▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『呪いの人形セレシュ・ウィーラー』
セレシュ・ウィーラー8538


「やれやれ、えらい目に遭うたわ」
 入浴を済ませたところである。凍り付いた全身を湯で解凍し、どうにか普通に動けるようにはなった。普通にと言っても、球体関節人形としては、だが。
 自分の身体を拭きながら、セレシュ・ウィーラー(8538)は思う。硬い、と。人の肉体ではない、人形の感触だ。
 硬い、ながらに滑らかで、バスタオル越しにもすべすべと手触りの心地良い体表面。これはもう、美肌と呼ぶべきではないか。
 胸と尻の膨らみも、胴の引き締まりようも、人形である限り崩れる事はない。
「成長せえへんからなぁ、うちの身体……」
 不老とは、肉体がもはや1歩も死に近付かないという事。すなわち成長の拒絶である。
 不死不成長の身体に、セレシュは手早く衣服をまとった。
 丈の短い、メイド衣装である。こういうものを、ふと着てみたくなる時もある。
「ほい、こうして長手袋……あとはニーソも穿いて絶対領域完成、と。関節だけ隠せば、お人形に見えへんやろ。ま、誰かに見せるんかいっちゅう話やけどな」
 セレシュは、天井を見上げた。
「人形化の大元も、この世にいてへんし……心までお人形になるような事は、もうないはずや。誰かに見せたいとか思うたらあかんで、うち」


 地下工房。
 作業台に横たわる人形に、セレシュは魔法のチョーカーを巻き付けた。
『……何よ。可愛い服、着てるじゃないの』
 作業台の上で身を起こし、セレシュのメイド姿を見るなり、人形は言った。
『だけど自分で着たわけ? 人形が自分で服着るなんて虚しくない? 着せ替えしてくれる御主人様が欲しいところじゃないの本当は、ねえちょっと』
「……今後一切、うちをお人形扱いしないように。命令やで」
『何よそれ……』
「せやから命令や。自分お人形なんやからな、命令は聞かなあかんでえ。御主人様は、うちや」
『だから何でそうなるのよ! それは確かに私、貴女に負けたわけだし……本当なら、殺されても文句言えないわけで』
「それはテロリストの考え方やな。捨てなあかんで。自分もう虚無の境界と無関係なんやから」
 セレシュは微笑みかけた。
「とにかく。御主人様に逆らうちゅうのはな、不良品のロボットや出来損なった自動人形のやる事や」
『私、不良品じゃない! 出来損ないじゃないから!』
 人形が、激昂した。
『わかったわよ、何でもやってやろうじゃない。私の優秀さを証明してやる! さあ命令しなさいよね!』
「なるほど……こんなふうに自分、ええように利用されとったんやな虚無の境界に」
 セレシュは苦笑した。
「何でもやるとかな、迂闊に口に出すモンやないで。ま、とにかく自分も凍ってずぶ濡れのまんまやろ。お風呂空いたから入ってきなさい。脱いだ服、ちゃんとお洗濯しといて欲しいんやけど……実は汚れ物けっこう溜まっとるさかい、ついでに頼むで」
『ふん、任せなさいよ!』
 人形が、階段を駆け上って行く。
 見送りつつ、セレシュは息をついた。
「疲れるわ……自分でモノ考えて会話出来るお人形、っちゅうのも良し悪しやなあ」


 力仕事の出来る助手がいなくなってしまったので、こういう事も自分でやらなければならない。
「しんどいわー……お人形でも疲れるもんは疲れる。今からでも身体、鍛えた方がええんかな五百年くらいかけて」
 セレシュは摺り子木を置いた。
 採取してきた貝殻を、擂り鉢で根気よく粉砕したところである。身の方は、食用に適さないものの薬品の原料として使えない事もないので冷凍保存してある。
 粉末状の貝殻を、セレシュは水で溶いた。
 そこに筆を突っ込み、軽く掻き回す。
「さて……疲れとる場合とちゃうでえ」
 机の上に、何枚もの呪符が並べてある。
 すでに失われた言語で、様々な呪文が書き綴られた呪符。何体もの魔王や邪神を表す記号、三次元化すれば炎や雷や氷塊となる魔力紋様、といったものも描かれている。
 それらをセレシュは、筆でなぞった。貝殻の粉末を、塗布していった。
 魔力を消耗する事なく、手軽に攻撃魔法を使用する。そのための呪符であるが、安全性にいくらか問題があった。このままでは、所持携行しているだけで人体発火を起こしたり、感電したり凍傷を負ったりといった事が頻発しかねない。
 呪符の暴走を抑えるための魔法的素材を今、色々と探し集めているところである。この貝殻も、その1つだ。
 粉末を、うっかり吸い込んでしまう事もない。まさしく人形が行うべき作業である、とセレシュは思う。自分の人形化は、決して間違ってはいないのだ。
「なぁんて……理由作って、人形になり続けとる。自分の意思で、や。割と救いようない所におるなあ、うちも。人形化の大元は、もうおらんっちゅうに」
 休憩すべく、セレシュは机の上に筆を投げ出した。
「誰かから、黒魔法やら呪いやらで人形に変えられる。それやったら、まだマシや。その誰かと話つけるだけでええ。うちの場合はアレや、このセレシュ・ウィーラーっちゅう厄介者と話つけなあかん……おっと」
 筆が、床に落ちて転がった。
 セレシュは椅子ごと下がって拾おうとするが、身体を曲げる事が出来ない。腰の大型球体関節が、どうも可動域に限界がある。
 身体を曲げる事に悪戦苦闘している間、筆は机の下に転がり込んでいた。
 セレシュは床に伏せ、机の下に手を入れようとするが、伏せる段階でまず上手くいかない。
 柔らかさを失った胸の膨らみが、潰れてくれないからだ。
「それやったら人形化、解除したらええやろ……なぁんて声が、どっかから聞こえて来そうやなあ」
『そんな事は言わないけれど、何か丸見えよ貴女』
 辛うじて筆を回収したセレシュに、声をかける者がいる。
 人形が、階段を下りて来たところであった。
 セレシュは、短いスカートを押さえつつ狼狽した。
「な、何や自分。ノックくらいせなあかんで」
『どこをノックしろって言うのよ。この地下室、階段下りたらドアも無しに、すぐ工房じゃないの』
 人形が、文句を言いつつ、セレシュに何かを手渡してくる。
『まったく、本当に溜め込んでいたわね洗濯物を。やっと今、終わったところ……それはそうと、電話』
 子機であった。
『IO2からよ。仕事の依頼かしらね……貴女なら、虚無の境界の専属になった方が稼げると思うけど』
東京怪談ノベル(シングル) この商品を注文する
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年03月27日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.