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『これが私の愛情表現 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

「ティレ、貴女本当に悪い子ね?」
 くすっ、と目の前にいるシリューナから笑みが零れる。彼女が時折見せる、全てを許すような慈愛に満ちた笑み――例えば、教えられた通りに上手く魔法を使えず、軽いパニックを起こしているときに優しい声と一緒に向けられるような――とは違い、もっと不敵な。仕掛けた悪戯を前に、引っ掛かるのを今か今かと待ち侘びているときの笑い方だ。ひくりとティレイラの喉が震え、口にしようとしていた言い訳が奥に引っ込む。それでも素直に謝って許してもらうという選択肢はなかった。仕事終わりでシリューナが暇を持て余していたという前提をふまえれば咄嗟に言い訳が出てしまった時点で既に詰んでいる。空回りする脳は同じ言葉を繰り返した。
「違うんです、お姉さま。だって、気になるじゃないですか! この前来たときにはなかった像が置かれていたら、これ何だろう? って」
 魔法薬屋を営むシリューナはティレイラにとって魔法の師匠であると同時に、自身の仕事である何でも屋の顧客でもある。魔法薬の精製に使う素材は当然ながら一般社会に出回っていないものが多く、その扱いにも相当な癖がある場合がほとんど。例えば、特定の素材と一緒にすると即座に効力を失うだとか、その逆だとか。気温や湿度がトリガーになることもあれば触れた者の魔力の性質に反応するパターンもある。そうした厄介な物を飛翔と空間転移という二つの能力を駆使して運ぶのがティレイラの主な仕事だ。今日もシリューナの元に材料を送り届け、そのまま頼まれる形で倉庫内にそれらを仕舞う作業を請け負った。有り体にいえば凄く退屈だった。
「ふぅん、それで?」
 一先ず聞く耳を持っていることに安堵しながら、頑張って言い募る。とはいっても嘘なんて少しも出てこないのだが。
「最初は可愛いからもっと近くで見てみたいって思ったんです。そしたら、口に綺麗な宝石を咥えてて。よく見えなかったから、ちょっと触ったら動くかなぁとか……」
 何も知らない人間からすれば思わずドキッとするような美しい微笑みも、ティレイラから見ると興奮や歓喜からくるものより、いつスイッチが入るか分からないという意味でのドキドキが先立つ。そんな緊張から逃れるように斜め後ろの、件の像へと視線を向けた。リアルとデフォルメの中間くらいの、狐を模した像。やたらつるつるして肌触りのいい質感だった。つい先程までその口の部分に嵌まっていた宝玉――アレキサンドライトのように複数の色が入り交じっている――は現在、ティレイラの手のひらの上にある。
「なるほどね」
 頷く声は殊更に優しい。何だかこのまま許してくれそうな気がした。
 魔法薬以外にもティレイラにはその用途を想像さえ出来ないような魔道具の類がこの倉庫には数多く保管されている。あるいは単に、シリューナが収集している美術品なのかもしれない。ティレイラは繊細に魔力を感じ取るのが苦手だ。生物ならともかく一箇所にある物質の魔力を嗅ぎ分けるなんて芸当はどれだけ訓練しても身につけられそうにない。
「そんなに力は入れてないんです。でも、ぽろっと取れちゃいました」
 そのときの慌てぶりときたら自分でもよく思い出せないほどだ。魔力の有無に拘らずそうそう壊れる代物ではないにしろ、落下させたら傷の一つ二つ付いても不思議ではない。あの場にシリューナが居合わせていたら大笑いを誘ったかもしれないレベルのすったもんだ。そうしてあちこち派手に身体をぶつけながらも宝玉を死守し、気が抜けたところである程度の惨状は想定していたのだろう、呆れ顔の彼女が荷物の影から出てきた。そして弁解の言葉を並べているうちに彼女が微笑み、そして冒頭に戻る。
「ごめんなさい。……あの、直せます……よね?」
 今更ながら謝罪を述べて、自身より少し高い位置にあるシリューナの顔色を窺う。数秒沈黙が落ちたことで、鼓動が再びさざめいた。つい言葉を詰まらせているとシリューナが一歩足を踏み出した。ヒールが床を踏む音がする。彼女の笑みが濃くなる。
「――だぁめ。悪い子にはお仕置きしなきゃね」
 常よりも低く、艶めいた声が耳の中へ直接吹き込むように吐き出される。しな垂れ掛かるように肩に触れる手と、息遣いさえ感じ取れるほどの至近距離にある顔。収まりかけていた脳内の危険信号が一気に最大まで跳ね上がる。
 逃げに転じようとする身体をその細腕で繋ぎ止めたシリューナが声を流し込んでくる。この世界に沢山ある言語のどれでもない、自分たちの世界の、一族に伝わる言葉で呪術を紡いで。そして、ティレイラの手にある宝玉をすっと抜き去った。
「あっ、ああっ……! お姉さま……!」
 シリューナが離れるのとほぼ同時に異変が起きる。反射的に後退った足、その爪先の感覚が失われたかと思えば、這い上るように踵、踝、脛から膝、そして太腿へと少しずつ広がっていく。混乱する頭ではこの術が何か理解は及ばないけれど、今目の前で悠然と狐の像の下にあったのと似たような箱に腰を下ろし、足を組むこの師匠に悪癖はあれども悪意がないことはティレイラも知っている。ついでにいうなら似たような目に遭うのは既に両手の指じゃ足りない。だからティレイラの心中に湧きあがるのは恐怖ではなくただ純粋な焦りだった。経験済でも慣れているわけではないし、出来るなら勘弁願いたい。自身の好奇心が招いただけに怒るに怒れないけれど。猫は殺さず、ティレイラに罰を与える。
 なまじ中途半端に動いた状態から始まっただけに重心がふらついて、実際は上手くバランスが取れていても脳は無意識に違和感を正そうとする。両腕をそれぞれ顔の前まで上げ綱渡りのような格好になりながら、あたふたと解決策にならないことをしているうちにいよいよ身体が動かなくなってきた。露出している腕や足が石のように白く固くなる。ティレイラの焦りはピークに達した。うわ言のようにお姉さまとごめんなさいを繰り返していた唇から、子供じみた嘆きの声が零れる。
「お姉さまの意地悪〜!」
 言い切ったその瞬間ティレイラの身体は完全に石化し、倉庫を飾る一つのオブジェとなった。

 ◆◇◆

「――意地悪、ね」
 今は届かないと知っているから、独り言のように小さくシリューナは零した。箱の上に腰掛けたまま、血のように赤い瞳を石像と化したティレイラにじっと注ぐ。
 もし何者かに故意か否かと問われたなら、そうと頷くほかない。術をかけたのもだが、まず彼女が倉庫へ行くよう仕向けたのも現状を予測してのものだった。だって、自分よりずっと年若い彼女は好奇心旺盛だから。こちらの世界に来てもう結構な月日が流れたというのに、些細な物事に対する興味は尽きず、そして迂闊にも同じ過ちを繰り返し続ける。――まるでティレイラ自身もこのお仕置きを望んでいるように。
 意地悪なのは否定出来ないし悪趣味な自覚もある。しかし一言だけ、シリューナにも言い分がある。
「――だって、貴女が悪いのよ」
 言葉はただ物で溢れた空間に溶ける。本人の目の前で口にしたなら、どんな反応が返ってくるだろうか? そんな想像に胸を躍らせながら、シリューナは足を下ろし、一歩ずつ焦らすような速度でティレイラの元へと歩み寄った。
 彼女の後ろの惨状を思うとまだ少し頭が痛くなる。狐の像は預かり物で、魔法を込められた貴重な一品でもある。当然ながら宝玉を嵌め直せばそれで元通り、なんて簡単な話ではない。まあ念の為にと対処法を聞いているのでちょっと頑張ればどうにかなるが。
 像の下にある箱には魔法薬の材料を入れてあった。外気に触れると変異してしまう代物なので、物理的な意味では勿論のこと、魔力による干渉も受けないようにと二重に封を施してあったのだ。治癒薬や呪薬だけでなく、一般的には曰く付きと言われる装飾品まで、多種多様な品物を扱うシリューナの店はそれなりに繁盛している。しかし金に糸目を付けず素材を買い漁れるほどの裕福さはないし、時期によってはどう足掻いても入手不能な物もある。あの箱に入っていたのは後者だった。それを店内にいても聞こえるような大騒ぎの末に穴を空け、何かしらの形で触れさせたのだろう宝玉の魔力を反発し合った結果、魔法による封印も駄目にしてしまった。とはいえ、その惨状を目の当たりにしてシリューナが抱いたのは怒りよりも呆れだった。それから、ほんの少しの喜び。これを名目に渇望を満たせるとそんな仄暗い歓喜があった。言い訳を聞きながらどうしてあげようかとずっと考えていた。
 至近距離まで近付いて、再びティレイラを眺める。バランスを取るように上げた腕を少し下ろして、胸の高さでぐっと拳を握り締めた格好。罵声にもならない言葉を投げた直後の唇は、そのまま指が入りそうな程度には開かれている。眦には涙の跡の凹凸が窺えた。自らに降りかかった災難を嘆いている、そんな雰囲気だ。
「……綺麗だわ」
 感嘆の息が漏れる。普段のティレイラは大人と子供の境を漂う肉体を持ちながらも性質はまだ何処か稚い部分がある。それはそれで愛らしいし、妹のように思ってもいる。しかしながら、自身の趣味が美術品や装飾品の鑑賞に耽ることだからか。目まぐるしく表情を変え、忙しなく目移りする生身のティレイラより、今ここに有るような何も言わないし動くこともない、そんな彼女を眺めたい欲求がふとした瞬間渦を巻くのだ。それも、こんな風に彼女らしさを残した状態の。でなければ一瞬で石化させる術をかければいいのだ。作り物では有り得ない生々しさがあるから、可愛らしい。身悶えするほどに美しい。
 手を伸ばしたのはあどけない弾力を持つ頬だ。石像の今はその柔らかさなど影も形もなく、滑らかなのは同じだが硬質的で艶やかささえ感じる。狭い範囲を往復するように擦った後で眦の下から耳の前、顎のラインに沿って撫で下ろして、途中で首筋へと伝う。まるで生身の彼女を愛でるように。辿る指が伝える曲線は心地良くて、質感と共に肌で感じる度にシリューナの高揚が増していった。呼吸は熱を帯び、背に甘い痺れを齎す。
 物言わぬ像になったティレイラを鑑賞するこの瞬間を至福と言わずに何と表現すればいいのか。ここで暮らす日々は故郷よりも遥かに穏やかで、彼女と違って少し退屈に感じることもある。だからこそ、日常に添える刺激も時には必要なのだ。時間が経つのも忘れるくらいに夢中になれる今がシリューナの密かな楽しみだった。
 何度触っても飽きない。視覚と触覚で至高のオブジェをどれだけ楽しんでもきっと、楽しみ尽くして興味を失う日は訪れないのだろう。それだけシリューナはティレイラの造形美に惚れ込んでいた。普段一緒にいて、魔法を教えたり仕事を頼んだり、ただ何の目的もなく紅茶やケーキを並べて歓談に興じているときでも。ふと視線を向けて美しいと思う。しかしじっと観察する間もなく彼女は表情を変えてしまう。こちらを見なくなる。指先で頬をつつき窪む柔肌を確かめるのも好きではある。でもやはり、それとこれとは別の話だ。
 ただひたすらに鑑賞に意識を没頭させる。術をかける前は店を閉めていたかや客人が訪れる予定があったかに気を割かれたが、今は目の前にあるティレイラの像だけがシリューナの全てだった。触れるだけではなく、目で楽しむことも忘れない。口の形や黒目と白目の境界が窺えない瞳、ハの字に下がった眉。変わらない細さで眼の周囲を取り巻く睫毛も、ふんわりと膨らみを残した髪も全てが精巧で、可愛らしさと美しさを上手く両立させている。
 そうしてどれだけ時間が経ったのか、地下のここでは視覚で感じることは出来ないが。脳は充分満ち足りたらしく飛んでいた意識が引き戻される。自身の唇が弧を描くのが判った。一度深く息を吐き出せば、興奮は少しずつ引いていく。
「これだけだとお仕置きにはならないから……そうね。暫くの間、狐の代わりに重石に使ってあげようかしら?」
 我ながらいいアイディアと頷く。そのためにはまず、箱の修復と素材の確認から始めなければならないが。ゆっくり時間をかけてやればいい。
 術を解いて、石から戻った後。果たしてティレイラは今度こそ反省するだろうか? それとも――。
 想像を巡らせながら、密やかにシリューナは笑った。答えはきっと、自分の想像している通りだから。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3785/シリューナ・リュクテイア/女性/212/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ/女性/15/配達屋さん(なんでも屋さん)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
前にいただいた内容とほぼ同じ感じだったと思うので、
引きずらないように見直しはせず、憶えている範囲で
以前と違った形になるように書かせていただきました。
お二人のイメージも幾らか違っているかもしれません。
時系列に進めたら後半が結構カツカツになった覚えがあるので
今回は軽く回想で流して、ティレイラさんの像の描写を多めに。
お二人の信頼関係についてもふわっと匂わせる感じにしました。
今回は本当にありがとうございました!
東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2019年03月14日

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