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『天国館奇聞【6】 』
海原・みなも1252

 透明な棺の内部に微粒子が霧のように浮遊していた。
 その中に納められ、燐光を纏い、長い髪を広げているみなもの姿は、水底に沈んだ王女のようだ。
 青い髪を飾る王冠の輝き。熱帯魚のひれのような虹色がかったブルーのドレス。項垂れた顔は、目と口のところに穴の開いたヴェネツィアンマスクのような仮面で覆われ、仮面の頬や目許には金色の刺繍のようなアラベスク風の模様が描かれている。
 しかし、半透明のドレスから透けているみなものウエストは、作り物で出来た幾重にも折り重なった蛇腹だ。
「娘よ、おまえは一度死んだのだ。これは祝福に満たされた復活である」
 ワイヤーが、ぐん、と張られ、開かれた棺からみなもの身体が外れて、宙を滑った。吊られたみなもの身体が操り人形のように揺れるたび、硬質なプラスティックで形作られたドレスの裾や隙間から、作り物の球体関節や脇腹の蛇腹の伸縮するのが覗く。
 祭壇に下ろされた。
 ホルダースタンドに立たされたみなもは五体のあちこちにコードやチューブが刺されたままで、見るも無惨に痛々しい。
「さて。天使の身体に必要なのは神の国のエネルギーだ。苦しかろうが、まあ、いずれ慣れるさ」
 男は祭壇の階段に立ち、みなもの顎をつかんで、再びあのインジェクターの頭部を近づけた。
「…あなた」
 仮面の奥でみなもは目を上げた。
「あなた、こんなこと、攫った人たちみんなにやったの…」
「なに…?」
「ゆるせないっ!」
 みなもは男に思い切り体当たりした。不意を衝かれたからか、階段に立っていた男はインジェクターを抱えたまま後ろに吹っ飛んだ。絡み合ったワイヤーがガシャンガシャンと鳴る。
 背をしたたか打ったのか、男は呻いてすぐには身を起こせない。
「まだこんなにも自己の力と意思が残っていたとは…! やはり未完成か! あれが出なかったばかりに!」
 みなもは腕に力を込めた。コードの生えた作り物の腕にヒビが入る。
「…あなたにも何か理由はあったのかしれないけれど」
 たしか男は言っていた。最初の処置の時に出るのがあの石なのだと。対してみなもは、男が【限りある生命の座】と呼んでいた石が出なかったのだと。それゆえに今、辛うじて思考し動けるというのならば。
「だからって許されるわけじゃない! あなたという人は、どこまで身勝手なの!」
 スタンドをかなぐり捨て、王女は蛇腹を鳴らし、関節を軋ませ歩きだした。妖精の姿で立つバレエ少女の元へと。
 走りたいが走れない。バキバキと音を立てて太腿のプラスティックが割れ始める。肉体に深く浸食した端子とやらのせいか、少し動くだけでも激痛が走る。みなもは歯を食いしばり、追いすがるようなワイヤーを引き千切りながら、一歩、また一歩。四肢に生えたコードと重いチューブを引きずりながら、あともう少し。もう少しでこの手が届く。
 震える作り物の手をギリギリと伸ばし、少女の頭を抱いた。
 虚ろな瞳。彼女のうっすらと開いた唇に、心臓の形の【限りある生命の座】を含ませた。飲みこませた。
(一か八か、よ…っ)
 心臓を奪われた彼女たちだ。体内に、戻せば。あるいは。
 少女がうっすらと目を開いた。
 みなもは目を瞠った。
「あたしのこと、わかりますか!?」
「…あ…」
 少女は瞬いて、何かを思い出したように手を浮かせた。
「電車の…?」
 驚いたようにみなもを見つめていた少女だったが、次の瞬間、はっとしたように目を見開いた。
「危ないっ!!」
 みなもは投げ出されていた。床に強く肩と腰を打った。少女が突き飛ばしたのだ。
「はは…ちくしょう…」
 たった今までみなもがいたところに男がいた。少女の胸元にはナイフが突き立てられていた。
「ああっ!!」
 みなもの背に凶器を突き立てるつもりだったのだろう。それをかばった少女に男のナイフは刺さったのだ。しかし妖精少女はゆっくりと振り向いた。
「私は…大丈夫…」
 人形のボディが幸いしたのか深くは刺さらなかったらしい。男は歯噛みをしてナイフを抜いた。
「おまえまで!」
 みなもは男を睨んだ。
「あなたが私たちに着せた"装甲"でしょう!」
「うるさい! 私は、私に与えられた力で神の国を作るのだ。何人たりとも、私の力から逃れられた者はいなかった。娘たちは私の意思と力を具現する使徒となり、私は神の国の王になる…」
 うわごとのように呟く男の目にあるのは狂気だった。
 ガシャーン!!
 頭上で何かが割れる大きな音がした。と同時にバラバラと降ってきたのは、色鮮やかなガラスの破片と水しぶきだ。
「きゃあっ!?」
 頭を庇いながら見上げると天窓が破られていた。
「みなもちゃん、大丈夫か! 今行く!」
 草間の声だった。
 ステンドグラスの嵌っていた場所に灰色の空が見えている。白い逆光を背に黒い人影があった。
「草間さんっ!」
 瞬く間にロープが下ろされ、滑り降りてきた草間は全身ずぶ濡れだった。眼鏡の水滴を払うと草間はみなもの姿を見て眉を顰めた。
「遅くなって、すまなかった…」
 みなもの身に起きた災厄を悟ったようだった。
 外は嵐なのかもしれなかった。天窓から吹き込む風雨で堂内は見る間に水浸しになりつつあった。
「これぞ天の助けよ!」
 雨を浴びて、みなもの蛇腹は瞬く間に形を変え、きらめく鱗となって、全身が人魚型の機構に変じてゆく。ドレスの裾はまさしく人魚の尾びれになり、風雨の逆巻く堂内に水を得た魚とばかり、踊るように跳ねて翻った。仮面をつけた機械仕掛けの人魚が誕生した瞬間だった。
 しかし風鳴りは徐々に大きく鳴り響き、堂内でも空気が渦巻きはじめていた。風の渦は聖堂内の塵を巻き上げるつむじ風となり、祭壇の祭具もカタカタと鳴りだした。つむじ風はみるみる大きな風の塊になり、長椅子が転がり、壁板も外れて飛びはじめていた。
「何これっ!」
 梁までもグラグラと揺れている。
「みなもちゃん、逃げよう! これは崩れるぞ!」
「待って、草間さん! あの人形たちを運び出したいの!」
「了解! 救援を頼んだ警察が駆け付けている。手伝ってもらう!」
 ゴォ、という音とともに電線が弾け切れて火花が散る。 
 割れた仮面を半分つけたみなもが、救援の人々に混じって少女人形たちを抱きかかえ、嵐の中を飛翔する。
 聖堂や館の外壁や尖塔が剥がれ、紙のように吹き上げられはじめた。
「竜巻だ!」
 男は止まらない笑いに身を折って腹を抱えていた。
「ははは…。まさか人魚だったとは…。そうか、それで…。【限りある命の座】が出なかったのも、私の力が効かなかったのも、人魚の生命力によるものか…」
 吹き上げられた木片や調度類が、天井に開いた大穴から空に吸い上げられていく。男は崩壊してゆく館を仰いで喚いた。
「だが私は諦めない! 私はこの地に戻る! これは私に約束された地だからだ!」
 拳を振り上げ叫んでいたが、ふと、その腕をだらりと落とし、みなもを振りかえった。
「…これまで、何人たりとも私の力から免れられるものはいなかった。これからも未来永劫、いないだろうと思っていた。そう思っていた、長い…長い歳月だった。お嬢さん…」
 来し方を振りかえっているような思いがけず静かで真摯な眼差しが、機械仕掛けの人魚を見つめた。
「君に、もっと早く、出会えていたならば。俺は…」
 こくり、と喉許を鳴らし、泣きそうな顔で笑った。
「俺は。…神になりたいと願わずに、生きられたかもしれない」
 何かが倒壊する轟音とともに四方から殴るような強風が吹いたと思うと、視界は真っ黒な風に遮られ、すべては闇に飲まれた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1252@TK01/海原・みなも/女/13/女学生】
【NPCA001 /草間・武彦 /男/30/草間興信所所長、探偵】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。
『天国館奇聞』、6話での完結でございます。
あとは、番外後日談編で!
たいへん長らくお付き合いくださいまして、本当に、本当にありがとうございました!
東京怪談ノベル(シングル) -
工藤彼方 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年03月18日

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