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『ステージとステージの狭間で』
三代 梓la2064

●沈思
 漆黒の鎧に身を包んだ騎士、ゲームでも現実でも好き放題に暴れ回っていたナイトメアは遂に沈んだ。初めての出現から騎士と因縁を結んできた小隊『エルロード』の三人は、騎士の撃破に揃って安堵の溜め息を洩らした。“その後の出来事”は、再び彼らを悩ませる事になったのであるが。
 しかし、気を揉み続けてばかりでも仕方がない。強敵を討てたのもまた事実なのだ。今はその勝利を喜び、祝杯を挙げよう。深刻な顔をしている仲間達を改めてそう励まし、三代 梓(la2064)は通い慣れたアーケードへと向かうのだった。

 庶民の味方、スーパーマーケット。梓は買い物かごを手に提げて、陳列棚に並ぶたくさんの食材を眺めていた。
(お酒は店にあるものでいいとして……軽食はどんなものを作ればいいのかしらね)
 何だかんだで馴れ馴れしくしている『エルロード』の友人達であるが、改めて考えてみると、その長はどこかの世界から流れてきた本物の貴族。彼をメイドとして、一人の女性として支えている友人も、僅かに聞いた話によれば、どこかの世界で巫女をしていたのだという。揃いも揃って、中々にやんごとない身分なのだ。
(チーズを切っただけ……じゃあマズいわよね)
 カマンベールチーズを手に取り、梓は悩ましげに眉を寄せる。鷹揚な彼らであればどんなもてなしであろうと喜ぶだろうが、適当なもてなしは彼女自身が許せなかった。
(親友の器量に甘えるなんていけないわよ、三代梓。……でも、あの人達の好きな物って何なのかしら)
 彼女も昔は、一等の舞台女優として名を馳せたものだ。とはいえ、所詮は庶民に過ぎず。高貴な者達の舌がどんな作りかはよく分からない。そもそもスーパーマーケットにいる事が間違いではないか。頭の中がぐるぐるする。
(……迷ってても仕方ないわね。やるだけの事はやりましょうか)
 思考を一巡りさせた梓は精肉コーナーへと向かい、生ハムを見繕い始めた。

 30分後。梓は買い物袋を提げてスーパーから出てきた。空を見れば、すっかり陽が傾いている。寒さは緩み始めたが、まだまだ春には遠いらしい。二車線道路の彼方に沈んでいく太陽を眺めて、梓はふと頬を緩める。
 制服を着た少年達が側を擦れ違っていく。彼らを目で追いかけると、ちょうどゲームセンターの入り口をくぐるところだった。窓には『ナイトメア撃破記念サービス!』なんて書かれた張り紙が。一連の事件で相当冷や飯を食わされたはずだが、その商魂は逞しいようだ。
(平穏無事、ね)
 現場ではすっかり水を差されてしまったが、梓の中にもようやく一体の強敵を討ち破った実感が湧いてきた。大手を振って街を行き交う人々の姿を見渡しながら、彼女も自らの営む酒場を目指して歩き出す。
 あの日からすっかり変わってしまったとばかり思っていたが、平和を歓びのうちに噛みしめられる心はまだ残っているらしい。
(あの人のお陰かしら、ね)
 恋人の笑顔をちらと思い浮かべ、梓はほんの僅かに胸を弾ませた。

●黙考
 BAR『MISHIRO』。買い物袋から食材を取り出してキッチンに並べ、それから照明の調整を始める。暖色系の間接照明で、店全体をぼんやりと照らす。夜の穏やかな雰囲気を、そのまま切り出してきたかのような空間。しんとした静寂が、耳元にまとわりつく。
 梓はバーテンダーのユニフォームを着込み、髪の毛をヘアゴムでまとめ直す。
(さて、みんなが来る前に準備しちゃいましょうか)
 ペティナイフを手に取ると、彼女は鮮やかに色づいた果物の皮を剥き始めた。しゃりしゃりと、部屋を満たす沈黙が揺れる。

――やあ、こんにちは――

 ふと、青年の空声が梓の耳に響いた。梓は咄嗟にナイフを逆手に持ち替え、その身を翻す。碧い髪の光沢が滑り、その髪先は腰まで伸びた。
『何奴!』
 部屋の中に凛とした叫びが響き渡る。しかし、店には誰もいなかった。
「……良くないわね。人のこと言えたもんじゃないわ」
 梓は肩を落とすと、ナイフを再び持ち替える。髪の長さも元に戻っていた。
 彼女は小さく唸りながら、ナイフの柄で軽く額を小突いた。意識の中に根をはる不快なイメージを、どうにか引っ剥がそうとする。
「最高の美食……」
 梓はぽつりと呟いた。ドイツ語で(何故ドイツ語かは知れないが)『文化』を名乗るナイトメア。彼のたった一言で人々が硬直し、水を打ったように静まり返った瞬間は、今もその目に焼き付いていた。
(エルゴマンサーが無茶苦茶なのは知ってたけど、あれはまた、別の類ね)
 そのエルゴマンサーは、余りにも隙だらけだった。隙を隠す必要すらない、そんな余裕に溢れていた。そして事実、梓達は目の前の敵へと一歩さえ踏み込まなかったのである。
 梓は敵の顔を真っ向から見ていた。その均整の取れた、女とも見紛う顔立ちに、まるで虫を踏みつぶして喜ぶような、余りに無邪気な笑みを浮かべていた。その正体から『虫』とも揶揄されるナイトメアだが、アレにとっては人類こそが虫けらのような存在なのだ。
(気に入らないわね。……気に入らないけど)
 アレが本を開いた時、うすら寒い心地がした。腹の奥をまさぐられたような感覚だ。ペティナイフをまな板に置き、梓は棚にもたれて目を閉じる。
 恋人の顔が脳裏に浮かんだ。今日は朝から部屋で留守番している。今もこうして祝宴の準備をしているわけで、そのまま彼は夜更けまで梓の帰りを待ち続けるのだろう。
(今日は何事もなく帰れるけれど……)
 次はどうなる事だろう。あのエルゴマンサーは荒事を好かないと嘯いていたが、どこまで本心なのかは分かったものではない。下手を打って、永遠に留守番をさせてしまう事になるかもしれない。逆に、自分が一生彼の帰りを待ち続ける事になってしまうのかもしれない。梓は無意識の内に、指輪を撫で続けていた。

 その時、入り口の鈴がからからと鳴り響いた。待ち合わせていた主従二人組がその姿を覗かせる。梓は慌ててナイフを取り直した。
「あ、ごめんなさい。まだ準備が終わっていなくて……」
 急いでナイフを動かし、果物を一口サイズに切り分けていく。二人は微笑み、そんな梓の姿をカウンターから見守っていた。
(……迷っている場合じゃないわね)
 今から悩んでいても、気が滅入るだけだ。彼に見初められたあの日から、過去ではなく、今を生きる事に決めたのだ。それなのに未来に縛られていては意味がない。
 梓は口端に笑みを浮かべた。今はバーテンダーとして、大切な仲間をもてなすだけ。帰ったら、恋人とのささやかな時間を過ごす。任務になれば、状況へ全力で向き合う。今はそれで十分だ。

「ご注文は? おまかせなら、二人にお似合いの物をサービスするわよ?」



 END




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 三代 梓(la2064)


●ライター通信
こちらではお初にお目にかかります。影絵 企我です。

幕間劇という事で、ある程度アドリブも加えつつ、全力で書かせていただきました。
お気に召すものになっているでしょうか……
ちなみに、影絵はほぼ下戸なのです。色々間違った感じの描写が有ったらすみません。リテイクをお願いします。

ではまた、御縁がありましたら……
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グロリアスドライヴ
2019年03月26日

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