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『ふたつの日 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

 子どもの頃、「30歳の人」と言えばおじさんおばさんを通り越し、ちょっとしたおじいさんおばあさんだと思っていた。
 身勝手なもので、自分の父母は特別枠で「お父さんお母さん」だからそういう基準は適用されない。たとえ髪が色を失くして肌に皺が刻まれたとて、いつまでも父は父であり、母は母だ。
 ――私はそうだったけど、この娘はどうなのかな。
 不知火の姓を二世の契りで着替えた日暮あけびは、今年で10歳になる愛娘の横顔を見下ろし、小首を傾げた。
 今、彼女は30どころか35歳という、ついに40歳を射程に収めた年齢に達したわけだが、いざこの歳になってみると思い知るものだ。人は、歳を重ねるだけでは成長しない。自らが思い定めた有り様をそのままに老いていくものなのだと。
「どうした?」
 娘の剣術稽古の相手を務めていた夫、日暮仙寿がふと、彼女を見て問うた。
 ちなみにこのときの彼は、娘の木刀による小手打ちを蹲踞の姿勢から竹刀で弾き返し、尻餅をつかせている。
「父上はずるいです。私はちゃんと、面狙いを重ねて意識を上に寄せていました。それなのに小手が決まらないなど、おかしいではないですか」
 娘の抗議に仙寿は眉根を上げて立ち上がり。
「打ち気が先走るから読まれる。虚が足りていないから実を生かせないんだ」
「銃が使えたらもっとちゃんとできます」
 ぷいと横を向く娘。それにつれ、隔世遺伝で薄紫を映した長い髪が一文字を描く。その力強さに、彼女がどれほど悔しかったのかが表われていた。
「まさか忍術に銃を組み合わせようなんてね。我が娘ながらその発想にはびっくりだよ」
 自分の座している濡れ縁のとなりを示してあけびが言えば、娘はすぐに駆けてきて座し。
「母上から教わった忍術を真っ向勝負で生かそうと考えました。銃は虚で、実は刃。サムライガールを志すなら当然の成り行きです」
 娘のつむじを、あけびと挟んで座した仙寿が苦笑を浮かべて見下ろし。
「血は争えないというより、おまえが寝物語に聞かせていた話のせいだぞ」
「う」
 娘がもっと幼かったころ、毎夜毎夜、眠る前にお話をせがまれた。最初は本を語り聞かせていたわけだが、その種は早々に尽きて……実話と創作を織り交ぜた痛快サムライガール物語を展開することとなった。
 いや、かつてはあけび自身が目ざしたものに娘が憧れてくれるのは、正直なところうれしいのだ。が、それを口にされるとうれしい以上に気恥ずかしい気持ちが沸いてくる。なんというか、自分がなにも変わっていない、成長していないように思えてしまって。
 そも、娘の開眼の理由にはある狙撃手の教えが色濃く関わっているのだ。けして自分の手柄ではない。
「それで、どうした? さっき考え込んでただろう?」
 と、話を本筋へと戻す仙寿。しかし、その気づかいが実はこの話に直結しているのだということまでは察せられておらず、ゆえにあけびは余計言葉に詰まってしまうのだ。
「言ってくれないとわからないぞ?」
「はい。私もそう思います」
 父と父の教えを受けた娘とが、そろって攻め寄せてくる。
 ああ、もう! 言わなくちゃ伝わらない! そうだよね!
「歳はそれなりにとったけど、なんだか成長できてない気がして」
 覚悟を据えて切り出した結果は――
「それでいいとは思わないが、俺としてはそれがいい」
 仙寿の応えに、あけびと娘がそろって首を傾げた。血の繋がりってやつは本当に強くて固いな。思わず上がりそうになる口の端を引き締めて、彼はあらためて語る。
「おまえがあのときのままでいてくれるから、俺もあのとき得た志をそのままに貫ける」
 ああ、そっか。仙寿はそう思っててくれてたんだ。
 胸にこみ上げる熱を両手で抱き、あけびは仙寿に思いを返した。
「仙寿はすごく変わったよ。その変化と成長が、私を私のままでいさせてくれたんだって思うから、ありがとう」
 両親の言葉に含められたものを読み解こうと、娘は必死で考え込んでいる。
 言わなくちゃ伝わらない。ちゃんと、この子にも話しておくねきだよね。
 あけびは仙寿と目線を交わし、そして切り出した。
「今までちゃんと話してなかったね、私と仙寿のこと――」

「私と仙寿の誓約はね、「強さを目指し続ける」だったの。仙寿は暗殺剣の刺客で、私は忍……同じ暗がりで生まれ育ったふたりが、剣士っていう光に向かうための、約束」
 仙寿があけびの言葉を継いだ。
「あけびは剣の師匠――は、おまえも知ってるな――の『誰かを救う刃であれ』という教えを為そうとしていた。でも俺はそれが気にくわなかったし、理解もできなかった」
「出逢ったころの仙寿は意固地で冷たくて。私は笑顔の裏でどうして誓約結んじゃったかなって思ってたっけ」
 今になってみれば運命だったからって言えるんだけど、あのときはほんとに辛かったなぁ。ため息をつくあけびに苦笑を向けて、仙寿もまた息をつく。
「ガキだったんだよ。だから、おまえが師匠の教えを盲目的に信じ込んでいる、そう思い込んでいたんだ」
「それはまちがいじゃないんだけどね。うん、私もガキだった」
 しみじみとうなずきあう両親を見上げ、娘は考える。自分は10歳で、まさにガキだ。だとすれば、父母や狙撃手の教えを盲目的に信じているだけなんだろうか?
 しかし、疑問を口にしようとは思わなかった。父母がいつも言っている。すべての疑問は自分で経験して初めて答となり、腑に落ちるものなのだと。……と、これも盲信なのだろうか?
「でも、四国で起きた騒動の中で、俺はようやく理解した。いや、噛み合ったんだな。自分が見ないふりをしてきた本心と、目ざしたかった剣士の姿が」
 殺すのではなく、護りたい。
 あけびが守護刀「小烏丸」の謂に託した救い手は、そのまま仙寿がなりたかった自分の様だった。それを認められなかったのは、同じ暗がりの住人であるはずのあけびが直ぐにかくあることを目ざしていればこそ。
 あのときの仙寿はあけびにこう問うた。
『……俺にも誰かを救えるのか?』
 その目が、これまでの歪んだ冷徹ならぬ狂おしいまでの熱情に燃え立っていたから、あけびはほとんど反射的に応えたものだ。
『できるよ! 仙寿様ならできる!』
 根拠なんてまるでない、無責任な言葉だったと思う。
 しかし、それは仙寿の道を照らす灯火となり、遙か先を行っていたはずのあけびへ追いつかせることとなったのだ。
「俺はあけびのまっすぐさが妬ましかった。それに溺れて目をそむけてきたんだから、本当にガキだったとしか言い様がない」
 仙寿は自覚してるかな。自分の弱さをちゃんと口にできるって、それはほんとにすごいことなんだって。それができるくらい強くなったからなんだって。
「ガキじゃなくなった父上は、母上をどう思ったのですか?」
 ついに発せられた娘の問いに、仙寿は眉根を引き下げて。
「実はまだ複雑な思いを抱いていた。……なにせあけびはなにかにつけお師匠様、お師匠様とやかましかったからな」
「そんなに――」
 うん、言っていたかもしれない。実際口にはしなくとも、あけびの胸にはいつだってお師匠様……日暮仙寿之介の姿が在ったのだから。
「俺とあけびの共鳴体は、あけびの師匠であるあいつの姿だった。今はあいつがどうやら異世界における俺自身であることは知っているが、当時の俺はあけびの心があいつにあるものだと、そればかりを悩んでいた」
 平たく言えば嫉妬だな。面映ゆげに言う仙寿に、娘はことりと首を傾げ。
「そのとき父上は母上に懸想されていたのですね?」
「懸想と言われるのは、さすがに来るものがあるな」
 詰まった息を整えて、仙寿はあらためて言葉を紡ぐ。
「あけびが好きだと自覚したわけだ」
「それで嫉妬は消えたのですか?」
「いや、嫉妬なら今でもしている」
 仙寿は思いを整理するように句切りつつ、続けた。
「俺がなりたい自分と、あけびがなりたいあけびの様は同じもの、誰かを救う刃だった。それは元々の誓約に重ねることだってできたし、するべきだったのかもしれないが……俺は、俺とあけびの誓約に、あいつの言葉を差し挟みたくなかった。あのときも、今に至ってもな」
 ここであけびが、笑みと共に言葉を割り込ませる。
「それだけじゃなくて、ふたりで決めたの。誰かを救う刃になる覚悟には、それを貫けるだけの力が要る。だからこそ、ふたりで強さを目指し続けようって」
 仙寿があえて言わなかったことを、告げる。
 仙寿は“ガキ”だったころへの自罰を含め、私心に捕らわれる愚かさを強調したかったのだろうが。それは父を愛する娘へ正しく伝えたことにはならないし、仙寿を愛するあけびにとって誠実な行いではない。
 それを伝えられた仙寿は、深く息をついてかぶりを振り。
「伝えるべきじゃないことを隠したつもりだが、難しいな」
「そういうのは独善っていうんだからね。ちゃんと全部伝えて、判断するのはこの子に任せたらいいの」
 あけびの言葉に何度もうなずく娘。
 幼なさの端に凜然を映し始めたその面へ、仙寿は感慨深く目を細めてみせ。
「俺は盲信でいくつも失敗してきた。それを繰り返して欲しくないあまりに包み隠そうとした。すまない」
「己を捨てず、なお人を生かす道こそが士道ですよ」
 したり顔で唱えた娘の教えは、仙寿之介からあけびが伝えられたものだ。
 生涯あいつとは張り合っていく仲なんだろうが……その言葉は俺にとってもあのときから変わらない標だ。
 仙寿は「いい機会だ。あれを」とあけびを促した。
「言わなきゃ伝わらないってば」
 言いながらも、あけびは心得顔で奥に引っ込み、すぐに鞘に収めたひと振りの刀を持ってきた。

「これは、小烏丸ですね」
 手渡された刀を、父母の許可をもらった娘が抜き放つ。
 刃渡り二尺二寸。切っ先から刀身の半ばまでが両刃という小烏丸は、娘も幾度か目にしていたが、こうして手に持つのは初めてのことだった。
「重いか?」
 父の問いに重いですと返しかけて、娘はちがう、そうではないとかぶりを振った。
 仙寿が問うているのは、普段彼女が手にすることのない鋼の重さではない。重さだけで言うなら、素振り用の木刀のほうが重いだろう。
 私は今、小烏丸に込められた思いの重さを問われているのですね。
 ――と、そこまではわかる。わかるだけの教えを、父母から受けてきたのだから。しかし、わかるのは言葉としての「思いの重さ」だけで、けして本質などではありえない。
「わかりません……私には、小烏丸の重さが」
 包み隠すことの愚は先に教えられた。だから思うまま口にする。
「この剣が父上と母上の問いであり、答であることは知っています。でも、私がそれを訊くのは正しくないと思いますし、それはきっと私の答ではないですから」
 私が私の剣を取ったとき、私自身の問いと答を刃に映して、堂々とそれを語ります。言い切った娘は、元のとおりに鞘へ収めた小烏丸をあけびに返した。
「私は私の剣を取って、いつか異界へ向かいます。父上と母上を負かした仙寿之介を倒すために」
 一礼を残して走り込みへ向かう娘の背に、仙寿とあけびはやわらかい笑みを送るのだった。
 と思いきや。
 駆け戻ってきた娘がふたりに向けて。
「父上と母上が互いへの懸想を自覚したお話を聞いていませんでした。包み隠すところのない懸想話をお願いします」
 後の彼女はもう少し落ち着いた風情を湛えることになるのだが、このときはまだ、年相応な色恋への好奇心で満ち満ちてもいたわけだ。
「いやいや、包み隠さずと言われても……」
「私はみんなで遊びに行ったスイートパークでふたりきりになったとき、仙寿に「俺はいつかおまえに認めさせる。そしたらさ、俺のこと呼び捨てにしろよ」って言われたときかな」
「ほんとに包み隠さねーなおまえ!」
「父上はどうなのですか?」
「俺は――俺はその、月の下で、共鳴してるあけびのことを考えて、夜も嫌いじゃないが明ける日のほうが尊いなと……」

 ひと騒ぎ演じた後、今度こそ満足したらしい娘は駆け出していった。今日はきっと、日暮れまで走り続けるのだろう。
「早めにお風呂の用意、してあげなくちゃね」
 立ち上がりかけたあけびに、ふと仙寿が言葉を投げた。
「一途なところはあけびに似てくれたな」
「悪く言えば後先考えない感じ? 物事への真剣さは仙寿似でよかった」
「真面目なのはともかく、俺みたいに意固地にならないでくれるといいんだが」
 互いに程よく互いへ似てくれればと願いつつ、仙寿とあけびは顔を見合わせる。
「大丈夫だよ。最近、ちょっと戦いかたのことで悩んでたみたいだけど、あの子なら悩んでるだけじゃなくて突き抜けられるから」
 問題は、私。あけびは憂い顔を落とし、低く漏らす。
「……子どもが生まれたから私も問答無用で母になったけど、なんだかそれだけなんじゃないかなって」
 先に思ったとおり、自分は歳を取っただけの、あのころと同じ“サムライガール”なのではないだろうか。それを手本にした娘は、同じように成熟することなく猪突猛進な大人になってしまうのではないだろうか。それがたまらなく不安で、恐ろしい。
 仙寿はかぶりを振り、あけびの肩を引き寄せた。そしてとなりに座りなおらせた彼女へささやく。
「老け込むのと変わるのはちがう。あいつに負けて、俺はずいぶんと思い知らされたし、歳を重ねる中で学んでもきたつもりだ。でもそれを円熟だなんて言わせない。自分の芯をそのままに新しい道へ挑み、踏み出すのは進歩なんだからな。そうだろう?」
 こくりとうなずくあけび。確かにそうなのだろう。歳相応の円熟と言えば聞こえはいいが、あのとき突き出した思いの角を削り落として丸くなるなど、ただの摩耗だ。
「おまえがミズ・サムライに進歩した。俺はそれがなにより尊いと思うし、その芯に在るサムライガールはそれと同じくらいに尊い。おまえを前にすると俺はいつだってあのときの誓いを思い出すんだ。俺が俺になれた初心を」
 俺が踏み出していけるのは、おまえがいてくれればこそなんだよ。仙寿はさらに声を低めて告げる。
 進歩に胡座をかかず、さらに進歩するがため踏み出し続ける。言葉にすればそれだけのことだが、今は志ばかりでなく、守るべき実――家庭がある。実際に為すことは相当難しいが、それでも仙寿は行くのだ。
「仙寿はほんとに強くなったね。でも」
 ぐいと仙寿の腕を押しやって解き、あけびはあらためて仙寿へ抱きついた。
「連れていってもらう気も置いていかせる気もないから」
 仙寿はすぐにあけびの腰に手を添え、支える。
「いいかげん守らせろと言いたい気持ちもあるが、俺はおまえを追いかけてここまで来た。それはきっと、この先も変わらない」
「ううん。今は私が仙寿を追っかけてるんだよ。でも、ちゃんと並んで進んでいくから。だって私たちがあの子に追いかける背中をあげなくちゃでしょ」

 それはふたりの新たなる誓いであったのかもしれないが、ともあれ。
 暮れる日と明ける日は変わることなく、互いを追いかけつつ並びて明日へと向かうのだ。


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2019年04月03日

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