▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『リボンは、解かれるために結わかれる 』
夢路 まよいka1328)&エヴァンス・カルヴィka0639

●まよいside
 ラッピングされたチョコレート。苺味なのでピンク色のハート型。一口サイズのそれは透明なビニールに入れられて、口に結ばれたリボンが解かれるのを待っている。
 リボンを解くのは一体、誰?
「エヴァンス」
 まよいはチョコレートを贈る相手の名前を口にした。
「友達に手伝ってもらって、つくったの。受け取ってくれる?」
 なんでもないことのように言えるように、まよいは渡す時の言葉を練習する。
「今日はバレンタインだから、いつもお世話になってるお礼だよ?」
 胸がちくりと痛んだ。それでも、「好き」という気持ちを伝える勇気はない。
 チョコレートの材料であるカカオは苦い。でも、砂糖やミルクを加えると、甘くて美味しいお菓子になる。
 だから、この痛みにも砂糖をかけて、何か素敵なものになればいい。
「なって、くれるかな……」

●エヴァンスside
 エヴァンスが吐いた息は、冷たい外気に晒されて白くなって、消えた。
 寒いせいか、人々の距離はいつもより近い気がする。仮にそう見えたとしても、気温だけのせいではない。
「バレンタイン、だもんなぁ」
 今日は、人に好意や感謝を伝える日。
 エヴァンスは、街をゆく恋人たちを眺めながら、自分を呼び出したまよいを待っていた。
(あいつもこんなことができるようになったんだなぁ)
 今ではまよいは、戦闘でも日常でも欠かすことのできない相棒である。
 だが、エヴァンスは最初、まよいを「危なげのある少女」だと思ったものだ。

●過日の戦闘
 出会った後の或る日、歪虚退治の依頼をエヴァンスとまよいは受けた。敵は素早く人型で、細い路地を根城にして、ここを通る者を無差別に襲うのだ。
 エヴァンスは愛用の大剣を背負って路地を歩き、敵の襲来を待つ。
 路地の両側には高い建物があり、太陽の光は遮られ、暗い。加えて、壁には煙草を押し付けた跡や、落書きがあり、お世辞にも快適な場所とはいえない。
 エヴァンスは、まよいが立ち止まったことに気が付き、振り返る。
 まよいは興味深そうに壁の落書きや煙草の跡などを見ていた。
「おい、あんまり離れるなよ?」
「ごめん。面白くて、つい」
「そんなに面白いか、ここ?」
「昔読んだ小説に出てきた、路地裏ってこんな感じかと思って」
「そんなもんかねぇ……。とにかく、先へ進むぞ。油断はするなよ」
 喋った声は、両側の壁で反響を繰り返し、空へ抜けていくような不思議な響き方をした。
「わかったよ」
 まよいが小走りでエヴァンスへ駆け寄る。
 その時だ。エヴァンスは即座に大剣を引き抜き頭上に振るった。
 途端、金属同士がぶつかる音が路地に響き渡る。
「ようやく現れたか──!」
 大剣に跳ね上げられたモノが、建物の側面に蜘蛛のように張り付いた。
 情報通りの人型の歪虚。全身は返り血のためかどす黒い。
「じゃあ──倒すね?」
 まよいは魔法の矢を次々と発射する。
 敵は壁の間を飛んで器用に回避した。さらに、壁に飛び移った勢いを利用して、頭上からまよいへ強襲する。
 それを、エヴァンスが庇った。
 敵は、エヴァンスの大剣に噛み付く。歯は杭のように太く鋭く、大剣に食らいついたまま離れない。
「うっとおしい……!」
 鋭い爪をまよいに伸ばしたので、エヴァンスは大剣を思いっきり振って、敵を遠ざけ、壁に叩きつけようとする。
 しかし、敵もその思惑に気がついたのか、噛みつきを解除して、振り回された勢いのまま、吹っ飛ぶことにした。
 敵の着地点に、エヴァンスは残火衝天を叩き込むが、受け身をとった勢いで敵は高く跳躍し、再び壁へ張り付いた。
 爛々と光る目がエヴァンスとまよいを見下ろし、そして撹乱するように、壁の間を飛び回りはじめる。
「奴の足を止めないことには話にならんな」
 情報以上に、敵は身軽だ。
「足止め、ね。できなくはないけど、魔法が当たらないことには……」
 まよいのブラックホールカノンなら足止めに使えるだろう。しかし、敵が素早いので当てることが難しい。
 そこで、エヴァンスが、
「俺が敵を引きつける。俺を攻撃した隙に、ブラックホールカノンで奴の足を奪え。ただし集束魔は使うな」
 と、提案した。
「それだと、エヴァンスを巻き込んじゃうよ?」
「わかってる。だが、あの速さだ。魔法の範囲は広い方が捕まえやすいだろ?」
エヴァンスは、自分ごと効果範囲に入ることで敵を捉える作戦なのだ。
「できるよな?」
 琥珀の瞳をエヴァンスはまよいに向ける。獰猛で、どこか頼もしい笑みを浮かべて。
「──もちろん。エヴァンスこそ、私の魔法で潰れないでよ?」
 まよいも微笑み返す。
「よし、やるぞ!」
 エヴァンスが危険な挑発を発動し、敵はエヴァンスを中心に飛び回るようになる。
 まよいは、後ろに下がり、自分を魔法範囲に巻き込まないようにして、タイミングを計る。
 敵はジャンプと着地を繰り返した後、弾丸のようにエヴァンスへ飛来した。
 耳まで裂けた口からむき出しの歯が、大剣に、その向こうにあるエヴァンスの肩に喰らい付く。
「まよい!」
「全てを無に帰せ……ブラックホールカノン!」
 紫色の重力波が発生し、エヴァンスと敵に絡みつく。
 エヴァンスは体がずしりと重くなるのを、そして、骨が軋むのを感じていた。それでもエヴァンスは、先ほどより獰猛に笑う。
「こいつは効くなぁ……! お前はどうだよ!?」
 敵はエヴァンスに噛み付いたまま、唸る。
「噛み付いてちゃ、喋れねぇよな!」
 エヴァンスは敵を蹴飛ばして、無理やり引き剥がす。本来なら数歩後ろによろめくところだが、重力の鎖に繋がれているために、敵は上半身だけを不自然に仰け反らせた。
 その体を、エヴァンスは、マテリアルの力の乗った刃で、一刀両断する。敵は分割されたところから、跡形も残さず、塵になって消えていった。
「──よし、これで依頼終了だな」
 脅威は去り、残ったのは生者であるまよいとエヴァンスだけ。
「エヴァンス、傷は大丈夫? 痛くない?」
 まよいがエヴァンスに駆け寄って具合を聞く。
「ん? そりゃ痛いぞ? なんてったって、まよいの自慢の魔法だ。凄い威力だよ、こりゃ」
 エヴァンスはけらけら笑った。
「本当に、平気?」
 まよいは、エヴァンスを見上げる。その言葉は、どこかぎこちない。
「……大丈夫だって。自分の足で歩いて帰れる。これ以上ないくらい平気だ」
 まよいの心配を打ち消すように、エヴァンスはややオーヴァーにこたえた。
 他人を心配するこんな言葉は、愉悦以外の感情が希薄だった昔のまよいからは考えられなかった。
「オフィスに戻って報告して、酒でも飲むか」
「その前に治療じゃない?」
「酒は百薬の長とも言う」
 2人は揃って来た道を戻る。
 急ぐ理由もないので、エヴァンスはまよいの歩調に合わせてゆっくり歩いた。
(あれ……)
 まよいはそっと、エヴァンスに視線を送る。
(どうして、並んで歩いているだけなのに……嬉しい、なんて思うんだろ?)

●過日の森で
「まよい、お前の考えていることを当ててやろう」
 エヴァンスの声にまよいが振り返る。
 2人は今、森の中へ来ていた。背の高い針葉樹が群生し、地上は仄暗く、土と草の地面は柔らかに湿っていた。
 まよいは、土から這い出した木の根が作ったアーチの上に登っていた。エヴァンスを見下ろす形になっている。
「私、そんなに単純じゃないと思うけど……」
「まよいは今、『ファンタジー小説に出て来た森にいるみたい!』と、思っている」
「む」
 実際、そうであった。地下室で読んだ本に出てくる主人公たちの冒険みたいだと思ったのだ。
「よくわかったね」
「前にもこんなことはあったからな」
「……それもそうだね」
 まよいは木のアーチから飛び降りる。
「で、この先でいいんだっけ?」
 今日の依頼は、この森を抜けた先に咲いている花を採取することだった。
「緊急案件で、報酬もうまいからやって来てみれば、戦闘も何もない安全な依頼だった、というわけだ」
「明るいうちにテントを張る場所を見つけなきゃ、だよね?」
 森は広いために、1日で往復できないのだ。
「ああ。飯の準備もあるからな」
 さて、2人は良い場所を見つけたので、テントの準備をして夕飯の用意をはじめる。
 まよいが鍋に水を汲んだり、焚き木を集めたりする間に、エヴァンスは野うさぎを捕まえて来た。
 それをさばいて、摘んで来た香草と一緒に鍋に入れる。依頼主が持たせた食料からじゃがいもを取り出し、ナイフで切って、これも投入。
 しばらく煮込むと、いい匂いがしはじめる。
「本当に、小説の中みたい」
 まよいが呟いた。
「安心しろ。ちゃんと現実だ。だから、このスープも食べられる」
 エヴァンスは椀にスープを注ぎ、匙を一緒にまよいに渡した。
 まよいは匙で掬って、息をかけて冷ましてから一口、頬張る。
「美味しい」
「だろ? こういう場所で食うのもいいもんだ」
 焚き火が赤々と2人の顔を照らしていた。
「ふう、ごちそうさま!」
 鍋が空になった。
「それじゃあ、デザートの時間にしよう!」
「甘いものなんてないぞ?」
 エヴァンスの言葉を他所に、まよいは背嚢の中から可愛らしい箱を取り出す。
「なんだよ、それ」
「マシュマロ。焚き火でマシュマロを焼くの、やってみたかったの」
「よく用意する時間があったな」
「依頼主のおじさんに言ったらくれたんだ。エヴァンスもやろう?」
「なんだかんだ面倒見のいい依頼主だな……」
 2人は鉄串に刺さったマシュマロを焚き火に翳す。
 マシュマロがぷっくりと膨らんで、きつね色になったら、ぱくりと食べる。
「甘くて、とろとろしてる」
「まよい、お前が考えていることを当ててやろう」
「む……、そうだよ。これも昔読んだ本に書いてあったからやりたかったことだよ」
「うむ。そして、まよいは今、『とても楽しい』と思っている」
「──」
 まよいは言葉を詰まらせた。
 対して、エヴァンスはそれを正解のサインだと思ったのか、
「だろ?」
 と、得意げに笑う。
「もちろん、楽しいんだけど……」
 まよいは羽織っていた毛布で、恥ずかしそうに口元を隠した。
 言い当てられたのが恥ずかしいのではない。
 ただ、そんな風に自分のことをエヴァンスが考えてくれるのが嬉しくて。隠している気持ちが見透かされているようで、恥ずかしいのだ。

●それらは今日に辿り着く
「エヴァンス」
 名前を呼ばれて、エヴァンスの意識が現在に戻ってくる。
 まよいが、寒いせいか、赤い頬をして立っていた。
「友達に手伝ってもらって、つくったの。受け取ってくれる?」
 エヴァンスに、チョコレートの入った袋を差し出す。
「今日はバレンタインだから、」
 ちくり、と胸の奥が痛むのに、まよいだけが気がつく。
「いつもお世話になってるお礼だよ?」
 練習していた通りに、まよいはセリフを言い終えた。そのことにほっとする。
「こっちこそ、いつもありがとうな」
 エヴァンスは、まよいからチョコレートを受け取る。
 まよいは、袋が離れて行き、手のひらが軽くなるのを切なく思った。
 届く物があるのに、届かないものがあったから。

 エヴァンスは、こう言った折には、まよいの成長をしみじみと実感する。この思いを、「自分に娘がいたらこうなのかも」と考えていた。
「ほぉ、これをまよいがつくったのか」
 ピンク色のチョコレートの表面は艶やかだ。
「凄いな、よくできて──」
 その成長が嬉しくて、そんな言葉をかけようとしたのだが、最後まで声には出せなかった。
 紅潮した頬で、憂いの帯びた潤んだ瞳で自分を見上げる彼女に気がついてしまったから。
 最近は、たまにこんなことがある。子供のように思っていたまよいが、どうしようもなく「女の子」に見えてしまうことだ。
 思わずエヴァンスはまよいの帽子を取り、そして、その頭を撫でる。
「ホワイトデーは期待してな!」
 その言葉には少々の誤魔化しと、本心からの親心が含まれていた。
(まよいに恋を向けられる相手は幸せ者だな)
 その変化は別の者が原因だと思って。

 まよいは頭を撫でられつつ、上目遣いでエヴァンスを見る。
 よく知っている、エヴァンスの笑顔がそこにはある。彼はあくまで自分の娘のようにまよいを可愛がる。その距離感が、もどかしい。
 そして、まよいは、エヴァンスに好きな人がいることを知っている。それが自分ではないことも。
(でも……そこに不貞腐れても仕方ないからね)
 チョコレートを食べる時、カカオの苦味なんて、誰もが忘れている。苦さにひきたてられた、甘さを味わうから。
 だから、忘れたまま、甘い今だけ感じていて。
 でも、いつかはきっと。
 こんな切なさも、とびきり甘いチョコレートにしてみせるから。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ka1328 / 夢路 まよい / 女性 / 15 / 魔術師】
【ka0639 / エヴァンス・カルヴィ / 男性 / 29 / 闘狩人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
寒い日にチョコレートは溶けません
あなたの体温が、チョコレートを溶かすのです
イベントノベル(パーティ) -
ゆくなが クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年03月29日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.