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『バレンタイン大事件 』
夢洲 蜜柑aa0921)&ヴァレンティナ・パリーゼaa0921hero001)&アールグレイaa0921hero002


 その日の朝、夢洲 蜜柑は目覚まし時計の音が鳴る3秒前にパチリと目を開けた。
「すごい。バッチリだったわ」
 独り言をつぶやきながら、むくっとベッドに起き上がる。
 今日は2月14日。いわゆるバレンタインデーである。
 カーテンを開けると、空はまだうっすらと白み始めているぐらいだ。
 部屋の照明をつけると、壁のいたるところに、ハンガーにかかった服がずらりとならんでいるのが目に入る。
 蜜柑は部屋の真ん中にぺたりと座り込んだ。 
「あーっ、もう、どうしよう!!!」
 頭を抱えていたが、すぐに床を這うように移動する。
「まず顔を洗ってすっきりして、髪をとかして……その間にお洋服を考えなくちゃ」
 よろよろと立ち上がった蜜柑は、何やら深刻な悩み事を抱えているような表情だ。

 顔を洗っていると、昨夜のことを思い出す。
 蜜柑はもう何日も思い悩んでいた。
 もうすぐやってくるバレンタインデー。その日に、『憧れの君、アールグレイとデートしてみたい』!
 まず、そんなことを思いついた自分自身に驚き、蜜柑は首をぶんぶんと横に振った。
 『無理無理無理ぃ!!』
 バレンタインデーでお出かけすると言えば、カップル、あるいはその一歩手前ぐらいのふたりのような気がする。
 アールグレイの傍で、そんな日を過ごせたらどんなに素敵だろう。
 そんなふわふわした気持ちで、うっとりする。
 だがすぐに、緊張しすぎてとんでもないことになるかもしれないという怖さと、誘いを断られたらどうしようという絶望とで青ざめる。
 いろんな激しい感情がいっぺんにやってきて、その間の蜜柑はたぶん傍で見ていて普通ではなかっただろう。
 結局、まったく頭の中はまとまらなかった。

 だが昨日の夕方、外出から帰ってきたアールグレイと玄関でばったり会って、蜜柑の口から不意に言葉が飛び出したのだ。
『あのね、明日のお昼から予定とかないかな?』
 アールグレイはいつも通りの穏やかな表情で、蜜柑に微笑みかける。
『ええ。今のところ、何も予定はありませんよ』
 そこで蜜柑は勇気を振り絞る。
 心臓の音が、アールグレイの耳にまで届くのではないかと思うほどに高鳴る。
『じゃあね、ちょっと行きたいところがあるの。一緒に行ってもらってもいい?』
 なるべく平静に。なるべくさり気なく。
 アールグレイはあっさりと返事を返した。
『もちろんですよ。ではお昼過ぎでよろしいですか?』
 あまりに呆気なく、念願がかなってしまった。蜜柑は目を見開いて、思わずアールグレイの顔をまじまじと見つめる。
『どうかしましたか、蜜柑』
『え、ううん、なんでもないの! じゃあ、お昼過ぎにね!!』
 蜜柑はそう言うと、大急ぎでお皿を片付けたのだった。


 ばしゃばしゃばしゃ。
 冷たい水を顔に浴びせるようにして、蜜柑が顔を洗う。
 昨夜のことを思い出すと、顔から火が出るようだ。
(でもよくがんばったわ、あたし!!)
 昨夜、部屋に戻った蜜柑はひとりファッションショーだった。
 あれもだめ、これも気に入らない。でも今からお買い物に行く暇もない。
 どうしてもっと早く誘っておかなかったのかとも思ったが、もし何日も前に予定が決まっていたら、蜜柑の心臓がもたなかったかもしれない。

 顔を洗って部屋に戻った蜜柑は、また改めて服と向き合う。
「せっかくなんだから、アールグレイが見たことのない、新しくて可愛い服で行きたかったな」
 ハンガーにかけた服を身体に当てて鏡の前に立つ。
 その隣には、すらりとした長身の、優雅な青年を思い浮かべる。
 蜜柑の英雄。そして大切な、憧れの君。
 常に控えめながら、凛々しくて紳士的で。
 蜜柑のことをちゃんとレディとして扱ってくれて。
 まるでおとぎ話の王子様が現実にあらわれたような、蜜柑の憧れの君。

 彼と一緒に街を歩くなら、似合いのカップルと思われたい。
 自分が幼く見えることがコンプレックスになっている蜜柑には、それが難しいことだと思う気持ちもある。
 でもほんの少しでも、蜜柑は理想の姿に近づきたいのだ。
(アールグレイはどんな色が好きなのかな)
 彼の髪と瞳の茶色にあわせたそれともオレンジ系。
 それともバランスが良くなるグリーン系。
 あるいは彼の色に染まる、ウェディングドレスのような……
「ああああ何考えてるのあたしったら!!!」
 思わず服を抱えたままベッドに倒れ込んだ。

 そこでふと、蜜柑は部屋のドアに妙な気配を感じた。
「誰!?」
「誰って……他に誰かいたら大変よ」
 開いたドアの隙間から、含み笑いを浮かべているのはヴァレンティナ・パリーゼの顔がのぞく。
「ちょっと、勝手に部屋を覗かないで! あと、なんでこんなに早起きなのよ!!」
 ドアに飛びついて閉めようとする蜜柑。
 だがヴァレンティナはするりと肩を入れて、部屋の中に入ってしまう。
「仕事よ。さっきちょうど仕上げて、寝ようかなって思ってたら、誰かさんがバシャバシャ水遊びしてるんだもの。気になるじゃない?」
 ヴァレンティナは面白そうに、蜜柑の部屋の中を見渡す。
 彼女は蜜柑のもうひとりの英雄だ。
 優雅な金髪碧眼、非の打ち所のない美女で、蜜柑がこうなりたいと憧れる「大人の女性」の姿でもある。
 が、それは外見だけのこと。中身は残念なことに、14歳の蜜柑と口喧嘩が成り立つレベルだ。
 蜜柑にとっては、今この大事な時にはなるべく近寄ってほしくない相手でもある。
「じゃあもう寝たら? 徹夜はお肌に悪いわよ」
 蜜柑は乱入者の背中を押して、部屋の外へ追い出そうとする。

 だがヴァレンティナは蜜柑の言葉を無視して、勝手にその辺りをいじり始めた。
「なあに、今日は誰かとお出かけなの? よそ行きのお洋服ばっかり。でもまだ決められないってわけね」
 ニヤニヤしながら、ちらっと蜜柑の様子を見る顔は、大変に大人げない。
 そう、蜜柑が誰を想っているのか、お出かけで大騒ぎする相手は誰なのか、当然ながら知っているのだ。
 知っていて、敢えてつついてみるのがヴァレンティナの癖らしい。
「どうでもいいじゃない! あたしだっておでかけぐらいするもん!!」
「ふうん? あ、そういえば今日ってバレンタインデーよね。やだ、だったらおめかししなくちゃね」
「どうしてよ!?」
 蜜柑は頬が熱くなるのを感じながら、ヴァレンティナを押しやる手に力を籠める。
「あらー、デートじゃないの? デートでもないのにおめかししてこんな日ににおでかけなんて、私だったらそんな人を見たら可哀そうになっちゃうかも」
 ヴァレンティナ、言いたい放題である。
 その上、蜜柑に押されながらも勝手に傍のワンピースを取り上げて、ひらひらとかざした。
「うん、可愛いわ。ちびっこにぴったりの可愛さよね」
「かえして!!」
 蜜柑は飛びついて、ワンピースを奪い返す。最終候補に残っていた、白いワンピースだった。
 ヴァレンティナは髪をかき上げ、嫣然と微笑んだ。
「ねえ蜜柑、アドバイスしてあげてもいいのよ?」
「なにをよ!」
「とっておきのレディになれる、着こなしについてよ」
「いらないもん!」
 ぷいっと横を向く蜜柑。
 実際のところ、このごろ年上の友人が色々教えてくれている。
 ちゃんと着ていく服が決まれば、蜜柑も自分に似合った着こなしやメイクを整えることができるのだ。
 その服が決まらないのが、大問題なわけだが。
「とにかく邪魔しないでってば! 用があったら呼ぶから!!」
「遠慮しなくていいのよ? そうね、なんだったら共鳴してあげても……」
「い ら な い !!」
 蜜柑はどうにかヴァレンティナを追い返し、ドアを閉めた。


 ひとりになった蜜柑は、さっきヴァレンティナに『ちびっこにぴったり』と言われたワンピースを、「なし」の方へ追いやった。
「わかってるもん」
 自分がどんなに頑張っても、アールグレイとカップルには見えないだろうということが。
 そしてアールグレイは、蜜柑がどんなに「ちびっこ」でも一人前のレディとして扱ってくれるということが。
「わかってるもん!」
 だから、結局「なし」にしたワンピースを引っ張り出す。
 ひざ丈のシンプルなワンピースは、今の蜜柑によく似合うのだ。
 袖を通して、鏡の前に立つ。
 健康的な肌には、濃すぎるメイクは要らない。
(きっとアールグレイもそう思うにきまってるもの)
 蜜柑は、淡い色のリップグロスを基本通りにきちんと唇に乗せる。
 そこでまた、部屋の扉が開くのが分かった。
「また! 寝たんじゃなかったの!?」
「ツンツンしてたら可愛くないわよ。せっかくいいものを持ってきてあげたのに」
 ヴァレンティナは相変わらずニヤニヤ笑いながら、小さな封筒ぐらいのサイズの何かをひらひらさせる。
「やっぱりそのワンピにしたのね。ちびっこが背伸びするよりずっといいと思うわよ」
「わかってるもん!」
「そう。だったらこれ、進呈するわ」
 蜜柑は疑わしそうにそれを見ていたが、すぐに視線を上げてヴァレンティナの顔を見る。
「え?」
「未使用よ、感謝してよね。ワンピがシンプルだから派手にはならないと思うわよ」
 それは結構お高いブランドの、白いレーシータイツだった。
「いいの……?」
「いいなと思って買ったんだけど、私にはちょっと甘すぎたしね」
「ありが……」

 蜜柑の言葉はそこで途切れた。
 軽いノックの音と共に、アールグレイの顔がのぞいたからだ。
「蜜柑、支度のほうはどうですか。まだ朝食も取っていないようですが」
「まって、まって!!」
 蜜柑が大慌てでベッドの上の毛布を引っ張って、頭からかぶる。
「あら? もしかしてナイトのお迎えなの?」
 ヴァレンティナは、さりげなく色々な物をベッドの下に爪先で押し込みながら、毛布ごと蜜柑を抱きしめる。
「やあねえ、水臭いわよ」
「べっ、別にいいじゃない!!」
 その様子を、アールグレイは微笑みながら見守る。
 なんだか仲良しの姉妹のようなふたりの、平和な光景……と、思っているようだ。
「別に急ぎではありませんから、ゆっくりなさってください。支度が出来たら声をかけてくださいね」
 そう言うと、音もたてずに扉を閉めていった。

「行ったわよ」
「ヴァレンティナが大騒ぎするからじゃない!」
 ずぼっと毛布から顔を出し、蜜柑はヴァレンティナの肩越しに時計を見た。
「うそっ! もうこんな時間だったの!!」
 どうやら服を選んだり、ヴァレンティナとじゃれあったりしているうちに、思ったよりも時間が経ってしまっていたようだ。
 アールグレイは本来ならレディの部屋を覗いたりしない。それなのにわざわざ様子を見に来たのも、納得である。
「あーんどうしよう、髪がぐちゃぐちゃ!」
「もう、ちょっと貸しなさいよ」
 ヴァレンティナは多少責任を感じたのか、蜜柑のサイドの髪を軽くねじってピンでとめて、アレンジしてくれた。
「ほら、これで綺麗になったわよ」
「ありがとう!」
 大騒ぎのうちに支度を整え、蜜柑は自分の姿をもう一度鏡で確かめる。
 ちょっとだけ背伸びした、でも不自然じゃないぐらいの、今の蜜柑がそこにいた。


 アールグレイは、リビングに入って来た蜜柑に微笑みかける。
「そのワンピースは蜜柑に良く似合っていますね」
「ありがとう、お気に入りなのよ」
 蜜柑の頬に赤みが差して、黒い瞳がキラキラ輝く。
 アールグレイのおぼろげな記憶の中、きらびやかな衣装の女性が幾人も赤い唇で笑っていた。
 その笑顔を好ましいとはとても思えないが、蜜柑の笑顔は春の日差しのようにキラキラと柔らかく輝いて見える。
 だからこそ、この真っ直ぐで素直な心を守りたいと思うのだ。
「では参りましょうか」
「うん」

 揃って家を出ようとすると、声がかかる。ヴァレンティナだ。
「いってらっしゃい。楽しいお出かけになるといいわね」
 やっぱり意味ありげに微笑みながら、ふたりを見送る。
「留守をよろしくお願いします」
 他人行儀なほど丁寧に、レディに対する完璧な態度でヴァレンティナに接するアールグレイ。
(ま、見た目もいいし、好青年なのは間違いないわよね)
 そこは認めるところだが、ヴァレンティナの興味の範囲外である。同居人としては、望ましい相手ではあるが。
 きっとそんなヴァレンティナの様子が伝わるのだろう。
 何かにつけてアールグレイと美女の取り合わせにやきもきする蜜柑だが、この組み合わせを心配したことはない。

 心配なのは別のことだ。
(帰ったらまた、あのニヤニヤ笑いでからかってくるんだわ)
 蜜柑はそう思いながらも、今日だけはちょっぴりヴァレンティナに感謝している。
(このお洋服に決められたのも、ヴァレンティナのおかげかもしれないもんね)
 そこでふと気づく。
 半歩先を行くアールグレイの、形の良い長い指の手がすぐ近くにある。
 蜜柑の指先がピクリと動いた。
(……ああん、無理無理!!)
 蜜柑はまたまた顔を真っ赤にして、勢いよく首を横に振る。
「蜜柑」
 不意に足を止めたアールグレイに名前を呼ばれて、蜜柑はびっくりしてしまう。
「……なあに?」
「いえ。今日はどちらへ行くのかと思いまして」
 肩越しに振り向くアールグレイの髪を、柔らかな風が撫でるように揺らしていく。
 その光景は夢の中のようで、蜜柑は半ばうっとりして見つめてしまう。
「どこでもいいの……」
「え?」
 そこでハッと我に返る。
「あのね、ちょっとお買い物がしたかったの。いいかな?」
「勿論ですよ」
 近くのショッピングエリアまでの道は、色々な話をしながら歩いていこう。
 アールグレイは蜜柑にあわせて、ゆっくりと歩いてくれるから。
 それでもちょっとだけ距離が離れそうなときは……こっそり袖口につかまるぐらいの勇気を出してみようと思う蜜柑だった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0921 / 夢洲 蜜柑 / 女性 / 14歳 / 人間・回避適性】
【aa5176hero001 / ヴァレンティナ・パリーゼ / 女性 / 26歳 / ソフィスビショップ】
【aa0921hero002 / アールグレイ / 男性 / 22歳 / シャドウルーカー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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またまたご指名いただき、ありがとうございます。
今回はもうひとりの英雄様もご参加いただき、楽しく執筆いたしました。
口調や行動など、結構好きに書いてしまいましたので、ご本人の設定と大きく外れていなければいいのですが……。
もしお楽しみいただけましたら幸いです。ご依頼、誠にありがとうございました!
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2019年03月14日

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