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『コンクリートと血の臭い 』
夜城 黒塚aa4625)&智貞 乾二aa4696

 過去の断片、あるいは曖昧模糊な夢、もしくは無意識の記憶の成れの果て。
 世間的に言う『汚れ仕事』、それが男達の辟易とせんばかりの日常だった。

 ――互いに顔も覚えていない――

 何気なく齧ったパンの種類など逐一覚えているだろうか?
 もっと言うと、覚える必要すらなかったのだ。

 渇いた空気――
 そこはいつだって、鉄臭い場所だった。

 豆腐を箸で割るように。
 封筒をペーパーナイフで開けるように。
 夜城 黒塚(aa4625)にとって、そして智貞 乾二(aa4696)にとって。
 大量殺人などアクビのようなものだった。
 有象無象だ。人の形をした肉袋。
 何の感慨もない。
 武器の一揮いで呆気なく黙る。
 だからそれは、殺人というよりも虐殺だ。
 世間的な法律でいうと、どれだけの罪になるだろうか?
 だが生憎、二人共、罪悪感などケほどもなかった。

 今夜もそうだ。

 チリのようなあれこれの掃除。
 弱肉強食の帰結、死屍累々の現実、屍山血河の惨状。
 理由も忘れたありふれた抗争。
 あれほど溢れ返っていた、悲鳴と怒号も既に途絶えた。
 唯一、立っているのは二人の男だ。
 男は最強だった。無双だった。目の前の一切合切をいともたやすく蹂躙した。
 男に敵はなかった。無敵だった。三秒以上、目の前に立ち塞がれた存在などいなかった。
 ゆえに矛盾している。
 ここに立っているのは一人でなければならないから。

 智貞乾二――ではなく、ある名無しは無感情不感症の精神に感心が灯っていることに気付いた。
 ナイフを得物にした“最強の殺し屋”は、今まで自らの太刀筋を必中と信じていた。
 心臓と首。臓器を破壊し血管を斬るその切っ先は、避けられた上に弾かれた。
 更に。名無しの前にいる人間はいつも怯えた顔を浮かべるのに、その男は笑っている。

 ――明滅する古いネオン。毒々しいピンク色が、返り血に濡れた凶嗤を照らす。

 もう一人の最強無双。嗤う男――黒塚は歯列をケダモノのように剥き出しただけで、それ以上の言葉はなく。
 言葉は不要だと理解していた。何の意味もない。挨拶も自己紹介も。
 倫理も道徳もどこかに落としてきてしまった“ひとでなし”だ。
 もう人間じゃない。人間の形をしたケダモノだ。
 だから人間的な動作など、もうなんにも要らないのだ。

 黒塚が踏み込んだのは予告もない刹那。

 当たれば頭蓋が砕ける必殺。護身用にしては倫理の抜けたトンファーの一撃が、名無しの頭を狙う。
 名無しは最低限の後退で、顔色一つ変えることなく回避してみせる。
 続く黒塚の連撃。一撃一撃に、必ず殺すという意志がある。
 名無しはやはり、機械めいた動体視力でそれらをことごとくかわしてみせた。
 そして、間隙に一突き。隙間風めいて、連撃を縫うように。
 切っ先は真っ直ぐに目を狙っていた。目玉を貫き、脳味噌を破壊せしめる致死の刃だ。

 ――当たらない。

 飛び退いた黒塚に傷はない。前髪が数本、掠ってはらりと落ちただけだ。
 誰かの血を吸い過ぎたコンクリート。
 足元の邪魔な肉袋を蹴り退け、名無しは間合いの開いた黒塚に首を傾げた。やはり表情はない。

 ここまで一切の言葉はなく。
 ただ、靴の音、凶器が風を裂く音と、遠巻きの街の喧噪だけ。

 沈黙と静寂。

 互いが互いの出方を窺っている。どちらかが動けば、また先程のようなことが起きるのだろう。
 銀と紅。
 遠くで電車が走っていく音が聞こえた。

「分かるぜェ……飽きるほど修羅場ァ潜ってきた奴の目だなァ……」

 黒塚の発したそれが、最初で最後の言葉だった。
 彼は血潮が燃え滾るほどの興奮を覚えていた。
 闘争心。生存本能。破壊欲求。
 こんな相手は初めてだった。
 だからこそ切実に心臓が戦慄く。
 コイツを殺さないといけない。
 コイツを殺してしまいたい。
 丁寧に、乱雑に、犯すように。
 義務感であり使命感だ。
 しなければならない。
 やらなければならない。

 さもなくば、やられるからだ。

「……」
 名無しはやはり、そしてどこまでも無言であり、無表情だった。
 そしてこの先、会話に応じることもないだろう。
 意味も。意義も。理由も。思想も。存在しないし、必要ない。
 だが……。
 奇妙なものだと、名無しは不慣れな思いを抱く。
 仕事中に感情を抱くことなどなかったのに。
 初めてだった。ああ、初めてだった。
 こんな相手は初めてだった。
 殺そうと思って殺せなかったことなんて。
 夜の光は曖昧で、顔も良く見えないけれど――そもそも名無しは、人間の顔を認識することがなかった。
 だが奇妙なことに、うつろな光の中、少しずつだが目の前の男の顔が見えてくるような気もする。
 名無しは少しだけ目を細めた。
 屍の臭いを察した蠅が、足元の骸の白い目玉に留まっていた。

 ――外套が翻る。

 互いの息遣いすら感じ取れる距離、言葉もなく、凶器は交差する。
 どちらの攻撃も届かない。実力は完全に拮抗していた。
 どちらかのほんのわずかな油断、あるいは不運で勝負が決まるのだろう。

 そんな命のやり取りの中で――
 お互いが、少しずつ、そして確実に理解し始めていた。

 好敵手。
 目の前の相手は、有象無象などではない、唯一なのだと。

「――……」

 名無しは黒塚を凝視する。
 朧な輪郭が、やっと個体としての認識を帯びてきたような気がした。

 ――その時だ。

 ぱん、と一発の銃声が響いた。
 乾いた音と共に、コンクリートに焼け焦げたような痕ができる。
 続いて聞こえたのは怒鳴り声と、騒がしい幾つもの足音。
 続々と現れたのは有象無象――名無し側の勢力の者共だ。
 立て続けに数発、銃声。拳銃の銃口は、いずれも黒塚へと向いていた。
 黒塚は横に飛び、あるいはトンファーで弾丸を弾き落し。

 ――別に、ここに居る全部を皆殺しにしたって構わなかった。

 だけど変に水を差されて興が削がれた、のもある。撤退することが本来の目的でもあった。
 黒塚は硝子のない窓から身を翻した。
 投身自殺――などではない。向かいのビルの非常階段に飛び移る。
 有象無象が追跡の弾丸を無意味に響かせるのを嘲笑うように、黒塚は夜の闇へと消えていく。

「……」

 名無しは立ち尽くしていた。
 周囲では有象無象が「追え!」「あっちに行ったぞ!」と騒がしい。

 ――別に、猟犬のようにしつこく地の果てまで追い尽くしてもよかった。

 だけど、そう思った頃にはもう遅かった。
 名無しは瞬きをひとつした。目が乾いていた。瞬きを忘れるほど集中していたのだと自覚する。

(……逃がしちゃった……)

 怒られるかな。
 まあいいか。
 仕事はまだ、残っている。
 今はそちらをこなさなければならなかった。







「――っ!」

 黒塚は飛び起きた。
 嫌に鮮烈で現実的な夢だった。
 鼻の奥に噎せるような血の臭いがこびりついているような気がする。
 そこまで思って、はて、どのような夢を見ていたのか。
 黒塚は見た夢の内容が綺麗に頭から抜け落ちてしまっていることに気付いた。
 そう思った頃には、鼻の奥の鉄臭さも嘘のように消えていく。
 だけど唯一、印象に残っているものがある。
 夜闇に眩い――銀色。
 眼差しか、切っ先か……。

(……、どこかで、……?)

 額を抑えて、溜息を吐いた。
 黒塚はなんとはなしに手元の携帯電話を見た。アラームの三分前だった。
 それを止めて――ほぼ同時に聞こえてきたのは、同居している英雄の騒がしい声。

「わかった、わかった、すぐ行く――」

 そう言ってベッドから身を起こして日常に向かう。
 そんな動作に、夢のことなど泡のように消えていった。







 名無し――乾二もまた、奇しくも同時刻にベッドから飛び起きていた。
 痛いほどに心臓が脈打っている。
 溺れたかのように息が弾んでいる。
 手がぬるぬるしているような錯覚がある。
 肺の奥まで鉄臭いような錯覚がある。
 白い眼玉に留まった蠅がこっちを見ていたのだ。
 吐き戻しそうになる。
 足の裏で感じた肉の重さ。
 断片的にしか思い出せないけれど、とてもとてもとてもとても嫌な夢だった。
 肌着が汗を吸って気持ち悪い。外気に触れて冷えていく。死体のように。

「……っ」

 頭がくらくらして、胃がキリキリして、乾二は唇を引き結ぶと、布団の中に潜り込んだ。
 ドクドクと心臓の氾濫に脳すら震える真只中、無理矢理に瞼を閉じる。
 眠ってしまおう。寝てしまえ。自己暗示を繰り返す。
 そうしたささやかな努力は結実して、乾二の意識に微睡みの波がやって来た。
 暗さに落ちていく意識――微かに脳裏に浮かんで消えたのは、赤い色をした、ひとつの人影……。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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夜城 黒塚(aa4625)/男/26歳/攻撃適性
智貞 乾二(aa4696)/男/29歳/回避適性
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2019年03月22日

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