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『宣戦布告したからには 』
ルナ・レンフィールドka1565)&藤堂研司ka0569)&未悠ka3199)&沢城 葵ka3114)&ジュード・エアハートka0410)&アルヴィン = オールドリッチka2378)&エステル・クレティエka3783

 逃げ出す選択肢はない。中途半端なままは嫌だから、勇気を振り絞り一歩前へ踏み出したのだ。湖の畔、星空の下で自身が口にした言葉をルナは心の中でなぞる。それは羞恥心を伴い、今でも頬を赤くさせるけれど。後悔は一欠片だってなかった。狡くて優しくて、でも放ってはおけない人。好きになったら、想いを止めるなんて出来ない。膨らんで溢れて、今以上に好きになるだけ。受け取ってくれただけでも曖昧な自分たちの関係性に一つの色がついたのは事実だ。でもそれで満足するほど、彼が思っているほど、自分は慎ましい性格なんてしていなくて。恋人同士になりたいと願った。
 脈が無い訳では無さそうだった。感謝と謝罪の言葉を唇に乗せた後、彼の瞳はほんの僅かに熱を宿していたから。――多分、あのときの自分と同じ類の。
 宣戦布告、勝利条件は両想いになること。彼と知り合い、好意を抱くようになり、もうそれなりの月日が流れている。今更焦って勝負に出ようとは思わない。堅実に攻略の足掛かりを掴む、その為にはまず、彼と近しい人物――彼の妹であり友人でもあるエステルや同じ小隊に所属している人たちにそれとなく話を聞いて情報収集を行なう、というのがいいだろう。アプローチに関しては同じように特定の相手を想い続けて、そして遂に結ばれた未悠にも意見を求めたいところである。
(……って、単に話をしたいだけかも)
 という本音は横に置いておいて。予定が合ったときに友人たちと報告会兼作戦会議を開こうかと考えながら、ルナは以前に何度かお邪魔したことがある小隊“神託”のアジトに向かう為に、暖かい陽の光が射す道を歩き始めた。

 ◆◇◆

「聞きたいことがあって、お邪魔しちゃいました」
 今大丈夫ですかと訊いてくる突然の訪問者――ルナの視線が不安げに揺れるのが見えて、出迎えたジュードは内心察するものがあったものの顔には出さず、笑顔で彼女を招き入れた。小隊メンバーではないが、最早実質的な身内というか何というか。評定の間と呼ばれている一室に案内をする途中、ジュードはちらりと扉の閉まった部屋に目を向けた。ルナの用件が想像通りならば何とも間の悪いことだ。
 評定の間ではアルヴィンと研司、葵の三人が座布団に座り雑談に興じている。といってもこの三人だと話題を振るのは大抵アルヴィンか研司で葵は聞き役に徹していることが多い。そして内容によっては、一人ではツッコミが追いつかないほど収拾不能になるのもしばしば。ジュードが加わっていた先程まではバレンタインの話できゃっきゃと盛り上がっていた。ここにルナが入ったことで場の空気は再び女子会的ノリに傾きそうだ。
「飲み物とお菓子持ってくるねー」
 ルナは葵に任せて台所に向かい、色々ある中から値の張る物をチョイスする。人数分のお茶とお菓子を盆の上に乗せて戻れば、ちょうどルナの口から予想通りの人物の名が挙がったところだった。葵と分担して配っていると彼女は一度お礼を挟んでから少し逡巡したような素振りを見せる。
「ええと、その……何となく同僚の皆さんから見たときの人となりとか好みとかを訊いてみたいな、って思ったんです」
「人となりか。改めて訊かれるとすっとは出てこないもんだなぁ」
 とルナの言葉を額面通りに受け取ったらしい研司が口許に手を添えて真剣に思案する。アルヴィンと葵は、普段のふんわりとした雰囲気はどこへやら少し緊張した面持ちをしているのを見て理解が及んだようだ。一瞬アルヴィンの瞳がいつになく、冷えた色を帯びた――ような気がした。彼から視線を外せば葵と目が合って、ウインクを寄越される。
「そういうことなら、エアハートに訊くのが一番じゃないかしら?」
「参考になるかどうか分からないけど。でも俺は恋する乙女の味方だよー!」
 言って、ぐっと親指を立ててみせる。すると、
「ふぇっ!?」
 と、ルナが驚きの声を漏らして、
「……えっ、そういう意味?」
 と、うんうん唸って考えていた研司がはっとして顔を上げる。ルナの顔が急速に赤くなり、同時に言動の端々に滲んでいた緊張が解けて肩の力が抜けていくのが分かった。
「……バレてたんですね」
「だって、ちょくちょくいい雰囲気になってたし?」
 葵と顔を見合わせて、ねーと声をハモらせる。ルナは顔を手で覆ってそっと息を吐いた後、バレンタインデーに起きたことの一部始終を話し始めた。その声は歌い手の彼女にしては随分小さめなものだったが、相槌と、それから告白のくだりにあがった歓声以外は至って静かで、部屋もこじんまりとしているので聞き漏らすということはなかった。話しているうちに落ち着いてきたというべきか、開き直ったというべきか。元通りの様子になって、けれど膝の上で握られた拳と真剣な眼差しに、より感情を突き動かされる。
「うんうん、ああ見えてなかなかの強敵だよね。話に聴くそのずるさには何か既視感を覚えるなぁ」
 言いながら廊下の向こうにある別の部屋――疲労のあまり寝落ちした恋人がいる方向に目を向ける。師匠と助手が似るというよりは多分、元々共通する一面があった。それをふまえてアドバイス出来るのは自分だけだと思いながら、ジュードは話を続ける。

 ◆◇◆

「一箇所に留まれない相手なら追いかける一択じゃないかなー。押してダメなら引いてみろっていう意見もあるだろうけど、この手の人って引いたら追いかけてこなさそうだよね」
 ジュードの声音には妙に実感がこもっている。研司は先程のルナの話に出てきた言葉を手繰り寄せた。
「お勧めはしないって言ってたんだもんな……」
 客観的に、ただ端的に物事を見るならば確かに狡いと研司だって思う。しかし彼と同じ小隊仲間として戦場に出たり、あるいはかけがえない日常を共に過ごしてきた身としては決して悪感情を抱くことはないし、正直に言えばその曖昧な関係を保っていたいという心理は自分にも理解出来るもので。無論自己弁護する気は毛頭ないが、人間とは一人一人に違う生き方があって、それは二人三人と繋がりが増えるにつれて複雑化していく。一筋縄ではいかないからこそ悩んで足掻くのだ。
「やっぱり、押して押して押していくのがお勧めかも……」
 ジュードが出した結論にルナも若干声を上擦らせながら、
「が、頑張ってみます……!」
 と頷いた。横でただ二人の話を聞いていただけの研司でもその方針には納得がいき、後は葵とジュードが具体的にどういう行動を取るべきか案を詰めてくれるんじゃないか、と思いつつお茶を頂く。恋する乙女云々と聞いて、これが一生縁のないものだと思っていた恋のお悩みというやつか、と驚愕した。恋の相談として真剣に考え直してみたが、恋愛一年生の自分に出る幕はなかったようだと安心したような残念なような、複雑な心境になる。そしてふと、この手の話題には興味津々に目を輝かせそうなアルヴィンが静かなことに気付いて、研司はそちらに目を向けた。気付いた彼と視線がぶつかり、途端に心中でえも言われぬ違和感を抱いたが、
「折角ダシ、藤堂氏の意見を聞いてミルのもイイんじゃないカナ?」
「――へっ?」
 予期せぬ提案に思わず声が裏返って、その意見すら全部吹っ飛んでいった。
「ていうか藤堂、あんたもそこんとこどうなのよ?」
「えっ、いやぁ、その……」
 普段は神託の年長組として、場を諌めたりフォローに回る役割の葵も、恋愛話となるとここぞとばかりに乗ってくる。
「私も聞いてみたいです」
 おまけにルナまで。しかもこちらはからかいの意図ゼロの、ちょっとだけ好奇心が覗く笑みを浮かべている。ジュードの目なんてまるで、猫じゃらしを前にした猫のようだ。乙女ってやつはどうしてこうも“恋バナ”が好きなんだ。喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、作戦や新しいレシピを考えているとき並に脳をフル回転させる。そして、
「いや、今は俺のことはどうでもよくて、だ。俺の印象なんであんまり宛てにはならないだろうけど……」
「強引に話逸らしたわね」
 という葵の指摘は聞かなかったことにして、考え直す。メンバーは現在八名。七人の内の一人と思えば同じ隊の仲間というだけでその視点は貴重な筈だ。物怖じせず率直に言えば何か切欠にはなるかもしれない。
「いい男だよなぁと思ってる。匂うような男ぶりって言葉があるが、それは偉丈夫だけじゃなく……ああいう、風のような男のことを指す言葉でもあるんだろう。んで、そこが一番厄介なところだよなぁ」
 契約した精霊と本人の資質は必ずしもイコールではないだろうが、イメージが重なる場合も多い。緑色と一口に言い切れない鮮やかさを伴う風が脳裏によぎる。
「風即ち常に流動。捉えることは出来ないし、かといって追いかけ続けるのは身がもたねぇ」

 ◆◇◆

「そうなると、うまいことサーキットのようにクルクル回ってもらって、定点に自分が立つような……つまるところ、帰る場所にルナさんがなれりゃあ、追うことに体力を使わなくて済むわけだが……」
 そこで言葉を切って、研司は暫し黙考する。そしてその末に、ガッと思い切り頭を抱えた。
「それが難しいから今の相談なんだよね! クソッ、戻っちまった!」
 振り乱させば髪がバンダナに当たって小さく音を立てる。しかし顔を上げるのも早かった。
「誰かー! 何かもう一手無い!?」
 研司の視線は相談者のルナを抜かして、ジュードとそれからアルヴィンも通り過ぎる。ばっちり目が合った葵は「あたし?」と自身を指差した。面子的に肩身が狭そうだけど知ったこっちゃないわね! と軽くつついたせいか、単に思春期のような反応をしないだけで彼の経験が極端に低い、ゲーム的に言うとレベル1のひよっこだからか。応援はすれど積極的にアドバイスする気はなかったのに、まさか混乱した末に話題を振られるとは思わなかった。とはいえ、したくないわけでもなく、和菓子の個包装を破りつつ考える。
「考え的にはあたしも、エアハートや藤堂と同じかしらね。風みたいで一箇所に留まらない。今ここにいないって意味だけじゃなくて、多分、この小隊も終の住処に決めてるわけじゃないと思うわ」
 葵だって一人になりたい日もある。けれどあの青年のふらりといなくなってしまう癖――厄介な性質は自分とは根本的に異なる気がするのだ。そういう生き方をするようになった理由は知らないし、知る必要もないと思っている。大事なのは今と、ずっと一緒にいたいと願うなら未来もそう。ルナは既にその覚悟が出来ているように見える。
「言葉を選ばず言うなら面倒くさい男よ。それに、両想いになるでもフラれるでもなく、今までみたいに中途半端な状態が何年も続くかもしれない」
 葵さん、と困惑したような声音でジュードが名前を呼ぶ。つられるように真剣で少し苦しそうな表情を浮かべているルナを見返して葵は相好を崩した。
「それでも好きな自信はある? レンフィールド」
 答えは聞くまでもなく知っている。だから笑う。
「はい! 好きです……きっと、ずっと」
 彼女が口にした言葉は“きっと”だったが、その言葉に乗せられた想いは“必ず”だった。それは若くて経験が浅いが故の自信でもある。でも実際に若いんだからそれでいい。苦労も心の傷も生きる助けになるが、せずに生きられるならそのほうがいいに決まっている。
「なら、それで充分だと思うわよ? あたしで良かったら話くらい幾らでも聞くし。惚気話だけじゃなくて愚痴もね」
「愚痴、ですか?」
「格好よすぎて知らないところでモテてるのが嫌とか、忙しいから逢うの我慢するのがツラいとか!」
「それって自分の話なんじゃ……あっ、いや、俺何も言ってないから!」
 ジュードにツッコミを入れかけた研司が一拍遅れて自分に矛先が向く可能性に気付いたが、誤魔化そうとする声が大きくて逆に食いつかれる。ルナが口許に手を添えて笑った。乗っかりたいところだがそうせず葵はアルヴィンを見遣る。単に一人ずつ意見を聞いているからというだけではなくて。
「オールドリッチは何かある?」
 値踏みしているのか、それとも諦めているのか。自身でも明確な意図は見つけられないまま水を向ければ、彼はかすかな微笑を刻んで目を伏せる。作り物じみた端整な顔に浮かぶのは無邪気という単語に押し込めてしまえる笑顔だった。

 ◆◇◆

 面と向かって告白したと聞き、
(これはいよいよ彼も腹を括るときが来るカナ?)
 と思ったのは事実だ。しかしながらアルヴィンは多分ここにいる誰より、あの青年のルナへの気持ちに触れている。想いを言葉にするのは存外難しいもので、受け取る側の解釈にも明確な指標があるわけではない。だから全てを理解したなんて傲慢は抱かない。ただ、少なくともルナ自身や彼女の周囲が思っている以上に険しい道と知っている。彼は難儀でそして、とても優しいヒトだ。優しいから生き方を見失ってしまう。自分と似ているようにも感じるけれど、彼はちゃんと世界の内側にいる。可能性がないとも思わない。
 ――でも、それだけだ。
 二人の感情の揺らめきは美しいものだ。繋がれた縁がまた新たな流れを作り、そして共鳴し合うのも尊い。けれど一人のヒトとしての彼と彼女に対して自身が好意――贔屓するだけの愛着を持っているかと問われればその答えは否だ。アルヴィンにとって、全てのヒトは例外なく線の向こう側にいるものだから。彼らを通して観察することの出来る感情を少し特別に感じている。もっと見ていたいと思う。でも自分が糸で操るだとか背中を押すだとか、個人に対してどうこうと進んで関わる選択肢は持ち合わせていない。あくまで自分にのみ適用されるもので、こうしてジュードと研司、葵の三人や他の友人が働きかけることに口を挟むつもりもないけれど。
 見透かすような黒瞳を見返し笑う。それから、ンーと人差し指で自身の唇をつつきながら思考を巡らせた。
 突発的な訪問に偶然居合わせただけだし、適当に流してしまっていいような気はする。三人の言葉に満たされたんじゃないかとも思う。ただ、遊びに誘えば笑顔で付き合ってくれる彼女は何故か自分のことを少し頼っている節があって、それを前提として考えると手ぶらで帰すのは、“普通の流れ”として問題のようにも思えた。
「――僕に出来るコトと言エバ、おまじないを教えられるくらいカナ?」
「おまじない、ですか……?」
「ウンウン、イッパイあるヨ」
 とはいっても、恋が成就するというような願掛けの類ではなく。
 それは例えば、憂鬱な気持ちのときに飲むとほっと心が和らぐお勧めの紅茶だったり、怒っていても美味しくてつい笑顔になっちゃいそうなお菓子だったり。不安で眠れないときに枕元に飾っておけば、良い香りで優しく眠りに誘ってくれるお花とか、ふとした瞬間に思い出し笑いしそうになるほど面白いお話とか。ささやかだけど生きていくのにそれなりの意味を持つかもしれないこと。自身にとってはさして意味を持たない知識を分け与えていく。
「そういうのだったら俺も、服とか香水とかのお勧めあるよー!」
「疲れたときに効くメニューなんてのもあるな! 自分で食べるだけじゃなくて胃袋を掴むってのもアリだし」
「どっちも知りたいですっ!」
「背伸びしすぎちゃダメよ?」
 葵に対するルナの返事は少し間延びしていて、瞳はきらきらと輝いて見えた。今は真っ直ぐに未来へと向く、希望を宿した眼差しがそこにある。暗闇の中に零れ落ちる月の光のように、あの優しい青年を導いてくれるだろうか。反面で眩しさのあまりに彼を焦がし、離れ離れになる道を選ぶ可能性だって充分にある。ルナが一歩前に踏み出したのと同様、彼にも逃げる権利は用意されているのだから。
(僕はきみが何を選ンデも否定しないヨ)
 届く筈のない言葉を胸中で呟いて、アルヴィンは蒼い眼を談笑する四人に向けた。

 ◆◇◆

 三人で過ごすには広過ぎるリビングのテーブルにはエステルが淹れた紅茶と、未悠が持参した大量のお菓子が並ぶ。食べ切れなかった分は魔導冷蔵庫に保存しておけば近々小隊の誰かが立ち寄ったときに適当に持っていってくれるだろう。遠くに鳥の囀りが聞こえるほどの静けさの中、「二人に聞いてほしいことがあるの」と切り出したルナの話し声とそれに対する二人の相槌が空間にぽつりぽつり溶けていく。
 ルナが意中の人に告白したという夜、未悠も同じ街にいた。今日も寄ってきた行きつけの店で人々にチョコレートを渡しながら不意に見た真剣な眼差し。同じ時間を共有して手作りチョを用意したのだから渡すことは分かっていたが、あの表情を見て、一日一緒に過ごせたらだとか、少しでも喜んでもらえたらだとか。そんなささやかな願いではなく一歩踏み込もうとしているのだと確信が持てた。今でこそ少し時間が経ったからか、落ち着いて現状を受け止めているようにも見えるけれど。果たしてどれだけの勇気を振り絞ったのだろうか、と未悠は想像する。全く同じというわけではないけれど自身が想い人に手を差し伸べたときのことを思い出した。散々に悩んで考えて、でも明確な答えは出せなかったし、口にした言葉も百点満点の正解には程遠かったかもしれない。ただ無我夢中で、それでも心の何処かに拒絶されることへの怯えは存在したと思う。それに、ルナやもう一人の友人と、共に事態に向き合った仲間たちがいなければ結果は違っていたかもしれないと理解している。一対一で正面から、長きに渡る想いが砕かれる可能性を知りながら踏み込んだその勇気を思えば、自然と胸は熱くなる。話し終えるや否や、未悠は思わず自身の隣、ソファーの中央に座るルナの身体を引き寄せた。
「頑張ったわね」
 一言だけじゃ全然足りない。しかし胸中で感情はぐるぐる渦を巻いて、それ以外の言葉を見失わせた。エステルの手がそっとさするようにルナの背中に触れて、未悠の胸許でくぐもった息が零れる。
「……うん。私も頑張ったよ」
 “も”という言い方が自分に向けられているのだとしたら、それは嬉しいことだ。身体を離せばルナはふにゃり気の抜けた笑顔を浮かべる。
「それでね、未悠ちゃんとエステルちゃんにも意見が聞けたらな、って思って」
「作戦会議かしら?」
 宣戦布告になぞらえて表現すれば、エステルがふふっと楽しげに笑った。
「ルナ司令官のための攻略大作戦ですね」
「それなら、エステル参謀に未悠突撃隊長かな?」
「突撃隊長……ええ、悪くないわね」
 無論真剣さも大事だが、考えれば考えるほど泥濘みに嵌まって抜け出せなくなることもある。そして、散々悩んだのが馬鹿らしく思えるくらい急転直下の解決を迎えるのも珍しくない。それじゃあ私から行くわね、と前置きして、
「話を聞いて彼らしいって思ったわ。風のような人だから捕まえようとすると逃げていく。優しいけどずるい人よね。でも同時に、ルナへの誠実さも感じるから罪深いわ」
 狡いだけだったらきっと、ルナも彼を好きにはならなかっただろう。
「恋愛は引くのも大事って聞くけど、きっと彼は引いたら追ってこないでしょうね。自分に愛想をつかしたんだな、ごめんね――って、ルナの幸せを考えて身を引いてしまう」
「兄ならそうすると思います」
 申し訳なさそうにエステルが目を伏せる。未悠は目を閉じて続けた。
「きっと彼はルナに甘えてるのね。それって本人も気付かないほどの微かな執着があると思うの」

 ◆◇◆

「もしかしたらルナの『好き』に対して自分の気持ちが見合う『好き』なのか自信がないのかも」
 自信がない、そうかもしれないとエステルは兄の言動の数々を思い浮かべる。
「ルナ」
 凛とした声が親友の名前を呼ぶ。自分が呼ばれたわけでもないのに自然と一緒に背筋を正した。
「――長期戦の覚悟は出来てるわよね?」
「……うん。大丈夫、出来てるよ」
 鋭く問う言葉に少しくらいは逡巡するんじゃないか、そんな風に思っていた。けれど想像よりも躊躇しない、揺らぎのない声音に何だか肩の力が抜ける。ルナの気持ちを疑ったことはない。けれど二人が一緒になって幸せになれるかどうか、それが気がかりだった。
「想いを言葉で伝えたんだもの。これからはほんの少し積極的になってみて。ルナは彼にとって特別な女性よ。だから自信を持って」
 言って未悠はルナの髪を撫でた。普段一緒にいる分にはスイーツを前に目を輝かせたり恋愛事情に一喜一憂したりと、自分たちと同じ目線に立っているような気がするけれど、ふとした瞬間に未悠を姉のように感じることがある。二歳なんて誤差同然だし、近頃の心境の変化からくるものかもしれないが。
「ジュードさんたちもそんなことを言ってたなぁ」
「へ? 私たちだけじゃなくて神託の皆さんにもリサーチを??」
「同僚の皆さんからはどんな風に見えているのか、知りたくって」
 言って、気恥ずかしさを誤魔化すようにルナはケーキにフォークを入れた。口に運ぶ様子を横目にエステルもティーカップを手に取りながら、
(ルナさんの本気を見た……つよい)
 そんな感想を胸中に留めて、息の代わりに紅茶を一口飲み込む。そして一息つけば、それとは違う言葉から唇から零れ落ちた。
「本当にうちの兄がごめんなさい」
 言わなきゃいけない言葉が多すぎて、かえって何を言えばいいのか分からなくなる。未悠に心配の声をかけられ相談者のルナに宥められて、ようやく少しだけ気分が落ち着いた。冷静にと心がけながらエステルは話し始める。
「ええと、私が言えるのは『真正面から殴れ、戦うべし』です。むしろ私が殴りに行こうと思っていたくらいで」
 殴りに行くっていうのは非物理的な意味で、真正面から殴れ、は物理的な意味でも効果があると思います、と付け足す。遠回しな言葉が届かないなら直接的な表現で、それでもダメなら平手打ちの一発くらい許される筈。身内だからこその、過激さで以て言う。
「力不足なんて解りきってて、でも、そこにいる意味はきっとあるし。生きていて欲しいって私、もっとキツく、一杯言おうと思ってたんですけど、でも私よりもルナさんの方が心に刺さると思うので……だから」
 これはルナを縛る言葉になるだろうか。兄と親友のどちらかを贔屓して、もう一人を苦しめる結果にならないだろうか。危惧はエステルの心中を苛ませる。
「しっかり叱ってやって? 信じて待っていたら待たせたら悪いと逃げてしまうから」
 未悠が言って、神託の仲間たちも口にしただろう予想を繰り返し言葉にする。家族の中でも同じハンターとしても活動している自分が言うことに意味があると思ったから。
「いつも何処かへフラフラ行ってしまうけど、寄る辺は必要な人なんです。お師匠様や神託の皆さんには懐いて、急にいなくなっても必ず戻ってくるでしょう? 遠慮せずに何度だってぶつかって、そして捕まえて」
 ――一人じゃもう、生きられないって思うくらい強く。
 飲み込んだ想いは発した言葉よりずっと重たかった。

 ◆◇◆

「ルナさんの頑張りに見合う兄とは言い難いですけど、いつか、幸せそうに笑う二人を見たいから……」
 言って伸ばされたエステルの手はルナの膝の上にあるそれと重なる。彼女の望むまま持ち上げればまるで宝物を抱え込むように両手でぎゅっと握り込まれた。瞳は微かに潤み、下がる眉が懇願の色を濃くする。
(大丈夫)
 と声には出さず言う。それが親友と自分どちらに向けたものか判然としないまま、一拍置いて口を開いた。
「大丈夫、負けないよ。私の諦めの悪さはエステルちゃんも知ってるもんね?」
「……うん」
 握る力は一瞬だけ強くなって直ぐに離れていく。それでも握っていた短い時間に伝わった温もりはエステルと同じだけの熱を残していて、冷めてしまわないようにと願いながら自身の手のひらを擦り合わせた。今度は逆側から未悠の手が伸びてきて、補うように重ねられる。名残惜しさを感じる間もない程あっさり離れたかと思えば、座り直した彼女との距離が近付いて肩が触れ合った。
「どうやったって二人の問題だから、私が直接出来ることなんてないけど。寄り添うくらいなら出来るから。絶対一人で背負い込んじゃダメよ」
 相槌を打つとエステルも未悠と同じようにして、小さく笑い声を零した。
「兄も身内や懐に入れた人には甘いから、色々おねだり出来ますよ?」
 ほんの少し上にある瞳が悪戯っぽく細められる。想像して思わず、えっ、と驚きの声をあげたルナは双方から押し競饅頭かのように交互に軽く押されて揺れた。二人の髪が首をくすぐり、手といわず全身が暖かくなる。
 結局は、自然体でぶつかるしかないかなーなんて思いながら。貰った言葉の一つ一つを噛み締めて前へ進んで、そして手を繋ぎたい。いつか幸せな報告が出来るようにと願ってルナは二歩目を踏み出した。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1565/ルナ・レンフィールド/女性/16/魔術師(マギステル)】
【ka0410/ジュード・エアハート/男性/18/猟撃士(イェーガー)】
【ka0569/藤堂研司/男性/25/猟撃士(イェーガー)】
【ka2378/アルヴィン = オールドリッチ/男性/26/聖導士(クルセイダー)】
【ka3114/沢城 葵/男性/28/魔術師(マギステル)】
【ka3199/高瀬 未悠/女性/21/霊闘士(ベルセルク)】
【ka3783/エステル・クレティエ/女性/17/魔術師(マギステル)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
なるべく不自然にならないように詰め込んだつもりですが、
色々違和感が残っていたらすみません!
神託の皆様のパートを個別にするかちょっと悩みましたが
掛け合いも書きたかったのでこの形に。
未悠さんに、両想いおめでとうございますと伝えたいのと
ルナさんの恋が上手くいくように願いつつ書いていました。
研司さんとエステルちゃんのほうも陰ながら応援してます!
今回は本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
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2019年03月11日

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