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『バレンタインの戦い 』
伊邪那美aa0127hero001)&不破 雫aa0127hero002)&御神 恭也aa0127



 御神 恭也の自宅で、不破 雫が掃除機をかけていた。

 恭也は大学に行っていて不在。いつの間にか、御神家の家事全般は彼女が中心となりこなしていた。

(まあ、そのことは別に構わないのですが……)

 それよりも気がかりなことは別にある。

 掃除機を持ってリビングに入ると、もう一人の同居人、伊邪那美がソファにうつ伏せに寝転がって読書中だった。

 すぐそばのテーブルの上には、食べ終わったお菓子の袋がそのまま転がっている。

「那美、食べ終わったものは片付けてください」

「後でね〜」

 声をかけても気のない返事。

「はぁ……余りうるさくは言いたくはありませんが、少しは身の回りを綺麗にしましょうね」

 言ったそばから、脱ぎっぱなしの靴下が転がっているのを見つけた。もちろん伊邪那美のものである。

「家族同然とは言え、恭也も一緒に住んでいるんですから着た物は脱衣籠に入れて置きましょう」

 ときには下着が転がっていることもあるのだ。



 雫にとって目下の悩みがこれである。



 恭也も几帳面な性格だが、やはり男性だからか、伊邪那美の行状にそこまで口出しはしていなかったようだ。

(でも今は、私がいるわけですから)

 雫にとって、伊邪那美は妹のようなもの。最低限の女性らしさは身につけてほしいと願っているのだが……。



 一方、伊邪那美は伊邪那美で思うところがあった。

(最近、雫のお小言が増えてきてるような……)

 確かに雫が来てからというもの、ご飯は作ってくれるし、片付けはしてくれるしでたいへん助かってはいるのだが。

「でも、ボクのほうが英雄としては先輩なのに」

 雫はすっかりお姉ちゃん風を吹かせているが、こちらは本来、神世七代の一柱(を、自認している)。かしずけ敬えなどとは言わないまでも、先輩に対する礼儀というものは最低限示してもらうべきではなかろうか?

 読みかけの本を脇に置き、飛び上がるようにして立ち上がり。

「雫!」

 掃除機をかけ終えて部屋を出ようとする背中を呼び止めた。

「……ソファの上に立つのはお行儀が悪いですよ。あと本はちゃんともとの場所に――」

「そういうの今いいから! 雫、ボクと勝負だ!」



   *



 恭也が大学から帰ってくると、真っ先に伊邪那美が「これから勝負だから!」「先輩としての力を見せつけてあげるよ〜」などと言ってきたのだが、それだけではなんのことやらさっぱり要領を得ない。

 仕方なく雫に話を聞き直して事情を把握した。


「まあ……私も正直なところ、何のために勝負をするのかよくわからないところもあるのですが……」

 雫もちょっと困惑気味なのだが。

「それで、勝負の内容は?」

「お菓子作り……です」

「ちょうどバレンタインの季節だもんね」

 雫は視線を落とし、伊邪那美は胸を張る。

「普通の料理なら負けるかも知れないけど、お菓子作りならボクに分があるからね〜」



 家事の類なら料理も含め卒なくこなす雫だが、お菓子作りだけは鬼門であった。失敗するだけならまだしも、謎のクリーチャーが生成されてしまうことすらあったという――もっとも本人談なので真偽は不明。


 一方伊邪那美はチョコレートなら去年も友人たちと作ったし、依頼でお菓子作りの経験もある。


「やったね、恭也。今年は可愛い子から二つもチョコレートが貰えるよ」

 と言ってウインクしてみせるのだった。







 その日はすでに遅かったので、数日後。恭也の大学が休みの日に、勝負は決行されることとなった。


 『公平を期すために』という理由で、完成まで恭也は自室待機である。



「どう考えても、伊邪那美が生活態度を改めればいい気がするんだが……」

 勝負を了承している時点で、だいぶ雫側が譲歩しているように感じる。

「雫は何だかんだ言っても、伊邪那美に甘い気がするな」

 そう独りごちる。とはいえ、恭也も止めなかったし、勝負にあたって材料の買い出しに協力したりもしたのだが。

「俺も、大差ないかな」



   *



「……さて、やりますか」

 袖をたくし上げ、雫は気合を入れた。

(此方に来てからは、挑戦しても不味いものが出来るだけで、コズミックホラー的なものは産まれていませんし……)

 周りが聞いても理解できないであろう不安要素を押し殺す雫。

「〜♪」

 伊邪那美の方はすでにまな板の上で鼻歌混じりにチョコレートを刻んでいた。

 必要分のチョコを削り終えたら、大きく二つに分ける。

「えっと、こっちが生クリームで……」

 手順を思い返しながら、それぞれ別の方法でチョコを溶かす。今日はブラウニーとトリュフ、二種類のチョコ菓子を作るつもりでいた。

 ちらりと隣を見れば、やはり普段料理をしているときとは違い、雫は手付きがおぼついていない。

(そこへボクがどっちのチョコも完璧に作れば、勝利は確実ってね〜)

「ここで隠し味……っと」

 柑橘系の香りをアクセントに。用意してもらったオレンジリキュールの栓を開けると、ブラウニーの生地に混ぜ込んでいった。







「暇だな……」

 こちらは待機中の恭也。

 今のところ、台所の方は静かな様子である。直接見に行けないので、具体的な状況はわからない。



   *



「ふう、こんな感じかな」

 まだまだ順調な伊邪那美は、ガナッシュをスプーンで掬って一つ一つ並べていく。これを冷やしてから形を整え、さらにチョコレートでコーティングすればトリュフチョコの出来上がりとなる。

「ちょっと形がいびつな方が手作りっぽいかな? なんちゃって」

 軽口もでる余裕ぶり。

 さて後輩英雄の方はどんな具合だろう、と視線をちょっと横にずらすと――。



「――うわっ!?」



 伊邪那美は思わず声を上げた。その拍子にスプーンを取り落とし、トリュフ一つ分のチョコをダメにしてしまった。

「那美、大丈夫ですか?」

「う、うん。大丈夫……だけど」

 雫はかなり慎重に作業を進めているらしく、まだボウルの中で生地を混ぜている段階だった。


 それはいいのだが。


「雫……は、何を作ってるの?」

「私ですか? クッキーですが」

 恐る恐る尋ねた伊邪那美に、わけもなく答える雫。彼女が作ろうとしているのは、チョコチップをたっぷり混ぜ込んだクッキーだった。



「なんか、青くない? あと、ところどころ緑じゃない?」



 ボウルの中の生地は、あまり食べ物らしくないサイケデリックな色合いを孕みつつあった。

「そう……ですか? 色合いを変えるようなものは入れてないのですが」

 雫は小首を傾げる。

「レシピ通りに作っていますし、焼けば普通の色になるのでは。多分ですが」

「ふ、ふ〜ん……」

(恭也、後でお腹壊さないかな)と心配になる伊邪那美であった。



(やっぱり、この色はちょっと変なのでしょうか……)

 雫も内心は不安である。

 参照しているレシピは全くオーソドックスなもので、彼女は材料も分量もそのとおりに作っている――はずであった。


(いえ、大丈夫です。この世界ではあんな惨事は、もう――)


 此処はマフィンを作って怪物が産まれたり、チョコレートが走り出したりする世界線ではない。断じてない。

 精々が失敗作を作って笑われる程度のこと、と自分に言い聞かせた。



 この世界ではきっと起こらない。



 ここがコメディー時空でもない限りは――。



   *



「あれは、伊邪那美の悲鳴か……指を切ったか火傷でもしたのか?」

 恭也は、台所から漏れ聞こえる音で状況を推測する他なかった。

「救急箱の用意でもしておくか……」







 伊邪那美がオーブンを開けると、チョコレートの焼けた匂いが台所いっぱいに広がった。隠し味で入れたオレンジリキュールの香りもしっかり感じられる。

「ん〜、いい感じ!」

 浮き浮きとした気持ちで焼き上がったブラウニーを取り出す。

「オーブンが空いたようですね。では、次は私の番です」

 雫が手にしている天板には、すでに整形されたクッキー生地が並べられている。


 のだが――。



「それ、本当に焼くの?」

「もちろん焼き……ますよ」

 天板に載っているクッキー生地は、もはや青赤緑?色の原色マーブル模様となっていた。あと、クッキー生地にしては妙に膨らんでいる。今も発酵しているかのように、淵のあたりがプツプツ言っていた。

「焼かないと食べられないですから」

 焼いても食べられないんじゃないかな……という言葉を伊邪那美は飲み込んだ。



 雫自身も、正直なところなんとなく、これは九割方失敗なのでは、という気はしていた。だってレシピに載っていた写真とは全然違うし。

 繰り返すが、彼女は特に奇をてらったりしていない。フツーなチョコクッキーを、レシピ通りに作っただけなのだ。

 だから九割失敗と思う一方で、残りの一割に望みを賭ける気持ちも捨てきれなかった。だってまだ火を通してないのだから。火を通してないのだから!



 雫は予熱し直したオーブンの扉を開く。天板を差し込もうとするが――入らない?



 見れば、急速に膨らんだクッキー生地がオーブンの入口に引っかかっていた。――まるで、焼かれることを拒むかのように。

「これは……!?」


 雫が異変を感知したときには、すでに事態は深行していた。並べられた生地の一つ一つが大きく膨らみ、隣の生地とくっついて、更に大きくなっていく!

「まさか……合体ですか!?」

「え、なになにどうしたの?」

 覗き込んだ伊邪那美の前に、信じがたい光景が広がっている。

 ほとんど一つの塊となった巨大なクッキー生地が、もはやオーブンに入り切らないほどに膨らんでいた。中心部の空洞はあたかも口を開いているかのようで、オーブンを通して流れ出る熱い空気はクッキー生地の咆哮であるかのようだった。

「まさか、そんな……」

 雫はうなだれた。

 ついに此処でも、クリーチャーを生み出してしまったというのか。クッキー生地の集合体である怪物……キングなクッキーのモンスターを!!

「いえ、その名称は複数方面からNGと思われます」

 その通りだ。いや違う、そんなことを言っている場合ではない。

「とにかく、なんとかしなければ……」

 そうこう言っているうちに、クッキー生地は天板から飛び上がった。天井へ取り付くと、勢いをつけて伊邪那美の顔にダイブ。

「ぶわっ!?」

 あまりのことにまともに喰らい、伊邪那美は床にひっくり返った。

「くっ、那美……! 今援護を……」

 雫は持っていたままだった天板をとりあえずオーブンに押し込めると、伊邪那美に貼り付いたクッキー生地を引き剥がしにかかるのだった。



   *



「なんだか……急に騒がしくなったな?」

 台所の方から騒がしい音が響く。

「どう考えても調理中の音には聞こえないんだが……なんだか二人のもの以外の気配があるようにも感じるし……」

 様子を見に行くべきか恭也は迷ったが、本当に何かあれば呼びに来るはず、と思いとどまる。

「救急箱……いや、救急車を手配しておくべきか」

 無事に明日を迎えられればいいんだが、と一気に不安に苛まれるのだった。







 騒がしさから一転、ぱったりと静かになった。



「伊邪那美、雫? 終わったのか……?」

「キョウ……ですか。ええ、終わりました……」


 雫からの返事は力ない。伊邪那美と二人、台所の床にへたり込んで放心していた。顔やら服やら、よく見れば台所中のあちこちに、何かの生地らしきものが貼り付いている。

「キョウは何も見ていませんよね?」

「何をだ?」

 そう答えると、雫は少しばかり笑った。

「良かった……アレを見たのは私と那美の二人だけ、ということですね……」

 雫にしては要領を得ない言葉。だがそれ以上聞いても彼女は何も教えてはくれなかった。そしてそれは、伊邪那美も同様だったのだ。



   *



「それで、菓子は出来たのか?」

「あっ、そうだった! ちょっと待っててね」

 伊邪那美が弾けるように立ち上がった。

「雫は……?」

「私は、その……失敗してしまって」

 気まずそうにうつむく雫。だが恭也は、何かが焼ける匂いが漂ってくるのを感じた。

「オーブン、まだ何か焼いてるのか?」

「あっ……そうでした」

 雫がのろのろと立ち上がり、オーブンの扉を開けると――。



 あのとき差し込んだ天板の奥に、一枚だけ。『合体』を免れたクッキーが、程よい焼け具合で残されていたのだった。



   *



 二人に見守られて、恭也がチョコ菓子に手を伸ばす。

 まずは伊邪那美のトリュフ、そしてブラウニーを一口。

「……うん、よく出来てるな。甘すぎないし、柑橘系の香りもいい」

「ホント? やった!」

 続いて雫のクッキーへ。火を通したことで原色っぽさは多少抑えられたが――。

 だが、口に運んだ恭也はしばらくして、笑みを浮かべた。

「大丈夫。美味いよ」

「ほ、本当ですか」

「ああ。確かに見た目はちょっと……だが、しっかり焼けてるし、味は問題ない」

 たった一枚だが、成功と呼べるものが出来た――。

 雫は深く安堵して、胸を撫で下ろしたのだった。



「それで、勝敗は?」



 ずい、と伊邪那美が身を乗り出した。



「それは……」

 息を呑む二人。

「雫の頑張りは認めるが、出来栄えを比べれば、まあ伊邪那美の勝ちだろうな」





「やった〜っ!」




 見事勝利をゲットした伊邪那美、会心のガッツポーズ!



「まあ……仕方ないですね」

 雫も特に異論はないようで、おとなしく認めた。


 これで雫からあれこれ小言を言われることも無くなるはず!
 伊邪那美は歓喜する。


 が。



「さて、夕飯……の前に、掃除をしないといけないな」

「そうですね。台所、すっかり汚れてしまいましたし」

「三人でやれば、すぐ終わるだろう」

 おや、と伊邪那美は首を傾げる。

「えっ、ボクも?」

「当然だろう。元はと言えば、伊邪那美の生活態度が勝負の発端だったというし」

「でもボク、勝ったんだけど」

「それはそれ、これはこれだ」

(あれ?)

「今日は那美のおかげで、いい経験が出来ました……。いい機会ですから、那美ももう少し女性らしさを身につけられるようにしてはどうでしょう」

(あれ?)

「俺も近頃は雫に任せ過ぎだったみたいだからな……これからは伊邪那美がだらけすぎていないか、俺も気を配ることにしよう」





(あれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?????)





 勝負は確かに、勝ったはず――なのに、何処をどう間違えたのだろう。

 掃除道具を手渡されながら、首を傾げ続ける伊邪那美であった。






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0127hero001/伊邪那美/女/8(外見年齢)/勝負に勝って……あれ?】

【aa0127hero002/不破 雫/女/13(外見年齢)/成功と失敗とクリーチャー】

【aa0127/御神 恭也/男/18(外見年齢)/なんだかんだで両手に花】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お待たせいたしました。バレンタインのとある一幕をお届けいたします。

 謎のクッキーモ……クリーチャーの正体は何だったのでしょう。全ては謎に包まれています。

 リキュールの香りで酔っ払っただけかもしれませんしね!(?)

 少しでもお楽しみいただければ幸いです。
イベントノベル(パーティ) -
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2019年03月27日

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