▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『暇喰いのフレグランス 』
ファルス・ティレイラ3733

 様々な種類の魔法薬が売られた薬屋のカウンターには、店主ではなく一人の少女が腰をかけている。彼女、ファルス・ティレイラ(3733)は退屈そうに大きく伸びをした。
 師匠でもあるこの店の店主に店番兼留守番を頼まれたものの、客が来ない時間が続いておりティレイラは今にも暇に殺されてしまいそうな心境だった。友人に『暇過ぎるので店に来てほしい』といった内容のメールを送ったが、彼女が到着するまでにはまだもう少し時間がかかるだろう。
 きょろきょろとティレイラは周囲を見回す。店内には新作らしき薬も増えており、先程からティレイラの事を誘惑して止まなかった。
 あれはいったいどんな効果を持つ薬なのだろうか? あちらの箱にはいったい何が入っている? 一度気になり始めると、ますます彼女の興味はそれらに奪われていってしまう。
「ちょっとくらい物色しても、怒られないよね?」
 言い訳じみた事を独りごちながらも、ぶらぶらとティレイラは店内をしばらく見て回る事に決めた。

「ん? なんだろうこの匂い……? あっちの方からかな?」
 ふと、彼女の鼻孔をどこか心地の良い香りがくすぐる。その香りに誘われるように、ティレイラは店の奥へと向かっていった。
 少女はそして、棚に並べられた物を見て目を輝かせる。香りの先でティレイラを出迎えたのは、大量の蝋燭だった。
「わぁ、キャンドルだ! 良い香り〜!」
 新商品かな、と首を傾げながらもティレイラは蝋燭を手にとった。いくつもあるそれは、どれも違った香りを持っておりティレイラをたちまち魅了してしまう。
「火を点けてなくてもこんなに良い香りなんだし、点けたらもっと素敵なんだろうなぁ……。えへへ、店番代代わりって事で、ちょっと拝借しちゃおう」
 棚にあったものを全て取り出したティレイラは、早速蝋燭に火を点けてみる事にした。
 ティレイラは、少し開けたスペースである入口付近まで蝋燭を運び出す。すっかりキャンドルに夢中になってしまっている少女は、気付かない。棚の付近に、一枚の紙が落ちていた事に。
『危険。不良品につき廃棄予定』

 ◆

「うーん、なかなか火が点かないなぁ。なんでだろう?」
 火を点けようとしたものの、どうにも思うようにはいかずティレイラは首を傾げる。しびれを切らした少女は、得意な炎の魔法を試してみる事にした。
「やった! 成功! やっぱり、火が点くとますます素敵な香り……」
 綺麗に炎が灯された事に、嬉しそうに彼女は笑みを浮かべた。辺りに、先程よりも濃厚な甘い香りが漂い始める。思わずうっとりとティレイラが目を細めてしまう程に、心地の良い香りだ。
 別の蝋燭にも、火を点けてみる。二つの蝋燭の香りが混ざり合い、更に夢見心地な気分へとティレイラを誘った。
 すっかりご機嫌な様子になったティレイラは、香りを堪能しながら炎の魔法を器用に使い次々に蝋燭へと火を灯していく。
「え!?」
 しかし、蝋燭が尽きるまではまだ時間があるはずだったのに、少女の夢のような時間は何の前触れもなく終わりを迎えてしまった。
 突然、蝋燭から不思議な炎と魔力が巻き上がったのだ。沢山の蝋燭は、まるでかかっていた魔法が解けてしまったかのように形を崩し破裂する。魔力の蝋は、辺り周辺に飛び散ってしまった。
「ちょっと、やだ! 嘘でしょ!?」
 その蝋は、近くにいたティレイラにも当然の如く降り注ぐ。
 しかも、この蝋はただの蝋ではない。魔法薬屋の魔法の蝋。魔力のこもった蝋は、まるで意思があるかのように動き彼女の全身を覆うように広がっていった。
 彼女の身体へと纏わりつく蝋はすぐに固まり、ティレイラの動きを封じてしまう。驚いているティレイラの姿をそのままに、蝋の拘束は彼女の全身をすっかり覆い尽くしてしまったのだった。

 ◆

 まだ閉店時間ではないというのに、魔法薬屋にはどうしてか人けがなかった。店内に足を踏み入れた少女は、不思議そうに首を傾げる。目の前にある不思議な蝋の塊が気になる上に、店にいるはずの友人の姿がそこになかったからだ。
 ティレイラから暇なので店にきてほしいという内容のメールを受け取った瀬名・雫(NPCA003)は、彼女の名を呼びながら店の中を歩き始める。そして、蝋の塊の前へと回り込んだ瞬間、驚いて目を丸くした。その蝋燭の顔は、少女が探していた友人にそっくりだったからだ。
「ティレイラちゃん、なの?」
 思わず少女は、変わり果てた姿の友人の身体に触れる。指先から伝わってくるのは、普段のティレイラの温かな温度ではなく、冷たい蝋の感触。相手が本当に蝋燭になってしまったのだと思った瞬間、雫は辺りに漂うキャンドルの香りを強く意識してしまった。それはとても素敵な、夢のような香り。ティレイラの姿の蝋燭は、今まで雫が見てきたどの蝋燭よりも魅力的だった。
 雫は、ティレイラの師匠へとメールで一報を入れる。彼女の師匠なら、ティレイラを何とかしてくれるだろう。
 しかし、師匠が帰ってくるまでは、ティレイラは魅惑的なアロマキャンドルのまま雫の事を惑わすのだ。
「今しか楽しめないんだから……ちょっとくらい良いよねっ!」
 心地の良い香りに包まれた雫は、この魅惑的な時間を目一杯堪能する事に決め楽しげに笑った。
 ティレイラが暇を持て余す事は、しばらくないだろう。今の彼女は全身を覆う蝋で出来た檻の中、抵抗する事も叶わずに友人に触れられる事を嘆くのに忙しいのだから。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
魔法のキャンドルで大変な目に合うティレイラさん……このようなお話になりましたが、いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけましたら幸いです。
何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡ください。
この度はご発注、誠にありがとうございました。またいつでもお声かけくださいませ。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年03月28日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.