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『War of Tea party 』
リィェン・ユーaa0208)&aa0208hero002)&イン・シェンaa0208hero001

 リィェン・ユーはタクシーから降り、いかにもイギリスの古民家然としたバートレット邸へ歩を進めた。
「さても面妖じゃのう」
 赤絹の旗袍――平たく言えばチャイナドレスだ――で、スレンダーながら山高く谷深い肢体を包んだイン・シェンが、吊り上げた笑みを扇で隠して言う。
 バートレット邸は、地価の知れないロンドンの中心地に建つ一軒家である。そう、アパートでもメゾネットでもなくだ。さらにはかなりの維持費がかかる古民家。
「この地に残った娘御のためだけにこれほどの家を用意するか」
 それだけの財産と地位があればこそと、零は苦笑した。
 彼の着る長袍は銀鼠に染めた麻で仕立てられており、華美な刺繍を散らしたインの衣とはちがって無地である。
 そして。
「なんだっていい。テレサと会長がいる“バートレット家”ならな」
 こちらも麻の黒き長袍をまとったリィェンだが、生地は日本の重要無形文化財に指定されている小千谷縮を用いていた。理由は言うまでもなく、日本贔屓のテレサ・バートレットを思ってのこと。
「しかしリィェン、礼服を西欧のものにせずともよかったのかえ? 郷に入る習い、そちもわかっておろう?」
 洋服ではなく、中国を象徴する衣装を選んだ理由についてインが問う。
「今日は戦いだからな」
 リィェンの答に、零と顔を見合わせるイン。しかし互いに言の葉の裏に含められた意図までは思い至らず、結局またリィェンを見るよりなかった。どういうことじゃ?
「ホワイトデーは日本にしかない日なんだよ」

 そしてリィェンが古式ゆかしいノッカーを四回鳴らせば。
「ようこそ。実にいいタイミングだね。ちょうど準備が整ったところだよ」
 タイトなスラックスにセーターを合わせ、やわらかい麻ジャケットを引っかけた普段着姿のジャスティンが出迎える。
「リィェン君、その長袍の生地ってもしかして、着物!?」
 後ろから顔を出したテレサは、最近よく身につけているワイドパンツに、ボディラインを殺さないタートルネックのニットを合わせている。
「ああ、小千谷縮だ。中日連合で英国と戦いに来たのさ」
 軽口に真意を含めてジャスティンの表情を探れば、海千山千の英国紳士は変わらずに笑み続け、悠然と手を差し伸べてくる。
 握手を求めるのは目上の者からというのがイギリスの慣習だ。年齢的にも立場的にも当然ではあるのだが、リィェンへの牽制であることは明白である。
 それを悟ったリィェンは品を意識した笑みを作り、ジャスティンの手を握った。
「お招きいただきありがとうございます。もちろん、今日という日に含まれた意味は重々に承知していますよ」
 ホワイトデーという世界的には存在しない日にあえて招待した意図は、リィェンがジャスティンにとっては「存在しない娘のボーイフレンド」であるとのメッセージが込められている。いかにもイギリス人らしい、皮肉を効かせたやり口だ。
 もっとも俺だって、大兄に指摘されなきゃわからなかったがな。
 彼が「大兄」と呼ぶことを正式に許された古龍幇の長は言ったものだ。紳士という輩の為すことにはすべからく意図がある。それを読めねば野卑な武辺と切り捨てられるぞ。
 対してジャスティンはにこやかに。
「察しのいい男は好ましいが、同時に警戒もされるものだよ。きみだって敵と相対して、手の内を晒したりはしないだろう?」
 ふん、小僧を敵と言いおるかよ。いやはや、存外に余裕のない有様よな、親父殿。
 零はリィェンに続いてジャスティンへ握手を求めつつ気を高めた。
 ……確かにここは戦場であるようだ。肚を探り、手を読み、互いに言の葉をぶつけ合う。ならばこちらもその気でかかろうかよ。
「御尊父には初めてお目もじする。リィェン・ユーの契約英雄、零と申す」
 意趣返しも含めてではあるが、リィェンの想い人であるテレサの父として敬ってみせ、こちらの意図をアピールする。こちらは幾久しくお付き合いいただく心づもりでおるよ、親父殿。
「痴れ者の不敬、わらわから詫びさせていただく。同じくリィェンの契約英雄でイン・シェンと申す。以後、よしなに」
 ふわりとジャスティンの手を求めたインが艶然と笑んでみせる。女性から手を伸べるのはイギリス的マナーであるので問題はない。
 牽制よりもここは、向こうのやり口を弁えておることを知らせておくべきところじゃろうが。
 笑みの端から飛ばした殺気で零を突き通しておいて、リィェンへ合図する。握手の儀は終えたぞ。次じゃ。
「……土産でもないのですが、中国の茶葉と、スコーンに合うジャムを持ってきました」
「それはもちろんありきたりな茶やベリーのジャムではないのだろうね。察しよく、気も回る。いよいよ私も気が抜けないようだ」
 三人を招き入れながら、ジャスティンはテレサを促した。
「残念ながらこの家に妖精の加護はない。だからこそすべては」
「自身の手で行わなければならないのだよ。ベッドメイクも日用品の補充も、ついでにお茶会への案内も、よね」
 ジャスティンの口調を真似てみせ、テレサはジャスティンから案内を引き継いだ。
 幼いころからそんなことを言われてきたのだろう。親子などというものは、どこの国でも世界でもこんな感じなのかもしれない。
「困ったな」
 リィェンはふとつぶやいた。
 親子の間に通う情、その片鱗を見せられただけで、こんなにも心を揺らされている。
 親を知らず、生きるためにこそ生きてきたばかりの彼にとって、そのさりげなくあたたかな関係性はなにより輝いて見えて。
 俺はこの輝きを握り潰したいのか? 会長からテレサを奪って、俺が思う幸せな家族を作りたいのか? 俺は――
「思い出すのぅ。弟子としたばかりのころのリィェンの世話、実に骨が折れたものよ」
 しみじみとうなずくインの声音に引き起こされたリィェンはげんなりとかぶりを振る。
「世話を焼かれる度に死にかけた記憶しかないんだけどな」


 庭が見渡せる応接間でアフタヌーンティーが開始した。
 アミューズ――ひと口大のオードブル。いわゆる“突き出し”だ――とあたたかいスープを味わい、会話に興じる。
「うちの庭にも桜を植えたいんだけど、手入れが難しそうで保留中なのよね」
 きゅうりのサンドイッチをつまみ、テレサが肩をすくめてみせた。
「それもあるが、なにを植えるかも悩みどころだね。桜にはさまざまな種類がある。が、こちらの花もまた見事だね」
 ジャスティンはガラスポットの内に咲く工芸茶の花を指し、カップから立ちのぼるジャスミンの芳香に目を細めた。
 リィェンとしては、工芸茶は口をさっぱりさせるために茶会の後半で出したかったところだ。が、サンドイッチがシンプルなだけに、飲み口を優先させざるをえなかった。
 いや、温料理まで行けば逆に濃い味わいの茶が映える。スコーンにつける山査子ジャムの酸味に対しても、ミルクティーのほうが合うはずだ。これはこれで悪くないはず。
 頭の内で計算をし終え、リィェンはこっそりと息をついた。
 事前にメニューを確認しておくべきだったな。しかしそれはマナー違反なのか? ったく、社交ってやつは面倒臭いもんだ。
 中国にも当然多種多様なマナーが存在するわけだが、知人の家へ行くなら果物を携えていくことだけを抑えておけば問題は起こらない。そして料理にしても、アフタヌーンティーのように食べ順の決まり事だってないのだから。
 いや、握手ひとつにあれだけの駆け引きを強いられるような世界へ踏み込んだのは俺だ。自分の無知を棚に上げて嘆くのはフェアじゃないだろうさ。
 リィェンはうなずき、ジャスティンへ応えた。
「工芸茶は新しい文化ではありますが、ある意味で中国を象徴するものかと思います。伝統に新しい要素を結びつけ、それでいて古いも新しいもない、いかにも中国らしいものとしてみせる。実際、秦王朝から伝わるものだと言われても疑わないでしょう?」
 ジャスティンとテレサ、ふたりの親子にリィェンという新しい要素を結びつけたとて、ジャスティン家らしさを損ねるようなことはしない。中国人は世界の至る場所に溶け込んでいる。その性をもって、自分はあなたがたの新しい伝統を綴るものとなれるでしょう。
「確かに疑いようはない。繊細な職人の手で整えられた調和があればこそだがね」
 人は、民族、慣習、思想、諸々が整えられて初めて互いを理解し、調和を生み出すもの。たとえきみがイギリスに溶け込もうとしても、理解はされず、和を保つこともできないだろう。
「工芸茶は工場で職人ならぬ工員の手で作られ、そのほとんどが国外へ輸出されます。誰が作ったものかも知れない花が世界の誰かと出会い、その人のポットで咲く。興味深い話だと思いませんか」
 得体の知れない中国茶が世界中で誰かと出会い、親しまれてる。それこそ今、あなたが味わってるように。人だって同じです。出会わなきゃ互いを味わって理解することもできやしない。
「新たな出会いは思わぬ喜びと和をもたらしてくれるもの」
 スコーンにクロテッドクリームと山査子ジャムを重ね、ジャスティンは口へ運ぶ。
「しかしながら、誇りと義務とで塗り固められた伝統は実に頑なだ。まるでそう、そびえ立つ鉄壁のようにね」
 内にある我々ですら登る術のない壁だ。強引に押し入れたとしても、伝統という名の化物は闖入者をけして赦さない。
 リィェンはうなずき、息を吐く。
 感謝しますよ。あなたは逃げずに自分で俺へ現実を突きつけてくれました。それはつまり、俺を見下していないからでしょう。
 あなたは自分で思うほど伝統的なイギリス人らしくない、公正で公平な人だ。俺はそんなあなたを尊敬します。だから。
 息を吸って、笑みと共に言葉を送り出した。
「なら、三回ノックすればいい」
 ノックの回数は明確に定められている。初めて行く場所や礼儀の必要な相手を訪問する際には四回。そして親しい人の元へ訪れる際には、三回。
「誰だって押し入るよりも迎え入れられたいものですからね」
 ここに来てはっきりわかりました。
 俺はテレサだけじゃなく、あなたにも迎え入れられたいんですよ。

 言外の含みで打ち合うリィェンとジャスティンとを傍らで見やっていたインは喉の奥で独り言ちた。
 父御を討たば大筋は終わるものと思うておったが、話はそうそう明快なものではないようじゃのう。
 過保護。それがジャスティンへの第一印象であったのだが、こうしてみればそれも勘違いであったことに気づく。いや、父としては娘に近づく男などみな下衆に過ぎぬのだろうが、彼が携えた剣は個人の感情ならぬイギリスの伝統であるのだと。
 ま、そうでなくば政界で才を輝かせるもできぬか。あれは己が能力のみならず、地盤を保つに足る家格も関わってくるものじゃからな。
「――そういえば会長殿の英雄はどちらにある?」
「もうひとりのほうは本部にいると思うが、アマデウスは離れの稽古場にいるのではないかな。彼は人見知りなところがあるからね」
 インはうなずき、失礼を詫びて立ち上がった。
「英雄は英雄同士、縁を得ておきたいところじゃ。それにわらわは武辺ゆえ、拳なり剣なりを交わすほうが“わかる”」
 言の葉の応酬をかるく揶揄しておいて、彼女は稽古場へ向かう。
「リィェン、程々にしておけよ。必死に囀って喉を枯らすは無粋の極みぞ」
 闇雲にしゃべるだけでは親父殿の鉄面は崩せぬぞ。零もまた意を含めて言い残し、インの後に続いた。


 庭の隅に建てられた石造りの稽古場で、アマデウス・ヴィシャスはひとり歩法を確かめる。
 ジャスティンは客人の対応をしているが、顔は出さなくていいと言われていた。来ているのは確かテレサの「ボーイフレンド」のはずだが、ようは家ぐるみでつきあうような相手ではないのだろう。
「――」
 動きを止めた彼は、視線ならぬ気を飛ばし、開け放ってある戸口を窺った。
 彼の気を察したと知らせるように、ふたつの気配が踏み込んできた。
「邪魔をする」
 壮年の男のものと思しき声音。しかし枯れるどころか据わっている。手練れであることは容易に知れた。
「わらわたちはリィェン・ユーの契約英雄で」
「名乗るな。聞いてしまえば呼ばなければならなくなり、情を感じずにいられなくなる。馴れ合うつもりは、今のところない」
 インは思わず口の端を吊り上げた。これはまた清々しいほどの実直よな。
 と。零が踏み出して。
「汝が契約主も、愚神王が討たれた後は武の戦場ならぬ政治の戦場へ戻ることなろう? 武働きはもちろんのこと、他も学びつつある“小僧”は、契約主のみならず汝の役にも立とう。なにせ何人(なんぴと)も背に目はついておらなんだゆえな」
 政界へ身を置く者は、常から有形無形の暴力に脅かされるものだ。たとえアマデウスやもうひとりの英雄がついていても、死角はかならず生じてしまう。そこをリィェンはカバーできると、零は売り込んでいるのだ。
 相手が実直であると読めばこその斬り込みであったが、しかし。
「……我は盾。それ以上を自らに課すつもりもない」
 アマデウスはかぶりを振って零の言葉を払い落とした。
 ふむ、実直にして、頑強じゃな。強いばかりでなく頑なじゃ。能力者と英雄は似たもの同士なのやもしれぬのぅ。
 インは頬に笑みを刻んだまま腰を据え、低くささやいた。
「ま、ここへはそちの武を見に参った。言葉は惜しめども、技を惜しむような野暮はするまい?」
 無論こちらの技も惜しみはしない。アマデウスにインと零の力を示し、幾ばくかの信用を得るきっかけとするために。
「乗せられるのは好かんが」
 片手剣術の作法に従って木剣を構えたアマデウス。武人が武で挑まれ、逃げるような真似を晒せるはずがなかった。
「武具はいらんのか?」
「無手でよい。むしろこちらが得意じゃ」


「今日は楽しんでもらえたかな」
 別れ際、門前まで見送りに出たジャスティンがリィェンへ問う。私はきみを認めるつもりはないこと、承知してくれたかね?
「お相手くださったことに感謝します」
 心から言うリィェンに「それは光栄だ」と返し、ジャスティンは息をつく。
 これで退いてくれれば私も娘も心穏やかに過ごせるのだが、どうやらこのささやかな望みはかなわないらしい。
「いつでもお声がけください。次はとっておきの菓子を持参します」
 こんなことでへこたれてなんかやらないさ。俺はあなたからテレサを奪いたいんじゃない。テレサを、あなたっていう家族ごと迎えるって決めたんだからな。
 一方、インと零はドアの影からわずかに姿を見せたアマデウスに目線を送り、振り切った。
「さて。我らの小細工がいくらかでも効くものか」
 零に「さての」、応えておいて、インはテレサと別れの挨拶を交わすリィェンを見る。
「縁とはささやかなきっかけをもって繋がれる。なんの糸やは知れぬが、結ばった上は巻き取られよう。途中で切れぬように気を張るのがわらわたちの務めじゃ」

 そしてリィェンたちは無言のまま帰路につく。
 縁を巡るこの戦いが長いものとなるだろうことを噛み締めながら。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
【零(aa0208hero002) / 男性 / 50歳 / 義の見客】
【イン・シェン(aa0208hero0001) / 女性 / 26歳 / 義の拳姫】
【テレサ・バートレット(az0030) / 女性 / 23歳 / ジーニアスヒロイン】
【ジャスティン・バートレット(az0005) / 男性 / 54歳 / 鉄壁の紳士】
【アマデウス・ヴィシャス(az0005hero001) / 男性 / 30歳 / 実直なる盾】
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2019年03月11日

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