードっていうんだ。はじめましてって言えるときのこと、楽しみにしてるよ。それまでニーナとゆっくり待ってるからさ』
 仁菜はもちろん、リオンもまた真摯に彼女の妹と向き合っている。その上でふたりの関係を手探りながら、状況のすべてを受け容れていこうとしているのだ。
 普通に考えれば性急に過ぎる一足飛びなのかもしれないが、飛び越えるまでの助走の長さを考えれば当然の成り行きだとも思う。
 依個人としても、ふたりを祝福する気持ちに偽りはなかったし、その力になりつつ邪魔にならぬよう立ち回るつもりでもあった。
 だが。
 しかし。
 仁菜とリオンは家族になる。
 目醒めた妹を迎え入れて、本当の家を作る。
 じゃあ、俺はなんだ?
 仁菜の契約英雄っていう以外、なんの立場も持ってない俺が邪魔をしない最適解は――


「行っちゃだめーっ!!」
 後ろから思いきり襟首を引っぱられて、依は反射的に手刀を打ち返しかけてなんとか留まった。声からしても、誰が思いに沈む自分を引き止めたのかは明白だったからだ。
「なんだよ」
 傷つけてしまわないよう慎重に仁菜の手を外し、振り返る。
「リオンがキッチンに侵入してきちゃったから!」
 侵入?
 見れば、キッチンの入口には【リオン クロフォードの立ち入りを禁ずる!】の張り紙が貼ってある。さらにはキッチンの至るところに鏡が配置されてもいて……おかげで依が踵を返すところを見とがめられたらしいが。
「いや、さっきまで普通に並んで菓子作ってただろ」
「絶対なんにも触らないように見張ってたの! でもふたりっきりだとそれだけでちょっといろいろ緊張? しちゃって……」
 仁菜の言葉に、思わず依は目を丸くして。
「この期に及んでなに言ってんだよ。だってもうつきあ」
 わーっと依をぺしぺし叩き、仁菜はその言葉を払い散らす。
「だって、そういうの考えちゃうとはずかしくなるでしょ」
 今度は蚊の鳴くような声を、尖らせた唇から漏れ出させた。
「で、俺になにをさせたかったんだ?」
「あ、うん。とりあえずリオンのこと見ててもらおうかなって」
 だとしたらもう遅いかもしれない。
 どうやら仁菜に監視されていたらしいリオンは現在野放しで、うれしげにキッチン内をうろうろしているのだから。
「いいのか、あれ?」
 一応訊いてみたが、仁菜は張り紙のことだと思ったようで。
「いいの! 現実は厳しいんだよ!」
 そうか。それはそれで真理だな。リオンが生成するダークマターは、一度顕現してしまえば仁菜の愛をもってしても浄化されえないし、その発生源の侵入を許してしまった以上、悲劇は避けられまい。まったくもって現実は厳しいものだ。
「それよりも依!」
 仁菜が依の顔を伸べた両手で挟みこみ、まっすぐ自分のほうへ向けさせて。
「また暗い顔してる」
 暗い顔? 依は仁菜の指の間へ自分の指を差し込んで、自分の頬に触れてみた。いつもと変わりない顔、のはずだ。
「別にいつもどおりだろ」
「そんなわけないって」
 騒ぎに気づいたリオンがキッチンから出てきて、仁菜の後ろからちょっと怒った顔をのぞかせた。
「ごまかせないよ。少なくとも俺たちにはさ」


 余熱したオーブンにスポンジケーキの生地を仁菜が入れ、タイマーをセットし終えて、リビングへ向かう。
「見張ってなくても逃げない」
 ソファに座らせられ、向かいからリオンににらみつけられる依が仁菜に両手を挙げてみせた。
「こういうのは安心感が大事だからなー」
 リオンは三角を描く位置へ仁菜を促し、あらためて依と向き合った。
「自分のとなりに座らせればいいだろ」
 むしろ見当ちがいに気を遣われるほうが、障る。
 そして障ると思ってしまう自分の狭量がまた障るのだ。
「いいの!」
 仁菜はリオンからも依からも均等に距離を取ったソファに座る。姿勢を正して、咳払い。依に向かって眉根をぐいと下げてみせ。
「依、最近いっつもあんな感じだよ? すぐ隠れるみたいにしてどこか行っちゃって、追っかけたら幻想蝶に閉じこもっちゃって。そういうのよくないと思う!」
 意外に目ざといな。思いながら依はかぶりを振った。
「たまたまなにか思い出したり思いついたりするだけだ」
「そんな顔してかよ」
 リオンが割り込んできたが、これにも納得はできなかった。いつもどおりの仏頂面を「暗い」と言われたとて、依としてはどうにもできない。
「だから、俺の顔のなにが暗いんだよ」
「「全部」」
 今度は口をそろえて言ってくる。
 こうなれば全力でごまかしておくよりあるまい。意を決した依は、ふたりへ交互に視線を投げた。
「決戦が終わって、俺も自分のこれからってやつを考えるところにきてる。それが暗くなってるように見えたんならあやまるさ」
 頭まで下げてみせたが、仁菜とリオンの目は彼を逃がさない。
「……まだなにかあるのか?」
 そっと顔を上げてみれば、すでに立ち上がっていた仁菜とリオンが彼の左右の腕を掴んで。
「チョコレートとケーキ作るの、依も手伝って」
「俺はほら、見てるだけって約束だし」


 思わぬ形でキッチンへ戻った依は、湯煎したチョコレートへ仁菜が生クリームを混ぜ込んでいくのに合わせて泡立て器を起動させた。
「ダマにならないようにね! あと水の氷、溶けちゃってないよね?」
「大丈夫だ」
 オーブンからはスポンジケーキの焼ける甘い香が漂い出している。
 ココアがたっぷり混ぜ込まれたスポンジケーキ。そこへさらにチョコクリームをたっぷりサンドして塗りつけ、盛り上げようというのだから、おいしくならないはずがない。
「ケーキのほう、なんかいい感じだぜ!」
 見張り役のリオンがサムズアップを決めた。
 なんだよ、なんかいい感じって。それじゃ報告になってないだろ。兵士だった依がつい気にしてしまうポイントである。
 こういうところはなかなか変われないな。それこそ決戦も終わって、戦う意味も必要もなくなったのに。
「スポンジが焼ける前にクリームをこしらえていいのか? 熱いうちに塗ったら溶けるぞ?」
「うん、大丈夫」
 どこか虚ろな顔で仁菜が応えた、その直後。
 ぞぶん! なんとも言えない鈍い破裂音が衝撃と共にキッチンを揺るがせて、反射的に仁菜をかばって伏せた依の頭上を、ココアの香りまとう爆煙が駆け抜けていった。
「ね?」
 仁菜がロップイヤーをひくつかせてリオンを指す。
 オーブンの内で爆発し、噴き出したケーキだったものの散弾に打たれ、膝をつく王子様は煤で真っ黒になっていて。
「ケーキは触ってないから! ちょっと早めに焼けたほうがいかなって、ダイヤルのほうちょっとだけぐいーっと」
「ぐいーって行くのはちょっとじゃないから」
 爆発よりも早くクリームのボウルへかけていた布巾を取り、仁菜は冷たく言い放つ。
「依、連れてっちゃって」
「わかった」
「俺もちゃんと手伝いたかったんだって! だってこれ、依の――」
 ぱむ。自分の口を塞ぐリオン。
 なんでこう、人の顔色読むのは得意なくせに自分のこと隠すのは苦手なんだろうな。
 依はあえて気づかないふりで、羽交い締めたリオンをキッチンから引きずり出した。
「仁菜を怒らせないようにしばらくおとなしくしてろ。王子の処世術にも待ちの一手くらいあるだろう? ったく、これじゃ本当の家族になってからが大変だぞ」
「ヨリはそっちのほうがいい」
 唐突なリオンのひと言。が、なにを示しているかはさすがに知れる。
「暗い顔じゃなくなったか?」
「ああ」
 依に引きずらせながら、リオンは微笑んで言葉を継いだ。
「俺とニーナの面倒みてるときの依の顔になった!」
 苦笑する依。なんだよ、それ。ただの状況説明にしかなってないだろ。
「俺とニーナはそういうことになったけどさ。結局俺たちってバランス取れてないんだ。お互いに寄りかからないとだめなくらい、いろいろ欠けてるから」
 それはわかる。なぜなら依自身が大きく欠けた存在だから。その欠けが彼をこの世界に引き寄せて、同じように欠けている仁菜とリオンへ引き合わせた。
「その欠けたとこにさ、ヨリはぴったりはまってる。ヨリがいてくれたから俺たちは欠けたところをお互いに塞ぎ合うだけの――依存しあうだけの関係から踏み出せた。どうしてヨリがいるだけでって、最初は不思議だなって思ったよ。でもさ、考えるからわからなかったんだよな。だって家族だからこんなに安心できるなんて、理屈じゃないだろ?」
「俺はふたりの家族なんかじゃ」
 ここで依の腕から滑り抜けたリオンはくるりと振り返って自らの胸を叩き。
「家族だよ。だって俺はそう感じてる。それでいいし、それがいいんだ」

 自らリビングに向かったリオンを見送り、依はキッチンへと戻る。
「仁菜が迎えに行くまで、自主的にリビングで待つそうだ」
「じゃあ、痺れが切れないうちに行ってあげなくちゃね」
 仁菜は冷蔵庫にしまってあったココア味のスポンジケーキを引き出した。どうやらあれこれ見越して用意しておいたようだ。
「リオンにいろいろ言われたよ。でも、今の俺には禅問答みたいでわからなかった。考えるな、感じろ……なんてな」
 仁菜が横割りにしたスポンジケーキの間へチョコリームをたっぷり塗り込んでいる間に、依はあらためてチョコレートを湯煎し、溶かしていく。
「リオンが言ったことはわからないけど、きっと私も同じこと言うよ」
 ケーキにとどめのデコレーションを施し終えた仁菜は、依からボウルを受け取ってハート型へと流し込み。
「私たち、みんなで家族だから。血の繋がりなんてないけど、そんなの考えなくていいんだよ。だって私が依のこと家族だって感じてるんだから」
 誰にも文句なんて言わせない。そんな意気で満ち満ちた仁菜の言葉。
 確かにリオンと同じこと言ってるけどな。リオンよりずっと、仁菜のほうが欲張りだ。
 噛み締めている暇はなかった。仁菜がぐいぐい詰め寄ってきたから。そして。
「それにまだ依が生きてる意味、見つかってないでしょ! ちゃんと誓約は守ってもらわないと!」
 叱りつけておいて、両眼を潤ませた。
「依がそれを見つけられるまでいっしょに探すよ。見つかった後で依がそれを追っかけていくって心を決めたら……そのときは見送る。いっぱい笑って、いっぱい手を振って、いつでも帰ってこれるように待つ」
「待つって、二度と会えないかもしれないのに」
「それでも待つよ。家族だから」
 なんとなく感じられた。
 そこに家族が待っていてくれるから、人はどこへでも行けるんだ。
 俺がいたから仁菜とリオンは先へ踏み出せた。
 いつになるのか、どこへなのかわからないけど、俺はふたりがいてくれるから行くんだろう。
 そのときが来るのが楽しみで、でも惜しくてたまらない。


「リオンには、はい。依といっしょに作ったチョコレート。カカオの味が引き立つように甘さ控えめだからねー」
 仁菜から渡された包みを開き、レオンは歓声をあげた。
「ありがとう! でもどうしよう、もったいなくて食べられる気しない!」
 次いで仁菜は、卓上のチョコレートケーキを依へ示して。
「もう見せちゃってるけど、私が作ってリオンが邪魔したケーキは依のだよ。ちゃんと甘々にしてあるからね」
 手伝えと言っておいてほとんど手を出させなかったのはそのせいか。
 納得しつつ、依は仁菜とリオンに無表情を向け。
「ありがたくいただく。三人分の茶を淹れて、ふたりの分を切り分けてから」
 ふと笑んで、踵を返した。
「分け合いたいんだよ、今の気持ちといっしょに、みんなで」
 笑ってここを出て行くときまで、俺は笑ってここにいよう。
 笑ってる仁菜と笑ってるリオン、かけがえない家族がいるこの家に。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【藤咲 仁菜(aa3237) / 女性 / 14歳 / Princess of Family】
【リオン クロフォード(aa3237hero001) / 男性 / 14歳 / Prince of Family】
【九重 依(aa3237hero002) / 男性 / 17歳 / Precious of Family】
イベントノベル(パーティ) -
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2019年03月07日

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