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『女神注目 』
スノーフィア・スターフィルド8909

「はーい、女神注目ー」
 ぱんぱん。分厚い手を打ち鳴らして、くたびれたスーツ姿のおっさん――いや、枯れているのになにやら漲った、言うなればおっさんオブおっさんが、スノーフィア・スターフィルドの目を引きつけた。
 前にも見た気がする、【夢】の時が掲げられた混沌の中、ちゃぶ台の前で正座するスノーフィア。
「学生注目、ではないのですね……」
 振り向いた“神様”はちょっと考え込んでから。
「え? じゃあ無職注目とかにしとく?」
「それはまあ、悲しい響きになるので結構です」
 というわけで、そろそろ恒例になりつつある神様との夢サシ飲みが開始した。

「こないだのアレ。おたくの脳内会議? ちょっと物議醸してさぁ」
 物議を醸すと言えば、世間の中で議論を引き起こすことだ。でも、神様は神様なので、まあひとり(一柱)でも十二分に醸せそうなのでツッコまずにおく。
「なにが、ですか?」
 最近の安値な和物ウイスキーに多い37パーセントのそれへレモン味のついた炭酸水を注いで混ぜ混ぜ、スノーフィアはおそるおそる問う。なんでしょう、まさか、真実に気づいた私は消されてしまうとか、そういうことなんでしょうか?
「いや別にそんなつもりとかないよ? ただねぇ、上の方から、あの子にちゃんと言っとけー! って怒られちゃってさぁ」
 どうやら本当に物議を醸していたらしい。世間ならぬ神界で? そして神様の上にはもっとえらい神様がいる?
 よくわからないが、むしろわかってしまってもいけないのだろうから、とりあえずは勧められた鯖カレーの缶詰を取り箸でつまみ、自分の皿へ。それにしても最近は缶詰のバリエーションが増えたものだ。もちろん味もおいしい。
「すみません」
 神様はもぐもぐと恐縮するスノーフィアへ「いやいや」と手を振ってみせ、ハイボールをぐい飲み。
「いやー、そういうのってよくあることだしねぇ。ま、神様としちゃあおたくが生きててくれたらなんでもいいやってとこあるし。でも上から言われたことやっとかないと、後で面倒なこといっぱい起きるから」
 あ、やっぱり私がダメな子なのは変わらないんですね。
 それに神様、実は中間管理職? 部長課長クラスより、係長って雰囲気です。
 もしそうなら、お世話になってる私はせめて、ちゃんと敬わないといけませんね。
 神妙な顔でかしこまり、スノーフィアは神様が空けたグラスに濃いめのハイボールを作りなおしてそっと押し出した。
「おお、ありがとありがと。最近の若い子ってこういうとこ気ぃつかないんだよねぇ」
 ずずっとハイボールの表面をすすって息をつき、神様は語り始めた。
「おたくがいる世界ね、あれ、別におたくへ贔屓するのに作った世界とかじゃないのよ」
「と言いますと?」
 スノーフィアの相槌を受けた神様は、丸っこい両手を重ね、下になっていた手を引き抜いて上へ重ねを繰り返し。
「世界ってうっすい膜みたいなもんでさ、いっぱい重なって重なって重なって、無限で無間な感じになってるわけ」
 無数の並行世界が重なり合って存在している。それは理解できた。なのでうなずきつつ、ライム炭酸水で割ったハイボールをすする。
 本当なら酒を口にせず聞くべきなのかもしれないが、日本のオールドタイプな社会人が生み出した飲みニケーションは、場を和ませつつ共感を生み、職場の一体感を形成する秘術である。
 元おじさんのスノーフィアには、それに乗る意味と意義を十二分に理解していた。
「私がいる世界も、その一枚ということですよね」
「そそ。いちばん上でもいちばん下でもない、いっぱいの中のどこかってこと」
 柿ピーの中から慎重にピーナッツだけを拾い上げて手の内に溜め、一気食いしながら神様はうなずいた。
「つまりね、元々がそういう世界に、スノーフィア・スターフィルドになってもらったおたくを行かせたわけね」
 神様の残した柿の種のほうをつまんでぱくり。スノーフィアは間を作って考える。
 彼は今、世界が“特別”じゃないことを強調している。しかし、“私”がいた世界では、たとえば先に彼女が体験したような都市伝説の実体化はなかった。他の異物なり超現象なりもだ。在るものはあくまでも又聞きや曰くといった、現実の向こう側にだけその形を保つことのできる曖昧模糊ばかり。
「ついでに前置きしとくと、スノーフィア・スターフィルドも別に大したもんじゃない。女神ったって神様より力弱いでしょ?」
 唐突な気はしたが、それはそのとおりだ。そもそもスノーフィアの女神とは、ゲームにおける職業的な称号で、人知を越えた力を発揮するとしてもそれはあくまでも能動的ないし受動的なスキルの発現による。
「おたくが今いる世界ね、ちょっとばかし理がゆるいのよ。あそこは前世のおたくがいた世界と双子みたいなとこで、ただ理の有り様だけがちがってる。怪異も魔法も神秘も、それ由来の技も術も、なんでもありありな東京ってわけ」
 なんでもありなだけの、東京。だとすれば、スノーフィアの女神の力とて、その「あり」の範疇に収まる程度のものだということか。
「当たりー。だからまあ、気負うとかナシで普通に暮らしといて。そしたら神様、上からなんか言われたりしなくていいしさぁ。――あ、予算はオーバーしちゃだめよ?」
 ことさらな軽い口調は、きっとスノーフィアに心理的ダメージを与えないための配慮なのだろう。
 なにせ人は、自分を特別な存在だと思いたがるもの。この思春期特有の思い込みは「中二」などと云われるものだが、実際は大人になったってこっそり抱いているものなのだ。いつか神様が「おまえは選ばれた」と告げに来てくれる、そう信じて。
 それを逆に「君なんてそこまですごくないから」と告げられたスノーフィアは、普通なら落ち込むだろう。それはもう酷く、死んでしまいたくなるほどに。
「そうだったんですか。私、特別な存在じゃなかったんですね」
「ショックかもだけどさぁ、ほら、女神は女神だし」
「安心しました」
「え?」
「使命とか生きる意味とか、そういうの考えてると大変ですからね!」
「――いやいやいやいや、そもそもおたく、なんも考えてなかったよね? お酒飲んで先送りしてたよね?」
「先送りってすごく難しいことなんですよ? いつか追いつかれたらどうしようって不安を抱えたまま、一秒ずつやり過ごしていくことも、本当は今日、なにかしなくちゃいけないことがあるんじゃないかって焦ることも……神様にはわかりませんよね」
 憂い顔で語るスノーフィアだが、今まさに自分がどれほどだめなことを口にしているか、一切理解していないんだった。
「そ〜んな気合入った発言されるとか、さすがの神様もびっくりだわぁ〜」
 神様は深いため息をついて、中身の残るグラスへウイスキーを追加する。強い酒を飲まなきゃやってられないことが、神世にもあるらしかった。
 そうですよね。神様も上から言われて言いたくもないことを言わされていたんですものね。それはもう、辛かったですよね。
“私”、そういう理不尽に対するげんなり感、すごくわかりますから!
 スノーフィアは強くうなずき、自分のグラスにもウイスキーを追加して。
「難しいことは明日考えればいいと思います! 今夜はとことん飲みましょう!」
 いい飲みっぷりを披露するスノーフィア。
 まさか自分が「気合の入ったニート」扱いされているなど(夢なのに)夢にも思わず、げんなりした神様を急かして彼女は飲み続ける……。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】 
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年03月28日

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