▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『妄執美術館』
ファルス・ティレイラ3733


 好奇心旺盛。
 それは貴女の長所でも短所でもあるわね、と言われた事がある。
 まずは好奇心が無ければ、お話にならないのよ。これは何だろう、知りたい。その思いが、知るための努力に繋がってゆく。先へと進む力になる。
 だからティレ。辛い目に遭う事も多いけれど、貴女のその好奇心を萎縮させては駄目よ? 何かあったら私が助けに行ってあげる。度が過ぎたら、お仕置きもしてあげる。
 その女性は、そう言っていた。
「うう……これって、お仕置きコースまっしぐらな感じですかぁお姉様……」
 さまよい歩きながら、ファルス・ティレイラは泣きそうな声を漏らしていた。
 わけのわからぬ場所に、迷い込んでしまった。
 近いものを挙げるとすれば、美術館、であろうか。数多くの謎めいたものが、通路に沿って陳列と言うか展示されている。
 美術館巡りのような事を、した事はある。商売で美術品を扱っている、あの女性に連れられてだ。
 弟子である自分に、審美眼を養って欲しかったのだろう、とティレは思う。
 その期待に、自分は応えられているのだろうか。
 少なくともティレの感覚では、今ここにあるものたちを美しいと思う事は出来なかった。
「だって……何なのよ、これ。こんな食べられもしないもの、お菓子の試食展示みたく並べちゃって」
 ぶつくさと漏らしながらティレは、大層に展示された美術品の群れを見回した。
 全て、陶器であった。
 魔界の怪物でも模したのか、よくわからぬ形をした壺や瓶。おどろおどろしい絵の描かれた皿や小鉢。これらには、まあ容れ物や食器としての実用性を見出せない事もない。
「こんなお皿でケーキ食べたいとは思えないけどね……」
 そもそも何故、自分はこんな所にいるのか。
 配達仕事を無事に終え、疲労と解放感でフラフラと空を飛んでいた。
 その時、空中に扉を見つけてしまったのだ。
 空中で開く扉など、ろくな場所に繋がっていないのは明らかである。
 わかっていながらティレはしかし好奇心に負け、扉を開いてしまった。
 そこは、奇怪な美術館であった。いや美術館と言うよりも。
「……売れない芸術家の個展、って感じ。はー、帰ろ帰ろ」
 踵を返そうとしたティレの視界を、きらりと光るものがかすめた。
 瑞々しい赤色。半分に切られた苺が、いくつも埋まっている。
 鮮やかなオレンジ色。蜜柑が、まぶしてある。それにメロンの優しい黄緑色が、目に心地良い。
 おどろおどろしい皿に、まるで宝石箱のような大型のフルーツタルトが載せられていた。
 ティレの頭から、理性が消し飛んだ。
「前言撤回……どんなお皿に載っていても、美味しいお菓子は美味しいのでーす!」
 ティレは食らいついて行った。
 可愛らしい歯が、ガチッ……とフルーツタルトに激突する。
 陶器だった。
「……何よ……これ……」
 フルーツタルト、の形をした陶芸品を、ティレは思わず床に叩きつけてしまうところであったが辛うじて自制した。
「ちょっと、ふざけないでよ! 美味しそうで食べられないお菓子なんて、この世で一番作っちゃいけない物じゃないのよぉおおおおおおおッッ!」
 食い付いてみるまで偽物とわからない、フルーツタルト。卓越した技術の産物である事に、疑いの余地はない。
 その技術者が、いつの間にか、そこにいた。
「役に立たない……無駄なものを作り上げるのが、私たち芸術家の仕事なのよね」
 眼鏡の似合う、地味な女性。服装も派手さのない灰色一色で、シックと言えない事もないか。
 ティレは、後退りをした。
 地味な装いの中に、とてつもない禍々しさが押し込められている。それが肌で感じられる。
「貴女……魔族、よね?」
「そう言う貴女は竜族のお嬢さん。いいわね、なかなかの素材」
 そんな事を言いながら、魔族の陶芸家は指を鳴らした。
 展示されていた陶器人形の1つが、ティレの眼前にふわりと着地して巨大化する。
「私の個展に入って来られたという事は、竜のお嬢さん、貴女には豊かな芸術的感性があるという事よ。私に協力なさい。貴女なら最高の陶芸品に成れるわ。壮絶に無駄な、何の役にも立たない飾り物にね。まさに芸術家の本分」
「……ごめんなさい。アート系女子の芸術語りには、興味ないので」
 逃げようとするティレに、巨大な人形が襲いかかる。陶器の剛腕が、掴みかかって来る。
「悪いけど、これでも竜ですから……壊れ物のゴーレムには負けません!」
 ティレは翼を広げ、尻尾をうねらせ、牙を剥き、鉤爪を振り立てた。竜族としての姿を、露わにしていた。
 大蛇のような尻尾が、陶器のゴーレムを打ち据える。
 割れ物であるはずの巨体は、しかし亀裂ひとつ入らず、よろめいただけだ。
「ふふ……陶器が壊れやすいなんて、誰が決めたのかしら?」
 陶芸家の眼鏡の奥で、禍々しい眼光が灯る。
 大量の泥が、ティレの全身にビチャビチャッと付着した。
 泥、と言うより粘土であった。それがスライムの如く蠢き這って、うら若き牝竜のしなやかな巨体にドロリと貼り付きまとわりつく。
「ちょっ……な、何よこれ! ああもう」
 粘土まみれのティレに、陶器のゴーレムが再び襲いかかる。
 蠢く粘土に巻き付かれた口吻を、ティレは無理矢理に開いた。粘土がちぎれ、鋭い牙が現れ、そして炎が溢れ出す。
 灼熱の火炎を、ティレは吐き出していた。
 紅蓮の荒波が、ゴーレムを激しく包み焼く。陶器の巨体の表面に、細かな亀裂が生じた。
 そこへティレは、羽ばたきながら激突して行った。半ば飛翔しながらの体当たり。
 牝竜の巨体が、ゴーレムを粉砕していた。
 陶器の破片を蹴散らしながら、ティレはそのまま逃げ去ろうとして、硬直した。
 全身を覆う粘土が、急激に固まってゆく。
「思った通り。竜の炎は、焼き物を仕上げるのに最適なのよね」
 眼鏡をクイっと位置修正しつつ、魔族の陶芸家は言った。
「貴女の炎は、特に……格別、としか言いようがないわ。私の魔法粘土を、実に良い感じに焼き固めてくれる」
「あ……あの……」
 固まりゆく魔法粘土の中で、ティレは辛うじて声を発した。炎を吐いた口が、もはや閉じない。
「陶器の事を、焼き物って呼ぶの……やめません? 何か、焼き菓子みたいで……期待して、がっかりしちゃう……」
「いいわ。そのがっかり感が、よく現れている。貴女、なかなか趣き深い作品になりそうよ」
 魔法粘土でパックされた牝竜の顔面に、陶芸家がそっと手を触れる。
 その優美な五指が、パックの表面を優しく削り取り、研磨してゆく。
 くすんだ泥の色が削ぎ落とされ、やがて美しい銀色が現れたが、ティレは自分で見る事が出来ない。
 銀色の、竜の塑像に変わりながら、ティレはたった1つの想いだけを燃え上がらせていた。
(さっきの、フルーツタルト……本物だったらなあぁ……)


 登場人物一覧
【3733/ファルス・ティレイラ/女/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年03月13日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.