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『春の夜に誓う 』
冬樹 文太ka0124)&シャトンka3198


 ――やっぱり、一緒がいい。


 日ごとに春の気配が近づいてくる。
 暖かな日差しに、柔らかな緑色の草の芽がまどろんでいる。
 すっかり葉を落とした枝でも、固い芽が少しずつ膨らんでいた。
「それでも夜は、まだまだ冷えるな」
 冬樹 文太は窓を開いて、空を見上げた。
 うっすらともやがかかったような春の夜空に、眠そうな星が瞬く。
 文太の頬を撫でるように吹き抜けていく風は、湿った土のにおいがした。
 半ばぼんやりと風にあたっていると、すぐ近くからシャトンの声が聞こえる。
「明日も晴れそうか?」
 いつの間に近づいていたのだろう、気配にも足音にも気づかなかった。
 相変わらず猫のようだ。
 金の瞳が無警戒に文太の顔を見上げていた。
「そうやな。星も見えるし、雨は降らんやろ」
 文太はその瞳から目を逸らし、窓を閉じてカーテンを引く。
「じゃあ思いっきり洗濯して、それからどこかへ出かけるのもいいな!」
 シャトンは特に文太の様子を気にするわけでもなく、ソファの定位置に勢いよく飛び乗った。

 居心地のいい部屋で文太と過ごす、夕食後の穏やかな時間。
 そんな日常に、シャトンは満足していた。
 薄くて軽くて肌触りのいい毛布で体をくるんで、暖かなココアを入れたカップを両手で包み込む。
 隣には同じようにカップを持った文太が座る。
 甘い香りと、肩を通じて伝わる優しいぬくもりが、身体も心も夢心地にしてくれるのだ。
 シャトンはその暖かさの中で、色々な話をする。文太の色々な話を聞く。
 声はすぐ近くから響いて、耳にも胸にも穏やかに染み込んでいく。
 眠りにつく前のそのひとときは、シャトンが長らく知らなかった『幸せ』そのものだった。

 今日の文太は、少し前に関わった迷子探しの話をしてくれた。
 ぶっきらぼうなほどに、事実だけを淡々と連ねる語り口。
 それでも文太がどれだけ迷子のことを気にかけていたかが、シャトンにはよくわかった。
「よかったな。うまくいって」
 思わず、ほっと息をつく。
 その迷子の為にも、そして文太の為にも。
 迷子が迷子のままだったなら、きっと文太は酷く落ち込んだことだろう。……表情だけは、変えないままだとしても。
 だからシャトンは自分のことがうまくいったかのように、嬉しそうに笑う。
「家族かあ……。やっぱり親子は一緒がいいもんな、心配するし……」
「そうやな」
 文太は短くそう答えて、軽く目を伏せた。

 暫くのあいだ、静かな時間が流れた。
 時に沈黙は気まずく辛いものだが、お互いに心を許した相手となら、その時間すら愛おしい。
 シャトンは飲み頃になったココアのカップに唇をつけた。
 そのとき、思わぬ言葉が文太の口からこぼれ出る。
「あのな、シャトン……俺と、家族として……ずっと一緒に居て欲しい」
 シャトンは目を丸くして、無言のまま顔を上げる。
 ただテーブルにぶつかるカップのたてる、少し乱暴な物音がシャトンの動揺を物語っていた。


 シャトンが後ずさりして、じりじりと文太との間の距離をとり始めた。
「……ぇ……む、無理……!」
「な、何でや!?」
 即答の拒否に、流石の文太も出鼻をくじかれる思いだ。
 情けない声が出てくるのも仕方がない。
 ――この部屋で一緒に過ごした時間、寄り添ってココアを飲みながら話をしていた間のぬくもり。
 それをこれからもずっと手放したくないと思っていたのは、自分だけだったのか?
(さっき、家族って言葉、なんかいい感じで言ってたやないか! どういうことや?)
 文太はそれが知りたくて、シャトンとの距離を詰める。
 シャトンは逃れるようにさらに移動し、ついにはソファの端からずるずると床に降り、そこからまだ後ずさりしていく。
 その顔はまるで泣き出す寸前のように歪んでいた。
「無理に決まってるだろ!?」
 悲鳴のような声に、文太が思わずその場にとどまる。
「無理? なんでや」
「だって、オ、オレ、子供とか産めないし……! 一緒に居ても、家族とか考えられないし……!」

 文太はようやく、シャトンの言いたいことを理解した。
 あたたかい繋がりへの憧れ。
 それを粉々にする狂気。
 打ち砕かれた望みと身体に刻まれた絶望。
 シャトンの心の中で『家族』『身内』という言葉は、重苦しい澱みの深い底に沈んでいた。
 文太は労わるように囁く。
「子供なんかどうでもええんや。それでも……俺はシャトンがえぇ」
 じっと金色の瞳を見つめる。
 怯えと混乱が浮かぶその奥に、文太だけが感じ取ることのできる確かな光が見えた。
「それともシャトンは、俺と家族になるんは嫌か……?」
「違う、そ、そういうわけではないけど……」
 シャトンは苦しそうにそう言うと、顔をそむけてしまった。


 自分に家族はいない。
 これからも家族なんかできない。
 シャトンは今日までずっと、そう思っていた。
 家族は一緒に居てあったかいものだという。そしてシャトンはそんな家族を知らないのだ。
(どうしよう、どうしたらいいんだよ!)
 文太は真っ直ぐに自分を見つめて、家族になろうと言った。
 嬉しい。シャトンにも家族ができるのだ。
 ――だがそんなこと、絶対に無理だ。
「オレは……そりゃ……オレも、文太と一緒にいたい、けど……」
 俯きながら絞りだした言葉。
 その続きは喉に引っ掛かって、声にならなかった。
(オレと家族になったら、文太は幸せになれないじゃないか!)
 わかっている。
 文太はシャトンなんか忘れてしまえば、優しい家族を一緒に作れる別の誰かが見つかるだろう。
 わかっているけれど、それを声に出すと、取り返しのつかないことになってしまう。
 毎日の暖かな時間、優しいぬくもりの全てが、永遠に失われてしまう。
 いつか手放さなくてはならないものだとしても、こんな急に失うのは耐えられない。
(どうしてこのままじゃダメなんだよ!)
 床に尻餅をついたような姿勢のまま、シャトンは顔を上げることもできなかった。


 文太はシャトンの前に膝をついた。
 床に両手を置いて身を乗り出し、逃げ出さないことを確認するかのように、俯く顔を覗き込む。
「俺は本気やで」
 シャトンの肩がびくっと震えた。
「さっき、言ったやろ。家族は一緒におったほうがええて。一緒でないと心配するって」
 シャトンが頷いた。
「俺はシャトンが一緒でないと心配や。シャトンはどうや」
「オレだって、そうだけど……」
「ならもう、家族みたいなもんやと思わんか?」
 ようやく顔を上げたシャトンは、言葉が出てこないかのように唇を震わせていた。
 文太はじっと待つ。
 拾ってきたばかりの怯え切った捨て猫が、警戒を解くのを待つかのように。

 やがてシャトンが、そろそろと右手をあげた。
 細い指先が、そこに文太の顔があることを確かめようとするかのように、そうっと触れる。
「……オ……オレで……いいの……?」
「あぁ、シャトンが、いいんや」
 文太は力強く頷くと、シャトンの手に自分の手を添えて、頬にあてた。
 シャトンがじっとしているのを確認すると、空いている右の手をポケットに入れる。
 小さな布張りの箱を開き、中身をつまみ出した。
 それから左手でとらえたシャトンの右手を自分のほうへ引き寄せる。
「え……」
 シャトンが目を見開いた。
 文太は薬指にゆっくりと指輪をはめたのだ。
「勝手に用意したから、気に入るかわからんけど」
 今更照れ臭くなってきたのか、今度は文太が顔を伏せてしまう。


 指輪には空の星よりもきらめくダイヤモンドと、夜明け前の空のような青紫色のアイオライトが輝いていた。
 シャトンの誕生石を組み合わせたものだ。
「は、はは……なんか、あれだな……変な気分……」
 シャトンは宝石が輝く指輪に彩られた自分の指を、照明にかざすようにして見上げる。
 大した重さでもないはずなのに、指から全身にかかるようなこの重みはどういうことだろう。
 家族になろう。
 嬉しくてたまらないのに逃げ出したかった言葉は、この指輪でつなぎ留められてしまった。
 シャトンはもう逃げることはないだろう。
「へへ、すげぇ……綺麗な……」
 眩しすぎるとでもいうように目を細める顔は、笑い泣きのようだった。

 ふと気づくと、指輪越しに、辛抱強く待っている文太の顔があった。
 きっと今日この瞬間まで、ずっと待ってくれていたのだろう。
 シャトンが怯えないように傍にいて、もう大丈夫だと確信できる時まで。
「もー、最高。マジ惚れ直した!」
 シャトンは声とともに、身体をぶつけるようにして文太のほうへ飛び込んでいく。
「わっ!?」
「オレ、決めた。文太と家族になるって!」
 首に腕を回し、思いの強さを込めて抱きしめる。

 文太はシャトンを受け止め、細い体に腕を回した。
 辛いことも、嬉しいことも、今日までこの折れそうな体で受け止めてきたのだと思うと、愛しさが募る。
「シャトン、大好きやで」
 あふれ出す思いは言葉にするのが難しくて、結局それしか言えなかった。
 ふいにシャトンが腕を突っ張り、文太から身体を離す。
 金色の瞳がキラキラ輝き、そこに戸惑う文太の顔が映っていた。
 シャトンの泣き笑いの表情が、次第に穏やかになる。
 ようやく落ち着いたように、優しい微笑みを浮かべた。
「オレはその何倍も、ずーーっと惚れさせられてるよ」
 だから、失いたくないと怯えていた。
 返すものが何もないと震えていた。
 でも、それも今日で終わり。
 今日からはふたりで一緒に生きると決めたから。

 誓いの言葉の代わりに、唇を重ねる。
 そうすれば、言葉にならない思いが伝わるような気がした。

 もうすぐ春がやってくる。
 シャトンの生まれた季節を祝うように、今年も花が咲くだろう。
 一緒に花を見よう。薫る風の中を歩こう。
 来年も、その次も、これからはずっと、ふたりで春を重ねていこう。
 きっとその度に心は叫ぶ。
 ――やっぱり、一緒がいい。一緒にいよう。
 それこそが指輪にこめた約束。輝きを失わない宝石たちのように、互いの心も変わらずいよう、と――。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0124 / 冬樹 文太 / 男性 / 29歳 / 人間(リアルブルー)/ 猟撃士】
【ka3198 / シャトン / 女性 / 16歳 / 人間(リアルブルー)/ 霊闘士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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またのご依頼、誠にありがとうございました。
大事なエピソードに若干緊張しつつ、おめでとうの気持ちをこめて執筆いたしました。
おふたりが末永く幸せでありますように!
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2019年03月19日

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