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『氷の人形道』
セレシュ・ウィーラー8538


 人形とは、飾っておくためのものである。
 飾るとは、人目につく場所へ見栄え良く配置するという事だ。
 こんなふうに、地下の工房へ置きっぱなしにしておく事ではない。
「けどなあ……わかってや。うちも客商売やっててん」
 美少女の屍、のような人形に、セレシュ・ウィーラーは語りかけた。
「お客がドン引きするようなもの、目立つ所に置いとくワケいかんねん。その代わり、お仕事させたるわ」
 語りつつ、人形の綺麗な細首にチョーカーを巻き付ける。
「……動きたいんやろ、自分」
『……働きたい、と言った覚えはないわよ』
 人形が、機械の如く起動した。
『特に、貴女のために働くなんて』
「うちのためやない、世のため人のためや」
 セレシュは言った。
「人助けにも役立つ研究の、お手伝いをしなさい。また綺麗なお洋服、仕立てたるさかい。な?」


 前任の助手と比べて、力仕事が不得手であるのは仕方がない。
 だからセレシュは、ほぼ独力で雪像を作り上げた。実物大の、犬の雪像。
『……何を、しているの?』
「職人のお仕事や。見てみ、なかなかのモンやろ」
 吹きすさぶ寒風、見渡す限りの氷原と雪原。そんな世界に今セレシュはいる。人形を伴ってだ。
 出来上がったのは、雪の柴犬である。
「うちの知り合いに、雪とか氷のアートがめっちゃ得意な子がおってなあ。教わったんよ」
『いや、確かに悪くない出来だとは思うけど……この犬が、何だって言うのよ』
「虚無の境界きってのネクロマンサー、出番やで」
 セレシュは、人形の肩を叩いた。
「ここにな、わんこの霊を降ろして欲しいんよ。コックリさんとか必要なら、うちも手伝うから」
『そんな危険な事をしなくても喚べるわよ、動物霊なら』
 人形になる前は死霊術師であった少女が、前任の助手には出来なかった事をした。
 柴犬の雪像が、動物霊に憑依されて歩き出す。雪だらけの地面を、くんくんと嗅ぎ回りながら。
 そして、小さな前足で雪原をつつく。
「ここ掘れワンワンっちゅう事やな……ほら! あったでえ」
 セレシュは、その部分にスコップを突き刺して雪を掘り穿った。
 露わになった凍土に、薬草が生えていた。万年雪の下で命を保つ、奇跡の薬草。
「これがな、目的のブツその1や。ご苦労さん、おおきにな」
 セレシュは、雪の柴犬をそっと撫でた。
「生きとるわんこやったらなあ、ジャーキーとか御馳走するとこなんやけど」
『……お前もね。早く成仏しないと、こんな人外の輩にこき使われるだけよ?』
 死霊術師の少女が片手をかざすと、柴犬は雪の塊に戻り、崩れ落ちた。
『……それで? 目的その2以降は』
「その2はな、そこの湖の中や」
 まるでスケートリンクのように凍り付いた湖が、近くに広がっている。
「これから寒中水泳をせなあかん。着替えるでえ」
『隠れる必要ないんじゃないの。私以外、見ていないし。私だって別に見たくもなし』
「この歳でもな、恥じらいっちゅうモンがないわけやない」
 言いつつセレシュは、針葉樹の陰で毛皮のロングコートを脱ぎ、薄手のワンピースに着替え終えた。
 光の鍼を、自分の二の腕に突き刺しながらだ。
『それは……!』
「お人形化の魔法。ま、防寒対策やな」
 セレシュは、球体関節で繋がった細腕を素早く振るい、神聖なる古代文字を宙に書き綴った。
 白魔法の呪文。それが物理的破壊力となって、凍った湖面を直撃する。
 氷原そのものの湖の一部に、大穴が空いた。
「それとまあ、呼吸せんでもええようにな……じゃ、荷物番よろしゅう頼むで」
『待って、私も行くわ。こんな所に泥棒がいるとも思えないし』
 2体の人形が、湖に飛び込んだ。


 人形であるから、寒さは感じない。だが、冷気の影響を全く受けないわけではない。
「あああ凍る凍る。お洋服が凍ってまうわ」
『当たり前でしょ。だいたい何で、水着じゃなくてワンピースなのよ』
 湖底で採取した貝を保持しながら、死霊術師の少女が呆れている。
 セレシュの、人形化した身体に、濡れたワンピースがパリパリと凍結しながら貼りついてくる。
 歩きにくいのでセレシュは、ワンピースの裾を両手で掴んで捲り上げた。
『……恥じらいは?』
「1回お休みや。さ、早う帰るで」
 採った薬草や脱いだ衣服を、針葉樹の木陰にまとめ置いてある。
 そこへ到着したところで、しかし2人とも動けなくなってしまった。
 ワンピースが、捲れ上がったまま完全に凍り付いている。その裾から、両手が離れない。両脚も動かない。膝関節も股関節も、かっちりと固まっている。
 球体関節に溜まった水が、凍ったのだ。
「あ、あかんわ。動けへん……」
『しかも何だか、吹雪いてきているわねえ……あーあ』
 キラキラと粉雪を内包した風の中、2体の人形が氷像の如く佇んでいる。
 端整に人形化して生身の緩さを失った美貌。魅惑的な凹凸が、くっきりと硬く際立った肢体。滑らかな人形の肌にまとわりつきながら凍結した衣服は、どこか天女の羽衣を思わせなくもない。
 まるで、あの子が作った氷のアートだ、とセレシュは思った。
 吹雪は、いよいよ激しい。
 足元の地面は、湖面と見分けがつかぬほどに凍り付いている。まるで鏡だ。
「ちょっ……こ、これ丸見えなんとちゃう!?」
『別に、いいじゃないの。恥じらいは一生休みという事で』
 死霊術師の少女が、固い美貌で笑ったようだ。
『人形なんだもの。丸見えは、望むところではないの?』
「わかっとらんな自分。お人形っちゅうんはな、ただ見せるモンとちゃう。ばっちりオシャレして、綺麗なお洋服、ま和服でもええねんけど、とにかく着飾らなあかんのや! 一番キレイな姿を人様にお見せするのが人形の道や! ただの丸出しモロ見えなら生身の風俗嬢とかで充分間に合うとるがなあああああっ!」
『そう、その調子よセレシュ・ウィーラー。人形である自分を、受け入れてしまいなさいな』
「い、いや……うちは、お人形やけどお人形とちゃう、せやけどお人形で……」
 自分が何を言っているのか、セレシュは把握出来なくなり始めていた。
「……とにかく、ここにおるのはあかん。こないな所におってもな、誰にも見てもらえへんし」
『そう、それは大変ね。人形の道にもとるわ』
「いや、ちゃうって! そういう話とちゃうんやでええええ!」


 ウィーラー鍼灸院の、地下工房である。
 あの雪と氷の世界からは、転移魔法で脱出した。
 採取した薬草と貝は、作業台の上に放り出してある。人形と一緒にだ。
 魔法のチョーカーを剥ぎ取って、その人形を黙らせたところである。
「何度も何度も……お人形になったんが、あかんのかな……」
 セレシュは、息を切らせていた。
「人形化に……抵抗が、なくなりかけとるわ……」


 登場人物一覧
【8538/セレシュ・ウィーラー/女/外見年齢21歳/鍼灸マッサージ師】
東京怪談ノベル(シングル) この商品を注文する
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年03月20日

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