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『  神の森 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)



「「いたち道、ち道、横道、ちがい道、いたち帰れ、私も帰る」」

 獣の耳と尻尾を生やした男の子と女の子が2人でそう呟いて柏手を一つ打った。刹那、辺りには深い霧が立ち込め気付けば2人は消えていた。
 それは人が足を踏み入れる事も適わぬ峻険な山奥。人ならざるものであっても不用意に立ち入ってはならない神の森。


 ◆


「ありがとうございました! またどうぞご贔屓に!」
 ティレイラは元気よくそう言って笑顔で依頼先を後にした。なんでも屋はなんでもお手伝いがモットー。いやいや本業は『配達屋さん』の筈なのだが。頼まれて手伝ってを繰り返している内にほんのり需要が増えている。お手伝いした事で依頼人の喜ぶ顔を見てしまうとついつい安請け合いしてしまうのだ。それで数日部屋をあけてしまう。師であり姉のような存在でもあるシリューナには、全然魔法修行が進まないわねと呆れられる始末だ。とはいえ魔法修行が進まないのにはシリューナにも一因があると思わなくもない。勿論1年の大半をオブジェとして過ごす、そのまた半分はティレイラが自らうっかり招き寄せてしまう不慮の事故によるものなのだが、そんな事は異界の彼方にある棚の上に放り投げて思うのだ。すぐに解呪してくれればいいのに……ぶつぶつぶつ。
 とにもかくにも仕事の終わりを伝えるメールをシリューナに魔法で送ってティレイラは竜の翼をその背に広げた。
 半竜形態で帰路を急ぐ。
 その帰り道、ティレイラは不審な少女に出くわした。羊のような2本の角、腰まである艶やかな闇色の髪、尖った尻尾に、コウモリのような羽、身軽そうで装飾過多な東南アジア風の踊り子の衣装。見るからに魔族だ。彼女らに関わるとろくな事にならないのは経験上身に染みている。君子危うきに近寄らず、ティレイラは視線を逸らして通り過ぎようとした。
 しかしあろう事か少女はティレイラを追ってきた。
「えぇ!? なんでー!?」
 内心を吐露していると少女が言った。
「ねぇ、手伝ってよ!」
 手伝ってよ、手伝ってよ、てつだってよ…。
「何をですか?」
 なんでも屋の血が騒ぐ。半ば条件反射のようにティレイラは振り返っていた。
「落とし物しちゃって」
 少女はぺろりと舌を出す。
「ああ、なるほど、探し物ですね」
 ティレイラはホッとした。それくらいなら手伝うことも吝かではない。
 少女に促されるまま落とし物をしたという場所へ向かう。しかし、そこは霧に覆われ、結界が張られているのか入ることが出来そうになかった。
 一緒にこれを言って柏手を2回打ってとメモを渡される。ティレイラは訝しみつつも言われるままに少女と並んでメモを読み上げた。
「いたち道、ち道、横道、ちがい道、いたち帰れ、私も帰る…?」
 意味がさっぱりわからない。とりあえず柏手を2つ打つ。すると霧がかっていた空間にぽっかりと穴があいた。
 少女が「ありがとう」と言って中へと駆け出す。
 まだ探し物も見つけていないのに、と思いつつティレイラはゆっくりと霧の穴の奥へ足を踏み入れた。山の上を飛んでいた時は高さ故に雲にでも覆われているように見えて、中がどんな風になっているのかは想像もつかなかった。
 結界のせいか魔力だか霊力だかの力による圧迫感を感じる。木々が鬱蒼と生い茂る深い森には樹木の根が地を這いなだらかな斜面に天然の階段を作っていた。何千年を生きたのだろう、ティレイラが3人いて両手を広げたとしても届きそうにない太い幹をもつ巨木に絡まる宿り木を、程良い手すり代わりにティレイラはゆっくり登る。
「すごい…」
 自然の圧倒的ボリュームに思わず漏れる感嘆。不思議な事に空は霧に覆われている筈なのに深緑の葉から木漏れ日が時折ティレイラの頬を撫でた。静謐な空気に風もなく葉擦れの音すらない。ここは不用意に立ち入ってはならぬ場所なのかもしれぬ。
 と、上から「あったわ!」という声が届いた。探し物が見つかったのだろうか、ティレイラは足を早めて声の方に向かう。
「見つかったんですか?」
 声をかけると少女は天然の祭壇のような場所で真珠のような実をつけたまるで蓬莱の珠の枝を手に振り返った。
「ありがとう、貴女のおかげよ。2人いないと開かないとわかった時はどうしようかと思ったけど、お宝も無事ゲット出来たし」
「え? お宝…って、ちょっ!? まさか!?」
「じゃぁねー」
 軽く手を振って少女が天然の階段を下っていく。どうやら盗みの手助けをしてしまったらしいと気付いてティレイラは蒼白になった。
「待ちなさい!!」
 逃げる少女をティレイラは懸命に追いかける。盗みの片棒を担がされたなんてありうべからざる事だ。
 樹木の根の張る地面を駆け抜ける。すぐに飛び立つかと思われたがこの森では上手く羽ばたけない。恐らくはこの結界から外へ出なければ飛べないだろう。結界を出るには入ってきた穴だけだ。だから、それまでに捕まえれば。捕まえなくては。
 木の根に何度も足を引っかけ転びそうになりながらも何とか木々の合間を駆け抜け少女に肉薄する。
「!?」
 目の前に“あの”天然の祭壇が見えた。そこから結界の外へと走っていた筈なのに。
「なっ!?」
 思わず足を止めた少女にティレイラは後ろからタックルを仕掛けた。ここは神の領域。だとするならこういう事は起こり得る。恐らくは手にしているこの神の枝を置いていかねばここから出られないのだ。
「観念しなさい!」
 少女の背に馬乗りになってティレイラが言った。少女の持つ木の枝に手を伸ばす。それを取り上げ、あるべき場所にお戻ししなくては。
 しかし少女も抵抗しティレイラを押し退け立ち上がる。もんどり打ったティレイラが立ち上がろうとした時、逃げようとした少女を止めるように蔦が伸びて少女の足に絡まった。
「!?」
 呆気にとられつつティレイラは立ち上がる。ティレイラの魔法というわけではなかったから、それは神の…或いはこの森の怒りを買ったのか。
「何よこれ! 離しなさいよ」
 もがく少女の腕にも体にも蔦が絡みついていくのを半ば呆気に取られて見ていたティレイラはハッとした。
「ちっ…違うんです」
 ティレイラの足下にまで蔦が伸び脹ら脛に、膝に太股にと絡まり始めたからだ。
「私は止めようとしただけで、盗もうとしたわけでは……」
 しかし聞く耳を持たぬのか蔦はティレイラの腰や尾にまで巻き付いた。咄嗟に翼を広げて飛んで逃げようとしたが上手く出来ず。竜の力業に出てさえも抜け出せなかった。ここは神域の中。
 見る見る内に蔦は翼に巻き付き胸に肩に巻き付いた。
「違うんです、聞いてください! これは、間違いで……」
 ティレイラの主張は空しく虚に消える。先に捕まっていた少女があまりに静かな事に気付いて視線をそちらへ向けると少女は既に樹木のそれへと変質していた。
 ともすればティレイラの足もピシリと音を立てながら徐々に樹木へと変わっている。
「いやっ! 勝手に入った事は謝ります!!」
 ティレイラは両の目に涙を溜めて誰にともなく懇願した。
「ごめんなさい! だから、お願いですーっ!!」
 けれど彼女の訴えは聞き入れて貰えなかった。そもそもこれがこの神域内の侵入者に対するオートトラップなのだとしたら、トラップを仕掛けた本人どころか誰もこの光景を見てすらいないだろう。ティレイラの声を聞く者はなく。
 ただ誤解が解けて解放されるのを待つほかに彼女に術はなかった。


 ▼


 ティレイラの仕事の終わりを告げる連絡が届いたのは昨日の事だ。
「遅いわね…」
 シリューナは午後のティータイムを優雅に楽しみながらもさすがに表情を曇らせた。今回の依頼先は丸1日以上かかるほど遠くはない。竜の翼なら1時間もかかるまい。
 のんびり別の手段をとっていたとしてもさすがに何かあったと勘ぐりたくなるような時間だ。
「やれやれ」
 巻き込まれ体質のティレイラの不慮を懸念して定期連絡を入れるようにしておいたのだが、どうやら正解だったらしい。となれば依頼先からここまでのどこかで厄介事にでも巻き込まれたのだろう。連絡がつかないようなトラブルに。
「仕方ないわね」
 シリューナは早速ティレイラを迎えに行く事にした。
 かくてティレイラの気配を辿るようにシリューナはその山奥に辿り着く。しかし辺りは霧が立ち込め来る者を拒んでいた。
 結界を破壊する事も出来なくはないだろうが強行突破する理由がない。ティレイラが中にいる“かも”しれない、というのは無理矢理進む理由には足らないだろう。
 どうしたものかと考えあぐねていると、どこからか門番と思しき子どもの誰何の声が聞こえてきた。いや、声ではない。音ではない。脳に直接響くそれは思念とでも呼ぶべきか。
「私はシリューナと申します。こちらに我が不肖の弟子が迷い込んでいるようで迎えに参りました。どうか立ち入りを許可頂きたい」
 シリューナの言にざわざわと木々がざわめく。風もないのに葉が揺れていた。いくらか問答があるかと思われたがあっさりと道が開ける。
 シリューナは霧にぽっかりと出来た穴へ歩を進めた。
 重くのしかかる神聖な気。なるほどここで魔法の類は使えないだろう。だからこそ、あっさり入ることを許されたのだ。ここに害を成すような事は何も出来ないから。
 ここはそういう場所なのだ。神の領域。そんな言葉がしっくりくる。さても神とはなんぞや。森の精霊かはたまた……。
 樹木の根に象られた階を登ると程なくそこに2つの像を見つけた。
 それは木を彫って作られたものではない。樹皮で覆われているからだ。たとえば盆栽のように、樹木の成長を強制しその形に仕上げたような。けれど、翼のような広く薄っぺらい枝などどんな力を加えても作れまい。だからこれは確信だ。
 この樹木で出来たティレイラがティレイラ本人であると。
 隣に並ぶ少女は魔族の者だろうか。2人の姿からこうなるまでの経緯が容易に想像出来てシリューナは小さくため息を吐いた。
 しかし。“これ”にはそそるものがある。
 シリューナはうっとりとその荒い樹皮に覆われたティレイラの頬に手をのばした。パラリと樹皮が剥がれ落ちる。現れたのは白い木の質感。樹皮とのなんとも言えぬコントラストにシリューナはぞくりとした。
 全身の産毛が逆立つようなそれは決して恐怖などではない。悦楽が背を這い上がるような快感だ。
「あぁ……」
 思わず漏れる目眩にも似た感覚。樹皮と、幹に出来る“舎利”と、枝に出来る“神”の絶なる妙を余すことなく堪能したいという欲求。まだ、途上なのだと思うと自然に任せながらも自らの手で完成させたいという切なる欲望が沸いた。
 しかしこれを持ち帰るにはいくつかの問題がある。ここでは魔法の類を使えない。つまり持ち出す方法がない。
 そして、持ち出す事を許されるのかという問題。ティレイラを迎えにきた事に対しあっさりシリューナを招き入れたのだから彼女を連れ帰る事は許されそうだが、この樹木化を解かれたら元も子もない。
 そうなのだ。そもそも持ち出せるのかという問題がある。この樹木化が結界内だけの限定的なものであったら終了案件なのだ。
 シリューナは言葉を選んで慎重に声をかけた。自分を中へと入れてくれた門番の子らに。
「樹木のこの状態のままで霧の外まで彼女らを運び出したいのだけれど」
 すると木々が一際大きくざわめいた。シリューナの前に恐らくは門番と思しき子らが現れる。
 それは瞬きするほど一瞬の出来事だった。
 シリューナは霧の外にいた。傍らに、樹木のままのティレイラと魔族の少女。手の中にはいつの間にか木の実のようなものを握りしめていた。恐らくは樹木化を解くアイテム。
「ありがとう!!」
 シリューナは全力で霧の向こうへお礼を言った。2度と間違わぬように、という返事がしたような気がしたが最早シリューナの耳には届かない。
 シリューナは早速盆栽のような2人のオブジェを魔法薬屋の邸宅に持ち帰ると庭に並べた。
 樹皮は風雨によって剥がれたりするだろう。若葉は日とともに色を濃くしやがて枯れたりもするのだろう。花は咲くのか、実は生るのか。日毎に変わる生きたオブジェ。四季折々のその姿を堪能したい反面、いつまでティレイラをこのままにしておくのかという葛藤。その中で、シリューナは今日も余すことなく2つのオブジェを楽しむのだった。





 ■大団円■





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【3785/シリューナ・リュクテイア/女性/212/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ/女性/15/配達屋さん(なんでも屋さん)】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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盆栽用語で、幹の樹皮が剥がれた部分を舎利、
枝の樹皮が剥がれた部分を神(じん)と呼ぶそうです。

いつもありがとうございます。
楽しんで頂ければ幸いです。

東京怪談ノベル(パーティ) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年04月03日

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