▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『人形と妖刀』
セレシュ・ウィーラー8538


 セレシュ・ウィーラー(8538)は電話を切った。
「……急ぎ、なんやて」
 とある殺人現場へ大至急、駆け付けて欲しい。警察関係者をごまかすには時間的限界がある。
 IO2の担当者は、そう言っていた。
「女の子らしゅう、お出かけの服キャッキャウフフしながら選んどる時間もあらへん。この格好で行かなあかんっちゅう事や」
 今セレシュが着用しているのは、コスプレにしか見えないメイド服である。
 エプロンのポケットから、セレシュは小さな2つの指輪を取り出した。その片方を、人形の少女に手渡す。
『……何よ、これ』
「うちの自信作、幻覚の指輪や。それ付けとるとな、どんな格好しとっても普通の服着とるように外からは見える」
『それはいいけど……何、私も行くの?』
 聞かずセレシュは、左手の中指を指輪に通した。


 地味な服装を、理系の白衣で覆い隠している。セレシュも、人形の少女も、今はそのような姿である。鑑識関係者に見えない事もない。
 こうして殺人現場を調べていても、傍目にはさほど不自然ではなかろう、とセレシュは思う事にした。
 深夜の、交差点。警察かIO2か判然としない厳つい男たちが周囲を固めている。
 被害者の屍は、すでに運び去られていた。残っているのは路面の血痕だけである。
「否……まだ残っとるモンがあるやろ」
『それを調べさせるために、私を連れて来たのね』
 人形の少女は、いくらか不満げだ。
『私に、IO2の仕事を手伝えと』
「問題ないやろ。自分もう虚無の境界とは無関係なんやし」
『私、IO2は嫌いよ』
 言いつつも人形は、仕事に取りかかってくれた。目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませている。死霊術師の感覚をだ。
『……駄目ね、もう残っていないわ』
「まさか、成仏してもうたん?」
 セレシュは、綺麗な顎に片手を当てた。
「通り魔殺人やで。いきなり殺されたんや。理不尽の極みや。怨霊の1つ2つ、残ってそうなもんやけどなあ」
『成仏も昇天も多分してないわね。ちょっと待って訊いてみるから……ああ、そこの貴方。そうそう、首に縄巻いて空からぶら下がってる貴方よ』
 人形が、死霊術師にしか視認出来ない何かと会話を始めた。
『貴方もアレね、自分探しが上手くいかなくて自殺しちゃった口でしょう。そうやってブラブラ揺れるのは楽しいでしょうけど、少し中断して私の役に立ちなさい。あのね、ここで人殺しがあったんだけど』
「色々おるモンやなあ」
 意思の疎通までは不可能だが、存在を感じ取る事くらいはセレシュにも出来る。
 この場あちこちを飛び回る、大量の浮遊霊。その1体から、人形の少女は事情聴取をしているのだ。
『犯人かどうかは、わからないけれど』
 人形が、こちらを向いた。
『怨霊の塊みたいな人間が、この先の公園にいるそうよ。案内してくれるらしいから、行ってみましょうか?』


 セレシュは即座に結界を張り、その公園全体を封鎖した。これで、通行人が通り掛かる事もない。
「ビンゴや」
 封鎖された公園の中央で、セレシュはその少女と対峙していた。
 嫋やかな繊手で、抜き身の日本刀を軽やかに保持しながら、幸せそうに微笑む美少女。
「……お人形さんみたいに可愛い子が来たわねえ。いいわ、お人形さんみたくバラバラにしてあげる。滑らかに切り刻んであげる」
(まあ、お人形なんやけどな……)
 とは、セレシュは言わなかった。
「お人形はな、バラバラにして遊ぶモンとちゃうぞ」
「バラバラにして楽しいのは、人間よね?」
「……妖刀に取り憑かれとる。うちみたいなマジックアイテム屋さんに、依頼が来るワケや」
 まさしく妖刀だ、とセレシュは思った。
 凄まじい量の怨念が刃にまとわりついている。刀身全体が、燃え盛っているかのようだ。
『斬られた犠牲者が全員、妖刀に魅了されている……』
 人形の少女が、嘆息した。
『私の呼び出しに、応じないわけだわ。死霊術師として……その妖刀の存在は、許し難いっ』
 セレシュたちをここまで案内してくれた浮遊霊が、死霊術師の怒りを受けて牙を剥き、妖刀の少女に襲いかかる。
 そして、妖刀に吸い込まれた。
「やめとき。幽霊憑かせて操ろう、っちゅうんは無理や」
 セレシュは言った。
「難儀な刀、持ち出しよってからに……なあ自分。一体何が楽しゅうて人斬りをやらかしとるんか、一応は訊いといたるわ。ここは幕末の京都とちゃうで」
「知ってる? 日本刀ってね、美術品として扱う事も出来るのよ。美術品なら持ってても銃刀法違反にならないと」
 美術品、ではなくやはり妖刀としか言いようのないものを、少女はゆらりと構えた。
「……刀は、美術品として飾っておくためにあるわけじゃあないのよ。斬るためにあるの。道具は使うためにある!」
「アイテム職人としては、まあ同感や。けどなあ」
 激烈な斬撃を、セレシュはかわした。
 少女が、と言うより妖刀が斬りかかって来た。少女の身体は、妖刀に引きずられているだけだ。
「自分……その刀を、使うとるワケやない。使われとるだけや」
 セレシュの右手に、黄金の剣が出現していた。
「街中やし、攻撃魔法とかは使えへん。うちもチャンバラで相手したるわ。剣の修行はした事あるでぇ200年くらい」
 軽口と共に、セレシュは踏み込む。
 黄金の剣先を、少女は辛うじて妖刀で受けた。妖刀が、防御の形に動いたのだ。
「やっぱり……素人やな、自分」
 勝手に動く妖刀を、叩き折れば済む話だ。いや。そんな事をしたら、刀身に溜まっていた怨霊たちが解き放たれる。
 ならば妖刀を、無傷のまま少女の手から叩き落とすしかない。
 セレシュは剣を振るい、振るった手を即座に止めた。
 少女が、防御の構えも取らずに踏み込んで来たからだ。
 妖刀に動かされている。妖刀の、盾にされている。
『馬鹿、そういう時は容赦なく斬らないと……!』
 人形が、悲鳴じみた声を漏らす。
 その時には少女が、ニヤリと美貌を歪めながら妖刀を一閃させていた。
 セレシュはかわした。いや、胸に一撃を食らっていた。
「あ、あかん……サイズ変わっとったの、忘れとったわ」
「!? 直撃、したわよね。手応えもある」
 少女が、狼狽している。
「どうして平気なの!? 血も、出ていないように見えるけど」
「こうゆうわけや」
 セレシュは、幻覚の指輪を外した。
 負傷した人形の姿が、出現した。
 胸でメイド服がざっくりと裂けており、切れ込みの入った樹脂の塊が2つ、露わになっている。
「サイズ変わると、回避のタイミングもおかしゅうなるもんやなあ」
 セレシュは、その切れ込みに片手を触れた。綺麗な指先から、回復魔法の光が溢れ出す。
 無惨な切れ込みが、消え失せた。2つの樹脂塊が、つるりと滑らかさを取り戻す。
 セレシュは手を触れ、傷が残っていない事を確認した。
 寄せて上げる必要なく形整った2つの膨らみを、美しい指先が念入りに撫で回す。
「……血ぃ出えへんのは助かるわ。人形化の、利点の1つやな。ところで自分」
 妖刀を携えたまま微動だにしない少女に、セレシュは声を投げた。
「この隙に、何で斬りかかって来ぃへんのや。悪役のお約束でも守っとるんか?」
 陶然と頬を赤らめたまま、少女は動かず答えもしなかった。 
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年04月02日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.