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『プライスレス 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

「すごい!」
 地上390メートルの高みにある室内展望台。そこからぐるりと青空を見渡し、不知火あけびは息をのんだ。
「上の空もいいけど下の海もいいな。さすがに日本じゃ、この高さの建物は建てられない」
 こちらは眼下に広がる海原の青を味わう日暮仙寿。
あけびはひとつ息をつき、彼のとなりまで戻ってきて。
「ワープゲートのおかげですごく近いように感じるけど、ほんとは遠いんだよね」
 中国は日本の近隣国だが、東京から香港は飛行機で5時間かかる距離だ。
「ああ。でも、それだけに人目は気にしなくていい」
 仙寿はあけびの肩を抱き寄せ、耳元でささやいた。
「でも、古龍幇の人に見られたら気まずくない?」
 まわりの気配をさりげなく探るあけびを、少しだけ眉根を下げた仙寿はさらに強く引き寄せた。
「余計見せつけてやればいいだろ」
 むっとしているのに、どこか楽しんでいるような顔。
 仙寿って自覚ないみたいだけどSだよねー。それに天然たらしだし、私がいなかったら日暮でハーレムとか作ってたんじゃない?
 うん。私がいなかったら、ね。
 あけびは仙寿の腕を自分へ絡めながら、思う。
 私を選んだから仙寿は今、ここにいる。それだけは忘れちゃいけないんだからね、私。
「……あけび、ちょっと離してくれ」
「え?」
「すごく見られてる」
 気がついてみれば、まわりの客がふたりに注目していて。
 当然だ。仙寿は腰に和装を巻いて飾った美青年だし、あけびにしても矢絣に袴を合わせた大正女学生ファッションなのだから。
 視覚効果を考え、あえて常の衣装を選んできたわけだが、色味や柄の繊細な和装はすべてが派手な大陸風情の中にあっては逆に目立つ。
「いっそのこと俺も袴で来るんだったかな」
 半歩分、あけびから離れて息をつく仙寿。
 しかし、あけびはつま先を繰って彼へと添い。
「離れちゃうといざっていうときカバーできなくなるから。それにいつもどおりの仙寿がいいし……私がくっついてたいし?」
 最近のあけびはすごく素直だ。仙寿が度々圧倒されてしまうほどに。肚を据えた女は、覚悟をした程度の男なんかよりずっと強い、ということなのかもしれない。
 でも、俺だって覚悟を隠しておく気はないんだからな。
「そうか。で、今日は大紫、持ってきてないのか?」
「え!? ある! あるけどっ! この格好に大紫は合わないでしょ! それに決闘が終わるまでそういうのは考えないでおこうねって話だったじゃない!!」
 あわてて仙寿から離れるあけびだったが、手だけは仙寿のシャツの袖をつかんで離さない。
「これはこれは、ずいぶん想ってくれてるんだな。その気持ちに免じて、今のは冗談だったことにしておくさ」
 にやにやとあけびの手を取り、仙寿は歩き出した。
「意地悪すぎ! あとちょっとだけ、ごめん」
 繋がれた手を握り返して後に続いたあけびのコメントだったが……
「おまえ、男子の健全に配慮すんのやめろよ」
 仙寿の難しい顔に、どうやらしくじってしまったことを察してしまう。
 難しいな男子! でもほら、こういうことってほら、そういうことでしょ! ちゃんといろいろ整えてー、少しずつ気持ちとか合わせてー。
「頼むから大紫案件のハードル上げるのもやめてくれ」
 読まれたー!


 展望台から地上へ到達したふたりに、古龍幇からの使者が声をかけてきた。微妙な顔をしているところから、上での有様を見られていたらしいことが知れる。
「今日は日暮の当主として訪問させてもらう。婚約者の紹介も兼ねてな」
 仙寿の言葉に、あけびは胸中で「うわー」と声をあげた。
 そっか。そっかそっかそっか。そうなんだよね。私がいるからとかいなかったらとか、そんなこと考える自体がまちがってるんだ。
 私は私の役目を果たす。
 そんなことできないなんて言わせない。私が仙寿といっしょにいるって決めて、仙寿は私といっしょにいるって決めたんだから。
「不知火あけびと申します。いずれは日暮姓を名乗ることとなりますが、今は現当主のパートナー兼護衛として、古龍幇の長にお目もじいたします」

 古龍幇を統べる若き長とは、幇へ迎え入れられることとなった日暮の暗殺者たちの身柄についてを中心に話し合いが行われた。
「幇と彼らは仕事単位での契約関係となる。我らの意向ならず、彼らの意向でな」
 長は語り、そして薄笑みを浮かべて。
「彼らというよりはまとめ役の女の意向だ。業(わざ)は売れども心は売らぬ、とな。が、こちらとしても好都合ではある。情を持たずに使い捨てられるからな」
 仙寿はかぶりを振り、笑みを返した。
「……家の者の我儘を受け容れてくださったことに感謝を。しばらくの間、奴らを頼みます」
 目上の者にもけして使うことのなかったていねいな言葉を繰り、仙寿は深く頭を垂れた。
 使い捨てるという言葉に一切の反応を示さなかった仙寿に目を細め、長は言葉を継ぐ。ここで怒りを見せなかったことは上出来だが、考えの甘さには気づいているのか。
「一度門を出た者が、おめおめ古巣へ戻れるものと思うか?」
「戻るのを待ちますけど、いざとなれば引き戻します」
 仙寿に代わり、あけびが口を挟んだ。
 このような場において、当主を差し置く行為はけして褒められたものではなかったが、それができる立場であると示しておきたい意図が彼女と、仙寿自身にあるらしい。察した長は結びの言葉を促すこととする。
「それはどのような理をもって?」
「世の理ではなく、家族の情で、です」
 情と言われれば納得するよりない。中国人は家族というものをなによりも尊ぶ。それはどうやら、日本もまた同じであるようだと。
「それについては幇が介入する問題ではない。ただし沽券の問題もあることだ。接触には相応の手順を踏んでもらわなければならないが」
 さらに深く頭を垂れるふたりに、長は続けて告げた。
「話はこのくらいでいいだろう。せっかく共連れて香港まで来てくれたんだ。時間の許す限り、この街を楽しんでいってくれたまえ」


 香港の雑踏に紛れたふたりは同時に息をつき、顔を見合わせる。
「若い人だったね」
「ああ。俺よりは大分歳上だけど……ただ同じ歳になっただけじゃ太刀打ちできないな」
 多数の組織が寄り合いながらもそれぞれの思惑をもって蠢く巨大複合体、それこそが古龍幇だ。それらの多頭を裏で統べ、表ではH.O.P.E.と笑顔で渡り合う青年は、恐ろしいよりもなによりも優しかった。
 あれが長の器。彼からすれば日暮なんて取るに足らない芥みたいなものだろうに、侮ることなく俺を迎え、それを見せてくれた。
 今の俺は彼に勝てない。勝てるときがいつになるのかもわからない。
 それがたまらなく悔しくて、それ以上に心が躍る。
 俺は剣が届かない先へ踏み出すために、法を学ぶことを選んだ。その力で、あんたの立ってる場所まで辿り着いてみせるさ。
「焦るよりも力を溜めなくちゃね」
 あけびもうなずき、そして仙寿の腕にしがみついた。
「その前に、今日はふたりで楽しむ日!」
 長からもらったオーシャンパークの入場チケットを袂から抜き出して、2枚とも仙寿へ渡す。
「いや、渡すのは1枚でいいだろ」
「わかってないなー」
 あけびは片目をつぶって、ちちち。
「こういうのは男子が払ってくれる体にしとかないと。それこそメンツに関わる問題だよ?」
 そういうものか。自分が駆けだし当主なのは自覚しているが、どうにも駆けだし彼氏としてもいろいろ足りていないことがあるようだ。

 パークに着いたふたりは、なぜか親切に声をかけてきてくれた職員の勧めに従い、山頂エリアへ向かうこととした。
「展望台もすごかったけど、こっちもすごいね!」
 木々の上を渡るケーブルカーの内、あけびが歓声を上げる。
 山の脇はすぐに海。香港という土地柄を、展望台よりも間近に体感できるのは実におもしろい。
「でも残念だね」
 向かいの席から疑問の目を向ける仙寿に、あけびはこっそり声を低くして。
「まわりから丸見えだから落ち着かないでしょ」
 確かに、景勝を楽しむばかりのために造られた車両は全面ガラス張りで、どこからでも内の乗客の姿が見える。
 パーク内には目立たぬよう、古龍幇の警備兼監視役が散っているはずだし、ふたりの行動は長にも報告されるはずだ。あけびがなにより先にそれを考えてしまうのは、忍の性というものか。
 しかし仙寿は悠然と。
「ひとつだけ、あけびに授けられる若様の経験則がある」
 きょとんとしたあけびを引き寄せてとなりに座らせ、仙寿は耳たぶへ口づけた。
「他人の計らいには全力で乗っておくのが計らわれた側の努めだ――って、おまえ、耳が熱い」
「若様はもうちょっとデリカシーもお勉強なされたらよろしいんじゃありませんかー!?」
 あけびのじたばたっぷりに大きく揺れるケーブルカー。ケーブルを伝った揺れは前後の車両もいたずらに揺らし、ちょっとしたパニックを呼ぶのだった。

「もー、絶対見られたから。しかも報告されたから。そしたら笑われるから」
 さまざまなアトラクションが並ぶ山頂エリアを、あけびはぷりぷりと進む。
「いいんだよ。笑ってもらうだけで古龍幇のメンツが保たれるんだから」
 このあたりはもてなされ慣れている仙寿の得意である。義務的にもてなしを受け、ホストとして面目を潰すようなことは全力で避けなければ。
「それに」
 あけびに追いついて、仙寿が真剣な顔で彼女の顔をのぞき込んだ。
「おまえを笑わせられなきゃ俺のメンツに関わる」
「ずるい。笑われてもいいやって気になるでしょ」
 唇を尖らせたあけびを見て、仙寿は天を仰いだ。
「フランスかイタリアにでも生まれたかったな。そうすればもう少し器用におまえを喜ばせられたのに」
 ううん。あけびは前を向いたまま二歩を踏み出して。
「日本に仙寿が生まれてくれて、桜があってくれたから――私たちは逢えたんだよ」
「俺たちの縁を繋いでくれたのは、確かに桜だけどな」
 あけびに大きな一歩で追いついた仙寿は言葉を重ねる。
「どこにいたって意地でも出逢ってやる。追いかけて、追いついて、運命だからなってしたり顔で言ってやるからな」
「うん。でも、追い越していくのだけはだめ」
 仙寿の首に両腕を絡め、唇へ唇をつける。
 まわりからは凄絶な歓声やらシャッター音やらが押し寄せてくるが……ああ、もう。そんなことにかまってられない。今の私、仙寿だけでいっぱいで、いっぱいいっぱいなんだから。

 とりどりのジェットコースターを乗り継ぎ、騒いだり笑ったり語ったり、存分に満喫したふたりは、暮れゆく空をベンチから見上げている。
「スタンドでスペアリブが売ってるんだな」
 炭酸飲料と共に、香辛料の利いた骨つき肉へかじりつく。行儀と値段――金は受け取ってもらえなかったが――さえ考えなければ、すばらしく手軽でそこそこにうまい。
「香港って夜景が有名なんだよね。麓に戻ってミニバスでヴィクトリアパーク行くのもアリかなぁ」
 すでに眼下の街は白光を灯し、薄闇を押し退け始めていた。
 そんな中、仙寿の表情は今ひとつ冴えなくて、だからあけびは小さな声で問う。
「言ってくれなきゃわからないよ?」
「ああ……100万ドルの夜景は、今の俺には高すぎるってな」
 客人としての務めは全うしたつもりだが、今現在の器量不足を十二分に味わわされることにもなった。俺はこの異国で気づかわれるだけの、なんの価値もないガキなんだ。
 そのまっすぐな悔しさから目を逸らしたくない。
「H.O.P.E.にも古龍幇にも頼らず、俺の手でおまえを連れて行きたい。安いプライドだ」
 仙寿は後に、このことを苦笑と共に思い出す。結局のところ、俺はガキだったよ。意地を張りたくてあけびとだけじゃなく、自分とすら折り合いがつけられなかった。
 対してあけびはやわらかく笑み。そんな仙寿だったから、今があるんだよ。
 もちろん、このときのあけびは仙寿の心情を知らない。ただ、仙寿には貫きたい自分があるのだということだけは察していた。
 だったら、私が言うことなんて決まってるよ。
「仙寿が思うとおりの仙寿になれたら、連れてきて」
 私は仙寿を精いっぱい助太刀するよ。私が思う私はそれができる私なんだから。
 だがしかし。
「……だめだな。俺はもうなにより綺麗なあけびを手に入れてる。気力がどうにも沸いてこない」
「え、それはそれでしょ!? がんばってよ超ロマンチックでゴージャスでスイートな香港旅行!」
「さりげなく香港のハードルも上げるなよ」

 明日の自分がどれほど進めているものかを思いながら、ふたりは日本へと帰り行く。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 18歳 / 八重桜】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 20歳 / 染井吉野】
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2019年03月18日

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