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『もうひとつの約束 』
ゼノビア オルコットaa0626)&レティシア ブランシェaa0626hero001


 室内にはペンを走らせる音だけが聞こえていた。
 レティシア ブランシェ(aa0626hero001)は辛抱強く、その「間」を無言で耐える。
 目に涙をためて、けれど強い意志を持って、いつも持ち歩いているスケッチブックにペンを走らせるゼノビア オルコット(aa0626)の手元は見ない。
 見れば途中で何かを言いたくなるに違いないからだ。
 だがどんなことを伝えられようと、レティシアの意思も固い。
 暫くして、ゼノビアがスケッチブックをこちらに差し出してくる。
『私は、人のためにこの力を使いたい。どうしてそれがいけないの?』
 レティシアは紙面から目を上げ、ゼノビアを真っすぐ見据える。
「エージェント登録するという意味を、お前は分かっていない」
 厳しい口調に、ゼノビアは指を躍らせる。
『わかってる! わかってるもの!』


 今日はこのやり取りがずっと繰り返されていた。
 お昼が終わった頃、ゼノビアがスケッチブックをおずおずと差し出したのが始まりだった。

 ――エージェントとして登録したいので、一緒に手続に行ってください。みんなの役に立ちたいです。

 レティシアはさっと表情を険しくして、ゼノビアを振り向く。
「駄目だ。絶対に認めない」
 ゼノビアは最初、びっくりしたように目を見開いた。
 そこまで強い反対にあうとは思ってもみなかった、というように。
 だがすぐに『なぜ?』と問う。
 何故、誰かの役に立とうとすることがダメなのか、と。
「それはエージェントにならなくても、できることだからだ。能力者としての力は、自分で考えて、使うんだ」
 レティシアはなるべく冷静に、言葉を選んで伝える。
 だがゼノビアのほうはそうではなかった。
 こうしてスケッチブックと手話での訴えが、延々と続いているのである。


 ふたりが契約してからもう数年がたっていた。
 幼かったゼノビアも、背が伸び、すっかり少女らしくなった。
 あの日、倒れてきた本棚に巻き込まれて危うく命を落としかけた少女は、レティシアと契約し、見守られてきた。
 表情も柔らかくなり、誰かの役に立とうという優しい心の持ち主になった。
 だが暗い過去は消えることなく、ゼノビアにまとわりついている。
 居場所と家族と声を奪った敵に対する憎しみは、消そうと思って消えるものではなかった。
 少なくとも、レティシアはそう感じていた。

 だからその憎しみを紛らわせようと、体力をつけるという名目で体術の手合わせはずっと続けていた。
 足に力を籠め、拳を突き出していれば、いつかゼノビアの身体の中から、暗い物はすべて追い出されるのではないか、という淡い期待。
 それが下手にゼノビアの「自信」になっているのかもしれない――。
 レティシアは思わず拳を握り締める。何故あんなことを教えてしまったのか。
(駄目だ。駄目なんだ)

 他の英雄たちと同じように、レティシアの過去の記憶は曖昧だ。
 だがどこかの世界で、傭兵集団のリーダー的な仕事をしていたこと、それをしくじって死んだことは何となく覚えている。
 それが本当かどうかは確かめようがない。
 それでも、その世界では日々戦いが続いていて、大人も子供も目をギラギラさせて武器を取っていたことを思い出す。
 特に子供たちは、純粋なだけに救われなかった。
 小さな手に武器を取り、大人に教わった通りの方法で敵の命を奪う。
 そして未熟な者は、逆に命を奪われる。
 運よく生き残ったとしても、更に過酷な戦いが待っているだけの未来。
 レティシアは戦場を極力冷静に見ようとしていた。
 実際は、その小さな兵隊たちの存在を、なるべく意識に上げないようにしていたのかもしれない。

 今日、澄んだ瞳で『みんなの役に立ちたい』と書いたスケッチブックを持ってきたゼノビアに、レティシアは自分の心臓を冷たい手が握りしめたような感覚に襲われた。
 優しい、純粋なゼノビアの表情に、武器を取って死んでいく子供達の姿が重なった。
 だから咄嗟に言葉が飛び出した。
「駄目だ。絶対に認めない」
 戦う子供達の行く末は、決して幸せなものではない。
 当人が「正しい」と信じて突き進む先に待ち受けるものは、赤く塗られた絶望だけだ。
 それをどうすればゼノビアに伝えられるのか、レティシアは迷う。


 だがゼノビアは諦めなかった。
 今日までずっと考えてきたことなのだ。
 運良く生き残った自分には、誰かを守る力があるとわかった。
 なのに、こうしてのんびり生きていていいのか?
 考えて考えて、決意したのがエージェントとして生きることだったのだ。
『考えて決めたことなの。エージェントならもっとたくさんの人を助けられるわ。たくさんの人が死ななくて済むわ』
 ゼノビアがそう書きつけたスケッチブックを突き出す。
 レティシアの顔にはその瞬間、今まで見たことがないような激情が宿った。
「俺は! ……俺は、お前を人殺しにする為に誓約したんじゃない」
 絞り出すような声は、今まで聞いたことのないような悲痛な響きだった。
「お前を人殺しにするぐらいなら、誓約したあの時まで戻ってお前を見殺しにしたほうがずっとマシだ!」
 エージェントは、必要とあれば人殺しもする仕事だ。
 優しいゼノビアの心は、その非常な決断を受け止めることはできないだろう。
「……戦場での迷いは、自分、あるいは仲間の命を奪ってしまうんだ。そんなにお前は死にたいのか」
 冷静なレティシアが、これほどの強い言葉をゼノビアに叩きつけることは今までなかった。
 それだけに、本気なのだとわかった。
 それでもゼノビアは引き下がるつもりはなかった。
『……死にたいんじゃない。お母さんとお父さんには会いたいけど、もう会えないってわかってる。だけど会ったときに、胸を張って悔いなく生きたって言いたいの』
 つかえつかえ、文字を書きつけていく。
 時折ぽたりと落ちる涙で、インクがにじむ。
 それでもゼノビアは最後まで綴った。
 顔を上げてそのスケッチブックを突き出し、レティシアに押し付ける。
 それから指を躍らせた。
『エージェントは、英雄といっしょに、登録する。レティシアがいるなら、頑張れるって、思った』


 実際には数分だっただろう。
 だがゼノビアには永遠にも思われる沈黙が流れた。
 レティシアはすべての感情を消した表情で、無言でスケッチブックを見つめている。
 やがて、大きく息を吐きだしてから、レティシアが呟いた。
「あの世でお前の親御さんに、何て頭下げりゃ良いんだろうなぁ」
 レティシアが認めてくれた。それが分かると同時に、自分のせいで気まずい思いをするのだとわかる。
 ゼノビアは思わず自分の服の裾を握り締めて俯く。
「ん? そんな顔するなって。俺が怒られるのを見たくないなら、お前が死ななきゃいいんだ」
 レティシアは手を伸ばしてゼノビアの頭にそっと置いた。
「その為には、前に出ないこと。警戒を怠らないこと。それだけ守れていれば、そうそう死なないさ。……戦場じゃ、ルールを破ったやつから死ぬからな」
 ゼノビアの指が『はい、わかりました』と答える。

 本当のことを言うと、レティシアはゼノビアの「志望理由」を信じていなかった。
 人の役に立ちたい。それ自体、まったくの嘘ではないとは思う。だが本当の理由は別にある。
 ――自分を不幸にした愚神を滅ぼす。
 いわば本当の理由は「親の敵討ち」なのだろうと思うのだ。
 怨恨は正常な判断を狂わせる。
 そもそもゼノビアには、引きどきを、作戦を、罠を、冷静に見極めるだけの知識も経験もない。
(まあそれは俺が引き受けるしかないな……)
 レティシアは自分の「経験」が役立つこと自体、苦々しい思いだ。
 それでも。
「いいか、これまで以上にしっかり鍛錬するんだ。毎日俺との訓練を怠らないこと。どんなに忙しくても、辛くても、だ。守れるか?」
 ゼノビアはこくこくと、何度も頷く。頷きながら、言葉を綴る。
『がんばる。絶対にいやだって言わない。約束する』
 そしてレティシアの手をとり、両手でしっかり握りしめた。
 レティシアは小さな手を覆うように、もう片方の手をそっと添えた。
(お前の命は絶対に守ってやるさ。それは今までと何も変わらないからな)
 ゼノビアは心の声が聞こえたように、顔を上げてレティシアを見た。
 その顔は涙に濡れていたが、雨雲の切れ間から差す日の光のように輝く笑顔だった。
 このぬくもりを、輝きを、これからもずっと守っていこうと、レティシアは思う。

 英雄と能力者は、出逢いの時に誓約をかわす。
 今日、もうひとつの約束がかわされた。
 生きるために。
 自分の心が望むままに、生きるために。
 たとえその道が険しくとも、ふたり一緒なら倒れることなく歩いていけるだろう。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

長らくお待たせいたしました。
エージェントとしての最初の一歩に繋がるエピソードをお届けいたします。
この度のご依頼、誠にありがとうございました。

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2019年04月05日

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