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『彼岸の淵にて 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

●これまでのあらすじ
 王を斃してから、既に何年が経っただろうか。戦いを潜り抜けた者は人を率い導く立場となったし、戦いの後に生まれた新世代の子ども達も、既に物心を持つようになり始めていた。
 日暮仙寿(aa4519)、不知火あけび(aa4519hero001)[現;日暮あけび]もまたその中の一組であった。仙寿は日暮家を背負って立ちながら、H.O.P.E.法務部の管理職を務めるようになった。またその一方で、あけびはそんな仙寿を公私共に支え、周囲の手も借りながら逞しく三人の子を育てていた。
 長女は10歳となり、既に剣を手に取り世間の脅威と戦っていた。バトンは次代に着々と渡されつつあったのである。

●夢の彼方へ
 ある日、仙寿とあけびは10歳になる娘を連れ、H.O.P.E.の研究室を訪れていた。仁科 恭佳(az0091)との約束で、とある開発品の実験に協力するためである。
「調子はどうだ、恭佳」
 ツナギを着込んだままパソコンに向かっていた恭佳に、仙寿は尋ねる。彼女は手をひらひらさせた。
「研究の事ならいつも通りですよ。家の事だったら、最近娘が機材をやたら触りたがるんで大変ですが」
「仁科博士……」
 和気藹々としている仙寿に比べて、娘の方は警戒心を前面に押し出していた。あけびの後ろに隠れ、じっと彼女の顔色を窺っている。一月前に悪戯でひどい目に遭ったばかりだから仕方ない。
「大丈夫。今日は何にもしないって」
「そんな事言って……」
「仁科博士、お仕事はちゃんと真面目にやる人だから」
 普段から物怖じしない娘が弱り果てている。新鮮で可愛いと思いつつ、あけびは跪いて娘を宥めた。
「そうだぞ。君が使ってる武器だって、私が開発に噛んでる物ばかりなんだからね?」
 恭佳は口を尖らせつつ、三人に向かって小さなヘッドギアを取り出す。娘は身構えた。
「ほらまた怪しいものを……」
「怪しいもんじゃないっての。私の自信作だから。これを付けて寝ると、ライヴスを通して同じ夢を共有する事が出来るってわけ。夢の内容もある程度は操作する事も出来るのだ」
 娘に向かってぺらぺら話す恭佳。横で聞いていたあけびは、久方振りに神妙な顔をした。
「つまり、誰かが夢枕に立つ事も出来るって事だよね」
「ええ。というか、それが目的で今日は来たんでしょ、お二人とも」
「……まあ、な」
 仙寿は鼻頭を掻く。その気恥ずかしげな顔立ちは、10余年前に戻ったかのようだ。娘はそんな彼の横顔をじっと見上げる。
「父上、どういうことなのです?」
「お前に会わせたい男が二人いる。前にそう言っただろう。片方はもう死んでしまったし、もう片方は最近何やら音沙汰がない。だからせめて、俺やあけびの記憶の中に生きている二人にだけでも、会わせてみたいと思ってな」
「片方は仙寿之介、という人物ですよね。父上と母上が共鳴した時に見せる姿と瓜二つの人。それで、もう片方は……」
 仙寿は微笑むと、娘の頭にポンと手を載せた。
「直接その眼で確かめてくれ」

●終末の紫電、天空の白翼
 装置でゴテゴテしたベッドに身を横たえてから10分。気付けば、仙寿とあけびは高い高い塔の展望台に立っていた。周囲には雲海が広がり、下界の様子は判らない。ただ突き抜けるような青だけが、二人を見下ろしていた。
「……ここが、夢の世界」
 足元で声がする。二人が見ると、娘が不思議そうな顔で柵越しの景色を見つめていた。仙寿とあけびは娘に寄り添いつつ、とある人間の事を思い浮かべた。
『おいおい。死んだ人間を軽々と呼び出してくれるなよ』
 刹那、背後で気だるそうな声がする。振り返ると、白い椅子にもたれ掛かり、不遜な笑みを浮かべた男――トール(az0131)がじっと三人を見据えていた。
『久しぶりだな、クソガキ……なんて呼び方、もう合わねえか』
「……トール」
 どちらからともなく、仙寿とあけびは彼の名を呼んでいた。もちろん本名は知っている。しかし、他ならぬ彼こそが、本名で呼ばれることを喜ばない。そんな気がした。
『また、これは見慣れぬ客人と相席になったものだな』
 彼らがじっと見つめ合っているうちに、天から翼を広げて一人の天使が降りてくる。その姿は、まさしく共鳴した時の仙寿と同じだった。彼は悠然と翼を畳むと、仙寿とあけびの間に控える娘を見遣った。
『そちらのお嬢さんは、君達の間に生まれた娘か』
「その通りです。名は――」
『皆まで言わずとも構わん。いつか相見える運命ならば、名乗りはその時にまで取っておくといい』
 天使はそう言って、どこからともなく現れた椅子にそっと腰を下ろす。家族が瞬きした瞬間には、円卓と三つの椅子が並んでいた。トールはワイングラスを取り出し、赤ワインを二つのグラスに注ぎ始めた。
『まあ座れ。わざわざ呼び出したんだ。色々話したい事はあるんだろう?』

 円卓を囲んだ日暮一家に天使と雷神。気付けば、円卓の中心にはカプレーゼやらなにやら、酒のお供まで現れている。トールはグラス一杯に注いだワインを、仙寿とあけびに差し出した。
『飲めよ。景気付けだ』
「ありがとう。いただきます」
 あけびは迷わず飲み始めるが、その横で仙寿は何やら渋っていた。真一文字に結ばれたその口元を一瞥し、あけびはくすりと笑った。
「大丈夫だってば、ここは夢の世界なんだから」
「……そうか! 俺は酔わん。俺は酔わん、俺は酔わん……」
 仙寿は念仏のように呟くと、グラスを取って一気に傾けた。辛味が口に広がっていく。普段は頭がくらつくところだが、この世界ではどうやら大丈夫らしい。仙寿はにやりと笑みを浮かべた。
「うむ、何となくわかるぞ。これはいいワインだな」
 まるで子どものような感想。清酒を注いだ盃を優美に傾けながら、天使はくすりと笑った。
『年を重ねようと、酒に弱いのは変わらずか』
「うるさい、揶揄ってくれるな」
 娘の手前、泰然自若と振る舞いたかった仙寿。けれども、やはり天使の方が一枚上手のようである。隣で娘は、天使の顔をじっと見つめていた。天使も微笑みを湛えたまま娘と見つめ合う。
『利発そうな眼をしている。異父兄妹とすべきか、従兄妹とすべきか、兄妹とすべきかはわからないが……将来俺の息子にも会わせてみたいものだな』
「息子、ですか」
 娘は目を見張る。ワンピースの裾を、少女はきゅっと握りしめた。トールはそんな少女に、瓶入りのオレンジジュースを差し出す。彼はへらりと笑った。
『んな難しい顔すんな。ガキはこいつでも飲んどけよ』
「何なのですか、その言い方。私はこれでもH.O.P.E.に所属し、新たな世界の脅威と戦っているのです。一人前ではないかもしれませんが、半人前でも――」
『ガキの癖にカリカリしやがって。そのままくっと飲め。瓶入りジュースは美味いぞ』
「……」
 文句を言う口を塞がれてしまった娘は、頬を赤らめたままジュースを口にする。その目が一瞬輝いたが、意地を張って渋面を続けていた。あけびはそんな娘の横顔を見て、思わず頬を緩める。
(何だか久しぶりだなぁ。この子のこんな顔)
 ブラックコートの副所長に出会って以来、すっかり娘は大人びてしまった。そんな娘でも、この男の前では子どもらしさを引き出されてしまう。それを見られただけでも、あけびにとってはこの夢の席を設けた甲斐があった。
『しかし、お前らがガキまで作って、そのガキがH.O.P.E.で新米エージェントってか。年月ってのは流れるもんだなぁ』
 空のグラスを置いて、トールはぽつりと呟く。あけびはワインをそこに注ぎながら、穏やかな彼の横顔に向かって尋ねる。
「本当は、H.O.P.E.に来るはずだったんだよね」
『来るはず、か。……わからねえな。あの時は飯が欲しかっただけで、それ以外は何も考えちゃなかった。たまたま近くにH.O.P.E.の支部があるかもしれねえ、って探しはしてたが、結局はこうだ』
 トールは身に着けたラグナロクの幹部服を指し示す。天使は眼を薄め、その姿を眺めた。
『なるほど。お前も人類に仇為す立場だったというわけか』
『はぁん……そうか。お前もか』
 雷神は軽薄な笑みを浮かべ、空の盃にワインを注ぎ込んだ。ほんのり嫌そうな顔をしつつ、天使は盃をぐいと傾ける。
『“愚神”、という存在ではなかったがな。侵した世界も違った。だが……不知火あけびに出会って、絆され、いつの間にやらその世界にすっかり根付いてしまった。彼女との未来を何時しか望んでいたのだ』
『わかるぜ。年食ってもこんな真っ直ぐな目をしてやがる。そりゃあ惚れるってもんだ』
 トールが言うなり、娘は弾かれたように立ち上がった。あけびを庇うように立って、じっと雷神を睨みつける。
「母上は父上と愛し合っておられるのです。貴方みたいな野蛮そうな人間になど……」
「ねえ……」
 あけびは気恥ずかしげに俯く。つい先日、あけび達は娘に二人が結んだ“誓約”とその馴れ初めを話したのだが、何かあると父母の絆を話へ持ち出すようになってしまっていた。トールは幼いサムライガールに向かって、やれやれと肩を竦める。
『そういう意味じゃねえよ。信頼できるって事だ。自分の未来を、こいつに託しても良いってな』
 未来を託す。仙寿はこっそり表情を引き締めた。夢見の実験に参加したのは、ただ楽しく酒を酌み交わす為だけではない。面と向かって、確かに報告をするためだ。
「聞いてくれ、トール。俺達はやり遂げた。お前達の人生を狂わせたあの王を、斃したんだ」
『王を斃した……か』
「それだけじゃないよ。トールが残した宿題、きちんと果たしたからね」
 その言葉に、トールは思わず首を傾げた。
『宿題? 俺がそんなもの出したのか?』
 すっとぼけている。しかしそれは予想通りの反応だ。仙寿は畳みかけにかかった。
「イザベラから聞いたぞ。お前とイザベラは面識があったと。彼女の無茶を、手遅れになる前に止めてやりたかったんじゃないのか?」
『……さぁな。ま、あいつがこっちにいないって事はそれなりにそっちで上手くやってるって事だろう。そいつについては、良かったと思っとく』
 天使に注がれた日本酒を、雷神はちびりと飲む。そのまま彼は盃を置いて、今度は煙草に火を灯した。傲岸不遜な蛮人に見えて、時折哲人のような表情も覗かせる。娘は素直に首を傾げた。
「何なのですか、あなたは。……得体が知れません」
『得体がしれない、か。……俺にとったら中々の誉め言葉だな』
 しかしトールは柳のように受け流す。娘は口を尖らせた。そんな娘の頭をポンと撫で、あけびは僅かに微笑んだ。
「……私もね、最初はトールを見誤っていたよ。何てひどい乱暴者なんだろうって。確かにひどい事も、許せない事もしていたけれど。そう私達が思う事まで計算ずくの人なんだ」
『よせよ。調子が狂うだろうが』
 雷神は顔を顰める。しかし夫妻は構わない。仙寿はあけびの言葉を継いだ。
「お前を討ったヨルムンガンドの毒。王と対峙した時も、俺達はその毒を以て戦う事にした。お前が信じた“本物の光”としてあるために」
『詩人みたいなことしやがる。それが日本の“IKI”ってやつか』
 トールは僅かに眉を開くと、とっくりと煙を吐き出す。
『それで……そうして守った未来を、お前達は誇れるか』
 仙寿とあけびは互いに見つめ合った後、力強く頷いた。
「当然だ。俺達が自分の正義を貫いて勝ち取った未来だからな。次世代の人間達の為にも、未来を照らす“本物の光”としてあり続けるつもりさ」
「私達は“守護者の光”。未来の果てまで貫いてみせるよ」
『……そうか。ならやっぱり、お前達と戦って良かったんだろうな』
 聞いたトールは、朗らかに微笑む。それは、肩の荷が下りた彼の、本当の笑みに違いなかった。彼は立ち上がると、つかつかと娘の背後に回り込む。
『おい、ガキ』
「いつまでガキ呼ばわりするんですか。私には――」
 最後まで言い終わらぬうちに、トールは娘の頭をポンと撫でた。
『お前も頑張れよ。お前の親が切り拓いた未来、絶対に生き抜いてみせろ』
 呟くと、彼は静かに姿を消した。娘は立ち上がり、きょろきょろと辺りを見渡す。
「あれ……」
 気付けば、塔の周りを包む雲海も段々と薄くなってきていた。天使は空になった瓶を置き、懐中時計を眺める。
『そろそろ時間のようだな。そろそろ暇乞いでもするとしようか』
「……いつまでも話すってわけにはいかないんだな」
『そうらしい。さて』
 天使はゆるりと立ち上がり、娘と向き合う。少女は身構え、声を張り上げた。
「両親が一度も果たせなかった勝利、私はいつか果たしてみせますからね」
『そうだな。それはとても楽しみにしている。……その他に、少し話したいことがある』
 彼は袖を軽く払うと、腰に佩いていた太刀を手に取る。
『この刀は小烏丸という。暮れる日と明くる日を結び付けた、家伝の宝とでも言うべきものだ。畢竟、お嬢さんの両親もその刀を持っている』
 娘は振り向く。仙寿は幻想蝶から、同じ刀を取り出してみせた。
『俺はこの刀、古来から伝わる元服の歳に俺の長子へ託すつもりだ。君の両親も、きっとそのつもりでいるだろう』
 天使の言葉に合わせて、仙寿達も頷いた。
『何となく感じている。君の運命と、俺達の息子の運命は、いつかきっと交わるだろうと。君がいかに成長しようと、その太刀を佩いていれば、必ずやそれとわかる。……俺はそれを、楽しみにしている』
 娘はじっと天使を見上げていた。最初は狐につままれていたような顔だったが、やがて挑むような表情に変わっていく。天使はそんな娘に改めて微笑みかけ、その翼を広げた。
『では、またいつか会おう』
 白い羽根がふわりと舞う。飛び散る光が三人の眼を軽く眩ませ、次の瞬間には天使は忽然と姿を消していた。娘は眉を決して、真昼の太陽を真っ直ぐに見上げる。胸に秘めた意志を、同じように輝かせながら。
 そんな娘の様子を一頻り見守った仙寿とあけびは、ゆっくりと立ち上がる。そっと娘の肩を叩き、新たに現れたエレベーターを指差す。
「さて、俺達も戻るとしよう」
「父上、帰ったら稽古をつけて貰ってもよいですか」
「当然だ。皆に稽古をつけてやろう。あけびにも頑張ってもらうぞ」
「もちろん。任せてよ」
 三人は微笑み合うと、古風なエレベーターへ足を踏み入れ、夢の世界を静かに去った。



 その頃、恭佳は頭を掻きつつ機材を見つめていた。
「あれ……おかしいな……計器の反応が違うぞ」
 予定していたのは、山の絶景を見ながら酒を酌み交わすというシーンだった。しかしライヴスの反応が変化し、どうにもシーンの挿入が上手く行かないのである。
「どうしたもんかなぁ。これじゃあ……」
 恭佳はちらりと三人を見遣る。その寝顔は、とても穏やかなものだった。彼女は肩を竦めると、白衣を脱ぎ捨て寝顔を見守る。

「彼岸だし、こういう事もある……か」



 おわり



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 日暮仙寿(aa4519)
 不知火あけび(aa4519hero001)
 仁科 恭佳(az0091)
 トール(az0131)

●ライター通信
お世話になっております、影絵企我です。

夢のシーンは影絵に企鵝を名乗るフォロワーの本領発揮という事で、少し頑張らせて頂きました。本物には全然敵わないことでしょうが……ちょっとお彼岸は過ぎちゃいましたけど、一応その時期辺りの出来事だったという事で。
トールは元々ドイツ人ですがビールではなくワイン派でした。私の思い描く5人の関係図を全力で描かせて頂きましたが、満足いただけるものになったでしょうか?

何かありましたらリテイクをお願いします。

ではまた、御縁がありましたら……
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2019年04月01日

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