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『地獄鬼ごっこ 』
君島 耿太郎aa4682)&アークトゥルスaa4682hero001

●これまでのあらすじ
 王との戦いが終わって後、君島 耿太郎(aa4682)はエージェントとしての活動に人生の全てを注ぎ込む事に決めた。王が消えても愚神の脅威が全て消え去った訳ではないし、何よりイントルージョナーという存在が新たな脅威として台頭してきたからである。
 アークトゥルス(aa4682hero001)と共に戦いを続ける日々の中、耿太郎は次第に自分自身でも戦えるようにせねばと思うようになっていった。王はその強烈な圧力で共鳴を引き剥がし、また別の戦いではいつも意識の奥に引っ込んでいる自分を無理矢理前面に引っ張り出されたような事もあった。こんな時に自分の身体が付いていかない……となっていては、戦いを続けた意味がないのだ。
 ここは幸いというべきか、耿太郎の目の前には戦いのプロがいる。だから耿太郎は、ひとまず“彼”に頭を下げる事にしたのである。

●全力で逃げよ
「鬼ごっこ?」
 そんなわけで修行に明け暮れていたとある日、耿太郎はアークの言葉に耳を疑った。首を傾げてみせるが、彼は随分大真面目な顔をしている。
『そうだ。ここ一か月、素振りなり走り込みなり、それなりに基礎的な訓練は積んできた。その成果を一度試しておこうと考えてな』
「でも鬼ごっこって……子どもみたいな」
 耿太郎が最後にこそりと付け足した言葉に、アークはぎろりと眼を光らせた。
『何を言うか。戦線を持ち崩した時にはいかなる時であれ逃げねばならん。この世界にも、“三十六計逃げるに如かず”という言葉があるだろう。生きて帰る能力というのは何にも勝る力だ』
 かなりマジな説教。耿太郎は背筋がぶるりと震えるのを感じた。
「すみませんっす」
『わかればいい。お前はとにかくこの森の中で逃げろ。俺は一分待った後にこの森に入る。至極ルールは簡単だ。いいな?』
「はいっす」
 耿太郎はアークの握りしめる竹刀をちらりと見遣ってから、くるりと彼に背を向けた。背後から普段とは段違いの気迫を感じる。耿太郎は息を呑んだ。
『では……行け』
 アークは笛を吹く。その瞬間、耿太郎は脱兎の如く飛び出した。木々の狭間を抜けながら、森の奥を目指してひた走る。しかし、落ち葉だらけの森にはかなり脚が取られた。
(あんまり全力で走ったら、すぐバテそうっすね……)
 一分待つなんて余裕じゃないか、なんてちらりと思った事を後悔する。この地面ではそうそう遠くまで逃げられそうにない。ちらりと腕時計を見たら、既に一分経っていた。
『行くぞ、耿太郎』
 森の外からアークの声が鋭く響く。落ち葉を掻き分ける音が、彼方からがさがさと響いた。耿太郎は素早く木の陰に身を潜め、背後をちらりと振り返る。落ち葉を掻き分ける音は聞こえるが、アークの姿は一向に見つからない。
(あれ、どこに……)
『足音で敵の位置を探ろうとするようでは、まだまだ甘いぞ』
 不意に樹上で声が響く。咄嗟に耿太郎が顔を上げると、竹刀を担いだアークが枝の上に立ち、じっと耿太郎を見下ろしていた。
『しかし、撤退を図る時に足音を残すのはさらに悪手だ。もっと静かに走れ』
 軽いレッスンを入れつつ、アークは素早く竹刀を振り下ろす。耿太郎は素早く飛び出し、その一撃を何とか躱した。
『躱したか』
「お、俺だって、伊達に基礎訓練してたわけじゃないっすからね!」
 跳ねる心臓の鼓動を押し隠すように叫び、耿太郎は慌ただしく駆け出す。視認されてしまった以上は体力勝負をするしかなかった。積もった落ち葉を蹴り分けながら、耿太郎は森の中を駆け抜ける。背後からは、殆ど足音も立てずにアークが耿太郎へ間合いを詰めていた。
『一撃を躱してみせたのはさすがだ。しかし……』
 アークが背後へぴたりと迫り、竹刀を振り下ろしてくる。耿太郎は横っ飛びで必死に躱した。しかし、飛んだ先に待ち構えていたのは太い木の幹。
「うわっ」
 避ける暇などない。耿太郎は正面から木に突っ込み、その場に尻餅をついてしまった。竹刀を担いだアークは、その背中を軽く剣先でつっつく。
『足運びがまだ効率的ではないな。腰の高さがズレないようにしろと言っているだろう』
「はいっす。それにしても、全然逃げられなかったっす……」
 耿太郎は溜め息を零しながら立ち上がる。萎れた顔で振り返ってみるが、アークは未だに臨戦態勢だった。
『何を言ってる。まだまだこれからだぞ』
「えっ?」
『当然だ。戦場ならば、一撃喰らったくらいでへこたれている場合ではないぞ。脚が動く限りは逃げるんだ。でなければ、拾える命も拾えなくなるぞ』
 耿太郎の手を引き、引っ張り立たせる。そのまま耿太郎に背を向けさせ、腰を軽く押しやった。
『さあ、行け』
「は、はい!」
 再び耿太郎は駆け出した。アークに言われるがまま、足の運びに気を付けながら静かに森の奥へと踏み込んでいく。走り出してから一分、再びアークが動き出す頃だ。今度は足を止めず、ひたすら距離を離そうとする。今の実力では、多少隠れてみせようと、アークは耿太郎の位置を手に取るように理解するに違いない。ひたすら動いて、的を絞らせないようにするしかなかった。
『確かにひたすら動き続けるのは有効な戦術だ。動き続けていれば敵の攻撃は早々当たらんからな』
 背後ではアークもそんな事を言っている。ちょっと褒めて貰えたことを内心喜んでいた耿太郎だったが、全力で走り回っていて、体力がそうそう持つはずもない。次第にその足取りは鈍り、息も上がる。頭に血が巡らず、軽くふらついてきた。軽く背後を見遣る。アークは木々の陰から、じっと耿太郎に狙いを定めていた。少しでも気を抜けば踏み込んできてやられる間合いだ。
『さぁ、逃げろ。まだ時間は余っているぞ』
 一方のアークは全く容赦がない。付かず離れず、一定の位置を保ったまま耿太郎を泳がせている。ひたすら体力を削ろうという作戦だ。耿太郎も分かっていたが、分かっていたからと言ってどうにか出来るものでもない。
(王さん、ここでも凝り性発動してるんじゃないっすよね……?)
 ハンティングの獲物にでもなったような気分だ。ふと足がもつれ、耿太郎はよろめきその場に倒れ込んでしまう。
『しかし、相手の方が体力に勝る場合は逆転の目に乏しい戦術となる。今のようにひたすら泳がされて、動けなくなったところを仕留められてしまうぞ』
 ゆったり傍まで歩み寄り、ぺしりと肩を竹刀で叩く。二度目の敗北。息も絶え絶え、どうにか手をついて起き上がった耿太郎の眼を、アークはじっと覗き込んだ。
『さて……どうする。一度休憩にでも――』
「まだっす!」
 普段の優しさを垣間見せてきた王様に向かって、耿太郎は被りを振った。彼は何度も深呼吸しながら立ち上がり、真っ直ぐに王様を見据えた。
「このくらいで……へこたれてたら、結局、これまでと……何にも変わらないっすよ! 俺だって、自分一人で戦えるくらいの力は付けるって、決めたんす」
 体力は殆ど残っていなかったが、その眼は未だ闘志に溢れていた。その強い眼差しを見届けたアークは、小さく頷く。
『良いだろう。だが、訓練を続けると決めた以上は容赦しないぞ』
「……望むところっす」
 奥底に眠る根性を剥き出しにした耿太郎。彼の精神的な成長を見届けて、アークは僅かに目を細めた。
『息を強めに吐くようにしろ。肺の底に悪い空気を溜め続けないように意識するんだ。その方が酸欠にはなりにくい。では……もう一度走れ』
 耿太郎は頷くと、三度アークに背を向け走り出した。しかし、もう全速前進というわけにはいかない。手先足先に血が巡らなくなっている。眼の前は少し暗くなり、風鳴りの音も少し遠く聞こえた。彼は木陰に身を潜めると、足を止めて必死に息を整える。
『足は止めても構わん。だが場所は選べ。そこでは見えるぞ』
 三度目の正直、アークもかなり本気で掛かってきた。脇に構えて刃渡りを隠し、彼は耿太郎に向かって一気に間合いを詰める。息を詰めた耿太郎は、咄嗟に仰け反った。何日も何か月も稽古を積み重ねた耿太郎には、アークの剣の癖が染みついている。無意識の内にその一撃を躱していた。
『む……』
 その流れるような動きに、アークは思わず目を見張った。彼の動きが緩んだ隙を突いて、口元を拭きつつ耿太郎は再び駆け出した。息の続く限り、脚の動く限り逃げ続ける。全ては戦場において生き延びる為に。
(負けないっす。負けられないっす……)
 しかし、まだまだ耿太郎は戦士として新米もいいところ。威勢に身体が付いていかず、直ぐに足はおぼつかなくなる。再び耳が遠くなっていく。眼の前が暗くなり、とうとう木の根に躓き彼はすっ転んでしまった。
『耿太郎』
 背後から声が飛んでくる。耿太郎は全身木の葉塗れになりながら、口元でゼイゼイ言わせながら、それでも立ち上がろうとした。
「まだっす。こんなことでへこたれたりなんか、しないっす」
 長年戦いを続けてきた仲間達には、どうしたってその技術では敵わない。しかし、根気や気合なら負けない。そう自分を鼓舞しながら、耿太郎は地面を手で探った。
『……なるほどな。耿太郎、お前の根性はよくよくわかった』
 その背中に、アークは軽く竹刀をぶつけた。そのまま彼は耿太郎の脇に手を回し、そっと起き上がらせる。
『その意志は大したものだ。……しかし、今日はそろそろ終わりにしよう。これ以上は苦しいばかりで身にならん』
「王さん……」
 耿太郎は深く息を吐き出す。訓練の終わりを告げられた瞬間、全身からどっと汗が噴き出し、ぐったりと力が抜けてしまった。そんな彼を見て、アークは思わず微笑む。
『さっきの、あの一撃。俺はそこそこ本気で切り上げたつもりだった。それを耿太郎は避けてみせた。……あれは素晴らしかったぞ』
「まぐれっすよ。来るって思ったら、いつの間にか体が動いていたっす」
『それが大事なんだ。一々頭で考えてから動いていたら、いつまで立っても身のこなしは早くならん。だから、無意識の内に動きの形を染み込ませていかねばならないんだが……ようやくその芽も出てきたようだ。立てるか』
「は、はい」
 耿太郎は何とか息を整え、立ち上がる。一度その場でふらついたが、顔色は少しマシになっていた。吹き抜ける風が木々を揺らす中、二人は真っ直ぐに向かい合う。
『そろそろ実戦での訓練を考えても良い頃だな。次の任務では、耿太郎が主体となって戦う事にする。……いいな?』
 尋ねていても、そこには有無を言わせぬ響きがあった。耿太郎は眦を決して小さく頷く。
「わかりました。全力でやってみるっす」

 数日後、二人はイントルージョナー出現の報を受け、ブラジルへと向かった。敵は異世界から現れたという大ワニ。君島耿太郎の戦士としての日々は、そこから幕を開けたのである。


 END




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 君島 耿太郎(aa4682)
 アークトゥルス(aa4682hero001)

●ライター通信
お世話になっております、影絵企我です。

とりあえず【いつか】依頼の直前当たりの出来事をイメージしながら書いています。いえ、もしかしたら若干違っているのかな、とは思いつつ……何かありましたらリテイクをお願いします。

ではまた、御縁がありましたら。
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2019年04月01日

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