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『女神切掛 』
スノーフィア・スターフィルド8909

 最近は半引きこもり生活の中でちいさな善行活動――女神という肩書きにそぐわない、小さなものではあるが――などもし始めているスノーフィア・スターフィルド。
 今日はお休みにしましょうということでゆっくり眠り、目覚めた後になんとなくパソコンを立ち上げたらば。
「メールが来てますね」
 パソコン関連に神様関連の謎仕様は存在しない。ちゃんとプロバイダと契約しているし、メールアドレスもあるわけなので、メールが来るのは当たり前と言えよう。
 問題は、外部とのやりとりに使用している3つのサブアドレスではなく、プロバイダの会社しか知らない完全非公開なメインアドレスへ、見知らぬ誰かからメールが届いているということだ。
 ちなみに、相手のメールアドレスは空白で、メール本文は愛のひと文字。
 愛されているということでしょうか?
 いったい誰が?
 いえいえ私、ですよね。
 ネットで顔出し配信を始め、バーチャル動画配信者を経て丸っと投げ出すまでの間に、大量の厄介さんからネットストーキングを受けたものだ。
 ただしオフで女神パワーを駆使し、全員を比較的穏便な方法で排除し終えているから、現在も一応の関係が保たれているのはスノーフィアのバーチャル体“スノー”を作ってくれた元厄介さんのみ。それにしてもサブアドでやりとりしてきたわけだし……
 ネット関連は使うばかりのスノーフィアである。仕組みもなにもわかってなどいない。それはほとんどの人が同じことだろう。
 しかし、だからといって放置してはおけまい。考えられる犯人はクラッカーかプロバイダ関係者かくらいだが、ともあれ誰かを突き止め、厄介さんたち同様に排除しなくてはなるまい。
 スノーフィアは気分を上げるため、先日購入したゲーム機の電源を入れ、『英雄幻想戦記』の4を起動させた。
 形なきインターネットは、科学的な技術で成り立っている。ならば4の代表的職業であり、この世界にとってはかなりのオーバーテクノロジーである“ガイノイド”ならば、十分に対処できるはず。
「起動モード、ガイノイド。コネクタに接続、同調処理を開始しまふ」
 果たしてメタリックなボディスーツをまとったスノーフィアは、LANケーブルを口にくわえて――言い切る直前にぱくっと行ってしまったせいで語尾が残念なことに!――自らのデータをインターネットへ送り込んでいった。

 思考機能の15パーセントを電子化したスノーフィアは、自我を拡散させずにネット内を可視化するため、アバターを形成する。データ量的に本体を摸すのは辛かったので、バーチャル配信時の“スノー”を再現して。
『コマンド、情報流可視化』
 スノーフィアの命令で、パソコンの向こうに残された85パーセントの本体が計算処理を行い、結果を返してくる。
 ここで説明しておくと、自分の大半を向こうに残してきたのはこうした作業を担当させるためと、こちらでなにかが起こった際、アバターを切り離して現実世界へ逃げるためだ。
 さておき。可視化された膨大な情報の中から、今度は“下り”のみを可視化、怪しげな痕跡にチェックを入れつつ、メールデータを絞り出す。メールなどは滅多に来ないから、こちらは簡単な作業だ。
 結果として、不規則にスノーフィアのパソコンへアクセスしている形跡が見つかり、メールもまた同じ場所から発信されていることが知れた。
 ただし、問題がひとつ。
 発信源まで伸びているはずの“糸”が、途中で切れているのだ。
 まるで、端末など使わずにネット世界を渡り来て、すぐそばから直接スノーフィアへメールや指を伸べたかのように。
『……本体から離れるより、守りを固めて待ち受けるべきでしょうか』
 思考をアバターへ固定するため、あえて口に出す。実際はどこへも行き場のない微量のデータがネット内にばらまかれるだけのことなのだが、言葉に出すという行動を摸すことでデジタルデータは安定し、思考エンジンの出力の低下が抑えられる。
 アバターを構成する15パーセントのデータから5パーセント分を抽出してファイヤーウォールを組み、自分のパソコンへ繋がるライン上に設置して、スノーフィアはネット世界から抜け出した。

「また届いていますね」
 差出人不明の愛ひと文字メールを開き、スノーフィアはその顔をかくりと右へ傾げ。
「まるで機能していませんね」
 たとえどんなクラッカーでも越えようがない技術格差を備えた、超科学によるファイヤーウォールが、まったく作動していなかった。
 一応診断してみたが、返ってきた答は『データ的な侵入及び攻撃は認められず』の一点張りである。
 しかし、現状はごく一部の接触のみを許可しているパソコンにメールというデータが届いている以上、侵入されていないはずがないわけで。
「どういうことなんでしょう? パソコン自体が汚染されているわけでもありませんし……」
 なにか大きなものを見逃しているような気がする。
 どれほど計算したとて見つけようのない、致命的なミスを。
 回答が映しだされたモニタの前で考えて、考えて、考えて。考えつかなくて息をついた、そのとき。
 モニタがぶるりと震えた。
 地震などではないし、故障でもない。モニタという物質を構成する原子がその配列を変え、伸び出してこようとしているのだ。
 これは科学じゃなくて――魔法っ!?
『英雄幻想戦記』がなにかしらの影響を及ぼす以外、ここは普通の世界だと思い込んでいた。
 ちがうのだ。
 スノーフィアという規格外の存在を受け容れるに足る世界は、そんな脆弱な代物などではありえなかった。
 スライム的ななにかにモニタ内へ引きずり込まれたスノーフィアは愛をささやかれながらすべてを知る。

 このスライムは名もなき魔法生物である。ネット世界は魔法と親和性が高く、存在を保つためのエネルギー摂取に困ることはなかったのだが、“潤い”がなかったらしい。人はパンのみにて生くるにあらずと云うが、それは魔法生物も同様であるらしい。
 で、潤いを求めて徘徊しているうち、ネットに配信された彼女の姿、特にスノーのデータに惹かれて彼はやってきた。
 なのにスノーフィアはぱたりと配信を停止して、彼は深く悲しんだ。
 が、あきらめはしない。持てる力を尽くして言語データを理解し、メールを投げ込むことに成功したのだった。
 魔法だったからファイヤーウォールに感知されなかったわけですね!
 驚愕を通り越して達観の域に達したスノーフィアは、4のレア職業である“科学的魔術師”に転職、スライムに引き込まれるより先にネット世界へダイブしていった。


 スライムをお供にネット世界でひと騒動くぐり抜けてきたスノーフィアは、還ってくるなり部屋の窓に電動シャッターを下ろし、結界を張り巡らせた。先に設置したファイヤーウォールは健在だから、魔法的にも科学的にもこの部屋の守りは万全だ。
 ――この世界には、固有の怪異が存在する。
 スノーフィアの力を駆使すれば、それを切り抜けることはできる。それは証明してみせたが。
 もしこれが神様の課題だったとしても、解けと言われていない以上は無視しよう。想定外の異変に立ち向かえるほど、スノーフィアの心は据わっていないのだ。
「初見プレイはゲームだけでいいんです」
 もう危険な外へは出たくない。
 たとえこれが次なる初見プレイへ続くきっかけなのだとしても、すべてを遮断して閉じこもって拒否し抜いてやる。
 あ、通販以外はってことですけどね!


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年03月08日

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