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『天国館奇聞【番外後日談】 』
海原・みなも1252

「みなもちゃん、ごめん…」
 ずずー。
「ほんっとごめん…」
 ずずずー。
「草間さん、これお湯ちょっと多かったんじゃないですか?」
 草間興信所の所長室でみなもはココアを啜っていた。草間の椅子を陣取って、である。
 一方の草間はというと、
「ほんっとごめん!!」
 デスクの前で土下座して床に頭を擦りつけていた。
 みなもが口を尖らせる。
「だってあたし、草間さんの前を歩いてたんですよ、後ろじゃないんです。で、草間さんにいっしょーけんめーお話してたんですよー。それなのに気がついたら草間さんいなくってー」
「うんまあそれはその…」
「そのせいであの犯人さんにあんなことやこんなことをされ〜〜!!」
「ごめんごめんごめん!!」
「ありえないですよねーぇ」
 目を据わらせてココアをずずー。
「おかげであたし」
 自分の首を指さして、
「こんなんなりましたし」
 喉許の総プラスチック製のフリルをカパッと取り外す。そして同じ動作で喉の前面を掴んで、カパッ。現れたのはガラスのように透き通った食道や気管に血管だ。ドクドクと脈打って虹色の液体が規則正しく動いているのは頸動脈だろうか。同じく透けた食道が伸縮しながら茶色いココアを胃に流しこんでいる。
「ひいいぃぃ」
 喉の前面を剥ぎ取った指自体が人間のそれではない。指の関節に見えるのも、手首や肘や膝の関節に見えるのも、球体関節人形のような切れ目と球である。
「こんなんなりましたしーぃ!」
「ガラガラドガーンって壁が落ちてきてどうにも出来なかったんだよぉぉ」
「あの犯人さんが、ごはんですよーって持ってきたごはん、なんだったと思いますー? すっごい苦しいチューブみたいのが口に突っ込まれてー、『私が調整した特別な食事だよ。これさえ摂取していれば、君たちの身体は一切損なわれない』とかワケのわかんないこと言って、どろんどろんのニュルンニュルンを、ぢゅるるるる!!!って。ココアのおかわりを所望す」
「ぐああ、気持ち悪ぃぃ!! って、ハイ、ただいまお持ちします…」
 給湯室から2杯目のココアを運んで来た草間である。
「ほんっと、みなもちゃんを守れなかった俺が全部悪かったっていうか助けに行くの遅くなった俺が全部悪かった、です…。どうぞ…」
 みなもが、ふん、と鼻を鳴らしてココアを啜る。
「でも、思えばいいタイミングで警察さんたちが駆けつけてくれましたよね。あの皆さんがいらっしゃらなかったら、お人形さんたち竜巻にさらわれていたと思いますし」
「ああ。あれは、みなもちゃんが俺とはぐれる直前に教えてくれただろう。電車で会った女の子の話。あの子の年恰好と制服や路線の情報を警察に問い合わせて突き合せたら、新事件の情報と一致したんだ。その時点で俺はあの天国館の主が犯人だと確信したし、みなもちゃんの失踪もあったからな。それで増援を頼めた」
「草間さんも頑張ってくださってたんですね」
「そりゃ必死だったさ。みなもちゃんを探そうともしたけど、あんな迷路じゃ中から探しても埒が明かない。外から見える部屋という部屋の窓を割って全部調べて回ったよ。壁伝いに尖塔へ飛び移るとかいうアクション映画みたいなことをやったのも久しぶりだったが、天窓ぶち破ってみたらアタリだったわけで。まあ、窓割って回ったのはさすがにマズかったかもしれないが」
 複雑そうな落ちこみ具合に、みなもは思わず草間の頭を撫でる。
「あの竜巻の中でみんなを救出できたのが何よりですって」
「まあなぁ…。大変だったよなぁ…。そうだ、あの人形たちだが、保管されていた心臓石を食べて無事人間に戻ったそうだ。あの後、例の保護者たちも正気が戻ったらしくてな。それぞれに感動の再会を果たしたらしい」
「ほんとですか!? よかった!! って、あ。よく考えたらあの石、現場に遺せば心臓石と人形を確実に隔てられるだなんて。ひょっとしてあの犯人さん、そのつもりだった…?」
「ああ。今となっては確かめる術も無いが、なるほどそうかもなぁ。そういやあの男、あれから調べたんだ。結局あいつが何者だったのか、気になってね」
「あ! それ、あたしもすごく気になってました。きっとあの人にも何かあったんだろうって」
「それがな、館の跡地…ほとんど更地になってしまっていたが、崩れた地下部から日記の断片が出てきたんだ」
「日記!」
「あの館の初代主のやつな。凄い話だったよ…。犯人は、初代主の息子だった。だったら近所の人が知っていそうなものだろう? それが違うんだ。まず戸籍がない。あいつが使っていた戸籍情報は偽造されたものだった。母親はあの男が幼い頃に若くして他界している。妹もいたようだが、その妹も生まれて数年で亡くなっている」
「死の影が色濃い家系なんですね…」
「そこだよ、みなもちゃん。父親の手記によると、あの男は幼い頃から奇妙な力を持っていたんだそうだ。彼が『触れると、命あるものはみな、やがて死に至った』のだと」
「ああっ、そんな…」
「うん。母親と妹の命を奪ったのはあの男だったんだろう。だからだろうな、父親に人と会うことを禁じられ、長い間あの館に幽閉されていたらしい」
「そんな、生まれながらにして死神にしかなれない運命だっただなんて」
「あの男は、そう、死神の力と、人心を迷わせ幻を見せる力を持っていた。幻を操る能力の方は弱かったようだが、死に至らしめる力というのは、なあ…。幽閉された部屋で人形を作り、独学で各種学問を修め、生命科学と神秘学に没頭していたらしい」
「…あたし、なんだか見えてきた気がします。あの人は生まれながらにして死神だったから、だから永遠の生命を作りたかったんじゃないかって。神秘学はお父さんの影響を受けたのかな。女の子を攫っては人形にして『わが娘』なんて呼んでいたのも、お父さんの信者だった女の人たちの姿を見ていたからかしら。自分も似たものを作ろうとし、凌ぐもの作ろうとし、お父さん以上の存在に、なろうとした…?」
「…ああ。それに妹の姿も重ね合わせていたかもな。父親の影響を強く受けつつ、同時に父親を超えたい、というのは、うん、男に生まれりゃわかる気はする」
「なんてこと…」
「それから。父親の死と同時にあの館は親戚に渡ったという話だっただろう? だが親戚たちすらあの息子の存在を知らなかった。ということはその間、あの息子は人知れず館を出てどこかで生きていたのだろう。言い換えれば、父親が死ぬまで天国館に幽閉され続けていたということになる。…壮絶だ」
「…酷い話…。たしかにあの人が世に出たら大騒ぎになったでしょう。お父さんはお父さんで耐えられなかったんでしょうね。お父さんは修道院まで作るほどの情熱で神様を信仰していたのに、息子さんはあらゆる生き物の命を奪う、いわば死神の子どもだったなんて。そして、その子が奥さんと娘さんの命を奪ったことも。だからって、そんな仕打ち…」
 みなもは首を振る。
「それで永遠の命を持つ存在に憧れてたの? この世に生み出したかったの? 自分の手で。だから神様になりたかったの…」
 人形の指で仮面の目許を拭う。
「草間さん、あたし、悲しい…。あの人、いったいどれだけ苦しくて、孤独だったんでしょうね…」
「みなもちゃん…」
「あの石は、やっぱり…。…ね、草間さん。あたしをもう一度、あの天国館があった場所に連れて行ってくれますか」
 涙に濡れた人形の手を、草間の手が握った。
「…うん、いいよ。行こう」



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1252@TK01/海原・みなも/女/13/女学生】
【NPCA001 /草間・武彦 /男/30/草間興信所所長、探偵】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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天国館奇聞【後日番外編】をお送りいたします。
本編続きの後日談と、もしも番外編が半々に混ざった内容となりました。
そんなで半分シリアスな話になっております…。
本編絡みは、続くおまけノベル「少年の幻」で(ようやく!)最後でございます。
本当にありがとうございました!


東京怪談ノベル(シングル) -
工藤彼方 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年03月19日

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