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『微笑む神の名は(3) 』
白鳥・瑞科8402

 通信機を手にとった瑞科は、慣れた手付きでどこかへと連絡を入れる。周囲には、彼女が倒した今回の任務のターゲット達が横たわっていた。
 哀れな狂信者達はもう何も言わない。しかし、彼らは瑞科に倒してもらえたという栄誉を胸に穏やかな眠りにつける事だろう。
「ええ、お願いいたしますわ。全ては、当初の計画通りに進める事になりそうですわ。あなた様に、神のご加護がありますように」
 通信機の向こうの相手へと何かを頼み終えた瑞科は、最後に一言相手への祈りの言葉を囁くと共に通信機の電源を落とした。
 寂れた教会には、月明かりすら届かない。ただ、人を食らうように蔓延る闇が存在するだけだ。
 一歩、その闇に向かい足を踏み出したところで、ざわりと周囲の空気が変わったのを瑞科は感じた。彼女のきめ細かな肌を、悪寒は無遠慮になぞる。悪を何晩もかけて煮詰めたかのような、凝縮された殺意が瑞科の背後、今しがた彼女が戦っていた祭壇の周囲から放たれている。
 次いで、そこに響き渡るは音。ずるり、ずるりと這いずる何かが、何かを探し、食らう音。
「きましたのね」
 ゆっくりと振り返った瑞科の前に、"それ"は居た。瑞科は怯む事もなく、その巨体と向き直る。
「これが、彼らの信仰していた神様……でして?」
 最後の悪あがきとして、狂信者達は自分達の遺体を生贄にし神を呼び出す事に成功したのだろう。膨大な数で質を補い、かくして神は今宵降り立った。彼らの肉を喰らう暴虐の神が。
 否、神というよりその姿は化物のそれだ。教会を埋め尽くさんばかりの巨体に、剣のように長く鋭い牙を見せて邪悪に笑うその様はまさに異形。この神の名など瑞科は知らないが、もし仮につけるとしたら『悪逆』や『非道』を意味するものをつけるだろう。
 瑞科の前に今君臨しているのは、それ程に醜悪で恐ろしい姿をしている、怪物だった。
 にたり、と夜の中でその巨体が笑みを浮かべる。不気味なその笑みは、人を容易く畏怖させる程に不気味で恐ろしい。
 しかし、瑞科は凛とした面持ちで相手と対峙し続けていた。大人の男でも逃げ出しそうな程のプレッシャーを相手から感じつつも、その長く伸びたすらりとした足は逃げるどころか震える事すらない。ゆっくりと、瑞科は杖を持ち直す。神と人との間に、言葉のやり取りなど不要だ。相手は人の言葉に耳を傾けてくれる程優しい存在ではないし、瑞科もまた醜悪なそれと会話をする気など毛頭なかった。
 今この場所で瑞科と相手に出来るコミュニケーションの方法はただ一つ、戦う事しかない。その時奇しくも、強い風が吹いた。風は割れたステンドグラスから教会内へと入り込むと、二人の間を通り抜ける。
 それが合図の代わりになった。どちらともなく走り出した二つの影は、ちょうど中央で交差する。
 ただ人を傷つけるためだけに鋭く伸びている、怪物の爪が瑞科の柔からな肌を切り裂こうと迫りくる。しかし、聖女はその爪を軽々と持っていた杖で弾いてみせた。襲いかかってきた相手の攻撃の威力が大きければ大きい程に、その攻撃を弾かれた時の衝撃は高まる。ふらりと怪物がよろめく程の威力という事は、あの爪の攻撃をまともに受けてしまったら瑞科のような魅力ある膨らみがありながらもスレンダーな身体ではひとたまりもないであろう。
 教会内に、狂った声が響き渡る。瑞科という極上の獲物を前にし、怪物は舌なめずりをするように笑声をあげていた。その品のない笑い声とは対照的な、美しい笑みをこぼすと瑞科は言葉を紡ぐ。 
「信者が信者なら、神も神ですわね。理性の欠片もないその態度、軽蔑いたしますわ」
 あの狂った信者達と言えど、いざこの神と対面していたらその力を持て余した事だろう。狂った者達の呼び出した神は、欲望のままに暴れまわり始める。
 暴力の権化のような怪物は、続けてまた爪を振るった。その巨体に見合った大きな腕が、瑞科を捕らえようと藻掻く。しかし、生憎と彼女はその爪先すらも触れる事を許可するつもりなどはなかった。
 ふわり、とミニのプリーツスカートが揺れる。魅惑的な脚で、彼女はステップを踏むかのように優雅な仕草で、敵に向かい前進した。
 避けるどころかこちらへと向かってくる彼女の姿に、さすがの怪物も不意を突かれたようで一瞬だけ動きが鈍る。その隙を、もちろん瑞科が見逃す事はない。距離を一気につめ相手の懐へと潜り込んだ聖女は、その距離から電撃を放つ。
 光が、怪物を食らう。稲妻が怪物に生まれて初めての痛みを与えた。今まで負け知らずであり、ただ弱者を食らってきた怪物が悲鳴のようなものをあげる。
「あら、思っていたよりも、手応えがありませんわね。これでは、わざわざ呼び出してもらった意味がありませんわ」
 瑞科の意味深な言葉を、怪物がちゃんと聞いていたのかは分からない。しかし、自分が何か罠のようなものにかかった事だけは理解出来たらしく、先程まで爛々と輝いていたはずのその瞳が、途端に怒りの色に染め上げられる。駄々をこねる子供のように、怪物は地団駄を踏んだ。
「申し訳御座いませんけれど、全てはわたくしの計画通りですの。あなた様が呼び出されたのも含めて、全て……ですわ」
 聖女は微笑む。人と神という次元の違う者同士の戦い。しかし、本当に格が上だったのは果たしてどちらだったのだろうか。怒り狂う怪物の前で、彼女の唇は優しく言葉を紡ぐ。
 暴虐の神は今宵、瑞科に倒されるためだけに呼び出されたのだという事実を。

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【8402/白鳥・瑞科/女/21/武装審問官(戦闘シスター)】
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年03月14日

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