▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『いつか閉じゆく箱庭の 』
水落 葵aa1538)&シルミルテaa0340hero001)&佐倉 樹aa0340


「樹ちゃん、その右目かっこいいなあ」
「ありがとう」
「うさっこ、飴玉いるか?」
『アりがトウ!』
 声をかけてきたお客に対し、佐倉 樹(aa0340)とシルミルテ(aa0340hero001)はそれぞれの「ありがとう」を述べ、水落 葵(aa1538)はそれを聞くともなしに聞きながら自分の仕事をこなしていた。ここは玩具店「エイヴィコール」。葵はその店長であり、その合間にH.O.P.E.のエージェントをやっている。……一応エージェントが合間であり、玩具店「エイヴィコール」の店長が本命の生活……のはずである。
「(いや、一応も何も本来こちらが本命のハズ はず うん)」
 と葵が心中でひとり問答していると、「店長、何一人で頷いてるの?」と樹のツッコミが飛んできた。樹は葵の従妹に当たり、高校の時からエイヴィコールでちまちまバイトしていたのだが、この度大学卒業を機に就職することになったのだ。とは言え「一応」であって、将来的にはほにゃららな可能性が極めて高いが……とりあえず入り浸りでも気晴らしでも冷やかしでも通りすがりでもなく、一応「就職」した、ということだけは確かである。
「店長、お客さんがこういう色の塗料が欲しいって」
「ああそれならここを右に行って……俺が変わろうか?」
「ううん、いい。場所ぐらい覚えておかないとこの先困るのこっちだし」
 それならば、と葵は樹に塗料の場所を教えるに留めた。樹に尋ねたのが常連客で、塗料の場所ぐらい知っているはずだというのには気付いたが、多分仕事を覚えさせるためにわざと樹に聞いたのだろう。樹は高校の時からちまちまバイトしていたし、高校受験勉強の時にはわりと入り浸っていた。樹とも顔馴染みという者も既に多くいる。それぐらいのことを企んでもなんら不思議なことはない。
 葵は仕事を再開しようと机に意識を戻しかけたが、ふと視線を感じたので、そちらの方に顔を向けた。見るとシルミルテが頭上のうさ耳を無駄にふよふよさせながら、何気ない様子で桃色の瞳を葵の方に向けている。
 何気ない。それは本当に何気なく、たまたまこちらを見ただけ、というような印象だった。例えるなら車が信号で止まった時、たまたま外にあった景色をぼんやりと眺めているような。
「うさっこ、煎餅もあるぞ」
『アリがタくチョウダいイタしまス』
 お客からのお煎餅に、シルミルテの桃色の瞳はあっさりそちらに向けられた。やはり特に葵に用事があるわけではないらしい。葵としてもシルミルテに特に用事などはない。
 ただ、はじめてシルミルテに遭った時の記憶が、ふと脳裏をよぎっただけで。


 葵には反省事項が二つある。反省であって後悔ではなく、「自分の行動がふさわしかったか振り返っている」であって、「ああすればよかった、こうしなければよかったと悔いている」ではないのだが、とりあえず樹に関して反省していることが二つある。
 一つは「一回間違えた」……樹を「褒め」なかったこと。
 「評価」はした。価値を認めた。けれどそれだけだった。
 「褒める」という行為が頭からすっぽ抜けていたわけではない。ただ、樹の「姉」が、直接言いはしないものの褒められたがりの性質で。
 その「姉」と樹は違う存在だという考えに重きを置きすぎてしまった結果、樹を「褒める」必要はないと勝手に結論付けてしまった。
 両親が同じなんだしちったぁ褒めてやりゃよかったか。今となっては今更すぎる「反省」であるけれど。

 一つは樹を引き取らなかったこと。
 現在付き合いがある人達は理解があるのかそこまでキニシナイのか知らないが……当時九歳だった樹とうさ耳幼女の異世界人(人?)をふたりきりにしていたのはワケがある。
 樹をどちらが引き取るのか、父親と大叔母が話していたことがあったのだが、それを当時は言葉を話さなかったシルミルテがただただジッと見ていた。
 ただソレだけ。
 もちろんその後放りっぱなしにしたわけでもないし、ちょくちょく様子を見に行ってはいたけれど。
 だが引き取らなかった。今の自分があの場に加わってもおそらく引き取らないと判断しただろう。
 あの視線にはそんな「力」があった 気がする。
 ただ、引き取ってたら何か違ったかな とも思う。


「店長、なにか仕事ない?」
「いや、特にない。店のモノ壊す以外なら好きなコトしていていいぞ」
 樹からの問いかけに手をひらひらさせてそう返し、葵は再び自分の仕事に没頭することにした。商売としてそれでいいのかと思われるかもしれないが、基本的に葵がのんべんだらりと店長している個人経営の玩具店で、葵にしたってエージェント業の合間にしている雇われ店長。お客も常連ばかりだし、新規開拓する気もないので、「暇なら好きなコトしていていい」で方針としては問題ない。
「(いや店長は合間じゃないぞ。こっちが本命。エージェントが合間。本来はそう の ハズ うん)」
 それに葵の方はいたって真面目に仕事をしている。「エイヴィコール」は海外……特に米国産の輸入玩具を中心に扱っている玩具店だが、実際の売上は葵がデザインしたオリジナル塩ビフィギュアが大半。そして葵が今しているのは新作の塩ビフィギュアの作成。つまり葵はしっかり店のために仕事をしている。
「(部下は適宜休ませて、自分はその間も無理のない範囲でしっかり働く。理想的な上司だと俺は思うんだけどなあ〜)」
 と、誰も褒めてくれないので自分で自分を褒めていると、ふと視線を感じたので、そちらの方に顔を向けた。見るとシルミルテが頭上のうさ耳を無駄にふよふよさせながら、今度はしっかりと意志をもって葵のことを見つめている。
「……なんだ?」
『ンー』
 シルミルテはこちらの方にてこてことやってくると、『アりがトウごザいまシタ』と丁寧に頭を下げた。意図がわからず葵が眉をしかめると、シルミルテは顔を上げ余裕のある笑みを浮かべる。
『「色々」オ世話にナッタのデ、チャんトお礼を言ッテおかナいトト思いマしテ』
 言葉遣いは丁寧だが、合成音声であることを差し引いても、とてもお礼を言っているような雰囲気には受け取れなかった。だが一応「お礼」ではあるのだろうと思ったし、怒るほどのことではない。事を構えるつもりもない。
「まあ一応、どういたしまして?」
 そう返すとシルミルテは、今度はにぱっと陽気な笑みを見せ、葵からさっさと離れて自分の定位置に腰を下ろした。それ以上追及するつもりもなく、葵も自分の仕事に戻る。
「(反省はある。けれど後悔じゃない。ああしてりゃあよかったか、何か違ったかな とは思っても)」
 玩具店の常連は全員、シルミルテを「うさっこ」「うさちゃん」「うさ耳さん」などと呼ぶ。『シルミルテ』と名前で呼ぶ者はひとりもいない。思い返せば葵の、そして樹の親類にも、『シルミルテ』と名前で呼ぶ者はいない、ような気がする。
 ただまあ考えても仕方がないので、葵は今度こそ本当に仕事に没頭することにした。何よりシルミルテの問題は、樹とシルミルテの問題でもある。樹がそれを望んでいるなら、他人が口を出すことではない。
「(そういうのが凪いでいるって思われるのかもしれないけど、『意志を尊重する』ってのも大事なことだと思うしなあ)」


「香港に住むの? それじゃあここの商店街に行くといいよ。ちょおっとアレな人もいるけど、安いし、物はいいし、樹ちゃんとうさちゃんなら問題ないと思うしさあ」
 常連さんからの情報を、樹は地図のスクショと共にスマホのメモに記載した。紙のメモももちろんいいが、すぐ検索できたりスクショできたりスマホにはスマホの良さがある。
 樹は一応ここ、「エイヴィコール」に就職したが、お金が貯まり準備ができたら香港に渡るつもりでいる。だから「一応」がついているのだ。もちろん店長であり従兄である葵には伝え済みである。
 今まではエージェント活動に重きを置いていたけれど、今後はそちらの比重は少なくする予定でもある。なんせ香港に渡る準備をしていくことを重視すると決めたので。
 とは言え急ぐつもりはなく、のんびりと、けれど確実にやっていくつもりだ。お金は頑張ればすぐに貯められるかもしれないが、言葉の勉強はそうもいかない。リンカーは全く意識せずに他言語との「会話」が可能だが、それは「会話」以外のことまではカバーできないということだ。旅行程度ならともかく、向こうで生活するつもりでいるのだから、不自由ない程度には言語をマスターしておきたい。
 常連さんに香港事情を聞いているのも向こうでの生活のためである。
「葵兄に何言ったの?」
 シルミルテが葵のもとに向かったのを発見し、定位置に戻ってきたところで樹はこっそり尋ねてみた。シルミルテが葵と会話することに問題があるわけではない。ただ単に「珍しい」と、そう思ったゆえの質問だった。
『今まデノお礼をデすネ、言えル時に言ッテおいタ方がイイかナト思いまシテ』
 シルミルテの返事に対する樹の反応は「ふうん」だった。聞いておいてあんまりだが、樹からしてみれば妥当すぎる反応だった。一番のほほんとしているようだが、物心付く前に亡くなった姉のこと以外はちゃんとみんな「全部」知っているので。
「まあ確かに。言える時に言っておけるなら断然言った方がいいよね」
「あー!!!」
 ガッシャーンという音がして、直後葵の悲鳴が聞こえた。何事かと振り向けば、どうやらフィギュア作りの材料をひっくり返したようである。
「さっき自分で『店のモノは壊すな』的なことを言ってたよね、おじさん」
「壊してないもん! ちょっとひっくり返しただけだもん!」
「これっぽっちも可愛くないよ。片付け手伝うから掃除用具持ってきて、葵兄」
 葵はこれみよがしにしょんぼりしつつ掃除用具を取りに行った。「店長」呼びではなくなっているが、長い常連さんは気を抜くと「葵兄(あおいにぃ)」になるのを知っているし、葵がなにかやらかせば「おじさん」になるのも知っている。つまりただの日常茶飯事。葵にしたってしょんぼりを装っているだけで、掃除が終わればいつも通りにすっかり戻っているだろう。
 シルミルテはその様子をなんとはなしに眺めていた。シルミルテにとってここは「半身」の親族の店であり、シルミルテと縁ある者の相棒の店でもある。あとはこの店の名前が、シルミルテと縁ある者のファミリーネームというのもあるか。
 とは言えそれ以上でも以下でもなく、つまりは袖振り合うも他生の縁、かつ多少の縁程度の関係。ただ色々な意味で「助かった」、というのだけはホントウである。
 勘が良い人達で助かった。
 「手間が省けて」助かった。
 ついでにちょいちょい生活の手助けをしてくれたのも助かった。
 その思考は絵本に出てくる悪い魔女のようだったが、しかし「助かった」のはホントウだし、それだけ「助かった」のに礼も言わないのはなんなので、一応言っておくことにしたのだ。
 もっとも、礼を述べたとしてもそれはあくまで儀礼であって、樹との「約束」を反古にするつもりはさらさらないが。
「今日はフィギュア作りはやめたら? 来週メーカートイとオリジナルトイ、両方新作出すんでしょ、『店長』」
「う……んんん、そうだな……今日は調子が出ないってことで」
 樹がことさら強調して「店長(勤務中限定)」を言い、葵は紹介・宣伝の方に仕事をシフトすることにした。シルミルテはその様子をなんとはなしに眺め続ける。
 樹が死んだらシルミルテは樹を「森」へ連れて行く。だから現在はイマでありながら、既に古びたカコとなることが確定しているトキである。
「聞いたぜ樹ちゃん。その右目のこと。やるじゃん」
「ありがとう」
 とは言え。シルミルテは樹から現在を取り上げるつもりはない。樹を「魔女」に仕上げたかったので狙っていたのは確かだし、「森」へ行った後のあれそれも既に決定しているが。
 しかし。いつか古びたカコになろうと、この世界を永遠に後にする日が訪れようと、ここにあるのは慈しむべき、愛すべきイマである。それにシルミルテは「魔女の子」ではあるが、右目のことを「かっこいい」とか「やるじゃん」と言ってもらえて、少しうれしがっている「半身」を見て何も思わぬような鬼ではない。
『(ワタシもワタシなりに、今この時ヲ楽しんデおりマすシ)』
 葵は数々の反省をちょっぴり思い出しつつ。
 シルミルテは「コチラ」の世界に来てからのあれやこれやをふりかえりつつ。
 樹はこれからの日々に向けて着々と準備を重ねつつ。

 今日も彼らは生活し、今日も今日とて「日常」を生きていく。

 いつかこの箱庭の蓋が完全に閉じるその日まで。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 
 こんにちは、雪虫です。
 諸々の設定についてですが、これは記載しないとあれそれがわからないな、と思ったものは詳しく記載し、逆にぼかした方がいいなと思ったものはぼかさせていただきました。イメージや設定など齟齬がありました場合は、お手数ですがリテイクのご連絡お願いいたします。
 この度はご注文くださり誠にありがとうございました。
パーティノベル この商品を注文する
雪虫 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年03月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.