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『 狸と山猫の個人面談 』
クレール・ディンセルフka0586)&神代 誠一ka2086

 この辺りの風は街の中心部に比べると冷たい。近くの湖を渡ってくるからだろうか。
 つい首を縮めたくなるが、今日みたいに澄んだ青空の日にはとても似合いで嫌いではない。
 手に大きなバスケットを下げたクレール(ka0586)は門――といっても戸や格子があるわけではなく色褪せたポストがあるだけだが――を抜けいつものように離れの小屋へと向かう。
 年末の大掃除で新しく作られたドアはまだピッカピカの新品。その横のこれまた真新しい呼び鈴を押す。しばらくして「クレール?! え、もうそんな時間か?!」と家主の声が聞こえてくる。
「こんにちはー!!」
 お出迎えは家主ではなくペットの白兎。
 外気で冷えた鼻の頭。室内の温もりに年頃の女性としてどうかと思わなくもないのだがクレールは軽く鼻を啜った。
 ソファの上で体を起こした誠一(ka2086 )が軽く手を振る。横に転がる数独の冊子。多分寝転がってずっと取り組んでいたに違いない。
 踏み入れた部屋の隅にはすでに絶妙なバランスで積まれた書類や本の塔。
 ああ、きっと次の大掃除までずっとあそこにいるのだろうな、という視線に気づいたのか誠一が「まあ、ほら……その……テーブル周りは片付いているし」と苦笑を浮かべた。
 確かにテーブル周辺はまだ物の侵略がない……けど。
「書類が散らばっている状態は片付いているっていわないですよ!!」
 バスケットを傍らにおいてクレールは書類を一か所にまとめた。「まだ天板がみえてるから」そんな言葉も大掃除前の惨状を知っていると「それもそうか」と思える謎の説得力を帯びている。
 窓から入る午後の陽射し。出窓で兎が寝てる。改めてテーブルを挟んで向かい合って座るとなんとなくくすぐったくなってクレールは笑みを零した。
「ん? 寝癖ついてるのか?」
 髪を撫でつける誠一に「ううん」と首を振る。
「先生と面談してるみたいだなぁ、と思ったわけです」
 言いながら傍らに置いたバスケットから透明なセロハンで包装したチョコレートを取り出した。リゼリオの人気店で買えるプレミアムな一品。
「ハッピーバレンタイン。感謝の気持ちです!!」
 すすっと誠一の前にチョコレートを差し出す。
「あ……あぁ。そっか、14日か!」
 謝礼と共にチョコレートを受け取った誠一がそれに掘られたアイビーのリースに目を止めた。
「もちろん、私の手彫りです」
 日頃のことだけではなく小隊に招いてくれたことへの感謝も十二分に込めた。花言葉にもちゃんと意味がある。
 ちょっと胸を張って答えれば「見事だなぁ」と感嘆の声。称賛に妬みも照れもない。自分の気持ちをまっすぐに伝えてくれる。それは簡単にできることではないと思う。
「食べるのが勿体ないなぁ」
「数独のやりすぎで頭が疲れた時とかに気軽に食べてくださいね。チョコも美味しいうちに食べられたほうが嬉しいにちがいありません!!」
「わかった、美味しく頂くことにするよ」
 確かチョコによく合うウィスキーが……と部屋を見渡す誠一に「珈琲にも合いますよ」と控えめに提案しておいた。
 お互い大人なのであまり口うるさく言うつもりはないけど隊員として隊長の健康には気を配りたい。
「そしてこっちは隊の皆さんへ」
 バスケットから取り出しテーブルの上に並べるチョコレートポットとカップ一式。
 誠一が息を飲んだ。
「……これは」
 眼鏡の奥の双眸がまん丸だ。こうしてみると確かに狸さんっぽいなぁ、と思う。
「去年頂いた品の返礼です」
 去年のバレンタイン、誠一が新たに小隊へ加わったクレールに贈ってくれたのはカップの底に小隊のマークが刻印されたチョコレートポットとカップ。ポットの周りを走る動物たちは小隊員。そこに自分――山猫もいる。
 これから仲間たちと共に歩めるようにと誠一が願ってくれたのだろう。
「有難う……」
 腹の奥から零れる息とともに誠一の顔いっぱいに広がる笑み。
 自然と自分も笑みを返したくなるような。あぁ、とても頑張ったかいのある――そう思える笑顔だ。
「実はですね……」
 ふっふふと勿体付けた笑みでカップの一つを裏返した。底には狸の刻印。去年プレゼントしたものは小隊印のみだったけど。
「じゃーん、隊を纏める狸さんです!!」
 自身は指さす誠一に大きく頷く。
「おお、嬉しいなぁ。じゃあ隣は?」
「狸さんの心身を支える不死鳥さん」
「反論のしようもなく世話になっているな……」
 誠一がしみじみと言う。
 そう昨年の返礼というか答え。これからも仲間として小隊の一員として共に歩んでいきたいという気持ちを込めて。
 不死鳥の隣は燕。途端誠一が周囲を警戒する。昨年末、この離れの散らかり放題、壊れ放題を叱られたことを思い出したのだろう。
「心の止まり木になってくれる燕さん」
 小さく笑うと「同意するが、本当にあれは……」ぶるりと肩を震わせた。

 クレールの細工は見事なものだ。以前贈られたシルバー製のポットとカップも素晴らしかったが今年のも輪をかけて素晴らしい。
 職人として着実に腕をあげているのが素人目でもわかった。
 もう一度礼を述べると「どういたしまして」とクレールが笑う。いつでも彼女の笑みは力をくれる。
「犬さんは小隊の生命線。犬さんがいてくれるからどっかーんと行けます」
 どっかーん、という表現に誠一は笑う。小隊として時に無茶を通すこともある。勿論それは無謀ではなく工夫や協力、そして気合で突破できるという範囲だが。それも彼の支えがあってこそ。
「小熊さんは――」
「びっくり箱……いやおもちゃ箱かな?」
 無邪気に楽しそうに笑う姿を誠一は思い浮かべた。
 彼女を通すと日常のさりげないことでも楽しくキラキラしたものへと変わる。
「ついついうっかり道を踏み外しがちな私たちの軌道を修正してくれる小隊の良心。子猫さん」
「いつの間にか強くなって……」
 自身の胸裏に去来するのは巣立ちの寂しさと肩を並べる仲間へとなったことへの嬉しさ。
「めっちゃ頼りになるオールラウンダー青フクロウさん――は誠一さんのゲーム仲間ですよね」
「使える手段はなんでも用いて勝ちたい相手だな」
 可愛い弟分だが、ゲームに関しては容赦も遠慮もねぇと言い切れる。
 それにしても……小隊の皆で撮った写真へと視線を向けた。
「……とてもいい笑顔をするようになったよな……って何か言いたそうだが?」
「なんでもありませーーん!」
 ふっふー、と意味深に笑うクレールから顔を逸らして咳払い。クレールも察してくれたのだろう。次のカップを裏返した。
「イタチさんは……」
「過労で倒れないか心配になるな」
 暫しの無言の後二人真顔で頷き合う。いつ休んでいるのかもわからない。真面目な働き者。
 残った一つのカップ。伸ばしたクレールの手が止まる。


 最後は山猫。それはクレール自身。カップに触れた指先が戸惑うように揺れた。

 私は……何でしょう――

 浮かぶ想い。
 楽しく走り回るポットの動物たちがぐるぐる頭の中を廻る。山猫だけ地に足がついてないような気がして……。
 立ち位置が気になるのは幼い頃からの癖かもしれない。
 今でこそクレールはディンセルフ工房リゼリオ支店という己の道を見つけている。
 しかしかつては鍛冶師の家系に長子として生まれながらも後を継げるほど体が丈夫でもなかったがためにずっと自分の立ち位置を模索していたのだ。
 悩んでいるというのともまた違う。仲間たちが自分を受け入れてくれることはわかっているから。

 でも……

 己の立ち位置を知ることで、「組織」の中で「自分」を定義する――そう己に何ができるか客観的に判断することが自分の力になることを知っているから知りたいのだ。
 今よりももっと皆と繋がっていくために。
「クレール?」
 名を呼ぶ声に少し気遣いが混じる。そういうところが先生だ。

 だから今は――隊長に……ううん、先生に甘えてしまおう。

「私は……」
 カップに手を掛け裏を見せる。
「山猫は、この隊において、何ができるのでしょう?」
 換気のための窓の隙間からひやりとした風が入りこみ二人の間でカーテンが揺れる。
 再び互いの顔を確認できるようになってから誠一が口を開いた。
「太陽、だね」
 ちょっとスケールの大きな例えでクレールは思わず窓の外の空をみる。
「明るさをくれる光。エネルギーの塊」
 誠一が言葉を足す。
「元気印ってことですね」
 むん、と両手で力こぶを作るポーズで応えると誠一が「それだけじゃない」と首を振る。
「無くてはならない、いつもそこにある支え」
 ポットの周囲走り回っている動物たち、しっかりと大地を蹴って走りだす山猫が浮かぶ。
「そこにいるだけで場を明るくする温かな存在」
 発せられた言葉にクレールは「ストップ」と言わんばかりに手を前に出した。
 どれも偽りがないとわかるからこそ面映ゆい。

 照れた様子のクレールに誠一は「さっきのお返し」とばかりに得意気に笑ってから言葉を続ける。
「俺はそんなクレールが一人でいるのをずっと気にしてた」
 出会ってからずっと思っていた疑問。どうして彼女が一人でいるのか。

 彼女を誘った時に伝えた言葉は今でも覚えている。

『ソロでも十分すぎるほど活躍できる人なのは重々承知だ。隊長も担えるような人だとわかってる。
それでも、差し出した手を握り返してくれるのなら、その選択を後悔させないよう頑張ります』

 一人でも輝ける、そして一人で立つ強さも持った人物だとは知っていた。
 それでも放っておけなかった。諦めることなんてとてもじゃないができなかった。
 だから声を掛けた。
 だって――
「多くを輝かせ温められる存在なのに、一人は寂しいだろ?」
「それはもう皆さんと一緒で日々楽しいです。しかもあんな大掃除まで経験できるとは……」
 照れから立ち直ったクレールが顎に手をあてて「うん、うん。あれは未知との遭遇といっても過言ではないかと」などと評論家のように語る。
 クレールの想いが籠ったカップを手にする。シルエットでもわかるちょっと愛嬌のある狸。その中に彼女の山猫がいることも嬉しい。
 だからこそ思う。
「クレール……」
 誠一の声の響きに気付いたクレールが顔を向けた。
「俺はあの日、君にかけた言葉に誠実であれているだろうか?」
 あの日、差し出した手を握り返してくれたクレール。彼女の選択を後悔させることがあってはならないと。

 クレールは己の手をみる。あの日握り返した手はとても温かかった。
 その手を取ったことを後悔したことなんてない。自分の疑問にちゃんと返してくれた誠一に今度は自分が返す番。クレールは一呼吸おいて口を開いた。
「私の目には、いつだって誠実な隊長さんですよ。誠一さんは」
 狸のカップの隣に皆のカップを並べていく。
「あの時の言葉に誠実に、私達を導いてくださっています」
 旅や依頼から戻りここを訪れた時「ただいま」と自然に言っている。それは真ん中に誠一がいてくれるからだ。
「だから……」
 顔を上げまっすぐに誠一を見つめる。
「後悔なんて、ありません」
 はっきりと言い切った後に「あ、でも一つ」と人差し指を立てる。
 「遠慮しないで言ってほしい」とテーブルに乗り出した誠一に同じくテーブルに乗り出して「大掃除です」と真面目な顔で告げた。
「今年はハンターの底力みせなくてもいいくらいにしときたいですね」
「あー……ドアは死守したいと思う」
「ドアだけ残ったりして……」
「なんつー不吉な事を」
 割と普通にドアとウッドデッキだけが残っている姿が想像できてしまいクレールは笑う。タイミングよく誠一も噴き出したということはきっと同じものを想像したのだろう。

 ひとしきり笑ったあと誠一は背を正す。
「……有難う」
 温かな空気に自然と顔が綻ぶ。
 今日、何度目の礼の言葉だろうか。それでも今もっともふさわしいのはこの言葉だ。もっと沢山感謝を表す言葉があればいいのにと思う。
 射し込む陽射し、窓辺に揺れるてるてる坊主に描かれているのは皆の似顔絵。
 満面の笑みのクレールてるてるを見上げて誠一は目を細めた。
 心の中でもう一度「有難う」と繰り返しながら。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【ka0586 / クレール・ディンセルフ 】
【ka2086 / 神代 誠一】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼ありがとうございます、桐崎です。

お二人の個人面談のお話いかがだったでしょうか?
言葉が無くとも分かり合える仲間も素敵ですが、
疑問に思ったこと感じたことをちゃんと伝え答えることのできる仲間も素敵だなと思います。

ポットとカップですが参照にあったシルバー製ではなく発注内容から
動物の刻印の焼き付いた一揃いのカップ変更させていただいております。
そうじゃないんだ!とありましたらご連絡くださいませ。

気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
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2019年03月28日

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