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『冬は枝ばかりであれど 』
水落 葵aa1538


「今年は開花が早いそうだぜ」
 水落 葵(aa1538)は傍らにある桜に語りかけていた。桜。八重紅枝垂桜。春であれば濃い紅色をつけ、秋は生い茂らせた葉を赤や黄金に染め上げる。しかし、今は冬。この枝垂桜も例に漏れず、他の桜と同じように今は焦げ茶の枝ばかりを見せている。
 葵は不動産業を営んでいる親の持ちビルをひとつ任され、そのビル一階の玩具店の雇われ店長もやっている。あと合間にエージェントもやっている。合間の方がかなり長い気がするが、一応エージェントが合間でこっちが本命 のはず である。
 今葵が話しかけている桜は、所有物兼職場であるビルの駐車場に植わっている。駐車場の片隅、ではなく片側を陣取っている桜は、春にはそれは見事な紅色を身にまとう。
 しかし先にも述べたように今は焦げ茶の枝ばかり。もっとも飾るものがなかろうが、葵の目に映る「桜」の美しさ、そして愛おしさが変わることはないのだが。


 葵にとって「桜」は恋人だ。世の全ての桜を「恋人」と称する人種はそれなりに存在するが、葵はそのような輩とは違う。葵にとっての「恋人」はこの世に三本だけである。
 ひとつは駐車場に植わっている。あとのふたつは葵の実家に植わっている。「少なくとも」「今のところは」この三本が葵の恋人で、そして葵のすぐ近くにあるのは、今話しかけている八重紅枝垂桜のみということになる。
「やっぱ『あいつら』もこっちに連れて来ようかなあ」
 葵にとっては、三本とも愛しい愛しい恋人で、区別も差別もつけようのない存在だ。だがやはり居場所が違うという別はある。逢う回数は八重紅枝垂桜が格段で、他の二本には実家に戻った時以外に逢うことはない。もちろん逢えない時を繕うように、他の二本には空いた時間分の愛情を注いでいるけれど……三本ともここに来れば悩みは即座に解決する。
「お前はどう思う」
 桜が答えるわけがない。しかし葵は破顔した。花も葉もない寒々しい枝を手に取って、自分の頬に擦り付ける。
「そうかそうか、俺を独り占めできなくなるから嫌か」
 まだ咲いてもいない桜に話しかけているなんて、通行人が見れば奇異の目を向けてくるに違いないが……いや花が咲いていても奇異の目を向けるに違いないが、葵は気にしない。それはちょうど恋人同士が周りの視線を気にしないのと同じこと。それとまったく同じこと。
「そうだ、今年はお前の姿を絵に描いてやろうか」
 葵は玩具店の関係で……というよりは半ば趣味で、オリジナルの塩ビフィギュアを作成しているのだが、そのアイディア発想用に植物園でスケッチすることがある。上手く描けたら……いや上手く描けなくても、たまにはポストカードに描いて知人友人に送るというのもいいかもしれない。送り先としてギアナ支部の衛生兵の顔が頭に浮かぶ。あいつらにも……元GLAIVEの兵達にも渡してやってくれ的なメッセージを添えて、やや量を多めにして送り付けることにしよう。特にあの「金の亡者」にはくれぐれもと。
 そうと決まれば紙と色鉛筆を調達してこなければ。ないわけではないし、八重紅枝垂桜の開花はまだ先であるが、「恋人」の美しさを記すためにいい道具は必須である。思い立ったが吉日という言葉もある。ゆえにさっそく買い物に行こう……と葵は足を踏み出しかけたが、ふと止まった。そして花の咲いていない桜の木を振り返る。

「俺が行ったら寂しいか?」

「ちょっと買い物行くだけだよ」

「そうか。確かにな。じゃあ今日はずっと一緒にいるか」

 と独りで結論付けて、葵は桜の幹に寄りかかった。そして言葉通り、葵はそのままずっと桜のもとにいた。今日は休みではないが、玩具店の客は常連がほとんどだ。店に入ろうとすれば駐車場は目に入るので、みんな察して今日は休みと判断してくれるだろう。
 ここに三本ともが植わった光景を思い描く。既に成長した桜を掘り起こすのは気が引けるが、“馴染み”の親戚の業者に頼めばなんとかしてくれそうな気もする。場所もある。駐車場片側で足りないのなら、残りの半分を桜達のために潰したって構わない。
 実家に植わっているのは山桜と染井吉野。開花時期が違うため、連れてきても三本が一斉に咲くことはないが、どれも立派な桜である。三本並んでいる様はそれだけで美しいだろう。
 やっぱり連れてこようかな。無理矢理連れてきたら可哀想かな。でもみんなが揃ったらきっと美しいだろう。みんながもっと大きくなったら、ここに連れてくるのはきっと永久に不可能になる。
 そうなる前に、可能なうちに、
「いて」
 山桜と染井吉野、そして八重紅枝垂桜が並ぶ様は、しかし葵の左頬に走った痛みで消え失せた。桜の枝が、葵の頬に引っかかったのだ。私以外を想うなんて許さないと言わんばかりに。
 一緒にいるのは私なのに。
「……ごめんごめん。よそ見はしない。今日はお前だけを見ているよ」
 
 今は冬。雪はないが気温は低い。葵の肌は青白く、まるで死人が桜の枝に囚われているようだった。葵は微笑んでいる。微笑んで桜に寄り添っている。


 別に寒くはない。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 こんにちは、雪虫です。
 今まで春、秋の八重紅枝垂桜さんを書かせていただいたので、今回は冬にしてみました。雪虫の所ではまだ雪が降っているというのもあります。
 イメージや設定など齟齬がありました場合は、お手数ですがリテイクのご連絡お願いいたします。
 この度はご注文くださり誠にありがとうございました。
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2019年03月26日

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