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『我輩の幼きある日』
三四郎la2826

 みゃあ。
 みゃうみゃうみゃうみゃう。
 にゃにゃにゃにゃ……にゃうぅ。

 一日はかくの如き喧騒から始まる。
 我輩が暖を取っていたふかふか毛布……もとい、身を寄せ合って暖めあった兄弟姉妹の鳴き声である。
 のちに三四郎(la2826)と呼ばれることになる我輩であるが、このときまだ名前はなかった。
 何を訴えておるのか? それは決まっておる。
 腹が減った、と鳴いておるのだ。

 そろそろ自分達で採っていらっしゃい。

 母の言い分はこうである。
 我輩たちも、いつまでも母の乳にありつけるわけではない。
 乳飲み仔でなくなった我輩達は手足も丈夫になり、動きも『はしこく』なった。
 これからは一人前の肉食獣となるべく、狩りを覚えねばならない。時の流れとは非情なものだ。

 我輩達の寝床は人間の使う資材置き場、その奥まった場所にある隙間にある。
 資材が雨風に晒されぬようブルーシートで保護してあり、我輩達が眠るのにちょうどよい。
 ときどき人間がやってくるが、猫には快適なこの空間も人間には狭すぎるらしく、困り顔で覗き込んでは去ってゆく。ここを寝床に選んだ母は、まことの天才であろう。
 母は寝床より身を起こし、兄弟姉妹に歩き方の規範を示す。
 我々は母を真似てきびきびと歩く。
 こうしていれば、いずれ母のように賢く貫禄ある成猫になるはずなのだ。

 まず、轟音を立てて我が物顔に走り回る『クルマ』とかいうデカブツ、あれに捕まってはならない。
 なるべく奴の来ない塀の上や、柔らかい草の上を行かねばならぬ。
 どうしても『クルマ』の通る平らな硬い道を行かねばならぬときは、奴らに見つからぬよう素早く横切らねばならぬ。

 もうひとつの脅威は、『コドモ』という怪物である。
 奴らは我輩達を発見すると、キャ〜〜〜〜カワイイ〜〜〜〜などという咆哮を上げる。
 それは我輩達を獲物と看做したという宣戦布告である。
 場合によっては複数の仲間を使い、我輩達を追い回す。
 捕まれば、我輩を一掴みに出来る大きな手でぐりぐりと圧縮攻撃を加えるだけでなく、『コノネコチャン、ウチデカッテモイイ?』という呪文と共に連れ去ろうとするのである。
 母によれば、『コドモ』に捕まると、どこか遠いところにつれてゆかれる。
 そして母とも、兄弟姉妹とも二度と会うことは叶わないというのである。
 恐ろしいことだ。
 奴らの欠点は大きく小回りの効かぬところであるので、ともかく狭いところに逃げてやり過ごすのが良い。
 『コドモ』は根気強くはない。
 しばらく息を潜めて姿を見せずにおけば、いなくなったと勘違いして去る。
 それが、母から伝授された処世術である。

 母がその日示した狩場は、塀に囲まれた草地。
 夕方になると『コドモ』がわらわらとやってくる五月蝿い砂地ではなく、人の入ってこぬ静かな場所。
 草は青々と茂り、よき猫じゃらしも生えておる。
 ふさふさとした穂先をちょいとつつくと、また妙に尻のむずむずする揺れ方をする。

 ちょいちょい、ゆらゆら。
 ちょいちょい、ゆらゆら。

 それを構うのは狩りが終わってからになさい、と母が厳しい声で言う。
 我輩としては、油断のない狩りの準備体操のつもりである。
 納得はいかないが、母は怒らせると怖い猫であるので、一応は従っておく。

 草があれば、飛蝗がいる。
 草の切れ端のような奴であるが、まあ餌としては悪くない。
 飛蝗のいるところには、蟷螂もいる。
 飛蝗を食う虫だが、我輩たちにとっては等しく餌である。
 ただし引っ掛ける鎌があり、顎が強いので早めに頭を噛み切るか、潰しておくとよい。

 身を低くして叢に潜んでおれば、目の前をついっ、ついっと飛ぶものがある。
 小さいものは羽虫、ちょいと大きなものが蛾、大物が飛蝗である。
 我輩達は狩りに来たのであるので、腹の膨れぬ小物は無視して、飛蝗のみを狙う。
 奴らの見た目はまるきり草の欠片であるので、じっとしておると見分けられぬ。
 ついっ、と我輩の前で飛んだものは、年貢の納め時である。
 前足による強烈な一打をお見舞いするだけで、飛蝗などいちころだ。

「みゃう(できた、褒めて)!」
 仕留めた飛蝗は、まず母に見せにゆく。
 よくできたわね、というお褒めの言葉を頂いてから、ようやく獲物にかぶりつく。
 
 草地のあちこちで、兄弟姉妹達が狩りに精を出す。

 みゃう、みゃう、にゃん。

 つぎつぎに、母の前に獲物が並べられる。
 我々は小さくとも肉食獣、飛蝗にも蟷螂にも負けはせぬ。
 むしろライバルは兄弟姉妹達で、弱い飛蝗はいずれ獣の狩りに恐れをなして草地からどこかへ逃げ去る。
 それまでにどれだけの獲物を仕留められるかで獣としての資質の差が出るのだ。
 これは生存を掛けた戦い、飛蝗にも蟷螂にも、場合によっては蛾にも容赦はない。

 にゃ、にゃん。

 兄弟達が次々に獲物を仕留める。
 まだだ。まだ勝負は決まらぬ。
 一番に獲物を多く捕るのは我輩でなければならぬ。
 しかし焦れば焦るほど、砂粒のように小さい羽虫ばかりを仕留めてしまう。

 そろそろ、おしまいにしましょう。 

 母の凜とした声が、終了を宣言する。
 その声で我輩は、すでに自らの手足が疲れ果て、機敏さを失っているのを知る。
 母はいつでも、我輩達より我輩達のことを良く見ておられる。

 よろよろと母の後をついて歩き、いつもの水場で喉を潤す。
 狩りのあとの水は、いつでもすこぶるうまい。
 ぴちゃぴちゃ、ぴちゃぴちゃと音を立て、兄弟達も一心不乱に水を摂っている。
 うむ、貴殿達もたいそう健闘した。そこは認めてやってもよろしい。
 お腹のくちくなった我輩は、普段より寛大なのだから。

 元の資材置き場の寝床に帰り、身を寄せ合って休息をとる。
 風雨を避けて眠るとき、兄弟姉妹の存在はありがたい。
 ふかふかでほわほわの、暖かい最高の毛布。
 暖を取るため隙間なく寄り合い、ひとつの毛玉となる。
 ここに母がおれば、もう何の心配もない。
 母ほど強く賢く、正しい猫はおらぬ。
「にゃぁ(飛蝗、まてぇ〜)……」
 飛蝗を取る手順を反芻しながら、我輩達は眠りにつく。
「にゃにゃにゃ、にゃ(我輩が一番、だぞ)……」
 我々は肉食の獣、夢の中でも狩りに精を出す。


 目覚めると、枕元にはアジの干物が用意してあった。
 我輩達の眠る間に母が狩ってきた戦利品らしい。

「う゛にゃああぁああ(負けぬうぅぅぅ)!」
 このようなとき、仔猫が仲良く分け合って食べるなどということはない。本気の全力で取り合う。
 野良にとっては毎日が闘争、少しでも気を抜けば生存競争に負ける。
 兄弟姉妹は、いつでも身近なライバルなのだ。


     ◆


 これらのすべては、我輩が今よりずっと幼かった頃のこと。
 今では何もかもが懐かしく、慕わしき思い出である。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 このたびはご発注ありがとうございます。桜淵トオルです。
 三四郎様は野良のお生まれということで、兄弟姉妹との距離、人間との距離はこのあたりがギリギリ生存に必要なラインかと存じます。
 近くの資材置き場ではよく仔猫が繁殖しておりましたので、今回の寝床とさせていただきました。
 猫はブルーシートが好きですよね。
 それでは、リテイクなどございましたら遠慮なくお申し付けください。




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グロリアスドライヴ
2019年04月04日

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